布団屋さんの商売、なぜ成立しているの?/街の「気になる!」を調査

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「布団」を頻繁に買い替える人は少ない。たぶん。それなのに、商店街などでは古くから営業している布団屋さんを見かけます。果たして、今でも商売は成り立っているのでしょうか?

そんな「気になる!」がきっかけでさまざまな布団屋さんを調べたところ、福岡で従来のイメージを大きく覆す布団屋さんを発見。その名も「よくねる寝具店」。店内でワークショップやイベントを開催したり、厳選された商品を心ゆくまでじっくり試せたりする、地域の人々が集う『交流の場』のようなお店なんだとか。

これまでの業界にはなかった新たな試みに挑戦する店主・本徳輝樹さんに、布団業界のこれまでとこれからについて、睡眠環境に興味津々のライター・パリッコがお話を伺いました。

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「よくねる寝具店」を二人三脚で運営する、本徳さんご夫妻

昔は婚礼布団、打ち直し、貸し布団で成り立っていた

――街の布団屋さんは、布団を一度解体してリメイクする「打ち直し」や「貸し布団」が主な収入源という話を聞いたことがありますが、実際のところはどうなんですか?

本徳さん:かつての布団屋にとっての一番の収益って、「婚礼布団」だったんです。婚礼布団とは、娘さんが結婚するときにご両親が持たせる嫁入り道具の一つです。お客さま用の布団や座布団などが一式になっていて、100万円以上することも珍しくない高級品。それだけで商売が成り立っていた時代もあったようです。

それとは別に、インターネットが普及していない頃は、半径500mくらいの商圏を目安に折込みチラシを配り、布団の買い替えが必要になったときに利用してもらうというのが主流の商売方法でした。

「打ち直し」も収入源の一つでしたが、ネット通販の拡大や大型ショッピングモールが増加し、布団を安く購入できるようになったこともあり、今、布団の打ち直しをする人は減っているのではないでしょうか。

一方、「貸し布団」にはまだまだ需要があります。病院やホテルなどに、メンテナンス込で布団をレンタルするような新しいビジネスモデルが生まれたりもしているようです。

これは僕の主観ですが、実は布団屋って『布団にとらわれすぎている』ことが多いんですよね。例えば、カーディーラーとレンタカーって、まったくビジネスモデルが異なりますよね。同じように、布団屋と貸し布団も全く異なるビジネスモデルなんですよ。それなのに、布団屋の商売がうまくいかなくなって、貸し布団の方に力を入れて失敗してしまうことも多い。

僕は、布団屋の根幹は『快適に眠る環境づくりの提案』だと思っているんです。そういう発想に転換してから、新しいアイデアがどんどん生まれ始めました。

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仕入れ商品のほか、オリジナルのオーダー枕を業界に先駆けて販売

インターネット通販を経験し、より良い睡眠環境の提案へ

 ――もはや従来どおりの商売では通用しなくなっていた布団業界に飛びこみ、本徳さんは3代目として後を継いだということですが、そこにはどんな背景がありましたか?

本徳さん:戦後すぐの1947(昭和22)年、祖父母が布団の打ち直し専門店を始めました。その後、店を継いだ両親が店名を「インテリア寝具ほんとく」と改め、打ち直しだけでなく、仕入れ商品や自分たちで企画したオリジナル商品の販売を始めました。父に先見の明があったのか、30〜40年前からオーダー枕を開発していたんです。当時としては珍しく、それがたまたまTV番組に取り上げられ、かなり話題になったと聞いています。オーダー枕は形や素材の改良を繰り返しながら、今も当店の主力商品です。

一方、僕は大学を出たあと、親とつながりのある布団問屋さんで働き始めました。何も考えず布団業界に入ったんですが、全国の有名店から小さなお店まで、いろんな布団屋さんを見て回りながら勉強しました。

その後、自然と僕が両親の店を継いだわけですが、当時、すでに従来のような商売の方法では経営が成り立たなくなっていました。そこで目をつけたのが、インターネット通販。インターネットを介しての販売方法が一般化してきた約15年前は、全国規模で商売ができることを夢のようなことに感じて、すごく楽しくやっていたんです。

でも、時代の流れとともに競合店が増え、徐々に価格競争やポイント合戦になってきてしまった。結果、安さやお得さだけの価値で商品が売れていくように感じて、これでは自分たちに残るものがないと危機感を抱きました。それで、何か次の手を――という考えが、現在の「よくねる寝具店」につながっていくわけです。

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以前は倉庫だった場所を改装し、こだわり抜いて作った「よくねる寝具店」の店内

「よくねる寝具店」の誕生

――僕が調べたところ、旧店舗は2018年まで商店街のアーケードの中にあったそうですが、旧店舗と並行して「よくねる寝具店」をオープンしたのが2016年11月ですよね。

本徳さん:そうですね。オープンのきっかけは、旧店舗の頃から毎月お客さんに配っていた『yokunel thing』という冊子でした。商品とはまったく関係ない自分たちの近況も載せていたんですが、予想以上に反響があったんですね。お客さんは、ただの布団屋に過ぎない自分たちのパーソナルなことに、こんなにも反応してくれるんだなって、新鮮な驚きがありました。

そこで、ただ商品を売るだけではなく、『この店と付き合っていて良かった』と思ってもらえる商売をすれば、この先も生き残っていけるんじゃないかと考えたんです。そうして生まれたのが、「よくねる寝具店」です。商品以外の価値を提供するためにワークショップやイベントができるようなスペースを作り、取り扱う商品は、自分たちが使った上で本当に信頼できるものだけに絞り込む。同業者からは「こんな少ない品ぞろえで商売やれるの?」とか「本気で商売する気があるのか」なんて言われたこともありましたけどね(笑)。

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冊子『yokunel thing』。店主の思いが詰め込まれている

本徳さんの快進撃が始まる!

――ただでさえ不況気味の布団屋業界にとって、新しく店を出すのはかなり異例のように感じます。お店のオープンは単なるスタート地点だと思いますが、何か勝算はあったのですか?

本徳さん:オープンしてからはアロマのワークショップをしたり、布団の上でできるムートンヨガの教室を開いたり、積極的に情報を発信して、すべてがお客さんの快眠につながるような活動を続けていきました。そうやってどんどん輪を広げていくに従い、段々と手応えを感じられるようになりました。

『yokunel thing』にはいろいろな人の写真が載っていますが、これは僕が勝手に『チームよくねる』と呼んでる人たちです。ワークショップの講師さんだったり、「軒先シェア」といって、うちの前に屋台を引いてきて営業してくれるおむすび屋さんとか。うちは夫婦二人でやっている店なので、そういう人たちの協力がないと広がっていかないんですよ。

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「楽しみながら学べる場所をつくりたい」と、さまざまなワークショップを開催

――商売ありきではなく、まずは地域住民が集まり、人と人をつなぐ場をつくる。それが、本徳さんの思い描く新しい布団屋さんの形ということですね。でも、商品を売らなければやっぱり商売は成り立たない。一番肝心なその点に関しても教えてください!

本徳さん:今は、たまたまお店に入ってきたお客さんにすぐ商品を買ってもらうのではなく、なるべく僕の人となりを理解してもらい、信頼してもらってから判断してほしい。一度、付き合い始めたら末長く付き合っていただきたいというスタンスで商売をしています。以前は、寝具関連の大きな展示会で売れ筋を聞いて仕入れをしていました。でも今は、どこで何が売れているかは関係なくて、「これを仕入れたら、うちのお客さんが喜びそうだな」っていう素直な感情を重視しているんです。お客さんに「こんなのよく探してくるね〜!」なんて言われるともう、嬉しくて嬉しくて(笑)。

当店のオーダー枕は13,000円と、一般的な感覚からしたら少し高いかもしれない。だけど、メンテナンスは永久に無料とさせてもらっていますし、何度も話して試して、納得いったら買ってもらえばいい。そういうお客さんは、必ずまたうちに寄って感想を伝えてくれるので、それを次のチラシのキャッチコピーに使わせてもらいます(笑)。うちのチラシ、本当にお客さんの言葉ばっかり使ってるんですよ。だってこの『本当に、久しぶりに朝まで眠れた』なんて言葉、自分で考えるよりも絶対に説得力があるじゃないですか?

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お客さんの生の声を積極的に活用している

本徳さん:「朝起きたら体がバキバキに疲れてる」なんて方も多いと思うんですが、それってたいがい、枕と敷き寝具に原因がある。僕は昔、ずっとラグビーをやっていたんですね。ラグビー経験者って、体のあちこちに後遺症があることが多いので、寝具選びがとても大切です。枕選びでも本当に苦労するんですが、だからこそ僕の体を実験台にする。まさか、ラグビーの経験が今の仕事に生きるとは思っていなかったけど、自分で試しているからこそ、うちで扱っている商品は間違いないと自信を持って言えるんです。

それに、布団屋って実は、いろいろな商品を扱える間口の広い業態なんです。睡眠に関わることなら、寝ている間だけじゃなく、昼間の過ごし方も提案できる。だから、うちには一見寝具とはなんの関係もない商品も多いですし、それを目当てに頻繁に通ってくれる常連さんも多いです。

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店主夫妻がほれ込んだ、ストーリーのあるアイテムがそろう

つながり続けることの大切さ

――本徳さんの話を聞いていると、僕もオーダー枕を注文したくなってきました(笑)。それはさておき、人が集まる「まったく新しいタイプの寝具店」であるからこそ、新型コロナウイルスの影響は大きかったんじゃないでしょうか?

本徳さん:2020年の3月頃は、店も軌道に乗っていた時期で、一昨年の同じ頃と比べたら利益も倍くらいになっていました。なので、新型コロナウイルスによって福岡にも緊急事態宣言が出たときは、ものすごくガックリときましたね。

それでも何かできることはないかと考え、『yokunel thing』に「今後冊子を送るお金がなくなってしまうかもしれないので、人助けだと思ってLINE公式アカウントに友だち登録してもらえませんか?」とQRコードを載せておいたんです。そうしたら、発送した翌日には通知音が止まらなくなって、友だち数が数百人規模まで増えました。対応は大変だったけど、その通知音が応援のファンファーレのように聞こえて、本当にみなさんの気持ちに感謝しましたね。

そんなお客さんたちのためにも、冊子『yokunel thing』は作り続けていく必要があると、あらためて再認識しました。それが我々とお客さんをつなぐものだから。もしも、一時的に印刷コストが回収できなくても、つながり続けていれば、何かあったときに助けてもらうこともあるかもしれない。想像を超えた状況で、そう簡単に新しいアイデアは生まれないし、今も模索中ですが、とにかくこのつながりだけは大切にしたいなと思っています。

今は、LINE公式アカウントからちょっとした情報を送るだけで、いろいろな反応をいただけるようになりました。以前はワークショップを開いても「人が集まるかな?」と心配でしたが、今は「何月何日何時から予約スタートです」とLINE公式アカウントからお知らせすると、一瞬で埋まってしまうことも珍しくないですよ。

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「最近では、お客さんが新しいお客さんを連れてご来店いただくことが増えました」と本徳さん

――本徳さんのお話には、自由で柔軟で、まったく新しい価値観が必要になりそうなこれからの時代を生きるヒントがたくさん詰まっていますね。そんな本徳さんの、布団屋さんとしての今後の野望は?

本徳さん:「よくねる寝具店」はこのまま続けて、お客さんとの距離感をもっともっと縮めていきたいですし、地域もどんどん巻き込んでいけたらいいですね。

以前、近所のお寿司屋さんに頼まれて、そのお店のチラシを作ったことがあるんです。もともとは、お客さんが減ったことに困って近所の惣菜屋さんに相談をしたらしいのですが、その方がいつもうちの冊子を見てくれていたので、「だったら本徳さんに相談してみたら?」とつないでくれて。作成したチラシはけっこう効果があったらしく、初めて来た地元の方に「こんなにいいお店があったなんて知らなかったよ」と言ってもらえたようです。

この話だけでも、お寿司屋さんと惣菜屋さん、そしてうちの3店舗が関わっていますよね。この3店は一度共同作業を経験しているので、今後一緒に何かを企画したりするにしても、同じ感覚でできると思うんです。そんな関係が5店舗、10店舗と増えていったら、どれだけのパワーになるか。どんなことが起こるのか。想像するとワクワクします。

でも、成功ばかりではありません。一昨年には集客で大失敗してしまった企画があったんです。その日の夜、当時中学1年生だった娘に、「なんであんなすべる企画したと?」と言われてしまって(笑)。その時は何も言い返せずにしょんぼりしてたんですが、あとになって伝えれば良かったと思うのは『失敗してもいいからどんどんバットを振ることが大事なんだよ!』ってこと。怖がって何もしないのが一番かっこ悪いんだぞって。だから、失敗する姿も見せながらどんどん新しいチャレンジをして、その姿を見てもらいたいなと思っています。

娘の睡眠環境ですか? もちろん、30万円もするうちで一番いい布団で毎日寝てますよ(笑)。

 

【取材先紹介】
よくねる寝具店
福岡県福岡市中央区唐人町1-8-2
電話 092-519-0912
http://hontoku-futon.com/

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取材・文/パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半よりお酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『晩酌わくわく!アイデアレシピ』『天国酒場』『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』『ほろ酔い!物産館ツアーズ』『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』、スズキナオ氏との共著に『のみタイム』『“よむ”お酒』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』『酒の穴』。

写真/野口岳彦