【行動科学×習慣】 人の印象はたった3秒のコミュニケーションで決まる!

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精神論ではなく、行動に焦点を当てて実践する行動科学を店舗運営や接客に活用する方法について、行動科学コンサルタントの冨山真由さんにご指南いただく連載企画。今回は、購買や来店につながる、お店とお客との適切な「コミュニケーション」について話を聞きました。

行動科学とは何か?第1回「環境づくり編」 

 最初の3秒ですべてが決まる!第一印象を追求せよ

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――行動科学において、心地良いと感じるコミュニケーションとはどういうものでしょうか?

冨山接客業は第一印象が重要ですが、人は会って3秒で好き嫌いを判断します。行動科学の観点で第一印象を良くするためには、まず目線の合わせ方から始めます。「笑顔を心掛けていれば大丈夫」「お客さま目線を意識して」という言葉をよく聞きますが、これは非常に伝わりにくい表現です。真面目な性格のスタッフだと、実際にお客さまの目の高さまで視線を合わせにいった、なんていうケースもあります。初対面の方には、何よりも親しみを持っていただくことが大切。ポイントは以下になりますので、意識してみてください。

立ち位置|正面は対立姿勢でNG、左斜め30度を意識

初めて会う人と正面から対面するのは緊張するものです。そのため、左斜め30度の位置に立ち、威圧感を与えないように顔ひとつ分くらい外し、目を合わせると良いでしょう。また、人間は利き手でガードする習性があるといわれています。右利きが多い日本においては、右側からアプローチされると身構えてしまう傾向にあるため、「左」斜め30度の位置が適しています。相手が左利きであっても、生活環境の大半が右利き用の場合は身構えてしまうことも少ないようです。

表情|どんな行動にも笑顔をセットにする

表情が笑顔に変わるだけで、人の印象は大きく異なります。ノベルティーを受け取ってほしい、試食してほしいといった「依頼」をする際、表情を意識しないと、案外真顔になっていて相手に怖さを与えているかもしれません。『環境づくり編』でもお伝えしましたが、笑顔の基本は口角30度。「上の歯が見えるように」を意識するだけでも違います。

距離感|パーソナルスペースの確保が重要

初対面の場合、距離を詰めすぎると拒絶感を誘うことがあるため、「パーソナルスペース」と呼ばれる距離を保つことが大切。目安としては約2メートル前後、伸ばした腕の範囲くらいはキープすることを意識してみてください。

トーク|お客と仲良くなる必要はなし

接客業のコミュニケーションは、「初対面の方に好かれること」に特化しても問題ありません。たまに「雑談力の鍛え方」といった極意を耳にすることがありますが、法人営業のような職種であれば別として、物を売る接客業で雑談スキルは必要ありません。最初の3秒と、立ち話するとしても笑顔で1分のトーク。それくらいのコミュニケーション力が身につけばOKです。

POINT:第一印象が良ければミスは許される⁉︎ 脳の「認知」の歪みが好転を生む

最初に好印象を抱いた相手に、その後、何らかのミスをされたとしても、なぜか許せてしまうことがあります。これは、本来ならミスに対して不快に思うところを「感じのいい人だったから、悪気はないだろう」と脳が“認知を歪める”ためです。

 

声掛けは動きと声量に留意して「断りにくい」行動心理を抱かせない

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――店頭での声掛けの際、気を付けるべきポイントを教えてください

冨山お客さまに足を止めてもらいたいなら、じっと待っていてはダメ。また、前述の通り正面はお客さまにとって対立姿勢となるので拒絶されることもあります。窓を拭いたり、陳列を整えたりなど、必ず動きながら声をかけるようにしてください。

そして、声量は通常の1.5倍が目安です。これはコロナ禍で特に注意してほしいポイントですが、マスクをしていると声がこもってしまい、自分では大きく出しているつもりでも相手には聞こえてないケースがあります。ちょっと大きいな、と思うくらいがちょうどいいかもしれません。

ちなみに、マスク着用が一般的になった今、口元が見えないから笑顔でいる必要はないと思っていませんか? 可能であれば口元の見えるフェイスシールドをおすすめしますが、たとえマスクの下であっても、口角を上げれば目尻は下がります。笑顔は常に忘れないようにしてください。

それから、声を掛けることはとても大切なことですが、実は行動科学の観点では「来てください」という意味となり、声掛けは不要と判断します。店に入るかどうか、物を買うかどうかはあくまでお客さまが決めること。お店側は「新作が出ました」「何かありましたらお声を掛けてくださいね」など、お客さまの必要に応じて答える姿勢でいるほうが良いでしょう。

――お客さまから声を掛けてくれたり、立ち寄ってくれたりした成功事例はありますか?

冨山スタッフがじっと待っている姿勢が見て取れると、お客さまはどうしても「営業されそう」「断りにくい」と抵抗感を抱いてしまうものです。そこで、先に話した「動きを見せる」ことが重要となりますが、実際に大きく差が出た2つの事例をご紹介します。

【事例:物販店】スタッフ別の売上差が3倍に

店頭に立って販売するAさんと、近くで掃除をしながら販売するBさんでは、売上に3倍の違いが出ました。お客は、ただ立っているスタッフには「売り込みされるのではないか」と猜疑心を抱きますが、掃除をしているスタッフにはそれほど抵抗感を抱くことなく、お客の方から近寄ってくるケースもあります。自分のパーソナルスペースに入ればアプローチのチャンス。さりげなく振り返り、笑顔で挨拶すればスムーズな接客につながります。

【事例:自動車ディーラー】あるスタッフだけ試乗希望が続々!

スタッフのCさんは、背筋を伸ばしてビシっと待機。一方、Dさんはタイヤのホイールを磨いていました。すると、Cさんには誰も近寄らず、営業されそうという空気を感じてか、なんとなく遠巻きに。しかし、Dさんにはお客さまのほうから近づき、車を眺めに来ます。そのタイミングで「綺麗な色ですよね」など、お客さまの気持ちに重ねる会話をし、「よかったら試乗されますか?」と車の扉を開ける。これだけで、お客は躊躇することなく車に乗りこんでいきます。

POINT適正な動きのタイミングは3秒に1回

行動科学では、動きのタイミングを数値化しており、人に注目をされたい場合は3秒に1回動くことが最適とされています。意識して動いてみましょう。また、相手に商品を説明している場合は目線を8秒に1回動かすことが適正となります。

 

デジタル世代の “人見知り” 克服には相手の目を見る練習を

――接客業に従事していても「接客が苦手」という声を耳にします。これは、行動科学においてどう分析されるのでしょうか?

冨山近年は、対話が苦手という人が非常に多いですね。デジタル世代と呼ばれる年代層は、会話をチャット形式で行うことに慣れてしまい、電話で話すことすら怖いという声もよく聞きます。接客業においては重大な問題ですが、対話が苦手というのは、人と目線を合わせることに慣れていないだけ。「コミュニケーション能力がない」と片付けずに訓練すれば、必ずできるようになります。克服方法は、相手の目を見る練習から始めること。行動科学的には「系統的脱感作法」と呼ばれています。

POINT人間は習慣の生き物。小さな目標をクリアして大きな成果を

できないことを続けさせたら、挫折してしまうのは当然のこと。そこで、個々の力量に合わせた段階的な目標を設定し習慣付けをする、スモールステップを取り入れてみましょう。例えば、「毎日5人に話しかける」ことを習慣づけしているうちに、いつのまにか「お客さまを呼び込む」といった最終目標に到達します。小さなステップを重ねて、大きな成果を手に入れることが大切。後述するABCサイクルにもつながりますが、経験と達成感を与えることが重要です。

 

AIにできないのはエモーショナルな「笑顔」と「言葉」

――接客業ですぐに役立つコミュニケーションの方法はありますか?

冨山「笑顔」と「挨拶」の練習は、すぐに現場で役立ちます。1日数時間の詰め込み型で練習するのではなく、少しの時間でも日々の習慣にすることが重要です。例えば、幼児は歯磨きを嫌がりますが、慣れると抵抗しなくなりますよね。これが理想です。

毎日5回、毎日5分など、負荷にならないレッスンを日々積み重ねることがベスト。適度な負荷は良いのですが、長期的な負荷はストレスになるため「負荷を感じない回数と時間」の設定がポイントです。

笑顔のトレーニング|開店前の5分間、口角30度を確認し合う

口角を上げるとき、15度くらいでは真顔にしか見えず、30度上げると少し離れた場所からも笑顔だと認識できます。例えば、開店前の5分間、2人1組で向かい合わせとなり、口元の角度が15度の場合、30度の場合の表情をお互いに確認してみましょう。その際のポイントは、感想を伝えること。「○○さん、いいですね」「今日の笑顔ステキ!」とお互いに褒め合う(承認し合う)ことで、“今日も頑張ろう”というモチベーション向上につながります。

挨拶のトレーニング|「いらっしゃいませ」の抑揚ひとつで反応が変わる

言葉の練習も笑顔と同じくらい大切です。人間は平坦なトーンの言葉には反応しないため、抑揚を付けることが重要。例えば、「いらっしゃいませ」の場合は、「い/らっしゃいま/せ」と、真ん中にカーブをつけます。笑顔の練習と共に1日5回、交互に確認し合うなど習慣づけて練習しましょう。

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笑顔と共に、声のトーンでも印象が変わるとレクチャーしてくださった冨山さん

AIの進化により、接客業も大きな変化を遂げるといわれています。しかし、言葉に抑揚をつけることは人間にしかできません。私たちはプラスアルファとして、言葉にエモーション(感情)を付加することができます。人間にしかできない、人間に伝わる接客を身につけましょう。

POINT:笑顔トレーニングの結果は、顧客満足度につながる

接客業において、何よりも重要視すべきは顧客満足度です。大手通信キャリアの販売店にて、「笑顔のトレーニングを終えた店舗」と「終えていない店舗」でカスタマーサービス調査を実施したところ、前者では満足度90%以上、後者は60〜70%に留まりました。商品自体を変えることはできませんから、商品以外で何か差があるとしたら「人」の差しかありません。会社やお店の顔となる接客が重要であることをあらためて認識し、スタッフ育成に尽力すると結果に結びつきます。

 

「ABCサイクル」で好循環!承認されることで行動が変わる

――コミュニケーション能力は、どのように育成することが理想的でしょうか?

冨山行動科学には「ABCサイクル」というものがあります。A:環境や条件、B:行動、C:結果を評価する。このABCをループさせることが重要です。

接客業のスタッフ育成に当てはめて考えると、

A:環境をつくる、または今ある環境を生かす。そして人を適切に配置する。

B:行動を育成する。抽象的な言葉は使わずに、具体化・具現化した指導をする。

C:結果を評価する。承認することで自主的な行動が身に付く。

となります。

この「C」がきわめて大切です。笑顔のトレーニングでお話しした「○○さん、いい笑顔ですね」と褒め合うことがCに当たります。子どもの学習でも同じことがいえますが、例えば25分間英語の勉強をしたら「よく頑張りましたね!」と褒める。これが、次のやる気につながります。

Bの行動ができるようになっても、Cの承認が得られなければ「働きがい」という意味で満たされません。「○○さんがいたから助かったよ」「○○さんのおかげだね、ありがとう」など、マネージメントする立場の方が個々に声を掛ける。それができない環境の場合は、スタッフ同士で声を掛け合うのも良いでしょう。

この承認がないと、できていたはずの行動すら「誰も見てくれていない」とモチベーションが下がり、元に戻ってしまいます。行動科学では「行動強化」と呼びますが、新しい行動を定着させるためには、一定期間の承認が必要です。つまりA→B→Cという順番が大切であり、Cによる達成感が新たなA→B→C循環をつくります。

POINT:集客や売上に「貢献」してもらうためには「承認」が必須

承認欲求が満たされないと、貢献欲求には移りません。例えば、会社から「○○に貢献しましょう」という指針を言われたとしても、新人スタッフにとっては承認も満たされていない段階で、貢献の意識付けは無理というもの。寄付や募金と同様に、貢献とは人から促されてするものではなく、自主的に行うものです。まずは育成して“褒める”ことで、その先にある自主的な行動、貢献意欲へとつながります。

 

監修者プロフィール/冨山真由さん
大学で健康行動理論を学んだのち、医療業界にて受診者への行動変容アプローチ指導や予防医療推進のための環境づくりを経て、人材育成の業界へ。日本では数少ない行動科学コンサルタントとして、多店舗展開の飲食店をはじめ大手メーカー、金融サービス業など数多くの企業の新人研修、マネージャー・店長研修に携わる。学術理論に基づき、現場で実践させるために体系化されたオリジナルメソッドに定評あり。

取材・文/前田実穂
編集ライター、メディアディレクター。原宿カルチャーから社会インフラまで、そしてローティーンからシニアまでとジャンル・世代問わず幅広く経験。飲食と接客が好きすぎて下北沢にてバルを運営(5年目)。実はITOベンチャーのCRM職出身という異色の経歴も。

撮影/鈴木愛子

画像提供/PIXTA(ピクスタ)