日本唯一の仮面専門店は、「店は物を売るだけの場ではない」と教えてくれた。

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東京都墨田区、日本ではおそらく唯一の仮面・マスク専門店「仮面屋おもて」の店主・大川原脩平さんのもとを訪ねた。「なぜ仮面屋を?」「どんな人が買いに来る?」「仮面屋のやりがいって?」……。たくさんの「?」は、大川原さんへのインタビューが進むうちに、「そもそも仮面とは?」「店とはどんな場所なのか?」をあらためて考えてみる時間になった。

店主・大川原さんは、なぜ仮面専門店を開いたのか

東京の東側、スカイツリーのふもとにある、曳舟駅からほど近い「キラキラ橘商店街」。創業100年を超えるコッペパン専門店や佃煮店、活気ある生鮮三品の専門店と、芳しい風情が漂う商店街の一角に「仮面屋おもて」はある。

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壁は透明ながら、入り口は茶室のにじり口のようで入る人を選ぶ感じ

店主の大川原脩平さんが店を開いたのは、2016年4月のこと。建物は大正時代に建てられ、長らく倉庫となっていた2階建ての長屋を改装したものだ。

大川原さんは仮面屋の店主である以前に舞踏家であり、いまも振り付けや演出、演技指導を行っている。かつて、仮面をかぶる演技の指導をしていたなかで、現代仮面作家と知り合った。それをきっかけに彼らの作品をより広めたいと思い、2014年からオンラインショップで販売を始めた。

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店主の大川原脩平さんと、現代仮面作家の手による多様な仮面

大川原さんはこう振り返る。

「仮面との出合いは、俳優に仮面を使った演技トレーニングを専門的に教えていたことにありました。そんなトレーニングは舞台の世界でも一般的ではありませんし、仮面を製造・販売している国内メーカーがあるわけでもなく、手に入れることが難しかったんです。そのため、当初は俳優向けに販売していました」

オンライン販売を始めた頃は、仮面作家・坂爪康太郎さん一人だけの作品を扱っていた。作品性や人柄はもとより、本人のとんでもないイケメンぶり(!)に惚れこんだという。そこから徐々に広がっていき、現在では常時約20人におよぶ作家の仮面を扱っている。

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3Dスキャンの技術を駆使した、超精巧な「ザ・リアルフェイス」。人の顔をまとうという不思議。自分の顔をマスクにしてもらうオーダーメイドも可能。仮面で自分の顔を残すという、一風変わった“遺影”の需要もあるという

「僕の役目は、仮面を売る装置をつくることです」

大川原さんに仮面の魅力を尋ねた。

「魅力? うーん……仮面って魅力ありますかね?」

なんと⁉︎  仮面屋店主と思えない、取材の根本を覆す返答がもれ出た。

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大川原さんは1990年、青森生まれ。舞踏家、振り付け師、演出家。17歳から舞踏家・福士正一さんに師事。従来のダンスの域を超えたアートプロジェクトの設計やコンセプトデザイン、企業や教育機関での研修のファシリテーションを務めるなど活動は多岐に渡る。たばこ屋を装ったトランプ専門店、東京・浅草橋「うそのたばこ店」の店主でもある

「もともと仮面好きが高じて商売を始めたわけでなく、僕にとっては仕事で使っていた道具にすぎませんでした。でも関わっていくと仮面は仮装、神事、美術品と楽しみ方も使い方も多様な“媒体”なんだと気付くようになったんです」

なるほど。店内を見渡せば、いわゆる仮面舞踏会につけていけそうな『ザ・仮面』から民俗的なかぶり物、見たことのない形状のものまで多種多様で、一目では仮面だと判断しづらいものまで揃っている。

大川原さんは店主である自身の役割をこんな風に考えている。

「僕の仕事は、仮面を売るための装置をつくることだと思っています。オンラインショップ、イベントの主催、仮面をつけて舞踏をすること、そして、この実店舗の経営。作家がつくったものを売ることができる“装置”を考えるのが仕事です。だから、キュレーションはしません」

あらためて、「装置」を国語辞典で調べてみる。

そう‐ち【装置】 [名]
ある目的のために、機械・器具などをそなえつけること。また、その設備。

とある。

つまり、オンラインショップもマスクフェスティバルといったイベントや即売会、ミュージックビデオでの仮面パフォーマンス、そしてこの実店舗も、大川原さんにとってはそれらすべてが仮面を売るための“装置”となる。だから、【キュレーション】(特定のテーマに沿って収集、選別、編集すること)はしない。店は、作家性の高いアート作品を「欲しい」と思う人に、日常に折り合いを付けて販売するための設備、ということだ。

「誰かが、仮面が欲しいと思った時にこの店を選んでもらう仕組みづくりが僕の仕事です」

「明日、仮面が必要になった!」という人が結構いる

とはいえ、筆者なぞ生まれてこのかた仮面が必要になったことはない。幼稚園生時代のお遊戯か節分ぐらいだろうか。一体どんな人が、「仮面が必要だっ!」と来店してくるのだろうか? 

「意外と需要はあるものです」と大川原さんは飄々と語る。

急遽、仮面舞踏会に参加することになった人。マジシャン。You Tuber。ミュージックビデオに登場する人、などなど。

でも、ここでまた、大川原さんは意外なことを言う。

「実は、理由があろうとなかろうと、多くの人は問答無用で仮面が欲しいのです。ただ買う理由やきっかけがほしいだけ。絵を買うのと一緒です。変身願望があるからとか、パフォーマンスをするからとか、具体的な目的を抜きにして仮面を欲しがる人は一定数います」

そう言われてみると、さっきから筆者の視界に入っている、大川原さんの背後にあるニット紐を編み込んだ仮面が気になってくる。17世紀のヨーロッパのペスト医師用「くちばしマスク」や、ふわふわの羽をまとった妖しいマスクも一度はかぶってみたい(気がしてきた)。

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折りたたみ式の仮面は、立ち上げ当初から扱う坂爪康太郎さんの作品

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かぶればもれなくチカチカ眩しくなる、電飾付き(しかも内側)の仮面

「お客さまの3割ぐらいの方が仮面をつけていらっしゃいます。それが現象として面白いと思うんです」

そんなツワモノが!?

聞けば、仮面屋に仮面をかぶって参上し、買った仮面にかぶり替えて帰るという。

「買い物に来てショッピングバッグに商品を入れて帰るのが必然であるように、仮面を装着することがショッピングバッグと化している現象です」と大川原さんは言う。

えーっと、仮面って一体なんなんだっけ?

大川原さんは、さらにこんな興味深い発言をした。

「かぶれるものだけが仮面とは限りません。手に持つとか背負うとか、身につけられれば仮面かもしれません。あるいはそれがオブジェだとしても、そこに存在して触れられるものだったら仮面かもしれない。いや、ともすると触れられなくても、概念そのものとしては仮面である可能性はあります」

大川原さんの言葉は、デカルト哲学のようでもあるし、禅問答のようでもある。ああ……こんがらがる……!

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5年前から交流があるというYUSUKE WASHIMIさん(左)は、大川原さんを慕う作家のひとり。カラーコーンを素材に制作した自身の作品を手に

店に遊びに来ていた作家のYUSUKE WASHIMIさんが、こめかみを押さえる筆者を見かねてか、アーティストの立場から語ってくれた。

「『仮面屋おもて』という場に置くことで、その作品は“仮面かもしれない”という要素が自然と与えられます。どこでどう取り扱ってもらえばよいかわからない作品を、大川原さんのところへ持ち込む作家もいます。仮面屋自体はギャラリーではありません。日常の延長にあるようなちょっと不思議な場所です。ギャラリーでは、作品に触れられなかったり、鑑賞者との間に一定の距離が発生します。でも、ここでは触れることができるし、日常的に身につけられるかもしれない。作品と現実をつないでくれる特殊な場所なんです」

深い、深すぎる。こめかみを押さえる指にさらに力が入った気がする。

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YUSUKE WASHIMIさんは1996年生まれ。2019年武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科ファッションコース卒業。現在は同大学院彫刻コース修士課程に在籍中。自身の変身願望から作品制作を行う。日常にある既製品を素材として扱うことが多く、憑依と変身のような関係から身につけることができる作品を制作している

東京のどこかに仮面専門店がある、というだけで救われる人がいる

極論、おそらく大川原さんは、仮面専門店の店主でありながらなにが売れ筋なのかとか、どうすれば儲かるのかとかはどうでもいいと思っている。漠然と当たり前だと思っていた仮面の定義を、痛快に崩してくれるような考えの持ち主だ。ただ、東京にたった一軒でも、こんな仮面専門店があることが楽しいではないか。

大川原さんは「仮面屋おもて」の存在をこう話す。

「もし地方にいる高校生がこの店のことを聞いて、目の前に見えるだけの日常じゃなく、東京のどこかにへんてこな仮面専門店があるって思ったら、それだけで救われることもあるんじゃないかなと思うんです」

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のどかな商店街の路面店。通りかかったおばあちゃんとお孫ちゃんや老夫婦がふらりと来店することもしばしば。コアなファンも一見さんも、にじり口を越えさえすれば異郷空間を味わえる

東京という都市の多様性、人間の多様性、需要の多様性、作品の多様性、関係の多様性。あらゆる多様性が「仮面」というツールを通じて実証されているような場所。特異とも思えるスポットが、芳しい商店街の一角にあるという現実。それは、訪れる「客」を救いもするし、同時に「店主」をも救う。どんな店を開いて、どんな風に存在させるのか。無限の選択肢があることに気付かせてくれる。

 

【取材先紹介】
仮面屋おもて 
東京都墨田区京島3-20-5
電話 070-5089-6271

取材・文/沼 由美子
ライター、編集者。神奈川生まれ、東京住まい。10年の会社員生活を経て転身。醸造酒、蒸留酒ともに愛しており、バー巡りがライフワーク。とくに日本のバー文化の黎明期を支えてきた“おじいさんバーテンダー”にシビれる。著書に『オンナひとり、ときどきふたり飲み』(交通新聞社)、取材・執筆に『日本全国 ご飯のとも お米マイスター推薦の100品』(リトルモア)、『読本 本格焼酎。』(プレジデント社)などがある。

撮影/高橋敬大(TABLEROCK)