「店舗をメディアに」顧客体験向上を実現する次世代の八百屋さん

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大型商業施設やスーパーマーケットの普及で姿を消しつつある街の八百屋さん。斜陽産業といわれる業界であえて八百屋ブランドを立ち上げ、東京都内で多店舗展開しているのが「旬八青果店」です。

東急池上線大崎広小路駅にほど近く、JR五反田駅からも徒歩約5分という都心エリアに構える「旬八青果店 大崎広小路店(雲仙市コラボ店)」には、昼間は近隣に住む子ども連れの主婦層や年配の人々、夕方以降は仕事帰りのワーカーが入れ替わり立ち替わり訪れます。

利用客の多くは足早で買い物を済ませるというよりも、どこか買い物の時間を楽しんでいる様子。そんな彼らがじっくりと見入っているものがありました。それは、ダンボールの紙片を再利用した手書きのPOP。

「パッションフルーツ しわしわになってからが極上のおいしさ」「ひげまで美味しいベビーコーン」「簡単10分、トマトサラダの作り方」などなど、値段や産地のほか、味の特徴にとどまらない情報がぎっしり書き込まれているのです。そんな書き込みが、扱う商品約300種のすべてにあるので、実際に訪れた私もつい、POPに見入ってしまいました。

こうしたPOPが誕生したのは、「旬八青果店」を運営する株式会社アグリゲートの代表取締役、左今克憲さんの「店舗をメディアとして捉える」という発想からでした。店舗をメディアとして捉えるとは、一体どういうことなのか、話を伺いました。

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店頭に並ぶ今が旬の青果たち。その魅力を引き立てる手づくりPOPもにぎやか

「地方と都市をつなぐ八百屋」。コンセプトの発想は日本全国をバイクで旅した経験から生まれた

――2013年10月、中目黒で1坪店舗からスタートしたという旬八青果店。そもそも、年々数が減り続け、斜陽産業といわれている八百屋を始めたきっかけを教えてください。

左今さん:旬八青果店では「地方と都市をつなぐ八百屋」として、「都市の不本意な食生活を豊かにすること」と同時に「地方経済(農業)を活性化すること」、この2つの課題を解決することをミッションに掲げています。

これは、学生時代に日本全国をバイクで旅したときに漠然と抱えていた危機感が原点にあります。農業は地方の経済基盤の一つであるにも関わらず、高齢化や人手不足の問題が解消されない状況を目の当たりにしました。

以後、ビジネスの力で食・農業界を変えていきたいと思うようになり、学生時代に農業をテーマにしたビジネスコンテストを企画したりもしました。でも、そこで出たのはやりがいや社会貢献性は高いものの、収益の観点で現実的なビジネスプランがなかなか出なくて。

この業界を変えないとまずいと思いながらも、どうしていいか分からない。そんな状況だったので、いったんは総合人材サービス会社に入社し、人材の軸でいろいろな業界を見てみようと思ったのです。仕事をしながら食や農業の分野をリサーチするものの、Webや本では全然リアルが捉えきれない。結局、その業界に入ってみなければ分からないと思い至り、営業スキルと他業界のビジネスモデルがある程度身についた2009年に、アグリゲートを設立しました。

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「旬八青果店」を運営するアグリゲート代表取締役の左今克憲さん

――2009年に起業してから2013年10月に「旬八青果店」1号店をオープンするまで、どんな活動をされていましたか?

左今さん:実は具体的なビジネスプランを持っていたわけではなく、「なんとかするしかない」という思いで起業したんです。まずは生産法人の社長の付き人から始め、農家さんや生産法人の営業代行をしたり、催事に出店したり、スーパーの青果部門を請け負ったりといろいろ経験しました。

生産者から「一番助かった」と言われることは、生産物を売ること。一方、僕が総合人材サービス会社で働いているときに感じていたのは「都市の不本意な食生活」です。朝早く出社して夜遅く帰宅する生活の中で、食べるのはコンビニで買うものばかり。地方と都市、両方のネックになっているものを解決していくには、常設店を持つことが必要だと実感したのです。

旬八青果店では農家直送のものはもちろん、市場からも青果を仕入れて販売し、現在は扱っている青果をお惣菜やスムージー、お弁当にして販売も行っています。今となっては小売業がミッションやビジョンを達成するために必要だと確信しているのですが、26歳だった当時はまだそれが分からず手探りの連続でした。

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大崎広小路店では、近隣の飲食店とのコラボ企画でお惣菜も販売(取材時)
※コラボ企画惣菜の販売は、現在一時休止しております

店舗をメディアにするとは、商品を売るとともに情報を発信するということ

――手書きのPOPには商品情報やおすすめの食べ方、その上、レシピまで書いてあります。情報がたくさん詰まっていて、スタッフさんの思いがしっかりと伝わってくる。もはや販促ツールにとどまらない、メディアとしての機能も確実に果たしていると思われます。

旬八青果店には「メディアとして、都市の不本意な食生活を送るすべての人に豊かな食生活を提供し、同時に地方経済を創る」というミッションがありますね。 メディアという観点は従来の八百屋には見られなかったものですが、この発想はどのようにして生まれたのですか?

左今さん:農業や食という産業自体は、昔から脈々と続いているレガシーな産業。いま市場にはモノがあふれ、売り方も売っている商品もどれも同じように見えてしまい、完全にコモディティー化しています。一つひとつ全部に情報があるのに、内容が掘り下げられておらず伝えきれていない。ただ並べられているだけという状態のところにチャンスがあると感じたのです。

八百屋は繰り返し買いに来てもらえるビジネスです。朝7時からいつもの情報番組を見るのと同じくらい接点があるビジネスなんですよ。そのときに、お客さまに対して適切な情報をさり気なくお届けする手段として、POPを最大限に活用しています。毎日お客さまと接点があるのに、情報発信をしないのはもったいない。僕らが「これは売りたい」と思っている商品をある程度作り込んだコンテンツとともにお届けする。そこに「メディア」としての価値があると考えています。

「旬八青果店」を通して、消費者は生産者や地方のことを知る。生産者は消費者に伝える・発信することができる。そんなメディアとしての機能を備えた店舗づくりをしています。

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さり気なくも、スタッフ目線のPRコメントが書き込まれた手づくりPOPが、店全体の雰囲気を醸成している

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「ひげまで美味しいベビーコーン」と謳ったPOP。本当かどうか食べてみたいと思わせるキャッチコピーに思わず手が伸びる

味は正直に書く。ユーザーの潜在ニーズを満たす、実感のこもったPOPの作り方

――一つひとつ見ていると雄弁で熱量の高いPOPが多く、思わずあれもこれもと財布の紐が緩みそうになります。商品と消費者の間に出合いが生まれるといっても過言ではないPOP作りのノウハウやポイントを教えていただけますか?

左今さん:統一感を保てるように価格は大きく書く、ここに産地を書く、ここに情報を書くという基本フォーマットはあります。大崎広小路店では平日は4〜5人、土日は6人くらいのスタッフがシフトインしていますが、独自のスキルチェックシートをもとに、POPを書けるスキルを持ったスタッフが、自分でどんな情報を書くか考えて書いています。

スタッフは30%オフで野菜や果物を購入できるので、実際に家で調理して食べて、味わいの感想やおすすめの食べ方などを自分の言葉としてPOPに盛り込んでいるようです。バイヤーからも情報共有されますが、これだと思うものについてはスタッフそれぞれが調べていますね。

また、果物は入荷したときだけでなく、定期的に試食をします。産地は同じでも日々味は変わってしまうので。

そして、ここがポイントなのですが、味わいは正直に書きます。まだ酸っぱいです、とか。酸っぱい方がおいしいと思う人に、甘いものを提案するのは逆効果なので、そこはお客さまの期待値コントロールをしっかりできるように、正直に書く。それだけでお客さまからの信用も変わるような気がしますね。

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しわしわな果実を見て一瞬とまどうものの、しわしわにはおいしいワケがあるということをPOPが教えてくれる

――POPの中にレシピが多く見られるのも驚きました。やはり、レシピやおすすめの食べ方についてのニーズが多いのでしょうか?

左今さん:そうですね。僕らが掲げているお客さまとの3大コミュニケーションに①POP ②レジでの会話 ③口頭での話しかけがあります。

「買った野菜でPOPに書いてあった通りに作ってみたよ」とPOPが起点になってお客さまと会話が始まることもあります。逆に「トマトを味噌汁に入れたらおいしかった」とお客さまが教えてくれたり。そうしたお客さまからいただいた声をPOPに反映することもあります。一方通行ではないコミュニケーションが生まれていますね。

そうしたコミュニケーションからたどり着いたのが、どう料理するか、なぜ選んだのか。今では主にこの2点をPOPに盛り込んでいます。

ですが、どう料理するかについてスタッフが全商品を勉強するのはなかなか難しい。そこで、現在はトライアルとしてオレンジページさんのレシピを使わせていただき、POPでのレシピ発信も積極的に始めているところです。

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オレンジページさんの協力のもと、トマトサラダのレシピをPOPで紹介。今日のおかずやその作り方まで教えてもらえるとは!

地方の自治体も注目!メディアとしての八百屋に販路を見出す

――大崎広小路店は長崎県雲仙市とのコラボ店舗でもありますね。店内には雲仙市のコーナーがありますが、どういう経緯でコラボという形になったのですか?

左今さん:雲仙市の市長さんが来店されたことがきっかけでした。そのときに「私たちの農水産物も扱ってほしい」と言われまして。雲仙市は市の財政を支えるほど農業が盛んな地域です。じゃがいもやだいこん、ブロッコリー、レタス、いちごなどが多く栽培され、食の宝庫でもあります。加工品も豊富で、端境期でも安定的な供給を見込めるのでコラボしたいと思いました。しかし、大きな消費地である東京に届けたいけれど、雲仙から東京に走っている便はほぼありません。まずは「雲仙市フェア」を2年連続全店で実施しました。その間、集出荷の拠点作りやコスト面などの課題をクリアしなら物流を整備し、2016年から雲仙市コーナーを常設しています。

雲仙市があえて量販店ではなく、小さな小売店であるうちを選んでくださったのも、メディアとして捉えていただいたからだと思います。雲仙市とはどういうところなのかという情報発信も期待してもらっているのではないでしょうか。

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店内には雲仙市ののれんがかかった一画が。アンテナショップとしてPR活動も行っている

――今後、事業をどのように展開していきたいか展望をお聞かせください。

左今さん:八百屋は半径1kmくらいが商圏。「都市の不本意な食生活を豊かにする」ためにも店舗数をどんどん増やしていきたいと思っています。

現在は都内に8店舗展開していますが、20店舗以上だった時期もありました。そのときは僕たち運営側も忙しさで疲弊し、POPが書かれていないというケースが目立つなど、スタッフの教育が追いついていないという状況で。各店舗のクオリティーも担保できずにこのまま続けるよりは、思い切っていったん縮小しようと退店計画を立てました。

失敗してあらためて分かりましたが、やはりPOPに言葉を入れるか入れないかでは売上げも全然違います。書いた方が断然売上げが伸びますね。

1店舗ごとしっかりと作り込み筋肉質にしていくために、今は教育とIT化に力を入れています。売場は見ての通り、商品にバーコードがありません。300ほどある商品のPOPはもちろん手書きですが、値段もすべてスタッフが覚えてレジで打ち込みます。夕方になれば値下げする商品もでてきますし、結構アナログで大変なんです。でも、発注管理をはじめ売上や粗利の動きなどのデータは、IT化を整えて見える化できるようにしているところです。

着実に店舗を増やしながら、自治体とのコラボやフェアも増やしていきたいと思っています。

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2021年1月に開催した岡山県産千両ナスのフェア。千両なすを使ったお弁当の販売や、SNSでなす料理の投稿キャンペーンなども実施

「メディアとしての八百屋」が顧客に提供できる体験価値とは

――今後、小売店に求められる顧客体験とはどういうものだと思われますか?

左今さん:みなさんどこかで食品の買い物をしますが、それは無意識にしていることの一つ。その無意識な時間が、ただ買うだけではない意味のある時間に変わっているというのが体験価値なのかなと思います。

例えばPOPを見て、「ベビーコーンはひげまで美味しい」と知っていただいたことで、知的な満足感を得られたり、実際に食べたらひげも味が濃くて甘かったという体験を誰かに伝えたくなったり。また、地方自治体とのコラボやフェアを通して、その地方の魅力を知り、地方へ思いを寄せるきっかけになるのではないかと思います。

「メディアとしての八百屋」は、そういう心理的な価値をさまざまな形で提供できると思うんです。そういったお客さまの体験価値を高める情報を今後も提供していきたいですね。

 

【取材先紹介】
旬八青果店 大崎広小路店(雲仙市コラボ店)
東京都品川区西五反田1-22-4 池上線五反田高架下
電話 03-6421-7480
http://shunpachi.jp/

取材・文/味原みずほ
敬食ライター。B級グルメから星付き店まで都内レストランを中心に取材・執筆。料理人をはじめ生産者、料理研究家、ブルワー、マルシェ出店者へのインタビューなど食・農のフィールドで活動中。

写真/新谷敏司