畑から手渡しできる距離感で田舎の豊かさを届けたいと、天然インディゴによる加工・製造・販売を行う藍染工房「インディゴ気仙沼」。2014(平成26)年に発足した子育てサークルが、子育て中の女性の「小さい子どもがいても、働いて収入を得たい」という声から2015(平成27)年に立ち上げた工房です。
現在は幻の染料と呼ばれる「パステル」を栽培し、産業としての発展を目指し、地元から期待される存在です。東日本大震災からの復興、そしてコロナ禍にありながらも事業を拡大できた背景と、商売に向き合うためのヒントをお伺いしました。
気仙沼が育んだ縫製技術が、高品質な「気仙沼ブランド」を生んだ
インディゴ気仙沼の代表を務める藤村さやかさんは、2013(平成25)年、結婚を機に東京から宮城県の気仙沼に移り住みました。暮らし始めて最初に衝撃を受けたのは、東京では当たり前に存在していた交通手段や情報、人脈、仕事、会社、そして何より子育てをする女性がお金を稼ぐ手段がまだまだ少ない、ということでした。
そのような中、地元で存続が危ぶまれていた藍染工房を受け継ぐことになります。
「私は東京在住時、飲食店や飲食メーカーのPR支援を行う会社を経営していました。子どもを連れて自宅の近所にあった工房を訪れるうちに、経営経験を生かして事業を受け継いでみないかと声がかかったのです。藍染は100年前にも日本に存在した産業のため、工夫次第では100年後の気仙沼にも存在しうる産業ではないだろうかと考え、活路を見出す道を選び、引き受けることを決意しました」(藤村さん)
そうして、インディゴ気仙沼の前身である「藍工房 OCEAN BLUE」を2015年にオープン。図書館に通うなどして独学で技術を習得し、オリジナルアイテムの製造販売と染色の受託を開始します。職場内にキッズスペースをつくり、子連れで勤務できる“ママの職場”として注目を集めました。
「気仙沼に移り住んだ頃は多少の“よそ者感”はあったものの、藍染工房が生活の知恵を学べるコミュニティーとして機能し、地元のお母さんたちとも自然に溶け込むことができました。また、農作業や縫製といった短時間で働ける仕事があったので、関わってくださる人が口コミで一人ずつ増えていきました。
特にシルバー世代の方には、開業からずっと支えていただいています。気仙沼はもともと漁師町で、網の修繕を通じて手先が器用な女性が多くいるといわれており、数十年前までは縫製工場も多くありました。ある日、百貨店さんに商品を持ち込んだときに“縫製のクオリティーが素晴らしい!”と驚かれたことがあったんです。縫製を担当してくれたお母さんに話を聞くと、過去には世界的に有名なハイブランドの縫製を任されていたというので驚きました」(藤村さん)
地域格差の現状を痛感し、本格的な事業化を考える
その後、母親らの若い感性から生まれた藍染作品を次々に販売します。コーディネートのポイントになるビビッドなストール、一枚でさらっと着られるT シャツ、そのまま出掛けたくなるようなかっぽう着、藍の抗菌性を生かしたおむつ袋などのベビー用品も展開。コンセプトが共感を呼び、国内外からの視察が増えていきました。そんなある日、事業の拡大に至る気付きが藤村さんに訪れます。
「2016(平成28)年、当時の首相が出生率や相対的貧困層について意見交換するため気仙沼にいらした時のことです。私は家族とともに首相にお目にかかったのですが、その写真が後日、首相官邸HPの記事に使用されたようです。記事の内容は、出生率や相対的貧困層が改善されてきたデータが出ているものの、首相としてもっと改善していきたいと考えておられるという内容でした。初めて触れる『相対的貧困層』という言葉を調べ、自分たち家族の収入を当てはめてみて、まさに相対的貧困層であることを理解しました。同時に、今や息子のふるさととなった気仙沼に生きる家族や子ども、友人といった身近な人にとって、経済的な安定性を提供できるビジネスモデルを残したいという気持ちにもなりました。そのためには、半径1mの女性たちが恩恵を受けるビジネスではなく、地域全体が収益を得られる構造を考える必要があると気付かされました。
気仙沼は水産と観光で成り立っている地域です。周囲の人と模索を続ける中で、気仙沼の海の色を想起させる藍染を基盤にし、利益率の高い希少な藍染原料を地元に持ってくることができれば、子育て中の女性たちが少ない時間を持ち寄って収益を生みだす起爆剤になるのではないかと考えました」(藤村さん)
希少な染料「パステル」との出合いが、新たな活路を見いだす契機に
そもそも藍染とは、藍植物の色素を染料に用いた技法や染物のこと。伝統的な藍染は、後継者不足による先細り産業といわれていますが、藤村さんは根強いファンが存在する「天然藍」にこだわって事業を展開してきました。
「気仙沼で母親たちが商売をする意義を考えたとき、目の前の土から出てくるものを原料に、畑から手渡しできる距離感を大切にしたいと思いました。さらに、大人も子どもも安心して使えるように、原料・染料は100%自然なもの。気仙沼から生まれた色であればなおいいと、まずは日本の藍染の主流であるタデ藍の試験栽培に挑戦しました。でも、夏が短い気仙沼では収穫量が思うように伸びなくて……。そんなとき、気仙沼の寒冷な気候と似た、南仏トゥールーズ地方で栽培される希少な『パステル』に出合いました。最近では、グローバルなアパレルブランドさんでも使われ、ハイエンド層から注目されている染料です」(藤村さん)
パステルは、中世ヨーロッパで起きた一大藍染産業の主役だった原料です。特に栽培が盛んだった南仏の藍商たちはパステルの染料づくりで莫大な富を得たことから、別名「青い金」と呼ばれ、後のナポレオン軍の制服もパステルで染められていました。しかし、大量生産が容易なインド藍の台頭によって、しばらく忘れられた存在となっていました。
この、栽培・生産手法が断絶していた珍しい染料を日本で復活させることに成功すれば、世界でも数少ない例になります。そのため、藤村さんはパステルで勝負に出ることを決意します。その構想は、まず耕作放棄地を借り、パステル畑を自社農場として持つこと。パステルを育てて染色できる環境をつくること。そして、パステルから取れた顔料そのものを製品にし、アパレル・寝具・建築・絵画業界とつながること。長期的には、パステル畑を観光資源にし、コミュニケーションのフックにしていくというものです。
世界のマーケットで勝負できる資源になると仮説を立て、まずは畑の専門家である地元農家の児島健次さんに協力をお願いしたそう。
児島さんは、藤村さんとの出会いについて、こう話します。
「当時の藤村さんの印象は、外からやってきた若いママさんたちが、地域のために頑張ってくれているという程度でした。そんな藤村さんから、急に“気仙沼だけのブルーをつくりたいのです”と相談をもちかけられたのです。
正直、とても驚きました。こう言っては元も子もないのですが、生活をする中でパステルは絶対に必要なものではないんです。でも、この時代に気仙沼ブルーとしてナポレオンがまとったものと同じ“青”を再現させたいと聞けば、ロマンを感じずにはいられません。そして、その手助けをしたいと思ったのです」(児島さん)
クラウドファンディングでの支援もあり、2016年にパステルの栽培開始にこぎ着けることができました。
法人化し、基盤を整えた矢先のコロナ禍。大きな舵を切る決断に迫られる
藍染工房を受け継いで約4年の間に、原料となる植物の栽培から製品販売まで、1次から6次まですべての過程を一貫して手掛けるまでに事業は成長しました。さらに、いち事業者の挑戦ではなく、地元に密着して事業を営む企業と手を組み、地元産業として戦略的に売上を伸ばしていくことが必要だと感じた藤村さんは、2018(平成 30)年に法人化。「インディゴ気仙沼」へと屋号を変更し、地元の舗装会社「菅原工業」の関連会社として再出発します。
「畑作業を経験してみてわかったのですが、想像以上に男性の力が必要です。例えば、土地を開墾する際には重機が必要となります。私たちとしては重機の扱いに長けた人材を紹介してもらい、親会社にとっては大切な従業員が定年後に働ける場所を創出することができ、互いの課題を解消する糸口になります。これでようやく、長期的な商いを視野に入れられるようになりました」(藤村さん)
強力な地元企業のパートナーに出会った藤村さんは、その翌年、試験的に直営店をオープンしたそう。
「直営店ではオリジナルアイテムの販売数が伸びて好調でしたが、コロナ禍で観光客が激減したことから1年ほどでクローズしました。それでも、顧客との接点を維持し続けなければ商売は成り立ちません。そこで、販売を委託先に任せるという方法に舵を切り直しました。また、販路拡大を狙ってオンラインショップも開設しました」(藤村さん)
リアルは委託販売を中心に。オンラインを強化して商売の拡大へ
委託販売先のひとつである「MAST HANP(マストハンプ)」は、ハンドメイドの帆布製品を中心に生活雑貨を取り扱う、気仙沼ブランドを代表する店。かつて帆船で使われていた丈夫な帆布を、長年培った縫製技術で一つ一つ手づくりするだけでなく、オンリーワンのオーダーメイドにもきめ細やかな対応していることから、顧客からの評価が高く、リピーターが全国に拡大しています。
インディゴ気仙沼のアイテムを取り扱う理由は、気仙沼ブランドを支えあう仲間であり、両者のターゲット層が同じであることから。「インディゴ気仙沼の商品も、うちの商品と同じように一つ一つ丁寧に手づくりしています。こういった美しい染物は、自分ではなかなかつくることができないんですよ。特に、女性のお客さまがとても喜んで手に取っていますね」とオーナーの宍戸正利さんは話します。
オンラインショップの開設も、これまでにはない手応えがあったとか。気仙沼のパステルが全国どこからでも買えるようになっただけでなく、存在が認知されたことで国内の百貨店やアパレル、インテリア業界のバイヤーから声が掛かるようになりました。
「昨今のボタニカルブームの影響もあり、SDGsに関連した製品や肌なじみのいいボタニカルアイテムを取り扱うアパレル企業さまからの染色受託が増えました。ジャパンディ(ジャパン+ノルマンディ)がトレンドのインテリア業界の方々から、パステルの寝具やインテリア小物の引き合いも少しずついただくようになりました。コロナ禍によって事業構造を考え直し、関わる人にとってより持続的で喜びを共有できるよう変革する機会をいただきましたね。
オンライン化が進んで、世界のどこからでも勝負ができるようになりました。地域資源を換金化するという観点からも、地方で活動する人たちにとって大きなチャンスだと思っています」(藤村さん)
海を越えたマーケットの需要を見据えながら、地元をより豊かに
藤村さんの視線は今、藍染の文化が根づいている東南アジアにも向けられています。
「経済の繁栄につれて生活が豊かになっていくと、人々は温もりのあるコト・モノにより興味を持つようになります。競合の中で私たちの商品を手に取ってもらうためには、製品の品質を上げていくと共に、製品が生まれたこの土地の背景や物語を丁寧に伝えていく必要があるとも思っています。
また、今は顔料を抽出する“葉”を中心とした事業を行っていますが、今後は“根っこ”の活用も視野に入れています。根っこは板藍根(バンランコン)と呼ばれ、抗ウイルスや清熱解毒作用があると注目されている、いわば自然からの贈りものです。
パステルを活用した一連の取り組みにより、これからも変わらず土から始まるコミュニケーションを大事にしていきたいと思っています。そして何よりも、海につながる豊かな里山の恩恵を受けながら、子どもたちがすくすくと育ってくれると嬉しいですね。豊かなまちづくりのほんの小さな役割でも母たちが果たせているなら、それはとても大きな喜びです」(藤村さん)
地方でしかできない、土から始まるスロー&ハイエンドな手仕事と収益の構造。母親の視点でつくられた労働の仕組みが持続可能な地域ビジネスの本質につながり、地元企業や農家を巻き込みながら、地域を一体にする地元産業。パステルへの挑戦と、今後のさらなる進化が気になります。
【取材先紹介】
インディゴ気仙沼
https://www.indigo-ksn.com/
MAST HANP
宮城県気仙沼市南町2-4-10南町紫神社前商店街2F
電話 0226-25-7081
https://www.masthanp.com/
取材・文/長谷川純
仙台在住、(株)デザイン・アーを主宰。企画、ライティング、デザインまで幅広く手掛ける。一般社団法人 東北食の力プロジェクトの理事も務める。
写真/野口岳彦