「店とお客さんの心地よい距離感」とは?名酒場を継いだ3代目の矜持

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多くの居酒屋や飲食店がひしめき合う東京の八重洲で、長年、多くの人に愛され続ける店がある。店の名は「ふくべ」。1939(昭和14)年に創業した日本酒専門の大衆酒場だ。多くのメディアに取り上げられ、“名酒場”として紹介されることも少なくない。

のれんをつないで80余年。代が変わっても「ふくべ」が愛される理由を知りたくて、現在店を切り盛りする3代目・北島正也さんを訪ねた。

引き算の美学、古き良き日本の美意識

ふくべの佇まいは実にシンプルだ。店頭に料理写真やメニュー表などの掲示は一切なく、引き戸には縄のれんのみ。ただ、入口脇にさりげなく置かれた菊正宗の樽、スタンドに書かれた「全国有名特選酒専門 達人の酒席 ふくべ」の文字が、どんな店なのかを雄弁に物語る。

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老舗の風格を漂わせるシンプルな店構え。引き戸の向こうに広がる世界への期待が高まる

店内に足を運べば一枚板のカウンターと、整然と並べられた一升瓶が目に飛び込んでくる。テーブル席のフロアには飴色に染め上がった日本酒の銘柄札がずらり。

「うちの料理は大半が干物や刺身、たらこやエイヒレなどのシンプルなアテです。すべては“日本酒を楽しんでもらう”ためのメニュー構成になっています。これでも、昔と比べればメニューは少し増えたほうなんですよ(笑)」と正也さん。

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祖父が築き、父もつないだ “ふくべ”ののれん。80年以上の思いを受け継ぎ、守る3代目の北島正也さん

 “大衆酒場”というと猥雑とした雰囲気を想像してしまうが、この店には“質実剛健”という言葉がよく似合う。余計なものを足さない潔さこそ、ふくべの真骨頂なのだ。

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軽く炙り、中はしっとりと柔らかさを残した「たらこ」は絶妙な焼き加減。「刺身はんぺん」など日替わりメニューも用意されている

故郷を遠く離れ、東京で暮らす人々を癒やす場所として

ふくべが創業した1939年といえば、NHKが日本初のテレビ公開実験を実施。ヨーロッパでは第二次世界大戦が勃発した年だ。翌年には東京オリンピックが開催される予定だったが、日中戦争のために開催権を返上したことで、初の東京オリンピックは幻と消えた。

時代の激流の中、ふくべは東京の玄関口・八重洲に産声をあげた。

「ここは私の祖父が始めた店です。地方から列車で上京し、東京で働く人たちが故郷を懐かしみ、明日からまた頑張れるようにと、全国各地からまんべんなく41種の地酒をそろえ、おもてなししたのが始まりです」

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ふくべを創業した初代の幸正さん。3代目・正也さん曰く、とてもおだやかな人柄だったそう。名酒場の創業者でありながら、意外にも正月のお屠蘇で初詣に行けなくなるほどの下戸だった。それでも、酒屋で得た知識でそろえた地酒は、今も望郷の念を暖かく満たしている。

途中、戦禍により店が消失したものの、休業期間を経て現在の地で営業再開したのは、1964(昭和39)年。奇しくも東京初のオリンピックが開催された年だった。

創業者の思いを引き継ぎ、つないでいく

2代目の父・正雄さんは大学を卒業後、定年まで金融機関で勤め上げた後に店を継ぎ、3代目の正也さんは店を引き継ぐまで福祉の仕事に従事していた。「老舗の家業を継ぐ」というと、卒業と同時に先代の元で修業を重ねる——。そんなイメージを抱きがちだが、正雄さんも正也さんも長く異業種を経て、店を引き継いでいる。

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2代目の大将・正雄さんは「とにかく仕事に真面目で几帳面な人」と正也さん。残念ながら現在は体調を崩され、店には立っていないそうだが、この笑顔に安らぎを求めて通っていた人も少なくないはず

正雄さんが店を継いだのは正也さんが大学生の頃。当時、入院していた初代のお見舞いに行った正也さんは、「店の名前と場所だけはなくさないで欲しい」と話す初代の思いを記憶していた。

そんな祖父の思いを受けて、正也さんが父から「店を継がないか」と話を持ち掛けられたのは今から5年ほど前。

「当時、私は高齢者福祉施設に勤務していたのですが、店を大切に思っていた初代の気持ちを理解していました。そのため、父から話を受けたときには、代々受け継がれてきたこの店の思いを、自分も継いでいこうという覚悟ができました」

とはいえ、福祉と酒場では、仕事内容も働き方もかけ離れているように思える。ギャップや不安はなかったのだろうか。

「どちらも“おもてなしの心”を持って、人との関わりを大切にする仕事です。福祉職からの転職になりましたが、不安はありませんでした」

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店内に飾られている正雄さん(左)と正也さんの親子ツーショット

「大将(2代目・正雄さん)からよく言われたのは『お客さまに対してごまかしたり、不審がられるようなことをせず、誠実な対応をするように』ということでした」

創業からのお客に対する姿勢がしっかりと受け継がれているからこそ、ふくべはいつでもふくべなのだろう。

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正也さんは、燗の付け方などの技術面を大将から細かく教わることはほとんどなかったという。燗の付け方は三人三様。季節や気温による微妙な調整など、研究を重ねることで感覚をつかんでいった

たった1人の常連客のためにでも無くしてはいけないこと

歴史あるふくべは、多くの常連を抱えている。長く通うお客にはそれぞれ、カウンターのこの椅子に座って1杯目はこの酒、つまみはこれで……と、その人なりの流儀のようなものがあるのだとか。

「だから、そのお酒を飲まれる方が1人でもいる限り、種類を変えることはできないんです。売り上げが低いからといってその日本酒の取り扱いをやめてしまうことは、“その方の居場所を奪うこと”になってしまいます。お客さま自身のルールも尊重しなければ、下手をすれば信用問題にもなりかねませんからね」

実際、日本酒のラインナップは創業当初からほぼ変わっていないというから驚きだ。経営面からつい採算を優先してしまいがちだが、あくまでもお客あってのお店。お店は店のものであっても、店だけのものではない。そう考えれば、何を優先すべきなのかが見えてくる。

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カウンター奥にずらりと並ぶ一升瓶。初代が店に立っていた時の写真と比べても、変わることのない光景だ

「ただ、常連さんであっても適度な距離は必要だと思っています。これをやってしまうと収集がつかなくなってしまう。誰々には対応したのに、自分にはなかったとなると、バランスが悪いですしね」

お店はお客が最大限に楽しんでもらえる環境を用意するのが務めと正也さんは続ける。

一見客は未来の常連客

近年はインターネットやSNSなどによって情報量は増え、その伝達スピードも加速した。評判を聞きつけた一見客が訪れることも増えたが、常連客の間で肩身の狭い思いをしないだろうか。

「最近も女性誌を見て、若い女性が2人で来てくださるなど、確かにお客さまの層にも変化はありますね」と正也さん。

「長いお付き合いの方も初めてのお客さまも、同じお客さまです。公益性を保ちつつ、分け隔てなく接するように心がけています。常連さんも優しい方ばかりなので、トラブルが起きたことはありません。一見の方でも温かく迎えてくださいますよ」

実際、カウンター客同士で飲んでいる酒やつまみの話から、近隣の店の情報交換など会話が広がっていくことも少なくないそうだ。

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2代目・正雄さんが店を切り盛りしていた時の写真。常連さんも一見さんも、酒席を囲めば楽しい時間は皆同じ

新型コロナ感染症の緊急事態宣言を受け、店は大きな影響を受けた。「苦肉の策だった」と始めたランチ営業(現在は休止)では、今までとは違った客層の獲得にもつながった。「ランチを食べにきたお客さまが『お酒飲まないんだけど良いかな?』と夜に顔を出してくださったのは嬉しかったですね」と思いがけない広がりを実感したという。

では、せっかく訪れた“一見さん”に、“常連さん”になってもらうためには何が必要なのか。

「人間関係に尽きると思いますね。お客さまとお店という壁はありますが、人と人との距離感を大切にしてコミュニケーションをとっていけば、自然とその方とお店との距離感も近くなっていく。何気ない日常会話が生まれるような、自然な環境をつくるように心掛けています。心地よい空間をつくることができれば、自然にまた来たいと思っていただけるはずです」

100年先もきっと変わらずに

ところで、正也さんが店を引き継ぐことを常連さんたちはどう受け止めたのだろうか。

「常連さんたちからは“安心したよ”と言ってもらいました。“若が入ったなら、あと100年は大丈夫だね”って(笑)」

そんなジョークも飛び出すほど、すんなりと受け入れられた。それは日頃から“跡取りがいない” と密かに気にかけていた常連さんたちの安堵の声だったのだろう。

そんな常連さんたちを見つめる正也さんの眼差しも温かい。

「長く通ってくださっている方の中には、ご高齢になっている方も。将来的には、その方たちにもずっと通っていただけるように、メニューを工夫し、考えていきたいと思っています」

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前職を生かした正也さんならではの発想で、お客さまと寄り添おうとする姿が印象的だった

大規模な再開発計画が進行し、生まれ変わりつつある八重洲エリア。ここ数年の間に超高層ビルが次々竣工するという。そんな時代の波に押し流されることなく、古き良き日本の面影を残しつつ、100年先もふくべはきっとふくべなのだろう。

 

【取材先紹介】
ふくべ
東京都中央区八重洲1-4-5
電話 03-3271-6065 

取材・文/篠原美帆
東京生まれ。出版社の広告進行、某アーティストのマネージャー、パソコンのマニュアルライター、コールセンターオペレーターなど、大きく遠回りしながら2000年頃からグルメ&まち歩きカメライターに。日常を切り取る普段着インタビュアーであることを信条とし、自分史活用アドバイザー(自分史活用推進協議会)としても活動中。

写真/新谷敏司