JR池袋駅北口から徒歩約3分。繁華街の一角にたたずむ雑居ビルの9階に全国的に名を知られた、個性的な飲食店があります。総合探偵社プログレスがプロデュースする「探偵カフェ・プログレス」です。
実際に調査活動に従事する現役の探偵がカウンターに立つ「探偵カフェ」は、メディアに取り上げられる機会も多く、探偵モノのドラマやアニメファン、探偵業の舞台裏に興味を持つ好奇心旺盛なお客が全国から訪れます。
一般にエッジの効いたコンセプトを掲げる飲食店は、注目されやすい反面、そのインパクトの強さと引き換えに「飽きられやすい」という弱点を抱えているもの。特に今は、コロナ禍の影響で飲食店の営業に激しい逆風が吹きつけています。お客に飽きられてしまうことが、店舗の存続に致命傷を与えることも珍しくありません。
しかし、ここは「探偵」をテーマに掲げるコンセプト店でありながら、熱心に通い続ける常連客によって支えられているといいます。お客を引きつけ、長く愛される店作りには何が必要なのでしょうか。探偵カフェ・プログレスのエグゼクティブ・プロデューサー、鈴木さんに話を聞きました。
探偵会社が飲食業経営に乗り出したワケ
「誰かに自分の職業を明かすとするじゃないですか。すると『人様の前で言って大丈夫なの?』って心配されるくらい、探偵って本当にイメージが良くないんです」と、鈴木さんは苦笑いを浮かべながらそう打ち明けます。
「悪いイメージや間違ったイメージを持たれてしまうのは、そもそも身近な職業ではないから。それなら、本物の探偵とカウンター越しに気楽に話せる店を作って、親しみを持ってもらおう。それが探偵カフェ・プログレスを開店した理由です」
鈴木さんは10年以上にわたる調査経験を買われ、2013年に探偵会社プログレスに入社した現役の探偵。入社時に、調査業務や後進の指導に加え、探偵カフェの運営を任せたいと経営者に打診されたといいます。
「私自身、これまで何人もの依頼者から『最初は怖くて、探偵社に相談するのをためらった』と言われてきたので、少しでも探偵の印象が良くなるならと思い、店の運営を引き受けることにしました」
探偵になる前、イタリア料理の店で働いていたことがあるという鈴木さん。飲食店の運営についてはある程度知ってはいましたが、仕事はあくまでも探偵業がメイン。開店からしばらくは、カウンターに立つ機会は少なかったと当時を振り返ります。
「店の収益に関して責任は持ってはいたものの、調査業務が忙しく、日々の運営はスタッフ任せ。お客さまに提供できるのはマニュアル通りのサービスだけという状況がしばらく続きました。このままでは、自分が考える理想的な飲食店のあり方とはかけ離れた店になってしまう。そんな危機感に駆られ、開店3年目に店のテコ入れをしました」
鈴木さんが入社する前、すでに会社が契約していた店舗の立地は、事務所に近いからという理由のみで決めた雑居ビルの9階。一見さんがふらっと立ち寄ってくれるような場所ではありません。成り行きに任せていれば先細りするのは明らかでした。
そこで「自分が調査業務に入る割合を減らしてでも、店に関わる頻度を上げよう」と、決意を固めます。
Twitterのつぶやきが、飲食店経営の転機に
責任者自身がお客の目を見て接客しなければ、良い店は作れないと痛感した鈴木さんは、まず集客力アップのための施策に取り組みました。
「近隣のオフィスに勤めている方に少しでも店の存在を知っていただこうと、カフェ営業を始めました。しかし、待てど暮らせど来ていただけません。多い日でも1日2、3人程度が関の山でした」
次なる一手を模索する中で、起死回生のヒントは意外なところで見つかったと鈴木さんは振り返ります。
「ある日、Twitterでエゴサーチをしていたら『週末だったらいけるのに』、『なんで平日しかやっていないの』という“つぶやき”が目に留まりました。店の公式アカウントにリプライしないまでも、店に対する要望が多いことに気付いたんです」
以後、鈴木さんは店について言及しているツイートを観察したそうです。すると「いきなりバータイムに行くのは勇気がいるけれど、週末の昼間ならちょっと覗いてみたい」という層が一定数いることが分かりました。鈴木さんはこの潜在顧客を獲得しようと即行動に出たといいます。
「思い切って平日のカフェ営業は取りやめ、土日限定に切り替えてみたんです。しばらくは変化がなかったのですが、1カ月ほど経ったころだったでしょうか、急に来店数が5倍以上に増えました。結果が出るまでどっちに転ぶか正直分からなかったのですが、試した甲斐があったと思いましたね」
効果が出ないことをダラダラやり続けることが許せない性分だという鈴木さん。やり方を変えてみて感じたのは、探偵カフェ・プログレスに関心を持っているのは、店舗近隣のオフィスではなく、インターネットの向こう側にいるという事実でした。
「営業日をガラッと変え、カフェタイムに10人から15人ものお客さまをお迎えできるようになった経験は、私にとって大きな転機になりました。わざわざ遠方から調べてきてくださるお客さまに、楽しんで帰っていただくにはどうしたらいいか。『今度は別の友だちを誘って来よう』『バータイムにも来てみたい』と思っていただくには、どんな接客を心掛け、どんなサービスを提供すべきか、スタッフを交え知恵を絞るようになりました」
すべてのお客を楽しませるためのサービス精神は止まらない
今年、開店から8年を迎える探偵カフェ・プログレス。いまでは多くの常連客に愛される店になりましたが、現在は飲食店にとって厳しいコロナ禍の真っ只中。鈴木さんは、コロナ禍で新規来店者数が減る中でも店の経営が成り立っているのは、やはり熱心に通ってくれる常連客たちのおかげだと明かします。
「この店の場合、バータイムの来店数を劇的に増やし、回転率を上げる集客施策にはどうしても限界があるので、一度来ていただいたお客さまにいかに“コストパフォーマンスが高い店”だと感じていただけるか、それが店にとってもっとも大切なことになりました」
コンセプト店は、2回目以降の来店につなげるのが難しい業態とされます。鈴木さんは、一見客をロイヤリティーの高い常連客に変えるには「お客さまに合わせたサービスを提供」し、「お客さまの負担にならない程度の価格帯で長時間楽しんでいただくための工夫」が必要と説きます。
「普通においしいものを飲み食いしたいだけなら、一般的な飲食店に行けばいいだけの話。それなのに、わざわざうちを選んで来てくださるのは、ここでしか得られない満足感を得たいからだと考えるのが自然です。それなら、一度来ていただいたお客さまには、楽しんで帰ってもらわなければ申し訳ありません。だから接客は常に全力。なので、お店で何時間も楽しそうに過ごしているお客さまを見ていると嬉しくなりますね」
お店のスタッフは、何気ない会話から来店の理由やお店を見つけた手段(SNS、TV番組など)を聞き出し、ほかのお客との相性などを考えて案内する席を瞬時に判断します。接客中の話しぶりや表情の変化から気持ちを察し、話題に変化を付けるのだそう。調査にまつわる裏話や男女の心理の違いを講義する“ネタトーク”は、鈴木さんの持ちネタだけでもおそらく50種類は下らないといいます。
どうやら、探偵ならではの観察力や洞察力に根ざした気遣いこそが、店の個性を際立たせているようです。
「日本では珍しいワニ料理やサボテン料理、スイーツの味を再現したオリジナルカクテルも、すべてはお客さまに喜んでいただきたいという一心でお出ししているもの。これらのメニューは『探偵がいる店』というコンセプトとは、一見関係がないと思われるでしょう。でも、このどれもが、また来たいと思っていただくために必要な要素なんです」
ただ、さすがに「ラーメン30種類は調子に乗り過ぎた!」と、おどけて見せる鈴木さん。でも言葉とは裏腹に、その表情はどこか誇らしげで楽しそうです。
「探偵は究極のサービス業といわれているのをご存じですか。同じ調査カテゴリーでも、ご依頼者の要望や調査対象者の性格などによって、サービス内容は大きく変わるからです。業態こそ違えど、飲食店も同じサービス業。お客さまへのアプローチは同じであるべきだというのが私の考えです。頼まれて断るのは店側の負け。できることは何でもすべきだと思っています」
これまでの経験を糧に、飲食店の可能性を追求したい
開店前に想定していた客層よりも、実際に来店する年齢層が低かったこともあり、店舗への来店から調査依頼につながることは年に数件程度。店舗から探偵業への送客は期待できないといいますが、鈴木さんは、探偵業と飲食店の兼業にはメリットが多いと感じています。
「探偵カフェの存在をテレビなどで知り、調査の依頼をしてくださる方、ご相談時に店の存在を知り、安心材料として受け止めてくださる方が少なからずいらっしゃいます。また、コロナ禍で飲食店以上に落ち込んでいるのが探偵業です。調査依頼数の落ち込みをカバーする意味でも日々売上を立てられる飲食店の存在は、探偵業にとってもメリットになっています」
「お客さまのためにやれることはすべてやる」、そんな経営ポリシーがコロナ禍においても生きていると話す鈴木さん。現在の危機的状況が去った後に、ぜひやってみたいことがあるそうです。
「これまで、試行錯誤を繰り返してきましたから、ご来店いただければ、どんな方でも楽しませる自信はあります。でも、いろいろな要素を取り入れてきただけに、自分でも何屋なのか分からなくなることがあるもの確か(笑)。でも、そのおかげと言っては何ですが、いくつか筋の良さそうな商売の可能性が見えてきました。いつかそれらを専門店として、独立できたらと思っています」
探偵カフェの常連客に「小腹がすいたのでここで締めたい」と言われ、請われるままに30種類にまで増やしたラーメンが、近い将来、新たな店で食べられる日が来るかもしれません。
「この店の内装はあくまでバー仕様。なので、使える厨房機器はIH調理器くらいしかありません。もうこれ以上、ここで手の込んだ料理を作るのは限界(笑)。専門店の設備があれば、コストを抑えながら、より良いメニューをお出しできるので、ラーメン店はいつか挑戦したいですね。マンガやアニメ好きの常連さんのために、彼女たちが喜ぶような別業態の飲食店もアリかも知れません。いずれにしても、まずはこの店を守るのが大前提。大事なお客さまやスタッフのためにも、努力していかなければと思っています」
最後に、大きな困難に直面しながらも飲食店経営に頑張っている同業者のみなさんへ、鈴木さんからメッセージをいただきました。
「店の業態や立地、また経営者の考え方によって、やるべきことは千差万別。経営課題はそれぞれなので、私から言えることはそう多くありません。でも1つ言えることがあるとしたら、やはりお客さまの期待に応え続けていれば、それに応えてくださる方は増えていくということ。実際、店に顔を出してくださる常連さんにはずいぶん励まされましたし、今も助けてもらっています。みなさん厳しい経営環境だと思いますが、努力していれば挽回できるチャンスは巡ってくるはず。なんとか歯を食いしばってこの苦境を乗り越えましょう」
【取材先紹介】
探偵カフェ・プログレス
東京都豊島区池袋2-47-12 第Ⅱ絆ビル9階
電話 03-6698-2263
取材・文/武田敏則
株式会社グレタケ代表取締役ライター。デザイナー、広告制作ディレクター、情報誌編集長などを経て2006年に独立し、インタビューライターに。経営、ビジネス、採用、テクノロジーの裏にあるエモい話が好物です。
写真/鈴木愛子