塾の常識をひっくり返す! 新たな学びの手法が学術発祥の地から全国へ

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東京大学の所在地である東京都文京区本郷。日本の学術発祥の中心地から、世界視野の学びを発信する筋金入りの学び場「エイスクール(a.school)」。情報を浴びて学ぶインプット型の学習塾が多い中、アウトプット型の探究学習塾として保護者の口コミで人気が広がっている。

「教育には答えがない」といわれる時代、子どもたちにとって価値ある学びとは一体、どこにあるのか。 エイスクール本郷校で代表の岩田拓真さん、主任講師の阿部将敏さんに話を伺った。

保護者の口コミで広がる、アウトプット型の学び場

「有名大学を卒業して一流企業に入社すれば、将来は安泰」という神話が崩壊し、受験戦争を過ごしてきた子どもたちが親世代となった今、新しい教育を模索する時代が続いている。

「最近は、子ども自身が興味関心のある分野に進んでほしいと思っている保護者の方が多いですね。直近7〜8年で、保護者の方の教育に対する考え方が変わってきたという雰囲気を感じます」と語るのはエイスクール代表の岩田さん。

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エイスクール代表の岩田拓真さん。子どもたちや保護者からは“イワタク”と呼ばれている

中学受験塾の低年齢化が進み競争が白熱する一方で、プログラミングや英語教室など、学校外での子どもの学び場も多様化している。その中でエイスクールが掲げるのは、アウトプット型の探究学習塾。身に付けた知識を「実践」に生かせるようになるという、新発想の学び場だ。

わからないことを探究する面白さを伝えたい

本郷校に通うのは、幼児、小学生、中高生で100人あまり。主軸となるプログラムは、小学生向けの「なりきりラボ」と「おしごと算数」だ。10数名程度の少人数クラスで、さらに各テーブルにメンターがついてサポートする。

「なりきりラボ」は、仕事体験を通して夢中になる力、発想力、論理的思考力、伝える力など、多角的なチカラを育むプログラム。一方、「おしごと算数」は、学校では教えてもらえないような、仕事に生きる算数を学ぶプログラムで、どちらも1つの特定の仕事をテーマとして取り上げ、2カ月(全8回)かけて探究していく。

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学びが楽しくなる遊び心を大切にしながら、授業が進んでいく

「プログラムの着想を得た原点は、キノコの研究に夢中になっている、ある研究者の姿勢でした。本人が研究テーマに心底のめり込んでいる姿が印象的で、どんな仕事にも、答えが分からないことに問いを立て、探究していくことに面白さがあるはず……。そのエッセンスを、子どもたちに伝えたかったんです」(岩田さん)

医師・看護師、法律家、研究者、プロダクトデザイナー、アーティスト・キュレーターなど、「なりきりラボ」で体験できる仕事は多種多様な20種類。岩田さん曰く、あえて幅を持たせることで、自分が好きな分野以外にも興味関心を持つきっかけとなるメリットがあるという。

現在の一番人気はメカエンジニアで、1カ月目のインプットの期間では、クイズやキットを使ったワークショップを通して、基礎知識を学んでいく。2カ月目はアウトプットの期間に移行し、オリジナルの機械仕掛けのメカを自由に作っていく。

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メカエンジニアのアウトプットに向け、子どもたちが作成した「メカきかくシート」

「何を作るかは自由なので、機械が苦手であれば、デザインに工夫を凝らすという方法でも問題ありません。その子なりの面白さを発見できるように、余白を設けるようにしています」と語るのは、主任講師の阿部さん。

最終日には保護者を招いて発表会を開き、2カ月の成果を子どもたちがプレゼンテーションする。

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保護者を招いて実施する発表会の様子

答えはいろいろ、人との違いを楽しむ空気

エイスクール入社前、中学校で教鞭を執っていた主任講師の阿部さんは、当時、受験前提の教育から逃れられないことに課題を感じていたと言う。

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主任講師の阿部将敏さん。みんなから “アベちゃん”の愛称で親しまれている

「エイスクールの授業をはじめて見たとき、正解がない問いに対して子どもたちが好きなようにしゃべっていて、なんて自由なんだ!と感動しました。塾だけど、塾じゃない。子どもたちに聞くと『遊びに来ている』って言います(笑)」(阿部さん)

「教える先生 & 教えられる子ども」という関係性ではなく、講師は単に先に生まれただけの人。その考えから、阿部さんは子どもたちの考えを受け入れ、自由に発想が広がる空気づくりを意識している。また、自身が探究する姿勢を見せることも大事な体験だと考え、必ず子どもたちと一緒にプログラムに取り組む。

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自由で楽しい雰囲気づくりのベースに流れる「3つのたのしみかた」

成長も人それぞれ。保護者には学びの様子や変化を定性評価で届ける

「講師や大人の目から見ても楽しいプログラムなので、1回(2カ月)で辞める人はほとんどいません」と阿部さん。保護者からは、子どもがとにかく楽しんでいると好評を博している。

「自分の好きなテーマで自由研究ができた」「本を自分から読むようになった」「何かに夢中になることが増えた」と、成長を報告してくれる保護者からの声も多い。

一方、子どもだけでなく保護者とのコミュニケーションでも工夫がある。子どもの送迎時やプロジェクト最終日の発表会、さらに保護者面談、保護者懇親会などの機会を設けるほか、コミュニケーションアプリを活用し、プログラムの内容や目的を定期的に連絡。プログラム終了時には、メンターが気付いた子ども一人一人の学びの様子、成長や変化、今後の課題などを定性評価として伝える。

2020年の春から「なりきりラボ」に通う小学6年生のR君は、当初は不安でドキドキしていたそう。だが、発言に対してメンターやクラスメイトが「このアイデア、すごい!」と言ってくれる雰囲気に勇気づけられ、少しずつ発言が増えていったと自己分析する。将来の夢はサッカー選手で、中学生になったらサッカーに集中し、練習や試合でもエイスクールで身に付けた「考えること」を発揮したいと話す。

R君の中学3年生の姉もエイスクール卒業生。さらに、小学2年生の次女も今年から通い始めた。

「エイスクールでは、多角的な視点という人生に大事な要素を教えてもらっていると感じます。迎えに行くと、その日、学んだことについて夢中になって話してくれるので、授業がとても充実しているとわかります。学校でも、運動会の創作ダンスのアイデアを出して採用されるなど、みんなで考えて、提案することが得意になりました」(三姉弟の母親)

周囲の保護者から塾について相談されることも多く、「価値観が合えば」とエイスクールを紹介することも多いという。

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学生メンターには、エイスクールの卒塾生も多い

設立当初の「賛同は得られるのに、参加者が少ない」状況から脱却

エイスクールの設立は2013年。岩田さんが、大学卒業後にコンサルティング会社への就職を経て、起業を決意した。

「僕自身が子どもの頃から探究心や好奇心が旺盛で、あれこれ手を出すタイプでした。定型の授業だけでなく、いろいろなことに挑戦できる学びがあればいいという考えがベースにありました」(岩田さん)

大学時代に「イノベーション教育(創造性教育)」と出合い、議論やワークショップを行うアプローチがあることを知ったことも大きな影響を与えた。

「世界に目を向けると、小さな子どもたちにもイノベーション教育が広がっていて、世の中も同じ方に向かっていると感じていました。日本でもこの流れを普及させたいと考え、学びの場を増やしたいという思いで起業しました。ただ、当初は順風満帆とはいきませんでしたね。

『そういう塾があったら、いいね!』と言ってくれる保護者はたくさんいましたが、いざ子どもを通わせるとなると『学校や受験の勉強をしないと』と言われてしまう。賛同はしてくれるけど、参加者は少ないという時期がしばらく続きました」(岩田さん)

当時は5人程度の少人数クラスを中心に、1カ月ごとのテーマを都度決めていくようなスタイル。「スパイスとハーブの探究」「デザインの仕事」など、テーマに一貫性がなく、授業の魅力が伝わりにくかったと振り返る。

状況が変化してきたのが、2016年。プロジェクトを2カ月単位に変更し、年に5つのプログラムを展開するようにした。期間が長くなっても子どもたちが挫折しないよう、今の「なりきりラボ」に通じる仕掛けも用意。「プログラムとしても型を整え、やっている僕たちも、参加する方にとっても、わかりやすくなったことが大きかった」と岩田さん。

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長年通塾する生徒も多く、子どもたちはさまざまな経験を経て成長を遂げている

もう1つのブレイクポイントは、2019年の秋。「なりきりラボ」「おしごと算数」のプログラムが、グッドデザイン賞を受賞したことだ。この頃には、プログラムを体系化し、ビジュアルも整え、講師も増やしていき、口コミでだんだん生徒が増えていった。

その後、本郷校に加えて池上校、品川校と拠点を広げ、2020年からはオンラインのクラスもスタート。エイスクールのプログラムを展開するパートナー校(FC)もどんどん増え、21都道府県52校でプログラムが展開されている(2021年9月時点、開校準備中含む)。

「起業後に無理やり内容を整えず、試行錯誤を繰り返しながらじっくりとプログラムを磨いてきた経験があるからこそ、今は迷わず授業開発に向き合えています」(岩田さん)

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探究学習特有のノウハウをマニュアル化した点が評価され、グッドデザイン賞を受賞

プレイヤーと協力しながら、探究型の塾を当たり前に!

現在は、子どもの探究プログラムやスキームの開発といった、企業との提携プロジェクトも増えてきている。

「街と子どもたちとのつながりをどうつくるかといった、コミュニケーションデザインも手掛けています。これに関しては、前職のコンサル企業での経験が生きていると感じています」(岩田さん)

岩田さんは学校や家庭とは違う大人と出会えるコミュニティーであることも、塾の役割だと考える。

「昔は、商店街でいろいろな仕事をしている大人と出会い、頭ではなく体感的に得るものがありました。でも、今は残念ながらその機会が減っています。今後は街で仕事をする人をゲストで呼んだり、外に出てインタビューに行ったりする授業、教室の壁を超えて街や社会に出て行く学びも、もっと取り組んでいきたいです」(岩田さん)

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本郷に拠点を構えたのは、“学問のど真ん中の地”から新しい取り組みを広げていきたいという思いから

拠点や提携校を増やし、企業ともコラボレーションしながら、その先にある目標は、塾市場の常識をひっくり返すこと。

「受験型の塾、学校の勉強をサポートする塾が多い中、探究型の学び場の市場をどんどん広げて、新しい王道にしていきたいですね。エイスクールだけでなく、いろいろなプレイヤーの皆さんと一緒に、子どもたちの人生を豊かにする学び場を当たり前にしていくことが目標です」(岩田さん)

大志を胸に答えのない道を探究し、面白さを重視しながら突き進んでいる岩田さんや阿部さん。その背中も、子どもたちの大きな学びになっているようだ。

 

【取材先紹介】
探究学習塾エイスクール(a.school)
東京都文京区本郷4丁目1-7 近江屋第二ビル 601
電話 03-6869-9822

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取材・文/武田明子
コピーライター。広告制作会社でコピーライターとして企業の商品・サービスのプロモーションに携わった後、出産を機にフリーランスへ。ママ向けやマネー系、ビジネスものなど多様なジャンルのコンテンツを制作。コミュニティー&メディア「女子部JAPAN(・v・)の編集部員としても活動中。

撮影/新谷敏司