「メロン愛」が深い店。そこは「つがる市愛」も深い店だった

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東京都新宿区神楽坂。かつては花街として栄えたこの一帯は、江戸時代から続く商店も点在する煌びやかな「神楽坂通り」を擁する一方、神社仏閣が立ち並び、パリ・モンマルトル周辺の街並みに似ていることから「東京のプチ・パリ」ともいわれる、文化の香りが色濃く漂う街です。

飯田橋駅を出て、メインストリートの神楽坂通りを登り、神楽坂のランドマーク善國寺から左に折れると、メロングリーンの外観も爽やかな日本初のメロン専門工房「果房 メロンとロマン」が見えてきます。

格調高い神楽坂ならではの高級フルーツ店か、人気パティシエのフラッグシップショップかと見紛うような洒落た店舗の前には、店の雰囲気とはかけ離れた「青森県つがる市東京事務所・移住相談窓口」の木製看板。そう、ここ「果房 メロンとロマン」を運営するのは、実はつがる市役所の職員たち。つがる市のアンテナショップと東京事務所を兼ねる、一風変わった形態の店舗なのです。

1階がメロンを使った生菓子や焼き菓子、ジャム、オリジナルグッズなどを販売する店舗、2階をカフェとして運営し、3階にはつがる市の東京事務所が入っています。早速、さまざまな疑問をつがる市企業誘致係長の佐藤貴行さんに投げかけてみました。

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取材スタッフの中に青森県出身者がいたことで、終始、津軽弁全開だった佐藤さん。「普段はきちんと“よそいき”で話しますよ(笑)」とのこと

人口約3万人。地方都市つがる市の大いなる挑戦とは

――失礼を承知で言いますと、「青森といえばリンゴ」で、メロンというイメージはまったくありませんでした。青森ではメロン栽培も盛んなのですか?

佐藤さん:国内的にもあまり知られていないのですが、実はメロンの生産量は青森県が全国第5位で、その8割近くがつがる市で生産されています。

メロン栽培の歴史に関して、はっきりとした記録はないのですが、おそらく始まったのは昭和の時代。つがる市がある青森県の北西部は、もともと砂地が多い地域です。先人たちが、ここで何を育てるか試行錯誤した結果、砂地のような水はけのいい土地に合っているメロンやスイカに行きついたのだと思います。

――店舗の上階は「つがる市東京事務所」となっています。そもそも、つがる市が東京に事務所を開設するにあたって、どんな背景や経緯があったのでしょうか?

佐藤さん:つがる市に限らず、どこの地方自治体でも同じ悩みを抱えていると思うのですが、やはり人口減少を食い止めるという課題があります。つがる市は農業が主体の街ですが、少子高齢化で農業者がどんどん少なくなっています。若い人も、高校を卒業して大学、専門学校進学のためにいったん街を出ると、大多数が地元には戻りません。

市の試算では、このまま何も手を打たずにいると50年後、100年後には街としての機能が失われてしまうという……。そこで、人口の多い首都圏の方につがる市をアピールすることを目的に、「果房 メロンとロマン」を併設する東京事務所を立ち上げました。豊かな自然環境を持つ“つがる”に少しでも魅力を感じていただいて、行ってみようかな、住んでみたいなと思えるきっかけづくりをする場になればいいなと。

東京事務所を置く自治体は数多くありますが、どこも都道府県単位か政令指定都市など。我々のような人口約3万人規模の小都市が設置するというのは、大きな賭けでもありました。

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独自で発行するフリーペーパー「果報 メロンとロマン」には、全ページにわたり、メロンに関する情報とメロンへの愛情が深い人物取材など、読みごたえのある内容が満載。店頭のほか、交流がある他県の事務所や観光案内所などにも設置している

――つがる市には、メロン以外にもリンゴや米などさまざまな農産物がありますが、その中でメロンに特化したお店にしたのはなぜですか?

佐藤さん:もちろん、リンゴの生産量は青森県が全国No.1なのですが、市町村単位で見ると、つがる市の隣町である弘前市の方が有名です。同じ品種のリンゴを作っていても、ランク付けがあり、つがる市では太刀打ちできないんです。米に関しても同様ですね。同じ東北でも、秋田県や宮城県には昔からの知名度でかなわない部分があります。

最初は、首都圏にも数多くあるような、特産品を集めたアンテナショップを予定していたんです。ところが調査していくうちに、少なくとも1,000種類の品揃えがないとやっていけないことが分かりました。都道府県単位であればそれくらいは可能でしょうが、一市町村だけでそのラインアップを揃えるのは難しい。それと、他のアンテナショップでも買えるアイテムを扱っても、後発組の我々では埋もれてしまう。

そこで、白羽の矢が立ったのが、メロンでした。メロンであれば、青森県内でもつがる市が生産量トップです。「青森県のメロン=つがる市のメロン」と打ち出していくため、メロンに特化したスタイルの店舗になりました。

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テイクアウト需要が増えたことから、生菓子の他に、焼き菓子やジャムなど常温で日持ちのするアイテムの種類を増やして売上を伸ばしているそう

知己のなかった東京で、メロンの網目のように広がるネットワーク

――そういった具体的な運営プランは、佐藤さんがここに赴任する前からすでにでき上がっていたのですか?

佐藤さん:いえ、こちらに来てからですね。店舗は2019年7月にオープンしましたが、その1年前には東京事務所の開設が決まっていて、私を含めたつがる市役所の職員4人が、初代メンバーとして活動しました。私自身は、永田町の都道府県会館にある青森県東京事務所で1年間研修させていただいて人脈を広げつつ、その間に他の職員が物件を決め、その中で何をするのか決めていったという流れです。

今のような店舗のスタイルになったのは、さまざまな仕事をしていく中で青森を熟知している広告代理店の方と出会い、アドバイスを受けたことがきっかけです。地元の魅力って、そこに住んでいると意外と気が付かないものなんですよ。メロンについても、外部の方に言われるまで分からなかった。まさに灯台下暗しですよね。

初代の所長となった職員がプランを詰めて、上司にフィードバックしたときには、すんなりOKとはいきませんでした。市としては、他にも農産物があり、生産者さんもいる中で、メロンに特化してしまうのはどうか、という懸念もありました。でも、ここを開設する一番の目的は、つがる市を知ってもらうことですから、あれこれ手を広げるよりもひとつ突き抜けたものでアピールしましょうと説得しました。メロンをフックにして、それが成功すれば、他のことは後からついてくるものですから。

幸いにも、2021年春に就任したつがる市長は、前任の副市長だった頃からこのプロジェクトに関わっており、「まずはやってみろ」と背中を押してくれるタイプなので、思いの外スムーズに進められました。

――まずは、メロン一本で勝負しようと決まったのですね。ところで、東京事務所のメンバーは4人のみ。実際の運営においては、外部スタッフなどにもご協力いただいているのですか?

佐藤さん:はい、そうですね。業務的な流れでいうと、運営責任者としてつがる市があり、運営全般とPR情報発信業務を広告代理店に担ってもらい、そこからの提案やアドバイスにより店舗の設計施工や運営、メニュー監修者などたくさんの方にご協力いただいています。

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カフェ内のモニターで流れているのは、可愛らしいイラストで構成されたメロン体感ムービー「女の子とメロン」。店の雰囲気づくりに一役買っている

――店舗兼事務所の場所を神楽坂にした決め手は何だったのでしょうか?

佐藤さん:まず、事務所とお店を一体化しようというプランだったので、それに適した物件を探しました。そして、メロンに特化するということで、これは完全に市独自のリサーチなのですが(笑)、「メロン好きが多いのは30代女性、その方々が多く訪れる街」ということで、谷根千と神楽坂をピックアップしました。銀座のようにアンテナショップが林立していなくて、街並みが落ち着いたところを重視した結果、最終的に行き着いたのが神楽坂だったんです。

でも、実際にふたを開けてみると、一人で来店して静かにスイーツを召し上がって帰る男性客や学生さん、家族連れなど、幅広い世代のお客さまが立ち寄ってくれています。

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つがる市で栽培しているメロン5品種「タカミ」「キスミー」「ホームラン」「アスコット」「レノン」のイメージで作った、オリジナルの万年筆インク(非売品)と、それぞれのメロンの特徴を解説するコースター。コースターは1階店舗で販売している

メロン専門工房ならではのこだわりメニューを開発

――つがるのメロンをアピールするために、独自のメニューを作られているようですね。

佐藤さん:はい。ここでしか味わえないものを作ろうと、メニュー監修をしてくださるプロの方、店舗スタッフ、東京事務所の職員が一丸となってメニュー開発に取り組んでいます。春夏秋冬と年間4回メニューを変えているのですが、事前に試食会を開催して、関係者と共にテイスティングしています。

メニューの中には、つがるの郷土食を取り入れたものもあるんですよ。例えば「メロンかき氷」の箸休め的に添えられている「すしこ」は、赤紫蘇ときゅうりを混ぜ込んだお米の漬物。青森県の中でもつがる市でしか作られていないレアな料理です。こういった地域ならではの食材も、どんどんアピールしていきたいですね。

――メニューの価格設定も、神楽坂価格というか、立地に合わせたりしましたか?

佐藤さん:メロンは高級フルーツのイメージがありますが、実はつがる市のメロンって、全国的に見てもリーズナブルなんです。全生産量の3%ほどしかとれない糖度17%以上で形もしっかりした希少品でも、ひと玉2,500円で販売しています。普段デパートなどでメロンを購入されている神楽坂マダムに、あまり安いと逆に心配だと言われたこともあります(笑)。

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生のメロンをプレスして、特製のメロンジェラートを浮かべた「専門店のメロンクリームソーダ」。どこか懐かしい見た目なのに、ライムのアクセントが効いた、まったく新しい風味と食感に驚く

正直に言うと、つがる市では、夕張メロンのように種まで守って、独自のメロンを作るということはしていないんです。主力品種の「タカミ」にしても、全国で同じ品種が栽培されているので、つがる市のタカミメロンとしてだけで売り出していくのは難しいという現状があります。その中でも品質を高めてより美味しく、それでいて比較的手が届きやすい価格帯のメロンとして、多くのシーンで食べていただきたいという思いがあります。

立地に合わせた価格づけも大事だとは思いますが、まずはつがるのメロンを首都圏の方に知ってほしい。つがるのメロンは現在、中京・関西方面への出荷が中心です。首都圏の方におなじみなのは、茨城県鉾田市のメロンが多いと思います。首都圏の方々に、青森にはメロンもあるということを広げている最中ですね。

また、メロンの糖度を測定するための設備があるんですが、実現には数億円の投資が必要になります。全国的にも使っている農協は少ないのですが、北海道のメロン産地で導入されていることを聞き、つがる市でも採用しました。糖度計測以外にも、生産者や出荷時期などの栽培履歴が追える仕組みになっています。

――品質管理も万全ということですね。話は変わりますが、神楽坂は老舗店舗や地元住民も多く、地域交流が盛んなイメージがありますが、お店を通して近隣の方と交流は行っていますか?

佐藤さん:まずお店を開店したときに、神楽坂エリアの飲食店組合に加入しました。それをきっかけに近隣のレストランとも交流が生まれ、メロンを使ったコラボメニューを開発していただいたこともあります。

また、近くにある公立の小学校で、食育に関する体験授業も実施しました。給食でメロンを食べてもらったほか、プランターでメロンを育てて収穫したのですが、私は栽培に関しては素人なので、地元の若手メロン農家さんの協力をいただきながら指導しました。子どもたちも興味津々に取り組んでくれて、今では近くで出会ったりすると、「あっ!メロンのおじさんだ!」と声を掛けてくれるようになりました。

――次世代を担う子どもたちに、つがる市を知ってもらう絶好の機会になりましたね。

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「果房 メロンとロマン」という店名には、作り手のメロンに対する「愛情」や、メロンの可能性を広げるために挑戦し続けている人々の「夢」といった思いや意味が込められているという

メロンがつなぐ人と人。そしてやがては人から街へ

――お店がオープンしてから2年が経ちました。メロンの認知度を高める他に、つがる市をPRして、地元に人を送りたいという目的についての成果はいかがですか?

佐藤さん:正直、まだまだ発展途上といったところです。表に掲げている看板の通り、ここはメロン専門ショップであると同時に、つがる市への移住相談窓口としての機能も持っています。相談や質問があれば、いつでも来ていただけますし、実際に数人の方が相談にみえました。相談以外でも、店舗に青森県出身のお客さまがいらしたときは、販売スタッフから事務所に知らせてもらい、顔を出すようにしています。

また、店舗が休みのときには、在京故郷会のような集まりに使っていただくことも。そこで情報交換をすることで、さらなる人脈拡大に期待しています。

――ちなみに、実際に移住希望者は現れましたか?

佐藤さん:つがる市では、「つがる市地域おこし協力隊」「移住・定住・子育て支援」などの制度を設けていて、地元へのUターン、Iターン、Jターンを積極的に呼びかけています。今のところ、地域おこし協力隊をきっかけに、古民家を改築して、地元食材を使って郷土料理を振る舞う多目的スペースを運営する方などが移住されていますが、切望する農業従事者への応募はなかなか現れず……。

つがる市の支援制度は1年なり2年なりやってみて、向いていないと思ったら帰ってもいいし、返金のリスクもありません。新天地に移住するということは、期待もありますが、環境が大きく変わるという不安もあると思います。我々としましては、さまざまな支援制度をうまく使っていただきたいです。ご相談の内容に応じて適切な支援制度を丁寧にご紹介させていただければと思います。

ワーケーションやリモート勤務が流行っている“いま”が、大きなチャンスなのかなと。海釣りやキャンプはもちろん、ウインタースポーツも楽しめる自然豊かなつがる市でのびのびと働きながら、地元に溶け込んでほしい。青森の人は、最初は無口でとっつきにくいと思われがちですが、一度打ち解けるととても温かいんですよ。

そして、ゆくゆくはつがる市の農業を支えていただければ、ありがたいですね。メロン自体は他の農作物に比べて収益性が高いという長所があるのですが、いかんせん体力的にきついんですね。かがんでする作業が多くて……。生産者が高齢化していく中で、そこが悩みの種ですが、たくさん儲けて後継者もきちんと確保していくためにつがるのメロンの価値を上げるのも、我々に課せられた重要な仕事です。農家の方にも、颯爽と田畑の様子を見に行くような未来を届けられるといいですね(笑)。

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【取材先紹介】
果房 メロンとロマン
東京都新宿区神楽坂3-6-92
電話 03-6280-7020

取材・文/八尋みくり
神奈川県在住のフリーライター。広告代理店でコピーライターとして勤務した後、独立。美容、料理、食品、健康、ペット、家事・育児、電化製品、教育など、暮らしを取り巻くさまざまなジャンルでの取材・ライティング、広告制作を手がける。

撮影/佐藤 朗(felica spico)