常連に愛されるお店の代表格といえば、スナック。宴会の2次会に、上司に連れられて、仕事帰りにフラッと……など、きっかけはさまざまですが、日本全国どこの繁華街にもあるスナックが今、若い世代から人気を集めているといいます。
全国500軒のスナックを巡り、オンラインスナック横丁の運営やスナックイベントを通して、幅広い人々にスナックの魅力を啓蒙する『スナック女子』五十嵐真由子さんと、池袋の人気スナック『SORA』のまどかママに、常連に愛される秘訣や、若者の間でスナック人気が高まっている理由などについて教えてもらいました。
愛されスナックの愛されママは、どのように生まれた?
五十嵐さん:まずは、「スナックSORA」をオープンされた経緯から教えていただけますか?
まどかママ:自分のお店を持ったのは1995年の11月ですが、その前にアルバイトで池袋のラウンジに在籍していました。
私の業界デビューは遅いんですよ。30歳過ぎてからなので。10代、20代の女の子が多い中で、30代の私はちょっと浮いていましたね。この先やっていけるかなあという不安はありました。
五十嵐さん:ラウンジに入店する前は、どんなお仕事をされていたのですか?
まどかママ:もともとは保育関係の仕事をしていたんです。保育士だったり幼稚園教諭だったり。その頃、私生活でまあいろいろあって(笑)、昼の仕事とは別に、手っ取り早く稼げそうな夜の世界に飛び込みました。
五十嵐さん:スナックママには必ず聞いちゃうんですけど、ママってバツ持ちですか?
まどかママ:正解(笑)。なので、収入アップを目指してWワークを始めました。でも、水商売で稼ぐのは、思った以上に大変で……。飲んで歌って話していればいいなんて甘い世界じゃなかった。年齢のこともあって、若い子が敬遠しがちな気難しいお客さんに付かされるんですよ。そういうお客さんって、往々にして経営者とか、地位の高い人が多くて。
五十嵐さん:上から目線だったり、お説教してきたりするような?
まどかママ:そうそう。でもね、うんうんって聞いていると、すごくためになる話を教えてくれるんですよ。お金をいただきながら、経営塾みたいな話が聞けるって、すごくないですか?
五十嵐さん:確かに! 大先輩の経験から紡ぎだされた話が聞けるって他にはないお仕事ですよね。夜のお店で働く前は、そういったおじさまたちと話す機会はなかったんですか?
まどかママ:だって、ちっちゃい子ども相手ですよ(笑)。大人といえば、同僚と保護者くらい。当時はまだ保育士もやっていたので、お店でも先生って呼ばれていました。
五十嵐さん:先生! 確かにスナックは夜の保育園でもありますね(笑)
まどかママ:そんな気難しいおじさまを担当したり、私よりも年下のママや従業員をサポートしているうちに、周りから頼りにされて、責任者を任されるようになったのです。経営の現場を間近で見ていると、この仕事の奥の深さにどんどんハマっていって。ついには、2年間のWワークで得た資金をもとに、自分のお店を持つことに決めました。
お客さまの話にとことん耳を傾け、時にはお説教も
五十嵐さん:それが「スナックSORA」なんですね。一方で独立して、お客さまを一から開拓する上での不安はなかったんですか?
まどかママ:アルバイト時代におじさまたちはしっかり獲得していたので、あとはその方が連れてきてくださった部下の方たちが常連になってくれたりですね。最初にここにいらしたときは大学卒業したてだった若い子も、いまでは幹部クラスになりました。
五十嵐さん:すごいですね! 長く続ければ続けるほど、お客さまのさまざまな成長が見られるなんて興味深いですね。まさに夜の保育園(笑)
まどかママ:そうそう。一人で来店した若い子にはすごい歓迎ぶりですよ、私。「なんて勇気のある子なの! すごいね」って、ヨシヨシしちゃう(笑)
五十嵐さん:さすが先生! 子どもをほめて育てるのと感覚は一緒ですね。ほめて、伸ばして、やがては常連に。
まどかママ:それとは逆に、経営者とか上の立場に立つと、人って叱られることがないじゃない? なので、あえて叱ってやるんです。
五十嵐さん:あ、それよく聞く! スナックママによる全国共通のおもてなしですね。
まどかママ:このお店にも、奥にBOX席があるんですけど、「説教部屋」って呼んでます。他の席が空いていても、わざわざそこに座る人がいるくらい人気の席。
五十嵐さん:ちょっと惹かれますね、説教部屋。どんなきっかけや内容で叱るんですか?
まどかママ:絶対に無理なキャバクラのお姉さんに“入れあげてる”とか、仕事でやらかしちゃったみたいなこととかね。
五十嵐さん:叱るときは、「こうしなさいよ」的な言い方で?
まどかママ:私が頭ごなしに言われるのが嫌なので、それはないかな。自分がこうしたいと思ったときって、悩んでいたとしても、したい気持ちの方が大きいじゃないですか。例えば、不倫していたとして、やめたほうがいいのは自分でもわかっているはず。それでも止められないんですよね。そういうときは、いいんじゃない? って言います。一度はとことんまでやってみたらって。
五十嵐さん:そうですよね。多くの人は反対すると思うけど、唯一いいんじゃないって言ってくれる人がいたら、その人にとって心の支えになるんだろうな。
まどかママ:恋愛だけではなくて、仕事で独立したいとか、お店を持ちたい人にもそう。失敗したらやり直す。そこから修正していけばいいと思うので、基本的に止めないですね。そもそも相談してくる時点で、その人の中ではほぼやる方向に決まっていると思うのね。
五十嵐さん:背中を押してほしい人たちが多いんでしょうね。深いなあ。それはママに相談したくなりますよ。
五十嵐さん:ところで、気難しいお客さまを懐柔させるというか、気持ちを丸くさせるテクニックってあるんですか? いろんな場面で使えそうで、興味があります。
まどかママ:最初はとにかくよく話を聞くことからですね。こっちから何か話題を振ろうと懸命になるんじゃなくて。だいたいそういうタイプの人って、「俺が俺が」になるので、根気よく話を聞きながら、ひとつでもいいところを見つけようと思って接しています。ちょっと苦手だなと思う人でも、必ずいいところはあります。そこが見つかると、どんどん好きになっていく。こっちが好意を持てば、自然と向こうにも伝わって、相手も自分を好きになってくれるものです。
五十嵐さん:なるほど。先入観にとらわれず、その人ならではの魅力を見出す。
まどかママ:そうですね。これは責任者として働いていたお店でのエピソードですが、いつもふんぞり返って偉そうな態度を取る社長さんがいました。当然若い女の子は“付きたがらない”ので、「私でごめんなさいね」と言いながら、恐る恐る席に着いたんです。そうしたら「おお、いいよいいよ! むしろ貴方と話したかったんだ」と言ってくださって。なんだ、いい人じゃんって(笑)。
イケイケな会社の社長さんでしたが、当時はまだ若かったので、悩みもいろいろあったみたいなのね。「ママだったらこういうときどうする?」ってよく聞かれました。私の意見でいいの? と思いながらも、自分だったらと一生懸命考えて、答えました。そこからとても仲良くなって、いまではSORAのいいお客さまです。お客さまとママというよりも、一緒に闘ってきた同志のような間柄になっていますね。
五十嵐さん:企業のトップともなると、誰にも相談できないし、周りは気を使ってなかなか本音を言ってくれない。でもママにそういった話ができるというのは、やはり利害関係がないからなのかな。
まどかママ:そうかも。それと、そういう人って、スナックのママだからとか、水商売だからと差別しない。ママ=(イコール)経営者だから、自分と同じ立場にいるという接し方をしてくれます。
五十嵐さん:なるほど! どのような立場であっても本音で話せるお付き合いが長く続くのは、やはりママの傾聴力の賜物ですよね。
「好き」という気持ちが行き来することで生まれる一体感
五十嵐さん:初めてのお客さまに接するときは、どういうところを糸口にするのですか?
まどかママ:まずは、こんなにたくさんあるお店の中からSORAを選んでくれてありがとう、と全面的に感謝しながら、どうしてうちに来たの? と聞きますね。そこから話を膨らませていきます。
それが2回目、3回目になってくると、来るときには多かれ少なかれ、何らかの理由があると思うんですね。相談事かもしれないし、ちょっとした気分転換かもしれない。いいことがあったり、反対に悲しいことがあったりね。なので、お客さまの表情を見ながら、今日は何かいいことがあった? とか聞いていきます。
五十嵐さん:心理カウンセラーみたいですよね。これを私は勝手にママAIって呼んでるんですけど(笑)、扉を開けたときのお客さまの表情からパッと気持ちを察知し、さらには言葉の一片一片から情報を手繰り寄せるという。
ママは、いわゆる「一見さん」に次の来店を促すような仕掛けはしているんですか?
まどかママ:うーん、一般的な飲食店だったらサービス券をお渡ししたりできるんでしょうけれど……。自然な気持ちで「また来たい」と思ってもらえるような接客をすることでしょうか。
五十嵐さん:さっきママが話されたように、こちらが好きになれば、相手も好きになってくれる。私もスナックのママが好意的に話しかけてくれるとなればママに対する印象がどんどん良くなるし、そのママがいるお店に対して愛着を持っちゃう。ここのママは自分の話をちゃんと聞いて、愛情を注いでくれてるなって。
まどかママ:常連さんたちは、私が全面的にもてなしているお客さまがいるときは、あのお客さん初めてだなって察して、静かに待っていてくださいます(笑)。そのうちに、私と一緒になって、場を盛り上げてくれるんです。私が言えない言葉を常連さんが代弁してくれたり、帰り際には「また来いよ」と送り出してくれたり、ね。それが、次の来店への敷居を下げてくれる効果があるのかも。
五十嵐さん:一見さんも常連さんの輪の中に、すっと入っていける。そういうスナックならではの一体感が楽しいんですよね。
オンラインスナックやSNS。新たな媒体をきっかけに新規客を開拓
五十嵐さん:最後になりますが、今後のスナック業界はどうなっていくとより良くなると思いますか?
まどかママ:うちのように長く営業しているスナックでは、常連さんも年齢とともに来店されなくなったり、中には亡くなられた方もいます。新しいお客さまを開拓したいという思いはあっても、どうしたらいいのかわからず模索していましたが、コロナがきっかけで始めたオンラインスナックとSNSで、新たなお客さまとのご縁がどんどん生まれるといいなと思っています。
若い人のスナック離れを食い止めるためにも、もっとハードルを低くして、お酒が飲めなくても楽しめるようなコミュニケーションの場になればいいかなと。
五十嵐さん:スナック未体験の人からすると、スナックって扉の先が見えないし、料金システムもよくわからない。ママとどんな話をすればいいのかも不安ですよね。昭和カルチャー好きでスナックに興味はあるけれど、なかなか飛び込めないというときに、オンラインスナックやSNSは格好のメディア。直接気になるママと事前にコミュニケーションを図れるので、ママの人柄や雰囲気を知ってから来店できるという利点がありますよね。
「オンラインスナック横丁」の加盟店でもサービス内容や料金、ママの紹介などを可視化したことで、これまでと違った層のお客さまが実店舗にも来るという事象も起こり始めているんです。
オンラインスナックがスナックとお客さまを結ぶ懸け橋となり、実店舗にも多くのお客さまが訪れるようになっていけば嬉しいですね。
まどかママ:実はちょっぴり苦手なSNSなんですが、SORAの未来のためにも頑張ります!(笑)
スナック SORA まどかママ
保育士・幼稚園教諭として子どもたちの育成に携わる一方で、2軒のラウンジにアルバイト勤務。その後、1995年11月27日、池袋西口に、『スナックSORA』を開店。店名は、空が好きなことと、たとえ離れていても、空はどこまでもつながっているよという思いで名付けた。
スナック SORA
東京都豊島区池袋2-48-2 ザ・バレル池袋ビル501
電話 03-5396-1162
五十嵐真由子さん
国立音楽大学卒。CM音楽制作会社を経て、楽天に入社。楽天トラベルの営業で全国各地を周っているときに、地元を知る絶好の場としてスナックを紹介され、以来その魅力にどっぷりはまる。2015年に独立、企業のストーリーブランディングを提供するMake.LLCの代表を務めながら、スナック愛好家「スナック女子(スナ女®)」として多くのメディアでスナック普及活動に取り組む。2020年に「オンラインスナック横丁」をスタートしオンラインスナック支援活動を行う。
取材・文/八尋みくり
神奈川県在住のフリーライター。広告代理店でコピーライターとして勤務した後、独立。美容、料理、食品、健康、ペット、家事・育児、電化製品、教育など、暮らしを取り巻くさまざまなジャンルでの取材・ライティング、広告制作を手がける。
撮影/新谷敏司