男性の爪先ケアは今や常識? 男性ネイル業界の真相に迫る!

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「男性のネイルと女性のネイルは似て非なるもの。例えるなら、鍼灸と整体くらい違います。それを理解している人は、ネイル経験のない男性はもちろん、女性ネイリストですら少ないのが現状です」

そう話すのは、「オトコネイル」の代表、坂下隆子さん。坂下さんは2012年、東京・市ヶ谷に1号店をオープン以来、東京と大阪で男性専用のネイルサロンを6店舗経営する、男性ネイルの第一人者です。

男性と女性のネイルは似て非なるものとはいえ、爪を美しくするという意味では男女とも同じはず。「ジャンルが違う」と言うほど大きな差があるとはどうしても思えません。一体何が違うのでしょうか? 興味の赴くまま、さまざまな疑問を投げかけてみました。

健康的な爪を維持する。それがオトコネイル

「最近、目にするファッショナブルな男性向けのネイルアートは、女性向けに発展したマニキュアやジェルネイルを男性に展開したもの。どちらも爪を華やかに飾るのを目的としている点で、女性向けと同じ位置付けといえます。

一方、私たちが提供しているサービスは、自己表現としてのアートというよりは、健康的な爪を維持するケアに重点を置いています。ここが大多数を占める女性向けネイルサービスとの大きな差です。目指すゴールが違うので、サービスに対する思想も施術内容も違う。だから『似て非なるもの』なんです」

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坂下隆子さん。大学卒業後、証券会社に勤務しながら起業の道を模索。2012年7月にオトコネイルを創業し、2014年9月に株式会社オトコネイルを設立

髪型や服装、磨き込まれた革靴のように、健康的に整えられた指先もビジネス上の“身だしなみ”と考える、数多くのお客さまに支えられているといいます。

「ご来店いただくお客さまは、ファッションや流行に敏感な若者というより、下は20代から上は70代までと幅広く、40〜50代のビジネスパーソンが中心です。職業は外に出てお客さまと対面される機会が多いセールス職や経営者、専門職の方が多いですね」

デキる男は爪のケアにも余念がない。その衝撃が起業の原点に

もはやスキンケアに熱心な男性は珍しくない時代。ネイルケアも広がっているのかと思いきや、ある業界団体の調査によれば、日常的にネイルアートやネイルケアを実践している男性は10%未満。まだまだビジネスとして有望な市場には見えません。それなのに、なぜ坂下さんは、男性向けネイルサロンを経営しようと思ったのでしょうか?

「男性向けのネイルケアサービスで起業したいとお話すると、大半の人から反対されましたから、そうした疑問を持たれる方がいるのはよく分かります。でも、いまだ常識になっていない『未常識』を『常識』に変えていくのがビジネスの醍醐味です。

大勢から『やってみたら』と応援されるようなアイデアであれば、起業していなかったと思います。すでに成功事例が存在するビジネスを真似るだけであれば、起業のリスクを冒してまでチャレンジする必要はありませんよね。開拓しがいがある分野だからこそ、起業したいと思いました。

大学を卒業後に証券会社へ入社したのも経営者の人脈をつくり、皆さんからビジネスや企業経営のノウハウを吸収したかったからです。会社員生活は3年で区切りを付けるつもりでした」

自分で決めた3年という期限が間近に迫るころ、坂下さんは、オトコネイルを起業するヒントを見つけます。

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「仕事柄、仕立ての良いスーツ、磨き込まれた革靴をお召しになっているお客さまと接する機会が多く『やはりビジネスの最前線で活躍されている方は気配りが違うな』と感じることが何度もありました。

あるとき、そうした身だしなみに一分の隙もないお客さまの手許を見て、『キレイな指先だな』と感じたので率直に尋ねてみたところ、ご自身で爪のケアをされていると。もっと驚いたのは、同じように爪をケアしている男性が一定数いらっしゃるという事実です。男性にも、ここまでされる方がいるとは思わなかったのでとても驚きましたね。この衝撃がオトコネイルの創業につながりました」

経営に徹する覚悟で起業。「私はネイリストではありません」

サービス提供者も利用者も女性中心のネイル業界では、ネイリストが経営を兼ねる場合が多いといいます。しかし、坂下さんはネイリストとしてではなく、経営者として美容業界に参入しました。

周囲から業界経験がないのは不利ではないかと指摘されたこともあったそうですが、坂下さんは意に介さなかったそう。なぜなら「私たちが耳を傾けるべきは業界の常識やしがらみにとらわれた声ではなく、最前線に立つお客さまの声。経営者が実務を担当しないことはメリットしかない」と、確信していたからです。

「ネイリストと経営者では、果たすべき役割も求められる能力も違います。兼務してどちらも中途半端に終わるくらいなら、経営に徹するのが合理的な判断。だから、私は現場とは一線を画し、経営者に徹しています」

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「お客さまは外回りの営業や経営者が中心。定期的なメンテナンスだけでなく、大事な商談や重要な会議の前にご来店される常連さんもいらっしゃいます。施術中、会話を楽しむ方もいれば、指先のツボが適度に刺激されるせいか、ぐっすりと眠られてしまうお客さまも多くいらっしゃいます」(有楽町店・淡野店長)

経営に専念しているとはいえ、業界に知見がないわけではありません。男性ネイルに対する誤解が、女性ネイリストの間にもはびこっていると坂下さんは憤ります。

「女性ネイルアートの経験があれば誰でもでき、男性向けのサービスは簡単だと思われているネイリストが多いのはとても残念ですし、とんでもない誤解です。お客さまの爪や手の状態は人それぞれ。一人一人に合わせて施術内容を変えていかなればならないので、指先や爪の構造への理解、症状への効果的な対処方法にも詳しくなければなりません。ネイルアートのように装飾でごまかしが利かないだけに、施術者の実力が如実に表れる世界なんです。

そもそも、常日頃から厳しいビジネスの世界で戦っているお客さまを相手に、安くはない料金をお支払いいただくわけです。技術はもちろん接客に関しても安易な妥協は許されないという難しさもあります。女性向けサロンの常識とは異なる点が多いため、ネイリストの採用には慎重を期しています」

採用基準は、「過去の経験より、施術に臨む意識の高さ」や「正直さや物事を前向きに捉え努力する姿勢、そして『人は周りの人達の笑顔で幸せになる』という理念への共感」だと話す坂下さん。接客技術や施術技術は教育や研修で身に付けられても、周囲の指摘やお客さまの要望に聞く耳を持ち、学ぼうという素直さや謙虚さは、その人の人間性が問われます。

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人気の健康コース(爪切り、縦筋軽減、甘皮・ささくれ処理、艶出し、ハンドマッサージ)は、60分で7,150円(税込)。手の爪だけでなく足の爪の手入れや足の巻き爪解消コースなども用意。「手の爪は2週間に1度、足の爪は1カ月に1度のペースでご利用いただく方が多いですね」(有楽町店・淡野店長)

「せっかく新しい市場を切り拓くのです。低価格路線ではなく高付加価値路線で勝負したかったので、主な顧客層である40代、50代男性のご意見を参考に、試行錯誤を繰り返して今のスタイルに落ち着きました。ですから、採用においては、お話を聞くべき人の意見に真剣に向き合える素養があるかどうかを重視しています。

自分の考えや方法に固執する方は、入っても長続きしませんし成長も期待できません。実際、どんなに実績のある方でも、新しい考え方や価値観を受け入れられない人はなかなか習得できないという事例も多くありました。それぐらい厳しく対応しないと、サービスのレベルは維持できないんです」

坂下さんの経営スタイルで、さらに興味深い話がありました。それは、顧客層が重なるサービスや男性の認知が高い異業種とのコラボレーションに積極的なことです。業界の常識や慣習にとらわれない活動は、坂下さんが経営に徹しているからこそ可能な取り組みかもしれません。

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「異業種コラボから得られるのは、プロモーション効果に加え、サービスの改善や新サービスのヒントです」と話す坂下さん。これまで、大正製薬のほかにも、アパホテル、バスクリン、キリンビバレッジ、タマホームなど、男性にも馴染み深い企業とのタイアップを実現

「よく『なぜネイルと縁もゆかりもない会社とコラボするの?』と言われますが、すべては男性の声を聞き、学ぶためです。創業間もないころは、内装の雰囲気やサービスのあり方を学ばせていただくために、シニア層のファンが多い喫茶店のルノアールさんに通っていた時期もありました。

アパホテルの元谷拓専務にアポを取ってお話を伺いに行ったときは、寝心地の素晴らしい高級ベッドに高稼働率の一端があるのを知り、目から鱗が落ちたこともありましたね」

お客さまから支持されるサービス、専門店ならではの魅力づくりのヒントは、女性が中心の美容業界やネイル業界からは決して得られないノウハウ。学ぶ姿勢を大切にしているからこそ、オトコネイルはサービスを改善し続けられるのだと、坂下さんは言います。

男性ネイルを一過性のブームではなく、文化として定着させたい

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昨年はコロナ禍で売上が4割ダウンと一時的に落ち込み、人々の動きも変わったため、2店舗を計画的に撤退。結果、固定費を削減することができ、スタッフも適切に配置できたため、最終的には2020年度の売上が前年を上回ったそうです。コロナ不況が叫ばれる中でこの好業績は、リピーター率約9割を誇る顧客ロイヤリティーの高い店づくりの賜物といえるでしょう。

「こうした厳しい状況下でも来てくださるお客さまに対して何ができるか。スタッフと一緒に知恵を絞った結果です。お客さまに対して丁寧な接客と確かな技術でお応えするには、お客さまの声に耳を傾けることが何よりも大切。

オトコネイルが創業以来掲げている『闘う男性にひとときの安らぎを』というコンセプトが、多大なストレスを強いるコロナ禍と相まって、今ほど求められている時はないと感じます」

坂下さんに「最近、男性向けネイルを手掛ける同業他社が増えてきているようですが」と水を向けると、意外な言葉が返ってきました。

「私たちのライバルは同業他社ではなく、お客さまが行きつけの整体院や小料理屋さん。私たちが提供しているサービスの本質は、癒やしや安らぎの時間にあると考えているからです。オフィス街や商業地区の一等地で隠れ家的に出店しているのも、仕事の合間に上質なサービスを受けてリフレッシュしていただきたいという思いから。

コロナ禍で出店ペースは落ち込みましたが、より多くの男性に、髪や服装と同じようにネイルケアも身だしなみの一つとして認識していただけるよう、店舗数を以前のペースに戻したいと思っています。一過性のブームではなく、文化として定着させるのが目標です」

普段は爪の手入れに無頓着な筆者も取材後、60分コースをお願いしてみたところ、丁寧な接客と見違えるような仕上がりに驚きました。まだまだ余談を許さない社会情勢ではありますが、これから人と会う機会はどんどん増えていくはず——。

女性は男性の想像以上に、“オトコの指先”を見ているようですので、ネイルケアの需要を実感。指先まで磨かれた手、悪くないですね。

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爪の健康状態や好みを踏まえ、爪の長さや仕上げを提案してくれます。ネイル体験をさせてもらった筆者は、生まれつき爪が薄く普段から深爪気味。今回はそんな筆者の特徴や好みを汲んで、爪は短目、表面は削らず、滑らかで光沢のある仕上げにしてもらいました

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施術前

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施術後。あえて違いを説明するまでもなく、輝きの違いは一目瞭然。ついつい何度も爪の先を触って感触を確かめたくなるほどの出来栄え。取材に先立って10日間切らずに伸ばした甲斐がありました!

 

【取材先紹介】
メンズネイル総本店・オトコネイル 有楽町店
東京都中央区銀座2-4-19 GINZA SENRIKENビル3F
電話 03-6263-0275

取材・文/武田敏則
株式会社グレタケ代表取締役ライター。デザイナー、広告制作ディレクター、情報誌編集長などを経て2006年に独立し、インタビューライターに。経営、ビジネス、採用、テクノロジーの裏にあるエモい話が好物です。

写真/鈴木愛子