スナック界の名物ママが明かす、常連客も巻き込む「自然体」の 接客術

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スナックのママに常連の心をつかむ接客の極意を学ぶ第2弾。今回訪ねたのは、かつて花街として栄えた東京都文京区湯島天神下で40年近く営業する老舗スナック『もしも…』の仁子ママと、その右腕・25年のベテラン、雅子さんです。折しもコロナ禍による飲食店の制限が緩和された翌日、7カ月間の休業を経て再開したばかりの店にお邪魔しました。

今回もナビゲート役は全国500軒のスナックを巡り、オンラインスナック横丁の運営やスナックイベントを通して幅広い人々にスナックの魅力を啓蒙するスナック愛好家「スナ女®」五十嵐真由子さん。自身もよく足を運ぶ店ということもあり、飄々としたママとのトークは和気あいあいと進みます。

「普通の主婦」が思い切って飛び込んだスナック経営の世界

五十嵐さんコロナの影響で4月からずっとお休みされていましたよね。昨日、ようやく再オープンして来年40年の節目を迎えるわけですが、お店を立ち上げた経緯から教えてもらえますか。

仁子ママ:この場所はもともと、主人が所有していて人に貸していたのですが、テナントが空いてからなかなか埋まらなくて。それなら、という流れで私が店を出すことになったんです。最初は「無理だ、うまくいかないだろう」ってみんなに言われましたけど、折角やるなら思い切り楽しもう! という気持ちで始めました。

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飄々とした語り口の仁子ママ

五十嵐さんそれまでに接客業の経験はありました?

仁子ママ:全然。でも、お義母さんから「もしかしたら、素質があるんじゃない?」と言われて「それならやってみるか!」ってね。

五十嵐さん理解のある姑さんですね。それにしても、接客業の経験がないにも関わらず「やってみよう、失敗したら失敗したとき」って思えるのはすごいなぁ。なかなかできないと思います。

好景気だったバブルが弾けて、方向転換

仁子ママ:実際やってみたら、早い段階で大手企業の方たちに気に入っていただけて、そこから徐々にお客さんが増えていきました。景気の良い時代でしたし、深夜2時まで営業していました。その頃はチーフもいて「ママ、ボトル空いたよ!」なんて声が飛び交ったり、フルーツ盛り合わせの注文が入ったり。最初から順調だったと思います。

五十嵐さんその当時、平均客単価ってどのくらいでした?

仁子ママ:一万円は超えていましたね。大手の会社は当時、ちょっといいことがあると、偉い方が「一番いいボトル持ってきて!」って。当時のお客さんたちは余裕があって、羽振りも良かったのよ。

雅子さん:バブルが弾けて交際費が使えなくなったんですよね。それで料金設定をスパッと変えて、今のスタイルになったのが1997(平成9)年ですね。

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ママのサポートをする雅子さんは25年のベテラン

仁子ママ: 5,000円飲み放題にして、エプロンを着て「いらっしゃいませ、お帰りなさい」って。元々、家庭的な雰囲気でやりたかったの。ここへ来れば誰か知っている人がいる。そういう感じのね。それは今も変わらないわね。

五十嵐さん:第二の我が家ですね。今もコロナ禍で皆さんストレスを抱えているけれど、ここにくれば誰かいるし、気を張る必要もない。ここはそんな存在ですよね。

自然体の接客が生む、お客同士の連帯感と連鎖反応

仁子ママ:始めた頃は特に分からないことばかり。でも「分からない」と言えばお客さんが教えてくださる。知ったかぶりしないで自然体でいれば、お客さんも自然体で接してくださる。お客さんに育てられましたね。

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「店自体が心を開いて接客していれば、お客さんも開いてくれますよ」と自然体のママ

五十嵐さん:私もいろいろなママにお会いしていますけど「私はお客さんに甘えたりしない!」って言うママもいらっしゃいます。でも仁子ママは、素直に自分の思いを伝える。それによってみんなが助けてくれて、そしてお客さんが新たなお客さんを連れてきてくれる。その連鎖は見事ですね。

雅子さん:新しいお客さんが来ると、常連さんがもてなしてくれることもあって、枝葉がどんどん広がっていくんですよ。

五十嵐さん:分からないことがあるとお客さんみんなで「ママを助けなきゃ」という同盟があっという間にできる。スナック独特の不思議な連鎖反応ですよね。

仁子ママ:誰かが帰るときには、みんなが「気を付けて!」なんて言ってくれてね。

月々のイベントで深まっていく常連客同士の絆

五十嵐さん:『もしも…』はお客さんとママたちの一体感を強く感じるお店ですね。一体感を生み出す工夫はありますか?

仁子ママ:うちはお正月、2月は豆まきから始まって、毎月のようにお祭り(イベント)をやっているの。イベントに合わせてお客さんにも法被を着てもらったり、豆絞りをしてもらったりね。最初は恥ずかしがっていたお客さんも、最後には笑顔で写真に収まってくれます。後日、写真を送ってあげるとみんな喜んでくださいますよ。

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下町のママらしく、キリリと法被姿がお似合い!

五十嵐さん:写真を見ると色々な衣装があるんですね。まるでコスプレみたいで楽しそう。

仁子ママ:年に2回はボーリング大会もやっているの。できるだけお金のかからない方法で、お客さんたちに楽しんでもらえることを考えています。

五十嵐さん:スナック以外の場所でも交流を持てるのが良いですね。

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35周年の時に常連客からプレゼントされた似顔絵

新規客と常連客の関係性が店の発展につながっていく

五十嵐さん:新規のお客さんが来たときに心掛けているのはどんなところですか?

仁子ママ:まずは一杯、落ち着いて飲んでいただいて。それから「どこから来たの? 今日はどこの帰り?」なんていう他愛ない話から入っていきます。話していくうちに、どんなお酒や歌が好きなのか聞けるようになりますよね。遠くから来てくれたのか、どこかの店から来たのかとか、話してみないと分からないですものね。

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自分専用に購入するMyマイク! コロナ禍の影響もあり、10本以上キープがあるそう

五十嵐さん:例えば、カラオケで店内が盛り上がっているときに、お話をしたくて来ている人もいるとしたら、どんなバランスで対応していますか?

仁子ママ:お話をしながら、お客さんが歌い終わる頃には「ちょっとごめんなさいね。歌っていた方に拍手させていただきます」って。これをきちんと言わないと「自分の歌は聴いてないのか」となってしまう。女の子にも、お客さんが歌い終わったら拍手だけはしてくださいねって言ってあります。

五十嵐さん:それは「ちゃんと聴いていますよ」っていう合図でもあるのでしょうね。ママは席順を決めるときも、たぶんこのお客さんだったら盛り上げるとか、初めてのときはこの人を隣にしたらとか、常にパズルをしていますよね。

仁子ママ:お客さん同士にも相性がありますからね。楽しそうにしているから賑やかなグループに入れてあげようとか、賑やかなのは得意じゃなさそうだったら別の場所に、とか。そういうのはいつも考えていますね。

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気心が知れているメンバーで和気あいあいと進む取材

五十嵐さん:新規の方が定着するのは、どんなきっかけが多いですか?

仁子ママ:初めて来たときに常連の人たちと仲良くなることが多いですね。最初はどうしたらいいのかなと思うのでしょうけど、隣の人が気さくに話してくれて良かったと。

五十嵐さん:確かに! 私も来たときにお客さんに「じゃまたここで会おうよ」って見送ってもらったのがうれしくて、すぐに再来しちゃいましたね。

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「ここは本当にお客さんがフレンドリーですよね」。五十嵐さんも『もしも…』の連帯感は体験済み!

五十嵐さん:お客さんとの会話は主にどんな内容が多いですか? 楽しい話や難しい話、悩み相談とか色々ありますが。

仁子ママ:難しい話や悩み相談はあまりしないですね。「昨日、ゴルフに行ったんだよ」「そう、スコアはどのくらいだったの?」。そんな感じの何気ない話が多いです。

五十嵐さん:スナックってママに悩みを相談したり愚痴を聞いてもらうイメージを持っている人は多いですが、実際にはいくつかの系統がある気がします。ここでは明るい話題が多いんですね。

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再オープンのお祝いに常連客から届いた花。「きっと喜ぶから、これも撮って」と気遣いのママ

場の雰囲気を守るため、時に厳しく

五十嵐さん:それでも時には困った振る舞いのお客さんもいるでしょう? どう対処していますか?

仁子ママ:最初は普通でも、飲んでいると困ったことになる人もたまにはいます。お酒を飲んでいるから仕方ないとはいえ、他のお客さんに迷惑が掛かるといけないので。

五十嵐さん:そんな時はママがサッとその人のところに行って?

仁子ママ:「それはダメよね」って伝えます。何回か言って、それでもダメだったら仕方ない。

五十嵐さん:その時はどんな風に?

雅子さん:「そろそろお時間です。お帰りください」って。「もう結構ですから」って、ママははっきり言いますね。

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「ここが楽しい場として保っていられるのは、ママの仕切りがあるおかげ」と雅子さん

五十嵐さん:段階的にちゃんと伝えるのですね。昔から言えていました?

仁子ママ:うーん、昔のことは忘れたわね(笑)

日々蓄積されていく顧客の管理術

五十嵐さん店に来ると若い人たちも結構いますよね。どうやってここを知るのかしら。

仁子ママ:雑誌やネットで取り上げていただいたことで、インターネットで検索すると出てくるみたいで。

五十嵐さんスナック界隈で有名な方々も結構足を運んでいますよね。その人たちがお邪魔するということは、安心して来られる店だという認識なのでしょうね。

ところで、新しいお客さんが来ると、お客さまの名前とかその人の特徴とかそういったデータを蓄積していかないといけないですよね。覚えるのも大変そうですが、コツはありますか?

雅子さん:こればかりは積み重ねですね。

仁子ママ:この子は『もしも…』のコンピューター。何でも、サッと頭の中に登録できちゃうの。

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ママも一目置く雅子さんの記憶力は、実は努力の賜物

雅子さん:この前、7年ぶりに来たお客さんを思い出したことがあって。その時は自分でもびっくりしました。

五十嵐さんそれは驚きますね! 普段からお客さんについて何か書き留めたりしていますか?

雅子さん:名前程度ですが、毎日手帳はつけています。10年以上続けているのでかなりの数ですね。

五十嵐さん手帳をつけるようになったきっかけは?

雅子さん:25年前、入店したての頃は何もできなかったけれど、お客さんには可愛がってもらえたんです。でも、先輩方からすれば、若いだけでチヤホヤされて面白くないですよね。だからかなり厳しくて。

五十嵐さんママは厳しくなかった?

雅子さん:ママはあまり口を出さずに、ドーンとしていました。

仁子ママ:同じレベルになっちゃダメよって。言ったのはそのくらいでしたね。

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ママの歌に “スコップ三味線”(スコップと栓抜きで三味線に似た音で演奏する芸)で伴奏する雅子さん。絆の深い素敵なコンビです!

五十嵐さんその時の言葉は覚えていますか?

雅子さん:もちろん覚えています。言われたことをいちいち気にしないようにとか、その人の上を行けば乗り切れるから泣くんじゃないよ! って。ママの助言もあって、周りに負けたくないなと考えるようになりました。お客さんの名前を覚えるために手帳をつけ始めたのも、それが原点なんです。

五十嵐さんいい話! 今では泣いていた雅子さんがママを支えているんですね。いいコンビですよね。お店を長く続けるにはお客さんとの信頼関係に加えて、ママとスタッフの絆も重要なんですね。お話を伺って40周年がますます楽しみになりました。常連さんたちを中心に盛大にお祝いされるのでしょうね

仁子ママ:またイベントがあると思いますから、皆さんもぜひ遊びに来てくださいね。

スナック もしも… 仁子ママ
スナック界の名物ママとして知られるが、実は飲食業も未経験の“普通の主婦”からの転身。バブル後にはいち早くエプロン姿で5,000円飲み放題に方向転換するなど、時代の空気を読みながら店を守り続け、2022年には創業40周年を迎える。ママをサポートする25年のベテラン雅子さんとのコンビネーションも抜群! 

スナック もしも…
東京都文京区湯島3-33-9 小能ビルB1 
電話 03-3832-7872 

五十嵐真由子さん
国立音楽大学卒。CM音楽制作会社を経て、楽天に入社。楽天トラベルの営業で全国各地を周っているときに、地元を知る絶好の場としてスナックを紹介され、以来その魅力にどっぷりはまる。2015年に独立、企業のストーリーブランディングを提供するMake.LLCの代表を務めながら、スナック愛好家「スナ女®」として多くのメディアでスナック普及活動に取り組む。2020年5月に「オンラインスナック横丁」をスタート、現在は全国60店以上のスナックが加盟する。

取材・文/篠原美帆
東京生まれ。出版社の広告進行、某アーティストのマネージャー、パソコンのマニュアルライター、コールセンターオペレーターなど、大きく遠回りしながら2000年頃からグルメ&まち歩きカメライターに。日常を切り取る普段着インタビュアーであることを信条とし、自分史活用アドバイザー(自分史活用推進協議会)としても活動中。

▼撮影/高橋敬大(TABLEROCK)