「開業から3年で約7割が閉店し、10年続くのはたった1割」と言われるほど経営が難しい飲食業界ですが、お客さんに愛されながらしっかりと生き残っている個人経営のお店があるのも事実です。
そのひとつが、東京・渋谷のワインバー「bar bossa(バール ボッサ)」。マスターの林伸次さんは、Webメディアや書籍で執筆する作家としても知られ、奥さまと二人三脚で1997年に現在の店舗を開業し、今年で24年を迎えました。時代とともに変わり続ける東京・渋谷で、どのようにお店を運営してきたのでしょうか。今回は林さんが実践してきた「通いたくなるお店づくり」についてお話を伺いました。
※取材は、新型コロナウイルス感染対策を講じた上で実施しました
音楽好きの青年が、渋谷にバーを開くまで
――林さんは27歳の時に「bar bossa」を開業されたんですよね。当時はボサノヴァ・バーがなかったことから始めたと伺いました。
林さん:昔から音楽が好きで、20代前半はレコード屋さんに勤めていました。その頃は音楽ライブやDJイベントを行うバーがすごくはやっていて、海外のお客さんもたくさん来ていました。僕もそういうにぎやかな場所が好きなので、最初はわいわい楽しめるようなお店をやろうと思っていたんです。ただ、リサーチを兼ねていろいろなエリアのお店に行ってみると、海外のお客さんを相手にするところは自分にはハードルが高そうだなと感じました。
そこで、日本人相手にちょっと本格的な一品料理やお酒をゆっくり楽しめて、文化的な雰囲気を生み出せるような落ち着いたお店をつくることにしました。当時はジャズやロック、レゲエバーはあっても、ボサノヴァのバーはなかった。だから「僕が最初にやれば、すぐにお客さんが来てくれるんじゃないか」と思ったんです。
――カフェやレストランではなく、最初からバーにしようと決めていたんですか?
林さん:妻が言ったんです、その方が儲かるからって(笑)。実際、客単価が全然違うんですよね。お店を開くと決めてからブラジルレストランで2年、その後、バーで2年働いたのですが、お酒は嗜好品なので人によっては多少値が張ってもボトルで入れてくれることがある。それに、バーは接待利用の人たちが会社の領収書を切るので、まとまった金額を使ってくれることも多いんです。
一方、カフェは、コーヒー1杯500円で1~2時間過ごすお客さんも多いですよね。だからこそ、カフェやスイーツ業態は利益率を上げるのが難しい。レストランや居酒屋でも、客単価を1人5,000円にしようと思ったら、目新しい食材を使ったり、面白いアプローチのメニューを作ったりと、常に何かしら新しいことを提供し続けていかなければなりません。そうした業態に比べると、バーはもう少し簡単と言いますか、「お酒が飲めて居心地よく過ごせるならいい」というような雰囲気があるんですよね。自分で営業していてこんな言い方はないと思うんですけど(笑)。バーテンダー修業をしている時にその現実を知ったのが大きかったですね。
――修業先として、下北沢のバー「フェアグランド」の中村悌二さんの下で働かれたのがすごく大きな経験だったと伺いました。
林さん:そうです。今ではレストランなどのプロデューサーとして活躍されている中村悌二さんが、最初に開いたお店が「フェアグランド」で、僕はそこで2年間、中村さんと2人で働かせてもらいました。現在もカリスマ的な手腕でプロデュースした店が軒並み人気になっている中村さんですが、当時から「フェアグランド」は人気店で、2店舗目の和食店も軌道に乗っていましたね。
ただ、中村さんがプロデュース業に注力するようになると、「フェアグランド」が下火になってしまったんです。
バーって、カウンターに立つ人が変わるとお客さんもどんどん離れていくんですよね。僕が「独立を目途に働かせてください」と中村さんを訪ねたのがちょうどその頃でした。お客さんを呼び戻すためにあらためてカウンターに立つことを決めた中村さんと「どうやったら『フェアグランド』を立て直せるか」を試行錯誤していました。
中村さんに「カクテルの作り方はすぐ覚えられるけれど、本当に覚えなければいけないのは接客だから」と言われたことも大きかったですね。本当にその通りで、「お客さんってこうやったら戻ってくるんだな」と。その頃の経験が今の基礎になっていますね。
――濃い2年間だったんですね。そのほか、店主の方との交流はありますか?
林さん:はい、開業してからも困ったことがあるたび、いろいろな飲食店オーナーさんに相談してきました。例えば「怖い人が来たら迷わず警察を呼ぶ」とか「トラブルがあったときの対処」とか。僕、いろんなお店に行って「一番困ったことは何ですか」って聞くのが好きなんですよ(笑)。
ただ、そうしたトラブルの内容は街のカラーでも変わりますよね。僕のお店は渋谷でも駅から少し離れた「奥渋谷」といわれるエリアにあり、ふらっと訪れる人自体が少なく、他のエリアよりはトラブルが少ない方じゃないかと思います。
――ほかに参考にされたお店として、林さんは下北沢の「いーはとーぼ」、鎌倉の「ディモンシュ」などを挙げられることが多いですよね。
林さん:「いーはとーぼ」は音楽に詳しいオーナーさんが経営されていて、大御所のアーティストも通う昔からの有名店です。「ディモンシュ」は日本にカフェブームをつくった先駆けのような存在で、フランス語講座やギター教室などを始めるような文化的な要素を取り込んだ人気店。僕はどちらも大好きで、こういった質問があるたびに名前を挙げていますが、実は、訪れたのは3~4回くらい。でも、誰かにおすすめしたくなるくらい強烈な印象があるんですよね。
――お客さんとしての林さんは、どんな目線でお店選びをしていますか?
林さん:僕はひとつのお店に長く通うより、新しいお店を開拓するのが好きなタイプなんですが、久我山の「ハナイグチ」さんにはよく通いますね。お店の雰囲気も好きですし、オーナーさんがある程度距離を保って接してくれるのがすごく心地いいんです。
あとは妻とよくやっていた「検索・下調べなしの街歩き」も、お客さん視点に立ち返ることができてすごく参考になりましたね。目的地を決めて10㎞歩き、到着先で気になる飲食店に入るんですけど、頼りになる情報は店構えくらい。「入口近くにゴミがあると入りにくいな」「おじさんがたくさん入っているな」とか。お客さん視点を持ってお店を見てみると、「こんなことを考えながらお店選びをするのか」と気付くことができて新鮮な体験でした。
渋谷で24年続く名店「bar bossa」の作り方
――「bar bossa」は今年で開業24年目とお聞きしました。長く経営する上で大切にしていることを教えてください。
林さん:まずは、売り上げを落とさないことですよね。「商いは飽きないように」っていうダジャレがありますけど、「お店に行くのがつらい、嫌だな」と思うようになったら、すぐに辞めようと思って経営してきました。
自分が常にいい状態で働けるようにするには、嫌と感じる要素をひとつずつなくしていくしかない。例えば、ちょっと迷惑なお客さんがいるとして「あの人が来たら困るな」と思ったら、出入り禁止をきっぱり伝えます。その行動で、ほかのお客さんを守ることにもつながると思っています。
――なるほど。お客さんとの距離感についてはどのように考えていますか?
林さん:常にお客さんそれぞれの様子を見ながら接客していますね。名前や職業などの個人的な情報はお客さんから話すまで聞かないよう気を付けています。「目を合わさない」「口数が少ない」など、お客さんが話したくなさそうだったら、その後何度来店してもこちらからは話しかけません。ただ、例えば「先日来た時に飲んだあのお酒がおいしかったんですけど」って言われたら「ああ、その時のお話はしてもOKなんだ」と判断しています。
聞いた話ですが、ホテルのバーテンダーは「お客さまから言われたことしか返さない」と決まっているらしいです。「近くにおすすめのレストランはありますか」との問いには答えるけれど、その質問に対して「これからお食事に行かれるんですか」とリアクションしない。このスタンスは同じですね。
――林さんが意識しているお客さんとの距離の取り方も、居心地の良さにつながっているのかもしれないですね。常連と新規のお客さんの割合はいかがですか?
林さん:顔も名前も知っているほどの常連さんが1割、顔が分かるくらいの方が4割、新規のお客さんが5割程度と、バランスが良い方だと思います。
飲食店の経営者なら皆さん経験があることだと思うんですけど、よく来ていたお客さんが急に姿を見せなくなると「変な接客しちゃったかな」「こないだ出した料理が口に合わなかったのかな」っていろいろ悩んじゃうと思うんです。
でも実は全然そうじゃなくて「引っ越して遠くなってしまった」「結婚した」とか、生活スタイルが変わったからだった、なんてこともよくある。長い間お店をやっていて分かるようになったので、一喜一憂しなくなりました。
それに「お店をうまく運営するには、毎日使ってくれる常連よりも程よいリピーターを増やした方がいい」という有名な法則があるんです。気に入ってくださって毎日来店するようになっても、 “好き”の度合が大きい分「ちょっと違うな」と思われた途端、あっという間に離れてしまうこともあります。何かに熱くなりやすい方は、ほかに興味が移るのも早いんですよね。恋愛や友人関係と同じ。だから、時々思い出したように訪れてくれる程度が一番長続きすると思っています。
――先ほど、「商いは飽きないように」との言葉がありましたが、飽きないために工夫していることはありますか?
林さん:飽きないためというより、ルーティンワークにしないために行っているのが「イベント」です。今はコロナ禍でなかなか実施できませんが、お店を営業しているだけだとルーティンになりやすく、人の流れが悪くなってしまい、売り上げも落ちるんです。
写真展やライブなど、これまでいろいろとやりましたが、一番反響が大きいのは婚活パーティーです。
――婚活パーティー? どんなふうに行うんですか?
林さん:「映画好き」「アニメ好き」などテーマを決めて募集をかけ、男性・女性各10人に集まってもらいます。その際、出身地や好きなこと、今取り組んでいることなどを20項目くらい箇条書きにし、それをお互い見せ合いながら10分ずつ話すんです。
すぐに共通点が見つかって、打ち解けるのもあっという間。その中で気になった人の名前を5人まで挙げてもらうんです。半数なのでマッチング率もグンと上がります。そこで「次のデートもうちのお店に来てくださいね」とお伝えする。実際に来てくれることが多いですし、お付き合いに発展したり、結婚したりするカップルもいます。
すると今度は「bar bossaで婚活パーティーをやっているらしい」と聞いた方たちがお客さんとして訪れてくれます。
「どんな様子なのか教えて」と、みなさん興味津々で。いつの時代も恋愛話は盛り上がるなぁと思いますね。あ、この企画は僕が考えたので、他の飲食店さんもパッケージで真似してもらって構いません(笑)。
お店づくりからメディアでの執筆まで、林さんのコミュニケーション術
――林さんはお店の経営と並行して数々のWebメディアでも連載されていますが、きっかけはどんなことだったんでしょうか。
林さん:2001年頃に立ち上げたWebサイト「bossa records」から音楽関係の執筆依頼が増えて、CDライナーを書くようになりました。その後、Facebookでお店の経営やお客さんのお話を綴った投稿をきっかけにDUBOOKS(「ディスクユニオン」の出版部門)の編集部から連絡があり、書籍化も決まりました。
今のようにWebメディアで連載するようになったのは10年ほど前、お店にお客さんとしてよく来られていた加藤貞顕さん(note株式会社代表取締役)に声をかけていただいたことですね。
加藤さんは当時から、書籍『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』をヒットさせた編集者として有名人でしたが、お店では一切話さず目も合わさず、いつも静かに飲む人だったんです。なのに急に「林さん、cakesで書きませんか?」と声をかけられてびっくりしましたね。「note」も立ち上げ当初から始められたので、多くの人に名前を知ってもらいました。
――林さんがメディアやSNSで発信する上で気を付けていること、実践していることはありますか?
林さん:SNSではネットで分かる情報だけでなく、リアルな情報を盛り込むのがいいのかなと思います。例えば「渋谷のハロウィンはこんな様子でした」とか「街のビルはもうこんなに工事が進んできています」とか。意外とリアルでしか知り得ない情報を探している人は多いと思います。
あとは、僕個人の個性がネット上で見えると、「この人に会ってみたい」「このお店に行ってみたい」と思ってもらえるのではと、自分らしい内容で発信することを心がけていますね。
日々感じたこと、恋愛相談などを受けて僕が思うことを書くnoteでは、月に30本ほど更新される記事を300円の有料で公開しています。書き始めてから気付いたのですが、フォロワーさんみんなが僕のことを好きなわけじゃないんですよ。何か僕の悪口を言いたくて投稿を待ち構えている人もいる。せっかく好意を持って読んでくれている人の気分を害したくないので、有料公開という形を取りました。実際にお金を払ってまで攻撃してくる人は少ないので、わりと平和ですね。
――そうした対応は、「bar bossa」の居心地の良い雰囲気づくりと通じている部分かもしれませんね。
林さん:確かに共通している部分は多いかもしれませんね。
お客さんが来てくれるからこその「いいお店」
――開業してからの24年で、渋谷の街も取り巻く環境も変化があったかと思います。多くの飲食店関係者にとって状況の変化はマイナスに感じると思いますが、林さんはどう捉えておられますか?
林さん:良くも悪くも、変化はありましたね。良い面は、渋谷から代々木公園をつなぐエリア、いわゆる「奥渋」に洗練されたお店がたくさんできて素敵なデートコースになったこと。渋谷から代々木公園まで歩道もすごく雰囲気が良いので、お客さんの流れも良い方に変わったと思います。一方で、バーにとっては喫煙への風当たりは厳しいものでした。
バーテンダー修業をしていた1996年ごろ、スターバックスが禁煙を掲げて日本上陸した時だって(上陸当初は分煙)、僕も含めて周りはみんな「禁煙でお客さんが入るわけがない」と思っていたくらいなんですよ。タバコを吸う人の方がよくお酒を飲みますけど、時代の波には逆らえない。たくさんの人に相談し、「bar bossa」を禁煙にすることに決めたんです。その後も東日本大震災やコロナ禍など、危機は何度もありました。
先日、お客さんに聞かれたんです。「いいお店だからお客さんが来るのか、お客さんが来るからいいお店なのか」と。僕は「お客さんが来るからいいお店」なんだと思うんですよね。
お客さんに「ここでお金を使おう」と思ってもらえるお店、つまりは「儲かること」「お金につながること」を柔軟に考えてきたことが、僕が長く続けてこられた理由のひとつかと思います。
今、世界的にお酒を飲む人たちが減ってきていますよね。僕は、お酒もタバコと同じ道をたどるのではないかと思っています。僕のもとに開業相談に来る人には「バーはやめた方がいい」って話すくらい。お酒を出すお店でも料理に寄せるとか、スイーツメインにするとか、ノンアルコールを充実させるなど、別の業態を勧めています。
でも、ワインは全世界ですでに文化的な位置付けにもなっていますよね。今後どうなるか分からないけれど、だからこそ僕はお酒にこだわろうかなと。東京中のバーが潰れてしまっても、うちのお店が残っていればきっと、お酒を楽しみたいお客さんが来てくれるはず。頑張って、そういう存在になろうかと考えています。
【お話を伺った人】
林伸次さん
ワインバー「bar bossa」店主。1969年徳島県生まれ。レコード店やブラジルレストラン、バーでの勤務を経て1997年、渋谷に「bar bossa」をオープン。営業の傍ら2001年に開設したWebサイト「bossa records」をきっかけに選曲CDやCD ライナーなど多くの執筆を手掛けるように。また電子メディア媒体「cakes」で、バーを舞台に人間模様を綴った「ワイングラスの向こう側」が人気連載として書籍化を果たす。その後もエッセイや小説など作家としても活躍。近著に「恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。」 (幻冬舎)など。
公式サイト:BAR BOSSA
Twitter:林伸次@bar_bossa
【取材先紹介】
bar bossa
東京都渋谷区宇田川町41-23 河野ビル1F
取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。
撮影/小野 奈那子
編集:はてな編集部
もっと「通いたくなるお店」について知りたくなったら、こちらもおすすめ!