個人商店、特に飲食店では、店主の個性がそのまま店の特徴となり、集客につながる場合があります。メディアでも度々登場する愛知県安城市の「豚骨 大岩亭」は、「濃すぎる豚骨ラーメン」と「キャラの濃い店主」で有名なラーメン店です。ラーメンの味と店主の「濃さ×濃さ」が強烈な印象を残す超個性的な人気店は、一体どのようにして生まれたのか、店主の大岩武さんに話を伺いました。
「豚骨 大岩亭」誕生のきっかけ① ――海外で学んだ「心」とは?
「いらっしゃいませ!」と大きな通る声で迎えてくれた大岩さん。底抜けに明るい性格で、細かいことは微塵も気にしない豪快な紳士ですが、そもそもなぜラーメン店を営むようになったのでしょうか。
「27〜28歳の頃、2年間ワーキングホリデーでニュージーランドとオーストラリアへ行き、そこで独立心を持つことの重要性を学びました。自分と同じような外国人が、語学を学んで起業して生計を立てている。その事実に衝撃を受けました。そんな彼らの『自分で切り拓く力』に刺激され、自分もできるのではないかと思ったんです」
「自分の店を持つ」。たったそれだけを決意して帰国した大岩さん。飲食店経営に興味があり、おぼろげにうどん店を構想しますが、当時は讃岐うどんブーム。周囲では続々とうどん店が開店していたこともあり、あっさりとラーメン店に方向転換しました。
「細かな作業を積み重ねるような料理より、一つ分かりやすいものを突き詰めていく方が自分の性に合っていると思いました。そこで、以前食べておいしさに感動した豚骨ラーメンを提供する店をやろうと決めました。
『豚骨=濃い』というイメージでしたが、帰国した当時、自分の周りにはドロドロの濃い豚骨ラーメンの店はありませんでした。であれば『ものすごく濃いスープの豚骨ラーメン店をやったら面白いのでは』と思ったんです。それで帰国後すぐ、今度は沖縄に飛びました」
大岩さんの中で「日本で一番うまい豚といったらアグー豚! それで豚骨スープを炊いたら……!!」とイメージが広がったそうです。そして、ここから「濃い」スープへの探求が始まります。これと決めたらまっしぐらに突き進む大岩さんの行動力には、目を見張るものがあります。
「豚骨 大岩亭」誕生のきっかけ②――「濃い」を追い求める日々
沖縄に1年ほど滞在した大岩さんは、アグー豚の養豚場へ見学に行き、バックパッカー向けの宿の厨房を使って毎日、大量の豚骨と鶏ガラを煮込んで試作のスープをつくる作業に没頭しました。
「とにかく豚骨を鍋に入れて煮込みましたね。匂いなんて気にせず、臭いと言われたら『そう?』と返すくらい。焦がすこともしょっちゅうでしたが、とにかく毎日が楽しくて楽しくて。海を見て泡盛を飲みながらスープを作っていたら、こんな楽天的な性格にもなりますよ(笑)。
宿泊先には、私と同じように『何かで起業しよう、挑戦しよう』という人が集まっていました。みんな明るい人たちばかりで、同じ飲食業を志す人とはお互いの試作品をよく味見していました。私のスープに対して『十分濃い! まだ濃くするの!?』と言われていましたが、そう言われたことにより、余計に拍車がかかったかもしれません。なにはともあれ、とてもいい経験ができました」
何度も試食を重ね、たどりついた「濃い」スープ。これを引き下げて愛知に戻り、2011(平成23)年に「豚骨 大岩亭」が開店しました。豚骨はアグー豚では採算が取れないため、地場で手に入るものに切り替えています。
「今から考えると、開店当時のスープは現在の半分ほどの濃さでしたね。それに、量産できる体制ではなかったため、『とりあえず開店してみよう』という気持ちで始めました。当時からこれまで、スープの研究はずっと続けています」
現在、大量の豚骨と鶏ガラを、およそ11時間煮込んでスープを作っています。小さなマイナーチェンジは日常茶飯事のため、日々の違いは微々たるものでも、年単位で比べると大きな変化があるそうです。
掛け声は単なるパフォーマンスにあらず
「スッ スッ スッ ハァァァァァァーーーーイ!」。厨房から聞こえてくる不思議な声。これが「豚骨 大岩亭」の裏名物・麺の湯切りの掛け声です。客を楽しませるためのパフォーマンスかと思いきや、別の答えが返ってきました。
「湯切りの掛け声はラーメンをもっとおいしくするものであり、『魂の調味料』と呼んでいます。お客さんに楽しんでもらうために始めたものではありません。湯切りをしていたらお客さんの方が『店長が変な声を出している!』って盛り上がっちゃって。お客さんが喜んでくれるなら、それはそれでいいか、と。
あと、私は『ハァァァァァァーーーーイ!』と言っているのですが、どうしても『ハ』よりも母音の『ア』の方が大きく、長く伸ばすので、周りには『アァァァァァーーーーイ!』だと思われてしまうんですよね(笑)」
掛け声だけでなく、少々オーバー気味のアクションにクセの強い表情も加味された「動画に撮りたくなる」湯切りは、お客からリクエストがあった際にも対応しているそうです。
「最初は自然にやっていましたが、だんだん湯切りが人気になり、その度にお客さんがカウンターに集まってカメラを構えるようになりまして。うちは無料のご飯も提供していて、セルフでよそってもらうのですが、そのお客さんの迷惑になることもありました。それで、あえて『湯切り』というメニューをつくりました。
これも同じことをやっていると飽きるので、『もっと近く、もっと近く……』とカメラの間近で掛け声を出してみるなど、いろいろなバリエーションを加えています。もちろん無料のメニューです」
この「魂の調味料」が話題となり、「声を出すラーメン屋」としてSNSでの拡散、深夜番組で取り上げられたことなどもあり、どんどん人気店となっていきました。
客発信のSNSでバズった「立つレンゲ」
前述の通り「豚骨 大岩亭」のスープはとにかく濃く、スープというよりポタージュ。器にあらかじめ入れられたスープの中に麺を入れてから、濃く仕上げたスープが何層も「注がれる」のではなく「重ねられ」ます。
「ある時、お客さんがスープの濃さを確認するため、レンゲを立てたんです。その写真がネットに拡散され……、それからみんなレンゲを立てるようになりましたね。レンゲを立てるためにスープを濃くしたわけではないんですけどね(笑)」
大岩さん曰く「どっぷり豚に溺れている」常連客も多いそう。メディアやSNSの影響で開店当時にはいなかった女性客も5年ほど前から増加し、客層の変化も著しいといいます。また、海外から噂を聞きつけて訪れる観光客も多く、遥かニューヨーク、シドニー、ベトナム……と世界中にファンがいるそう。貫いた独自の個性が、お店の継続にとっていかに大事だったかをうかがい知ることができます。
目指すのは「すごいものを作る」こと
「私のテーマは『すごいものを作る』です。周囲から言わせると、今のスープでも十分濃いと言われますが、怖いもので、思い描いた濃さに近づいたと思っても、すぐに『もっと濃いスープができるんじゃないか』と思ってしまいます。私はこれを“濃いのスパイラル”と呼んでいますが、ハマってしまった以上、私のスープに完成はありません。これからも、さらに濃いものを追い求めて研究していくと思います。
それに、もしかしたらこのスープではなく、もっと面白いスープをひらめいて、そちらを追求するかもしれない。だから、お客さんの要望に応えるというより、これからも自分の探求を深めていきたいですね。『これで完成』というスープより、どんどん変わっていく方が楽しいでしょ!」
とにかく楽しみ、思いついたらやってみて、探求していく。大岩さんのチャレンジは、根っからの明るい性格も味方して、いつも人々の話題となります。不安よりも先に挑戦し、自分を信じる、そして継続することが、誰も真似できないオリジナルを生むということ。
自分が何よりも前のめりに楽しむこと。それこそが店の魅力として話題になる、ということを気付かせてくれました。
【取材先紹介】
豚骨 大岩亭
愛知県安城市緑町1-16-9
取材・文/別役 ちひろ
コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、24都道府県・約800軒の教会を訪ね歩いている。
撮影/新谷敏司