ヤバいネーミングのパン屋。狙いを聞いたら「考えた人すごいわ」となった

f:id:onaji_me:20220125114242j:plain

突然ですが、こちらのお店の写真をソーシャルメディアで見かけたことはありませんか? 

f:id:onaji_me:20220125114246j:plain

初見だと頭に10個くらい、はてなマークが浮かびそうな外観ですが、実は高級食パン専門店。2018年のオープンと同時に行列のできる人気店となり、その後、全国各地に店舗を展開しています。仕掛け人は、ジャパンベーカリーマーケティング株式会社の代表・岸本拓也さん。

パン屋に特化したプロデュース・コンサルティングを専門とする同社で、岸本さんはすべてのブランドのコンセプト開発、ネーミング、グラフィックなどを手がけています。これまで手がけたパン屋は実に約370店舗。コロナ禍の中食需要でさらに出店が続き、いよいよ47都道府県制覇を間近にするという、勢いの衰えない岸本さんに、奇抜なネーミングの極意と、その真の狙いを伺いました。

苦悩のホテルマン時代に見出したパンの魅力

――いきなりですが岸本さんのファッション、超ド派手ですよね……。

f:id:onaji_me:20220125114250j:plain

ド派手なファッションが光る岸本拓也さん

岸本さん:学生の頃から服が好きで。服を着ることを「装う」って言うでしょ? 僕は服を着ることで自分を装う、自分を演じているんですよ。やっぱり、見てもらった人に喜んでもらいたいじゃないですか。

――サービス精神がすごい!

岸本さん:昔から「人を喜ばせたい」という根っこは変わりません。例えば高校生の頃は音楽が好きだったので文化祭や後夜祭でギターの弾き語りをしたり、ライブハウスでライブをしたりしていました。そういった取り組みの先には常に「人に喜んでもらう」という大前提がありました。実は僕が異業界から、パンの仕事に関わるようになったのも、「人を喜ばせたい」という理由からだったんです。

――「異業界」ということは、もともとパンとは関係のない仕事をされていたのですか?

岸本さん:大学卒業後、ホテルに就職しました。ホテルマンもやはり人を喜ばせる仕事ですよね。最初に任されたのはルームサービスとウェイター。学生の頃にパブでバイトした経験から自分なりのサービスを追求していたので、ホテルの仕事は向いていると思っていたのですが、最初の1〜2年は毎日辞めたいと思っていました。

f:id:onaji_me:20220125114254j:plain

ホテルマン時代の岸本さん(左から2番目)

――何があったんですか?

岸本さん:当時のホテルは縦社会の色合いが濃くて、サービスに柔軟性がありませんでした。ルールが細かくて、自分の思うようなサービスができないことは辛かったですね。自分の思うように働くには結果がないと納得してもらえないと考えたので、配属されたルームサービスやレストランでまずはお客さまから評価してもらえるように頑張りました。その前向きな気持ちが評価されたのか、ある時ホテルの11の飲食店を統括する料飲部の企画を任されたのです。

その11の飲食店の中の1つが、ベーカリーでした。正直、最初は一番興味がなかったですけど(笑)。でも、パンって知れば知るほど奥が深くて。

――その奥深さとはなんですか?

岸本さん:パンはめちゃくちゃ単価が安いんですよ。例えば、鉄板焼きなら、高級な和牛とあわびがついて1コース5万円という世界。かたやパンは1個100円程度から買えるわけです。全体的な数字を見る仕事を任された僕にとって、パン屋は利益を出しにくい業態でした。でも、厨房の中のシェフたちは、このパンをどうしようかと日々ストイックに話し合っていて、このパッションはなんだろうって気になったんです。

f:id:onaji_me:20220125114258j:plain

――価格では測れない、何かがあるのではないかと?

岸本さん:考えてみると、パンは主食であるがために、工夫や応用がしやすいというか、表現方法としてすごく面白い食べ物なんです。それに確かに単価は安いのですが、逆に考えれば、大衆的だからこそ老若男女たくさんの人を喜ばせることができる、夢のある食べ物なんじゃないかと気付いたんです。僕、昔から人に喜んでもらうことが大好きでして。

――なるほど。それで、「たくさんの人を喜ばせたい」という思いから「パン屋」へとつながったのですね。

岸本さん:自分のレストランを持ちたいという気持ちも高まってきたこともあり、退社して2006年に、ホテルに置いてあるようなこだわりのパンを売る「トツゼンベーカーズキッチン」というお店を開業しました。

震災以降に訪れた2つのターニングポイント

――ついに自分の理想の接客ができる場所ができたということでしょうか。

岸本さん:七三分けにしてスーツを着て、お客さんの夕食に合わせておすすめのパンを提案するようなスタイリッシュなお店でマニアックなパンを中心に提供をしていました。知らず知らずのうちにハイエンドなライフスタイルにおけるパンの楽しみ方を提案していたのです。もともと「たくさんのお客さんを喜ばせたい」という思いから始めたパン屋です。それなのに、お店の方向性がマニアックになりすぎて、小さなお子さんやご年配の方といった幅広い層に届いていない。転機となったのは、近所の保育園から子どもたちにパンを届けてほしいという注文があり、普段作らないメロンパンやロールパンを届けて保育園児たちが喜んでくれたことで方向転換ができたこと。さらに2011年の東日本大震災です。

f:id:onaji_me:20220125114302j:plain

――何があったのですか?

岸本さん:私のお店を紹介してくれた新聞記事を見て、東日本大震災の復興を支援しているとある公益社団法人の理事長が電話をくれました。岩手県上閉伊郡の大槌という町をご存知ですか? 震災で1,200名以上が亡くなってしまった地域です。民家だけでなく、パン屋などのお店も津波で流されてしまった。そんな大槌町で、地元の方を雇用してパン屋を開き、町おこしをしたいというのが、理事長さんの願いでした。

――胸に響きますね。

岸本さん:依頼を受けて、僕も実際に現地を見に行きました。「タッキー(と、理事長に呼ばれていたんですけど)、できますか?」と言われて、「できます」と。それが、プロデュース第一号店の「モーモーハウス」です。結果的にお店は大繁盛。お客さんの中には泣いて喜んでくれる方もいて、この体験が僕の自信につながりました。

f:id:onaji_me:20220125114306j:plain

プレハブに水玉模様を施したモーモーハウス。開店当初の大盛況の様子

――岸本さんのベーカリープロデュースは、そこから始まったということですね。

岸本さん:とはいえ、モーモーハウスは特殊な事例ですし、プロデュース業について右も左もわからない状態だったので、すぐに軌道に乗ったわけではありません。当時は借金もありました。そんな僕にとって第二の転機となったのが、東京・清瀬に2018年にオープンした高級食パン専門店の「考えた人すごいわ」です。

――ソーシャルメディアで話題になった、あのお店ですね。

岸本さん:プロデュースしていた「盛岡製パン」というコッペパン屋さんのオーナーから4店舗目を出店したいと相談を受けたんです。場所は清瀬駅の駅前。オーナーからはある程度お店を好きにしていいと言われていました。同じ「盛岡製パン」ブランドでいくという選択肢もありましたが、ちょうどその時に2年にわたり研究開発していた食パンが完成したタイミングだったので、思い切って食パン専門店として開業することにしたんです。

――そこまでの話は理解できるのですが、なぜ「考えた人すごいわ」という店名になったのでしょうか……?

岸本さん:いい小麦に巡り合い、お子さまからご年配の方まで食べられる、口どけが良くほのかに甘いパンを目指して研究開発していた食パンが完成し、出来上がったパンを試食した際に思わず「これ考えた人すごいわ」とつぶやいてしまったことからつけた店名です。そして店づくりにあたっては、お店が清瀬駅のホームから見えるという立地に着目しました。ホームから見える場所になんと「考えた人すごいわ」の文字しか書かれていないのです。お客さまは「いったい何ができたんだろう?」と不思議に思ってしまいます。そこにちょうど駅のホームに焼き立てパンの甘い香りがしてきて、実はパン屋なんだと認識してもらえます。

――最終的にOKを出したオーナーさんもすごいですね……。

岸本さん:開店前から「なんのお店ができるんだ!?」とすごい話題になって、オープンしたらたちまち多くのお客さまにお越しいただきました。その時、僕らの作ってきたパン屋さんがたくさんの方から愛されていると感じることができた瞬間でした。

味を極めるだけもダメ、ネーミングが尖っているだけもダメ

――とにかく岸本さんが手がけるパン屋はネーミングのセンスがぶっ飛んでる印象があるのですが、どのようなプロセスで考案されているのですか?

岸本さん:確たる方程式があるわけではないのですが、そのパン屋をつくる町のこと、オーナーさんの特性、例えば性格だとか、地元に対する熱量がどれだけ強いかとか、あとは依頼される会社自体の歴史とか、そういったものからインスピレーションを得ています。

f:id:onaji_me:20220125114310j:plain

岸本さんがプロデュースしたブランドオリジナルのドリップバッグ

――個性的なネーミングや外観にする意図としては、先ほどもおっしゃっていたように、お客さんに強く印象付けたいという狙いがあるのでしょうか。

岸本さん:そうですね。では、なぜ記憶に残すことが大事なのかというと、お店のことを話題にして、広めてもらいたいからです。例えば「あせる王様」という変わった名前のパン屋に入ったとき、会話のネタに買ってみようとなるかもしれませんよね。面白い名前のパン屋で買ってきたよ! と、友だちや家族に教えたり、うちの町にこんなユニークなパン屋ができたと自慢したり……。

f:id:onaji_me:20220125114314j:plain

各ブランドのオリジナルジャム。思わずお土産に買いたくなる個性を放つ

――そうは言っても、一目見て「パン屋」とわからないネーミングを掲げることは、とても勇気がいりませんか?

岸本さん:チャレンジングではありますが、僕の中では「考えた人すごいわ」の時からたくさんの方から愛されると思っていました。というのも、前提として商品開発には相当こだわっていますし、食べてもらえれば分かってもらえるだろうという自信がありました。だから、「広める」という部分で挑戦的ができたのだと思います。

――なるほど。パンの開発で、岸本さんならではのこだわりはありますか?

岸本さん:……100点の味を作っちゃダメということです。

f:id:onaji_me:20220125114318j:plain

ダメなんですか……?

――え!?

岸本さん:パンは主食なので、毎日食べますよね。毎日食べても飽きがこない、みんなに愛されるパンにするためには、味を極めすぎるのは良くないと思っています。僕は昔から楽器をやっているんですけど、音楽の作曲もパンと同じで、メジャーコードだけじゃなくて、マイナーコードも混ぜなければ、味のある曲になりません。

――確かにどんなに美味しい料理でも、三日三晩食べたら飽きますよね。お米やパンは毎日食べても飽きないですけど……。では、パン屋をプロデュースする際に大事にしていることを教えてください。

岸本さん:パン屋に大事なことって分かりやすくいうと、「作る」「売る」「広める」という三つだと思っています。パンの開発は「作る」ですね。「売る」はお店の中で大事な接客接遇の部分。やっぱり、パン屋は生身の人間を相手にする商売で、しかも毎日来店されるお客さんも多いので、ちょっとしたことでもいいので毎回、何か楽しみを提供できるようにしなければいけません。「広める」は、ネーミングやグラフィックはもちろん、立地の選定、物件選びといった諸々。その三つが一体化していないといいパン屋にはならない、大事なのはバランスです。

――そうなると、岸本さんのお店を真似て単に変わった名前だけつけても、うまくいかなそうですね……。

岸本さん:似たような店が一時期かなり増えたということは知人からも言われました。でも何か違うみたいで、ネットで誰かしらが「これは、岸本さんのお店じゃない」って言ってくれたりもしました。

根底にあるのは「多くの人を喜ばせたい」という気持ち

――岸本さんがこれから挑戦したいことはなんですか?

岸本さん:実は最近「抱き枕」をプロデュースさせてもらいました。

――だ、抱き枕!?

岸本さん:コロナ禍以降、毎日の暮らしをどのように演出するかというのが、皆さんにとって大事なテーマになっています。ではパンのある暮らしってなんだろうと考えた時に、寝具もありかなと思ったんです。朝になってパンを食べるのが楽しみすぎて眠れない、だとしたらもうパンに埋もれて寝ちゃいましょう! と。

f:id:onaji_me:20220125114322j:plain

文字通り「考えた人すごいわ」な発想

――やっぱり発想がぶっ飛んでる……。

岸本さん:あと、今後大きな災害が起こると想定されるので、非常食のパンについても悶々と考えながら取り組んでいます。食も睡眠も、誰の人生にも関係するテーマですよね。だからこそ、たくさん人を喜ばしうるサービスが提供できると思うんです。ベーカリーのプロデュースと並行しながら、また別の分野にも挑戦していきたいですね。

【取材先紹介】
ジャパンベーカリーマーケティング株式会社

取材・文/小野和哉
1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯に惹かれて入ってしまうタイプ。

写真/高橋 敬大(TABLEROCK)