動物界の高麗人参⁉︎ 日本初の“鳩肉専門店”が鳩肉普及を目指すワケ

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鳩肉といえばフランス料理の食材として知られていますが、高級なイメージがあり、とくに日本ではなじみのある食材とはいえません。

そんな稀有な食材である「鳩肉」のおいしさや歴史・文化に触れ、新たな日本の食文化の一つとして広めようと奮闘しているのが、東京都港区にある「鳩肉屋」です。

オーガニックな食用鳩を育てる「pigeon farm(以下、ピジョンファーム)」を立ち上げ、繁殖から調理提供までを自社で完結させるほど魅了された鳩肉の魅力について、オーナーの田中力哉さんに話を伺いました。

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鳩肉のポテンシャルを日本人に知ってもらいたい

――初めて鳩肉をいただきました。とても香ばしく、食欲をそそりますね

田中さん:そうでしょう! 日本では、フランス料理店で食べたことがある人がいる程度ですが、独特な臭みやくせのない食べやすい食材なんですよ。おまけに、中国では「食肉界の高麗人参」や「鶏9羽分の栄養価がある」ともいわれているほど、健康にも良いんです。でも、まだまだ高級食材で、一般的に気軽に食べられるものではない。鳩肉を日本に普及させたい一心で始めたのが「鳩肉屋」なのです。

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塩味のクラシカル(左)とホルモンミックス炒め(右)。どちらも驚くほどくせがなく、食べやすい

――鳩肉屋で使われている鳩肉は、自社で養殖されているものだと伺いました。

田中さん:そうです。私の地元、千葉県の九十九里にあるピジョンファームで、食用鳩の繁殖を行っています。中国やフランスでいくつか繁殖をしているところを見学し、フランスで行われている伝統飼育(自然に近い形での飼育方法)を採用しました。

ちなみに鳩の糞は、有機肥料として昔から活用されていて、ピジョンファームにある有機野菜の栽培にも利用しているんですよ。単なる鳩肉料理店ではなく、こうしたオーガニックな循環型農園も始め、新しいことにチャレンジしたかったのです。

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大学卒業後、中国で貿易業を始めた田中さん。現地で出合った各地域の中華料理の美味しさに開眼し、貿易業の傍ら日本で飲食業を始めたのだという

田中さん:ピジョンファームで育てた鳩は鳩肉屋で使うだけではなく、私が経営している中華料理店「黒猫夜(くろねこよる)」で提供したり、卸先のレストランや調理師専門学校に販売したりもしています。鳩肉屋をオープンしたのが2020年6月と、新型コロナウイルス感染症の流行に重なってしまったこともあり、供給先を複数持てたのは経営面でも大きかったです。

――卸先のレストランはどのようなジャンルが多いですか?

田中さん:フランス料理店ですね。日本で鳩肉というと、やはりフランス料理に使われることが多いですから。これまで日本で鳩肉を使おうと思ったら、輸入された冷凍品を使うしかほぼ選択肢がありませんでした。卸先からは新鮮な鳩肉が手に入ると好評のお声をいただけていますね。

――フレンチが主流のところ、「鳩肉屋」が提供しているのはオリエンタル料理ですね。そもそも、オリエンタル料理とはどのような料理を指すのでしょうか?

田中さん:オリエント地域、つまり中近東・アジアエリアで食べられている料理ですね。開店当初は、尖らそうと思って「古代オリエンタル料理」と銘打っていたんですが、お客さまにあまりにも伝わりづらくて(笑)。もう少しシンプルにしようと思い、オリエンタル料理に変更しました。

――鳩肉をメインにした料理を提供するのに「オリエンタル料理店」。十分尖っているように思えます(笑)。

田中さん:新しいことにチャレンジしたかったんですよ。中華にするのか和食にするのか、いろいろと考えましたが、中華料理はすでにお店を経営しているし、和食もお手本にできるお店がたくさんあるので、挑戦のハードルはそこまで高くない。かといって、洋食やフレンチで鳩肉を使うお店にも前例がある。じゃあ、日本であまり見かけないオリエンタル料理だと。

ひねりすぎてしまうのは私のくせですね。中華料理店の「黒猫夜」で、何の店かわからない店名にしてしまった反省から今回は直球で「鳩肉屋」としたのに、料理のジャンルはひねってしまいました(笑)。

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鳩肉屋の店内。雰囲気のある照明や装飾類はトルコから輸入してきたもの

25年越しに鳩肉に再会。調べていくうちに魅力にハマる

――「黒猫夜」のオープンが2005年と、長く飲食店を経営されていますが、飲食業界に入られたきっかけは何だったのでしょうか?

田中さん:もともと飲食業に興味があったわけではないんです。私の社会人スタートは、大学卒業後に中国に渡って始めた貿易業。当時の日本人にとってはアメリカが人気で、私も卒業前にアメリカ旅行に行ったり、留学に憧れたりしていました。ただ、みんなアメリカに行くので、いわば“逆張り”をして中国を選びました。

現地で知ったのは、日本では食べられない中華料理のおいしさでした。今でこそ湖南料理や貴州料理といったローカルな中華料理も日本で食べられるようになりましたが、当時の日本には上海・四川・広東料理くらいしかなくて。現地でその地域の中華料理を食べ歩くうちに、「もっと面白くてすごい中華料理があるのにな」と思うようになったんです。

でも、日本の中華料理人を雇ったところで、現地の味を再現してもらうのは難しい。そこで、中国人シェフと友人になって教えてもらったり、独学で試行錯誤したりしながら中華料理の技術を身に付け、日本で店を開いたのですが、当時はその良さを伝えきれずに閉店させてしまいましたね。

――お客さまにとってなじみのないメニューだったからですか?

田中さん:鴨の舌を使った料理とか、結構攻めたメニューを用意していましたからね(笑)。おまけに、最初に店を開いたのはファミリー層の多い千葉県内の住宅地。変わった料理より炒飯やラーメンがいいという客層だったので、残念ながら需要に合わなかったんです。

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鳩肉屋の入り口。店舗は細い階段を降りて行った先にあり、まるで隠れ家のよう

――鳩肉以前から、ローカル食材に挑戦するのがお好きだったんですね。鳩肉に出合ったのはいつ頃ですか?

田中さん:最初に食べたのは30年ほど前です。食材探しというよりは、単なる興味本位で中国を食べ歩いていて出合いました。丸焼きを食べたんですが、淡白かと思いきや肉汁がじゅわっと口の中に広がり、臭みもなく本当においしくて。肉汁の味わいも他の肉にはないものでしたね。ただ、当時は「おいしいな、面白い食材だな」と衝撃を受けただけで、鳩肉で何かをしようとまでは思っていませんでした。

――では、鳩肉を日本に広めようと思うようになったのには何かあったのですか?

田中さん:5年前くらいに、また鳩肉を食べる機会があったんですよ。貿易業の仕事でヨーロッパや中近東に行く機会があって、世界各地に鳩肉料理が普及していることを知り、食材として興味を抱き始めました。

さらに、そこから鳩肉について調べていくうちに、そのミステリアスさ、ユニークさにも惹かれていって。例えば、中国では薬膳として使われたり、出産後の女性が栄養を摂るために鳩肉のスープを飲んだりといった風習があるのですが、中東では男性向けの滋養強壮用として好まれているといった違いがあります。

ヨーロッパで鳩は宗教的なシンボルでもありますし、深い歴史や文化がある。おまけに鳩肉は食肉の中でもかなりヘルシーで、健康志向な人が増えていくこれからの社会のニーズにも合っている。そういうこと全てに魅力を感じ、鳩肉で商売をしてみたいと思うようになりました。

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食材だけではなく、お酒も西アジアの珍しいワインのほか、焼酎・ウイスキーなど幅広く提供

教科書のない鳩の繁殖。初めはスタートを切ることすら難しかった

――鳩肉屋やピジョンファームを開業するに当たり、どのような苦労がありましたか?

田中さん:まずは鳩の仕入れに苦労しましたね。5年前にピジョンファームを開いたのですが、海外から仕入れる予定だった鳩が鳥インフルエンザの影響を受けて仕入れられなくなってしまったんです。ですから、まずスタートを切ること自体が大変でした。あちこち仕入れ先を探し回り、ようやく仕入れられたのが約3年前です。

――仕入れられてからはスムーズに?

田中さん:いやいや、すべてが大変でしたよ(笑)。何しろ現場で勉強したといっても1週間程度の短期間で、1年間通して飼育するのは初めてでしたから。いろいろな問題が出てくるたびに、一つひとつ解決していきました。日本には食用鳩を育てる前例がなかったので、教科書がないんですよ。ですから、古い文献を調べたり、競走鳩を育てている人に話を聞いたりして試行錯誤を繰り返しました。そうこうしていると新型コロナウイルス感染症の流行が始まってしまい、現地に勉強に行くわけにもいかなくなってしまいましたしね。

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ピジョンファーム・鳩肉屋のスタッフは現在、田中さん含めて3名で取り組んでいる

――具体的にはどのようなことが大変たったのですか?

田中さん:例えば、オスとかメスとか、その区別すら難しい。中国で「指を当てたらわかる」と判別方法を聞いてきましたし、本にも「ここにこういう突起がある」と書いてはあるものの、実際にやってみると全然わからないんですよ。幸い、鳩肉は性別で食味が大きく変わることはないのですが、未だに完璧に見分ける特徴は見つかっていません。

あとは、養殖のペースですよね。これはコロナ禍による影響が大きく、出荷できないとエサのコストがかかり続けてしまうので、黒猫夜に出したり卸先に販売したりしながら対応していました。食用鳩に限らず養殖産業の方はみなさんこの「出荷先がない」課題にきっとぶち当たっただろうと思います。

ロマンがあるから、今の苦労を乗り越えられる

――ここまでお話を伺って、鳩肉屋もピジョンファームも熱い思いで開業され、田中さんの深い探究心にも触れることができました。これからさらに挑戦したいことはありますか?

田中さん:まだまだ鳩肉の普及は始まったばかりです。なので、スーパーで「今日は鳩肉にしようかな」と買える食材になるようにしたいですね。ただ、そこにたどり着くまでには、鳩肉の調理の難しさや販売価格など課題があるため、まずは一般消費者と鳩肉との接点を増やすべく、外食産業に力を入れていきたいです。

食べてさえもらえれば、おいしさをわかってもらえるはずですから。もっと手軽に食べられるよう、生産コストを今の半分ほどに下げたいですね。とはいえ、中国のような大量生産体制はこれからの時代にそぐわないと考えています。自然や環境にやさしい養殖スタイルでありながら、高級食材としてしか提供できない状況からは脱したい。バランスを見ながら工夫していきたいです。

それと、会社として掲げている「新6次産業」を推進していきたいとも考えています。

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――1次が生産、2次が加工、3次が流通や販売、これらの事業をすべて行うのが6次産業ですね。“新” 6次産業とは何ですか?

田中さん:「新しい何かを付加して販売ルートをつくる」といったイメージです。例えば、スーパーで売られている野菜に“生産者の顔”が貼られているものを当たり前のように見かけますが、レストランなどで加工された野菜には見ないですよね。別のレストランでわれわれの鳩肉が提供されても、「ピジョンファームの鳩肉です」とは、メニューに表記されません。そういう世の中に出ていない流通の情報をまとめ、インターネット上で情報発信できないかなと思っているんです。

あとはイベントですね。コロナ禍以前、「黒猫夜」では他ジャンルの飲食店さんとコラボイベントをやっていたんです。例えば、フレンチレストランのメニューに「黒猫夜」で出している中国のお酒をペアリングしたりですとか。そうしたイベントをオンラインでも開催し、公開商品開発みたいなことをしても面白いなと。1次や2次もできるからこそ、出てきたアイデアの生産や商品化もできる。「うちの鳩肉で何かを作ってください」なんて企画ができれば、思いもよらないメニューが出てくるかもしれません。

――確かに名案ですね。こうした発想はどういったところから生まれてくるのでしょうか?

田中さん:多店舗展開による事業経営には限界があるという思いからでしょうね。コロナ禍による影響もありますが、そもそも日本は今後どんどん人口が減っていくわけですから、多店舗展開ではない付加価値や、利益の上げ方を取り入れなければと考えています。

あとは、どんなに大変なことでも挑戦したい「男のロマン」があるから(笑)。この気持ちがあるからいろいろ考え、例え苦労が続いてもやっていけているのでしょうね。

取材先紹介

鳩肉屋

東京都港区赤坂4丁目3-11 高嶋11ビル B1F
電話:03-5545-5118

取材・文卯岡若菜

埼玉県在住のフリーライター。生き方や働き方に関心を持ち、企業や個人へのインタビューライティングを主に手掛ける。

写真木村心保