三崎「くろば亭」のマグロばか三世代記――キャラ濃い店主図鑑

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昭和期、遠洋漁業の寄港地として栄えた神奈川県三浦半島の三崎港。「三崎といえばマグロ」といわれるように、全国でも有数の水揚げ量を誇ります。

そんな町に「地魚と鮪無国籍料理200種」を掲げる料理店「くろば亭」があります。山田芳央(よしお)さんを筆頭に、息子の拓哉さん、孫の玄太さんと親子三世代で切り盛りしていますが、この家族、そろいもそろって「マグロばか」。マグロの町でマグロ漬けの毎日を過ごし、飽きるどころかその探究心は日々深まっているようです。そんなマグロの魅力について、山田さんご一家に伺いました。

三崎と、マグロと、山田一家と――。「くろば亭」の歴史 

山田家が三崎に住み始めたのは芳央さんが幼少期の頃。「マグロ漁の名人」として名を馳せた芳央さんの父・重太郎さんが、徳島県からマグロ船に芳央さんを乗せてやって来たことからです。その船で芳央さんはひどい船酔いに見舞われ、それを見ていた重太郎さんから「漁師には向かない」と言われたそうです。

それでも、マグロが好き。食べることにも興味があった芳央さんが料理人を目指したのはごく自然な流れでした。高校在学中から料理人の修業をはじめ、卒業後は東京で中華やフレンチなど計15軒の店で腕を磨きました。そして1971年、地元・三崎に戻り、酒と洋食を出すナイトレストラン「レストランクローバー」をオープン。その後、より料理をメインにした店へと業態変更を試み、ワニやカンガルー、タヌキといった“ゲテモノ”料理を出す店「くろば亭」へとリニューアルしましたが、あえなく失敗。閑古鳥の鳴く日々が続きました。

「『山海賊料理』として、さまざまな肉の料理を考えたけれど客が来なくてね。それで、親父や船員から世界各地のマグロの食べ方について聞いていたから、マグロに俺の料理の知識や技術をすべて注ぎ込んで勝負しようと思ったんだ」(芳央さん)

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マグロの希少部位が味わえる一皿。胃袋は滑りを取るためたわしで何度も洗ってからだし汁で煮るなど、各部位それぞれに適した下処理が施されている

「マグロといえばトロや赤身の刺身」というステレオタイプな料理ではなく、内臓料理や世界各地で食べられているマグロ料理など、マグロのありとあらゆる部位を余すことなく使って調理をする新生「くろば亭」として再スタートを切りました。

「漁師が食べている“本当のマグロ料理”を食べて欲しかった」(芳央さん)

眼光鋭く、目に余る行為があれば怒号が飛ぶのではないかと思うほど迫力のある芳央さん。しかし、マグロのこととなると時に論じ、時に顔をくしゃっとさせて、その魅力を余すことなく語ってくれました。

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「やっぱりマグロはうまい。毎日食っているし、毎日食うなら赤身がいい」と芳央さん。特に、水揚げから少し時間が経過して程よく熟成された「ぼけバチ」といわれるメバチマグロが一番うまいと話す

「最初は金がないから、マグロ一本なんてとても買えなかったよ。だから、マグロの品質や鮮度を見るために切り落とした尾の身を仕入れていた。

尾の身だけでも、筋の身、皮の身、中落ち、骨髄……いろいろな部位があって、それぞれ食感や味わいも違う。これだけで80種類もの料理が作れる。マグロ一匹なら、身のほかに、卵や白子、心臓や胃袋といった内臓もあって無限大。そういうマグロ船の漁師が限られた食材で編み出した『マグロ船の沖料理』をウチでは追求しているの。

そのためには、各部位でそれぞれに適した下処理をちゃんとしなくちゃいけない。下処理をしっかりしなければ、内臓はただ臭い・まずいものになってしまう。だから、俺は三崎でマグロの専門学校をやりたいの。テレビで名の知れた料理人が、内臓を使って料理するのを見たけど、洗い方一つできていない。そういうのを見るとすごく気分が悪い。それこそマグロを骨の髄まで無駄なくきちっと調理できるマグロ職人を育てたいのよ」

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「まぐろの兜焼き(小)」13,200円(税込/5名〜/3日前までに要予約)を注文すると、芳央さんのマグロ成仏の儀式も付いてくる。「ほら貝を吹いてから、マグロを成仏させて、皆さんが幸せになる吉祥天の経を唱え、最後に邪気祓いとして護摩焚きの経を唱えてるよ」

「本当にうまいマグロが食いたけりゃ三崎に来いよ、って思う。『本当のマグロ料理を食わせてやる』って意気込みでいつもいるしね。三崎だから食べられる珍しい部位や食べ方があるんだよ。そういうのが、三崎で大事にしたい、来てくれた人に食べてもらいたいマグロ料理だと思うし、文化としてちゃんと伝えたいね」

「マグロは人と同じ。というか女性に見えるところがある」(拓哉さん)

亡き祖父は伝説のマグロ漁師、父は多彩で個性豊かなマグロ料理人。そんな先達の背中を見てきた息子の拓哉さん。SNSのプロフィールには「マグロ一族」と書いてあります。現在、「くろば亭」は拓哉さんメインで営業し、「一日中、休みの日もマグロや仕事のことばかり考えている」と話します。

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「コック服を着た親父は俺の憧れでした。でも俺は親父と違って多彩じゃない。一つのことに集中するタイプ。そんなところは俺自身もマグロと似ているかもしれない。マグロも一生懸命泳いで、エサを食ってないと死んじゃうじゃない(笑)」

「小学生の頃、親父が作ってくれたグラタンが本当においしくて……。その感動が忘れられず料理人を志しました。それに物心ついたときから、マグロ漁師が身近にいてマグロは生活の一部。だから、親父と一緒にマグロを料理する日々は当たり前でした」

高校卒業後、芳央さんとともに「くろば亭」の厨房に入った拓哉さん。マグロの尾の身だけを買う日々の中で、マグロやそのほかの魚を目利きする力を養ったといいます。

「マグロって人そのもの、というか、女性を見るような感覚があります。ツヤや品があるものは京都の舞妓のようだし、ぽてっと脂が乗っているのは(自分の好きな)40歳過ぎの女性にも見えるし。見た目は華やかだけど旨くなかったり、見た目はパッとしなくても味がものすごく深かったり。だから面白い。人間の女性は苦手で目利きなんてできないですけどね(笑)」

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尾の身を手で練って見極めるという。「今では血液を見ても良し悪しがわかりますね」

「マグロは見て買うのが一般的だけど、俺は“こねて(練って)”目利きします。尾の身の肉を触って練るのですが、良いマグロはこねると粘りが出る。マグロによって、鮮やかな色が前面に出てきたり、逆に色が飛んでしまったり。手がベタベタになるけど、何本もこねていると味の想像ができるようになってくる。そうやってマグロを“手”で見て、“手”で味わっています」

マグロを女性に見立てると話し、手で味を確かめるという拓哉さん。まさにマグロ沼にどっぷりとハマっている職人の言葉です。

「若い人にもっとマグロのおいしさを伝えたい! 知ってほしい!」(玄太さん)

これからの「くろば亭」を背負っていく拓哉さんの息子・玄太さん、24歳。冷静沈着で厨房では黙々と作業を進めていました。家族の受け売りではない、玄太さんフィルターを通したマグロへの思いを話してくれました。

「自分は人を喜ばせるのが好き。子どもの頃、父の肩を揉むと喜んでくれることがうれしくて、高校2年までは整体師をなろうと思っていました。でもある時、たまたま家で料理を作ったら家族みんなが『おいしい、おいしい』と喜んでくれて。これがものすごくうれしくて、料理人になろうと思いました」

調理学校の後、別の店へ修業に出ることなく、すぐに「くろば亭」で働き始めました。玄太さんは仕事中、芳央さんのことを「親方」と呼び、拓哉さんのことはそのまま名前で呼んでいます。

「家族だから、という甘えではなく、親方や拓哉さんに聞いて学んだ方が早く身に付くと思いました。それに多くの店が仕入れを業者に頼み簡略化している。そこにロマンを感じなかったんです。ウチは毎日市場に行って、見て・触って素材を選んでいる。その方がずっとロマンがある。これからもこれは大事にしていきたいと思っています」

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祖父・父の背中を追いかける玄太さん。マグロや仕事への想いを一つずつ熟考しながら答えてくれた

「自分は『くろば亭』の経営状況が右肩上がりになってから生まれました。だから、小さい頃からマグロの良しあしを教えてもらいながら食べてきたし、やっぱりマグロはおいしい。多分、今の若い人たちは良いマグロを食べたことがないと思うし、『マグロは刺身』と思っている。だから刺身だけじゃなく、加熱したマグロのおいしさも知ってもらいたい」

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「くろば亭」の人気メニュー「マグロカルビ焼き」1100円(税込)。牛肉となんら遜色無い食べ応え

マグロの本当のおいしさを広く、多くの人に伝えたいという熱い想いをみなぎらせる玄太さん。そのために自分ができることは何か、ということも常に考えているようです。

「毎日開店前に店頭でマグロの頭の解体ショーを行っています。開店を待ってくれている人に少しでも楽しんでもらい、三崎の思い出にしてほしい。また、今はみんな写真を撮るから、味だけではなく、見た目にもこだわっていきたい」

特に自分と同世代の人に、もっとマグロに興味を持ってもらいたい。新メニューの開発や盛り付けのアイデアなど、実践したいことがたくさんあるという玄太さん。これからの挑戦が楽しみです。

マグロ一族のマグロ伝道はつづく

現在、「くろば亭」の厨房には拓哉さんと玄太さんが入り、芳央さんはマグロの新たな可能性を探るべく、近くの工房でさまざま研究や商品開発を行っています。

「三崎のマグロは言わばこの町の『産業』であるから、それを『観光』に変えるのが俺の仕事。今、息子が毎日店頭でマグロの頭を捌いているのも表現の一つ。マグロをエンターテインメントとして、これからもどんどん仕掛けていきたい」(拓哉さん)

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玄太さんも店を盛り上げるべく、研究に余念がありません。

「今、暇を見つけては、拓哉さんと一緒にマグロの加熱料理を研究しています。最近では『マグロの内臓のアヒージョ』や『マグロのシャリピアンステーキ』などを試作しました。マグロって食べておいしいし、解体ショーは見て面白いし、どんどんいろんな形でマグロを、三崎を、発信したいです」(玄太さん)

日本人が愛してやまない、マグロ。マグロ漁で栄えた港に、その魅力に取り憑かれ、脈々と受け継がれるマグロ愛がありました。マグロバカ一家のマグロ伝道はこれからも続きます。

取材先紹介

くろば亭

神奈川県三浦市三崎1-9-11
電話:046-882-5637

取材・文別役 ちひろ

コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、24都道府県・約800軒の教会を訪ね歩いている。

写真新谷敏司