愛用したランドセルをミニチュアリメイクする「梅田皮革工芸」のエモい職人仕事

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6年間、子どもの成長と共にあるランドセルには、日々の思い出が刻まれている。卒業後、役目を終えたからと簡単に処分するにはどこか忍びないものの、かといって保管するには場所を取る。そんな思いに応えているのが、ランドセルのミニチュアリメイクだ。

「梅田皮革工芸」の寺岡孝子さんの元には、日本全国から役目を終えたランドセルが届く。一つ一つのランドセルの向こうに、一人ひとりの子どもの姿を想像しながら、デザインを生かして、小さなランドセルへと作り替えていく。思い出を加工する“エモい仕事”を見せていただいた。

寺岡さん自身の切ない思い出が、ミニチュアリメイクの原動力

マンションの一室、6畳ほどの部屋の壁側にずらりと並ぶランドセル。その前で工業用ミシンと作業台を構え、寺岡さんは黙々と作業を行う。東京・浅草の革製品工房で職人として働いていた時にミニチュアランドセルと出合い、その愛らしさの虜になったという。

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元々ものづくりが好きだったという寺岡さん。革製品工房がバイトを募集していたことから職人の世界へ。「店番のつもりで入りましたが、社長の計らいでバイト初日からミシンを触らせてもらって……、もう夢のような日々でした」

「お世話になった工房がランドセルのミニチュアリメイクを制作していました。初めて見た時、かわいらしさと同時に『これならずっと手元に置いておける』と感動しました」

人それぞれに「思いの詰まった革製品」というものがあるものだが、寺岡さんは特にランドセルへの強い思いを抱えていた。

「小さい頃、印刷業を営んでいた父が、当時私が好きだったスヌーピーをランドセルにシルクスクリーンで印刷してくれたんです。とてもうれしくて、ものすごく気に入っていました。しかし、中学になって『もう使わないし、場所も取るから』と、写真も撮らず捨ててしまったんです。あの時、もしこのリメイクを知っていたら絶対作っていたのに、という思いが今に生きているのかもしれません」

寺岡さん自身のランドセルに対する愛着と切ない思い出が、ランドセルのミニチュア加工への興味を加速させた。

好きだから面倒臭いと思わない

寺岡さんは「可能な限り、元のランドセルの再現を試みる」というコンセプトでランドセルのミニチュアリメイクを行っている。

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完成したミニチュアのランドセル。大きさは縦約15センチ・横約13センチ・奥行き約9センチをベースとしている。「元のランドセルの背カン(背負う側の上部にあるベルトを通す金具)を取り付けることを考えてこの大きさになりました」

「ランドセルのミニチュアリメイクは、大手のバッグメーカーもサービスとして請け負っています。しかし、すべてのパーツをランドセルの上ぶた部分から切り取るなど、細部のディテールは画一的なものが多い印象で、元のデザインが生かされていないものも多くあります。そういったものを見ると『私ならもっとそのままを再現するのに』と思います」

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要望と照らし合わせながら型紙を当てていく。「一見削らなくてはならないところでも、あれこれ考える中でミニチュアに生かせる方法が思いつくと『いいこと考えた!』ってうれしくなります」

寺岡さんの作業はとにかく細かい。「子どもが当時触れていたものはなるべく多く残したい」と、使えるものはすべて取り外して再利用し、新しい材料は極力使わない。もちろん、傷、手書きされた氏名、刺繍やチャームなどのパーツも、可能な限り再現していく。

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縁革が巻かれているタイプのランドセル。傷も思い出の一つ

例えば、縁(ヘリ)は、元のランドセルが縁革を巻いているタイプであれば、取り外して再度かぶせて手縫いするため、角などについた傷はそのまま生かせる場合が多い。ただ、糸を解くだけでも神経を使い、ゴミを取り除き、再度同じ位置にかぶせるのは気の遠くなる作業だ。

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元のランドセルから分解したパーツ

「以前勤めていた工房の社長に『よくこんな面倒くさいことをするなあ』と言われました(笑)。確かに商売や効率を考えたら、私のやり方では割に合わないと思います。でも、その子やご家族の思い出を大切にしたいので、少しでも元のランドセルの通りに再現したいし、好きだから手間とは思いません」

一つ一つ手間をかけながら丁寧に、寺岡さんは年間300個近く、週に5〜6個のペースでリメイクしていく。

その子を想像しながら組み立てていくことが楽しい

現在、オーダーはホームページで受付を行い、先着で50個を受け付けた段階で一旦締め切る。受注の際、ランドセルとともに送られてくる要望書はとても大切な情報源だという。

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要望や子どもの性格などが記された手紙。親御さんの子どもを思う気持ちが文面からも読み取れる

「依頼者の多くが、『このリボンは残してほしい』『あの傷は生かしてほしい』とこと細かにご要望を添えて送ってくださいます。その時、ランドセルを使っていたお子さんの情報があるとありがたいですね。その子が授業を聞いたり、遊んだりしているところをあれこれ思い描くのがとても楽しくて、作業もはかどるような気がするんです」

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裁断したパーツを工業用ミシンで縫い上げていく。最終的にランドセルの形へと縫い上げるのは手縫い作業

こうして多くのランドセルをミニチュアにリメイクしてきた寺岡さん。心に残るリメイクの思い出がいくつもある。

「上ブタを開けて目に入る時間割のところに、お母さんが書かれたのでしょう、『先生の話をよく聞くこと!』とありました(笑)。こういった子どもの姿が見える、クスッとする書き込みや出し忘れたメモなどを見つけるとほっこりした気持ちになりますね。

ほかにも、生まれつきの病気で、ずっと入院生活を送っている子どもの親御さんからオーダーをいただいたことがあります。今度、その子が病院の院内学級に進学することになりランドセルを探したそうですが、体がとても小さくて、普通のランドセルではとても大きすぎるということで、このミニチュアのランドセルを希望されたんです。少し小さめのランドセルではなく、私がいつも作っているこの縦15センチほどのランドセルが欲しいと……。それで親御さんが用意された真新しいランドセルをミニチュアに作り替えてお届けしました。言葉で表現できないほど感慨深いものがありました」

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兄弟それぞれのランドセルを合体させて一つにリメイクする依頼もあった。「傷の具合を見て、二人ともヤンチャだったんだな、と思いました(笑)」

驚き、喜び、感慨……。依頼者から届く感謝のメッセージ

ミニチュアとなっても、ほぼそのままの姿で戻ってくるランドセルに感動する人はとても多い。寺岡さんの丁寧な仕事に感謝の声も多く寄せられている。

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返信されたアンケートハガキ。感謝や感動の声が多く綴られている

本日、ミニになったランドセルを受領しました。

ミニになっただけで、ランドセルは娘が使っていたランドセルそのままでした。

ランドセル裏側の傷、ランドセルの留め具、内ポケット、ベルト、名前の紙など、元のランドセルをそのまま再現してくださり、感激して胸がいっぱいでした。

一時帰国中の娘も、ミニランドセルを見て本当に嬉しそうで、何度もランドセルを開け閉めしながら、「芸術品だー! すごい!!」と言っていました。

(Sさん)

 

昨年の11月14日にでき上がってきましたランドセルを
やっと、昨夜に娘に手渡すことができました。ありがとうございました。
娘は介護リハビリの仕事の関係上、忙しいらしく、
それに加えてこのコロナ禍ですので、すぐに渡すことができませんでした。
そんな訳で、昨夜一年ぶりに親子3人で自宅で食事ができました。
ランドセルを渡すと、「こんなに青いランドセルだったっけ?」
とか、「とても可愛くなったね!」とたいへん喜んでいました。
部屋に大事に飾っておくそうです。

(Oさん)

 

家族みんなで感動しております。

息子は「なんで⁉︎ これスモールライトで小っちゃくしたの??」と驚きを爆発させておりました。

こんなに精巧にミニサイズになっているなんて家族全員驚いております。

(Oさん)

 

予想以上に可愛く仕上げていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです。

娘も「すご〜い」と感激しています。

ホームページで拝見はしていたものの、フォルムが本当に可愛い!

中に入っていた折れた鉛筆の芯には笑ってしまいました。

このままミニランドセルの中に保存しておきます。

リコーダー入れも対応してくださってありがとうございます。

わたしの中ではこれも併せて「娘のランドセル」なのです。

解体前のランドセルの写真もとてもありがたいです。

発送前に撮った気がするのに、今探しても見つからないという…。

(Kさん)

※依頼者からのメッセージは一部編集しています。

人の思い出に“触れる”温かい気持ちになる仕事

世界でたった一つ、もう二度と同じものはない“使い込んだランドセル”。そこに刃物を入れる怖さはないのか、最後に尋ねてみた。

「組み立てるとはいえ、人様の思い出の品を分解する仕事。いつもその責任を感じています。でも同時に、『どんな子が使っていたんだろう』と想像しながらの作業はとても楽しくて温かい気持ちになれる。本当にこの仕事が好きなんですね」

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近年のランドセルは子どもへの負荷を減らすため、軽量に作られているものが多く市販のカッターでも解体できるそう

ミニチュアになったランドセルを見て、触った依頼者が、それぞれの思い出をより鮮明に思い出せるよう、元のランドセルをできる限り再現する。

ミニチュアとして使わなかったパーツもゴミとは考えず、事前に返却の要・不要を確認したり、『あのパーツがやっぱり欲しい』といったイレギュラーな要望にも応えられるよう、一定期間保管するという気配りもある。一連の過程の随所に寺岡さんの、仕事を愛して止まない様子が見てとれる。

ランドセルそのものを愛し、そこにまつわる思い出も同じように大切に取り扱う――。6年間のさまざまな思い出が詰まった特別な品だからこそ、託すのなら寺岡さんのような職人に頼みたい。

取材先紹介

梅田皮革工芸 

東京都荒川区南千住3-40-10-314

取材・文別役 ちひろ

コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、24都道府県・約800軒の教会を訪ね歩いている。

写真新谷敏司