「若者のアルコール離れ」が進む近年、飲めるけど、あえて飲まないことを選択するライフスタイル「ソーバーキュリアス(Sober Curious)」が欧米発のムーブメントとして注目され、お酒が飲める人も飲めない人も価値観が変わり始めています。
そんな時代背景もあり、2020年7月、東京・六本木にオープンしたノンアルコール専門店「0% NON-ALCOHOL EXPERIENCE(以下、「0%」)」は、コロナ禍にも関わらずオープン当初から話題を集め、今も客足が絶えません。なぜ、今ノンアルコールが注目されるのか。また、集客力を維持するためにどんな戦略を立てているのか。運営会社であるThe Human Miracle株式会社の「0%」店舗責任者兼バーテンダーの菅谷健(すがやたける)さんに話を伺いました。
今必要なのは、心をゼロにする時間
店内に足を踏み入れた瞬間、どこか近未来的でスペーシーな異空間にトリップしたかのような感覚に包まれるノンアルコールバー「0%」。「宇宙にできた最初のバー」というテーマには、さまざまな惑星から多種多様な人種が集まるように、お酒が飲める人も飲めない人にも楽しんでほしいという思いが込められています。
カウンター席に座ると、目の前にある鏡面に映り込む月が歪んで見え、飲んでないのにほろ酔い気分。この心地よい違和感が、日常から心を遊離させてくれます。
ところで、店名の「0%」にはどんな意味が込められているのでしょうか。
「私たち現代人は毎日たくさんの情報を浴び、いつしか思考がコントロールされ、心がとらわれてしまっています。そうした日常の中で、何も考えない時間、心をリセットするマインドクレンズの時間が必要だと思うのです。ここではテンションがハイでもローでもない、一番気持ちのよいニュートラルの状態=心をゼロにすることをコンセプトにしています。
心をゼロにして、本来の自分の感覚と向き合えば、自由でクリエイティブな発想が生まれることも。新感覚のノンアルコールカクテルを楽しみながら、クリアな思考で自分と向き合う時間を過ごしていただければと思っています」
我が身を振り返ってみると、家でも、仕事先でも、オフの時でさえも、「何も考えない時間」を取ることがいかに難しいことか。「0%」は心をゼロにして、自分の感覚と向き合う“きっかけ”を提供してくれる場所です。
日本にノンアル文化を根付かせたい
「0%」がオープンしたのは、まだまだ先行きが見通せないコロナ禍でのこと。酒類の提供が制限され、飲食店は代替品としてノンアルコールのメニューを増やし始めた頃でもありました。しかし、そんな時代のニーズに先駆けて、「0%」は2019年夏に構想がスタートし、2020年1月に店舗が完成。
「スタッフは研修もして準備万端だったのですが、世の中はコロナ禍に突入。半年間、店はあってもオープンできない状況でした」と菅谷さん。では、そもそも店をオープンするきっかけは何だったのでしょうか?
「近年、健康志向の高まりや生活の質を重視するためにお酒を飲まないライフスタイルを選択する人が世界的に増えているという背景があります。ロンドンやニューヨークにはノンアルコール専門のバーがあり、モクテル(ノンアルコールのカクテル)を楽しむ文化が定着しています。このノンアル文化を日本にも根付かせたいという思いから始まりました。私もその思いに共感する一人です」
「0%」がオープンしてまもなく、銀座のバーから転職したという菅谷さん。決め手は、自身が下戸であり、ノンアルコール専門のバーに興味と整合性を強く感じたことにあります。飲める人も飲めない人もみんなが対等に楽しめる場所をつくりたいという思いも一致するところでした。
「カクテルづくりの際、基本的に味見するだけでも酔ってしまうので、味は舐めて記憶し、計算しまくって作っていました。提供する味や温度を一発で決めるため、氷を量り、シェイクの回数によって溶ける水の量など、とにかくデータを取っていましたね」と銀座のバーテンダー時代を振り返り、興味深くも地道な苦労がにじむエピソードを話してくれました。
ノンアルコールを求めるお客とは?
気になるメニューはというと、世界的なバーテンダーで渋谷の名店「The SG Club」などを運営する後閑(ごかん)信吾さんが考案した「A Real Pleasure ゼロ(0)になる」や「アイスランドバブル」などのシグネチャーカクテルをはじめ、ノンアルコールの日本酒やワインなどおよそ20種類がラインアップ。
これまで、日本に馴染みのなかったノンアルコール専門店の登場と、世界的バーテンダーによるモクテルが味わえるという話題性もあり、一躍注目を集めた同店。どんな客層がどんな目的で来店しているのでしょうか?
「客層は幅広く、10代〜70代までいらっしゃいます。以前、午前10時から営業していた時期はお子さま連れでの来店もありました。現在は16時〜22時まで営業していますが、18時までの時間帯は主に写真を目的にした制服姿の女子高校生も多いですよ」と菅谷さん。
バーエリアはオレンジ色の光に包まれ、テーブルエリアはネオンが照らす近未来の空間、そして店内奥にはミラーとメタルに囲まれたエクスペリエンスルーム(個室)があり、鏡に映った自分を撮影するフォトブースとしての利用も人気なのだとか。どこを切り取っても絵になるのでSNS映えするのも同店の魅力であり、お店が拡散されていった要因でもあります。その上、未成年でも楽しめるバーがあるということで、女子高校生をはじめ普段バーを利用できない客層の間でも話題です。
「19時ごろから来店するのは界隈のホステスやサラリーマン。一軒目として利用される方も多いですね。お酒が入っていないのでしっかり話せますし、カウンターはもちろん、テーブルもすべて横並び席なので、カフェのように面と向かい合うよりも話しやすく利用しやすいのだと思います。健康のためにお酒を控えている人や宗教上の理由で飲まない人、また、ノンアルコールカクテルを勉強する飲食業界の人もよく来店されますね」
もちろん、お一人さまも多いそう。仕事が終わり、まっすぐ家に帰るのがいやなとき、頭をリセットしたいとき、どこかにふらっと立ち寄りたい。ただお酒は飲みたくないし、コーヒーの気分でもない。そんな時、ノンアルコールバーはちょうどいい。ほの暗く、心地よい音楽に身を委ねる時間。これはもう自分だけのサードプレイスといえるのではないでしょうか。
集客戦略は徹底的にエンターテインメントを重視する
コロナ禍による時短営業の期間も含め、連日ほぼ満席状態が続いたことも特筆すべき点。緊急事態宣言で1日4時間しか開けることができなかった期間も、時間帯あたりの客数は落ちることがなかったそう。
「それもこれも、お客さまが店内やカクテルを撮影してSNSで拡散してくれたおかげです。自分たちも日々SNSにアップしますが、お客さまの方がステキな写真を撮られるので、逆に撮影の参考にさせていただいたり、リポストしたり。SNSの拡散力・宣伝力は本当にすごい。だから、カクテルはとにかく映えるように作っています」
話題性とSNS映えで順風満帆にも見えますが、オペレーションがうまくいかずクレームになったこともあるそうです。例えば、写真を撮りたいお客が一番多いというカクテル「アイスランドバブル」を提供する際のこと。泡はシャボン玉のようにすぐに弾けて消えるため、写真を撮ろうとする前に割れてしまうと、「残念」、「1,320円も払ったのに写真が撮れなかった」という声がSNSでも散見されるように。そんなことが続き、スタッフたちの中にもどこかモヤモヤとした晴れない気持ちがありました。
そこで菅谷さんはオペレーションを変えてみることに。当初は作って提供するだけだった「アイスランドバブル」を、お客の目の前で泡を作り、お客自身に泡を割ってもらうことにしたのです。
「写真を希望するお客さまには、泡を3回作らせていただきます。まずは写真を撮っていただき、次は指で触れて割ってもらう。最後は香りを楽しんでもらうために鼻で割って飲んでいただきます。この仕組みによって、スタッフはテーブル席にいるお客さまとも自然にコミュニケーションができ、接点が生まれる。オペレーションを改善してからはクレームもなくなり、逆に喜ばれるようになりました」
そのことをきっかけに、徹底的にエンターテインメントを重視するように。ただ味わうだけでなく、写真を撮ったり、自分で泡を割ってみたり。何かしら付加価値のある体験をし、それがSNSで拡散され、集客につながる。お客により楽しんでもらうためのサービスに切り替えたことで好循環が生まれていきました。
真においしいと思える新時代のドリンクに
菅谷さんは以前、銀座でバーテンダーをしていた時に、ある疑問をぼんやりといだいていたことを話してくれました。
「これまでのノンアルコールカクテルは、飲めない時の代替品としての位置付けが強く、甘みを強くしたり、酸味を効かせたり、アルコールに標準を合わせたパンチのある味がほとんどでした。でも、それはお酒を飲まない人にとって本当においしいものなのかという視点で考えると、明らかに違うと思うのです。代替品としてではなく、全く新しいジャンルとして確立させたいと思っています」
その心意気は、スペシャルカクテルに表現されています。菅谷さんの代表作「Jupiter IO 木星イオ」は、グラスの縁に砂糖をまぶし付けたシュガースノースタイルで、淡いピンク色にオレンジとハーブのグリーンが映える美しい一杯。
実は筆者もアルコールを入れると顔が赤くなり、しんどくなる体質。それでも味わい深いお酒をマイペースにちびちびやるのは楽しく、そんな時間が好きでもあります。この新しい大人の嗜好品は、身体面でもムリなく、飲みたいという精神面も満たしてくれ、私のような人には願ったり叶ったり。今日はあえてお酒を飲むのをやめておこうという日にも特別感を味わうことができます。
最後に、菅谷さんに新ジャンルとしてのノンアルコールカクテルの楽しみ方を教えていただきました。
「料理に例えるならフレンチのように、複雑に重なる味わいの層を感じて楽しんでいただきたいです。そうすればもっと充実した時間になり、楽しくなると思いますよ!」
時代とともに味わいも楽しみ方もどんどん深化していくノンアルコールカクテルの世界。菅谷さんが差し出してくれたこの一杯は、もうお酒の代替品でなくていいんだと思わせてくれ、なにか新しい価値を手に入れた気分です。ニューノーマルの飲み会やライフスタイルに寄り添ってくれる頼もしさに乾杯!
取材先紹介
- 0% NON-ALCOHOL EXPERIENCE
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東京都港区六本木5-2-4 ANBビル1F
六本木駅 徒歩5分
電話:050-5384-7712
- 取材・文味原みずほ
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敬食ライター。B級グルメから星付き店まで都内レストランを中心に取材・執筆。料理人をはじめ生産者、料理研究家、ブルワー、マルシェ出店者へのインタビューなど食・農のフィールドで活動中。
- 写真西川節子