県民数に対する喫茶店の数が日本一多い高知県(※1)。中でも、高知市にある喫茶店として必ず名前が挙がる「現代企業社」は、高知の喫茶文化の中で地元の人に愛され、当たり前のように市民が社名を口にする優良企業です。繁華街・おびさんロードにある会社の原点の店「ファウスト」で、同社現会長の大西 映(はゆる)さんに話を伺いました。
「高知に来るがやったら、モーニング食べや!」
そもそも、なぜ高知に喫茶店が多いのか。大西さんによると、高知は「共働き世帯が多い」ことに加え、「県民性によるところが強い」といいます。
「以前、高知の喫茶組合の方と県内の喫茶店数について話しました。背景として、かつて夫は外で働いて、妻が家でできることを……という考えから喫茶店を開業することが多かったそうです。県民の気質として、高知の女性は『はちきん(土佐弁で男勝りの意。勝ち気で働き者と言われている)』ですからね。女性が頑張っているし、稼いでいる。女性が自立して稼ぐのに、喫茶店は始めやすい仕事だったんではないでしょうか。メニューも単にコーヒーやお茶だけではなく、特にモーニングに力を入れている店が多い印象です。味噌汁が付いてきたり、豪華なモーニングを提供する店もたくさんありますよ」
喫茶「ショパン」がすべてのはじまり
県民にとって喫茶店が食事の場、コミュニケーションの場として深く根付いている高知県。そんな喫茶店の中でも、高知市を中心に14店舗を出店する「現代企業社」は、市民なら誰もがその名を知る企業といっても過言ではありません。
その歴史は1959年、現在、喫茶「ファウスト」が立つ場所にあった「ショパン」という喫茶店から始まります。この「ショパン」は、映さんの父・現代企業社の創業者である大西清澄(きよずみ)さんが居抜きで始めた店でした。経営に素人だった清澄さんは、単なる居抜きではなく従業員まで一緒に引き継いで始めました。
「コーヒーなんて淹れたこともなかった素人の両親が、当時の従業員に教わりながら喫茶店経営を始めたんです。以前は洋酒も提供するカフェバーでしたが、やがて純粋な喫茶事業に特化していきました」
清澄さん、実は小説家になることだけを考えていた人。18歳から小説を書いては東京の出版社に持ち込み……、仕事をしながら小説を書き……という生活を送っていたそうです。
「小説家志望の父がマスターとしてカウンターに入ったことで、父との会話を楽しみに『ショパン』に通う小説家もいたそうです。また、ある時は、父が店にあるガラスの飾り棚に絵の具で絵を描き、ステンドグラス風にして飾っていたところ、画家のお客さんの目に留まり、アドバイスをもらったそうです。そのうち、絵を描いたり、立体の造形物を創るようになり、県展へも応募するようになりました。しまいには審査員も務めるようになって(笑)。神奈川県の『彫刻の森美術館』で父の作品が買い上げになったり、『静岡県立美術館』のプロムナードに設置されるようになりました」
こうして、文化人も多く集う店となった「ショパン」。数年後、隣にあった米穀店を購入し、敷地を約30坪に広げて鉄骨の大きな店にした時、名称も「㐧一」と改めました。当時は若者が喫茶店に集って遊ぶという時代、夜はモダンジャズが流れるおしゃれな空間だったそうです。そして1989年、店舗を鉄筋コンクリートに建て替えたことを機に「ファウスト」として新装開店。この時、文化人が多く集まった歴史をつなげるべく、3階にギャラリーも開設しました。
普通のようでインパクトある「現代企業社」という名称
清澄さんが「現代企業社」という社名を付けたのは1965年頃。清澄さんの兄弟が揃って高知市内で喫茶店のマスターとなり、一族で複数の店舗を経営する共同経営の形にした時でした。
「現代美術やモダンジャズなど、父は『現代』という言葉に最先端のイメージを持っていたのでしょう。でも、そこに『企業社』と付くと……。かつてはいかがわしい興行をする団体と間違われたこともありました(笑)」
シンプルながら印象に残る社名。そこには、若い世代の素直な意見もありました。
「私の代になり、『ナイフ&フォークカンパニー』に名称変更しようと考えました。しかし、若手社員から『レトロ感があって良い』という声が挙がり、現社長(映さんの長男)も『現代企業社の方が昔からやっている会社という印象で信用を得られる』との意見も出ましてね、このままになりました」
実際、店名よりも「あの店は現代企業社だから……」と、運営会社名を口にする高知市民の多さには驚かされます。
喫茶店は“雰囲気”を売るところ
現代企業社が展開する喫茶店・レストランは、どの店も個性豊か。そこには清澄さんの芸術センスが、映さんや現社長へと受け継がれていることが分かります。


「父はよく、『飲食店をやるにしても絵を描け、文を書け』と言っていました。文章を書かないと頭が良くならないと。私も美大の建築科で学びましたし、この店には息子(現社長)が描いた絵も飾ってあります。
以前、父は高知新聞の取材で『絵を描く、彫刻をつくる、ちょっと変わった喫茶経営者』として紹介されたのですが、その記事で『喫茶店は水商売。水を売っているようなもので、原価は低い。一方大事なのは雰囲気づくり。それは空気を売っているようなもの。水と空気を売るのが喫茶店』と父は語っていたんです。まさに、この言葉がうちの店で大切にしていることですね」
訪れることにワクワクし、時間を心地よく過ごすことができる。目に入るものは興味がそそられるものばかりで、つい会話に花が咲いてしまう。雰囲気づくりを大事に考える喫茶店の特徴です。
局所出店と、一軒ずつ特色のある店づくりをする意味
高知市での知名度は抜群の現代企業社ですが、東西に長い県内で出店は高知市と近隣の日高村と南国市に限られます。かつては県外進出もしていましたが、現在では確固たる考えのもと、出店場所は地元で吟味するそう。
「父は割と裕福な家に生まれ育ちましたが、ある時、実家が破産しまして……。その経験から、財産をしっかり管理することの大切さを理解していました。経営という面でも、『借りている店ではだめ。自社で所有しないと! 』と言われましたね。つまり、店は自社所有にしなくてはならないと。郊外に進出する時も借地はだめ、という考えを強く言われました」
現在の店舗はその大半が自社所有ですが、「そういうやり方では多店舗化ははなから無理」とも映さんは言います。


どこの店も独自の個性があり、ワクワクしてしまう現代企業社の喫茶店やレストラン。そこには“なるべくしてなった”経緯がありました。
「店づくりはとにかく面白くて楽しい作業です。あれこれ皆でアイデアを出し合い、思いを巡らせて……まるでゲームのようなものです。コンセプトができれば、店舗のデザイン、メニューの内容、さらに食器やユニフォーム……。うちの喫茶店やレストランの各店舗がそれぞれ違っているのは、特にそうしようとこだわった訳ではなく、自然のなりゆきだったのです」


近場だから「知ってる」を増やすことができる
高知市民から、店名ではなく社名が出てくるという事実。最後に、どのようにして地元にその名を周知させることに成功したのかを聞いてみました。
「喫茶やレストランは身近な存在で日常的にちょこちょこ利用する店舗形態です。利用頻度が高いことに加え、60年以上という歴史もあります。シニア世代が若い頃に通っていた店は無くなっているけれども、『現代企業社』として名前が残っていて、そこからつながりを感じて来店してくれると思っています。
また、十数年前から、店の看板や外観の目立つ場所に『現代企業社』と社名を入れようって意識しましたね。この店はうちがやっているんだ、ということをそれとなくアピールする意味でもね。そう考えると、『現代企業社』ってヘンテコな社名は良かったのかもしれません。これが『ナイフ&フォークカンパニー』じゃ、誰も覚えてくれないでしょ」
喫茶文化が根付く土地で、芸術文化を愛し、その持てる力を店づくりに活かす。現代企業社の店が人気なのは、そんなキラキラと楽しむ心でつくった店ということが、自然と市民に伝わるからかもしれない。
※1総務省統計局/統計トピックスNo111 ランキングでみた産業別・地域別の経済活動―平成28年経済センサス-活動調査結果からー
https://www.stat.go.jp/data/e-census/topics/topi111/pdf/topics111.pdf
取材先紹介
- 現代企業社
- ファウスト
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高知県高知市本町1-2-22
電話:088-873-4111
- 取材・文別役 ちひろ
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コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、24都道府県・約800軒の教会を訪ね歩いている。
Instagram: https://www.instagram.com/c.betchaku/ - 写真新谷敏司