ハンバーグ専門店「榎本ハンバーグ研究所」店主・榎本稔さんが400種以上のハンバーグを生み出すまで

飲食店にとって、何度も通ってくれるお客さん(おなじみ)はとても大切な存在です。一度だけではなく二度、三度と「また訪れたい」と思ってもらうためには、どんな工夫が必要なのでしょうか。

常連客を増やす施策のヒントを名物店主に伺う企画「常連客を生む店づくり」。今回、話を聞いた榎本稔さんは、都内でハンバーグ専門店を運営する「榎本ハンバーグ研究所」のオーナーシェフ。ハンバーグに特化し、これまで開発したメニューは400種類を超えるほど!ユニークなお店づくりとともに、ハンバーグ研究家としてテレビやメディアに出演する機会も多い人物です。一方で、オリジナリティーを維持するために自身は「今、他のお店に通うことはほとんどない」とも。

そう考えるようになった経緯は? そして、お客さんを飽きさせない工夫とは? インタビューの舞台は北区にある「榎本ハンバーグ研究所 西ヶ原店」。常連客になってもらうための取り組みから榎本さんが目指す、唯一無二のお店づくりについて伺います。

パスタやピザは多種類あるのに、なぜハンバーグは少ないのか。「榎本ハンバーグ研究所」設立への道

――榎本さんは「ハンバーグ研究家」という肩書きをお持ちですが、どういった経緯でハンバーグにハマっていったのでしょうか?

榎本稔さん(以下榎本さん):子どもの頃からハンバーグが好きで、夕食に並ぶとうれしくてテンションが上がる料理だったんです。小学校の家庭科の調理実習をきっかけに料理する楽しさも知って、母親の食事づくりを手伝うようになりました。ハンバーグって工程も面白いじゃないですか。冷たいひき肉を触ると気持ちいいし、ひと塊にしていくのも楽しくて。子ども心には遊びの延長のように思えましたね。 

その後、外食産業に興味を持ち始め、大学卒業後にはファミレスチェーンに就職しました。店舗でもハンバーグを提供していましたが、セントラルキッチンで成型されたものを焼き、オーブンで仕上げるスタイル。だんだん「アレンジしたいな」と、自分で食べる賄い用のハンバーグをこね直してみたり、別の食材をパテの中に入れてみたり、ソースを変えてみたり。「こうしたらもっとおいしくなるんじゃないか」という思いが日々積み重なって、自分の料理が出せる店ができたらいいなと考えるようになりました。

――そこから榎本ハンバーグの前身である実家の喫茶店「コーヒーエノモト」を継ぐことになったそうですね。

榎本さん:28歳の頃ですね。「そういえば両親が喫茶店をやっているな、一緒にやらせてもらえないかな」と。当時「コーヒーエノモト」には軽食メニューしかなかったので、そこでハンバーグやナポリタン、オムライスなどの洋食メニューを提供するようになりました。一番人気が高かったのがハンバーグだったんです。

そのうち、日替わりランチとしてパテの配合を変えたり、トッピングやソースを変えたりとお客さんの反応を見ながらいろいろなハンバーグを出すようになって。種類が増えていったので、写真を撮って記録を残しておこうとブログ「ハンバーグ研究所」も始めました。

ブログを続けていると徐々に「ハンバーグがすぐ焦げてしまう」「生焼けになる」というような質問も届くようになって、それに応える形でレシピやQ&Aを載せていきました。ハンバーグは材料も調理工程も洗い物も多いので、労力をかけて失敗するとガッカリしちゃいますから。これまでの研究が少しでも役に立つならと「ハンバーグ研究家」として研究会やイベント登壇などの活動も始めました。

2016年に父が引退するタイミングで、屋号を「榎本ハンバーグ研究所」に変えて業態変更したんです。この店名、最初は周りから大不評でしたね。「お店らしくない」「電話がかかってきた時に名乗るのが恥ずかしい」って(笑)。今ではすっかりなじみましたけどね。

――確かにお店だとは思わない人も多そうですね(笑)。店名もそうですが、そもそもハンバーグに特化した専門店ってなかなかないですよね。どんな思いで始められたんでしょうか。

榎本さん:パスタは専門店があるし、デリバリーピザ店のチラシを見ても本当にたくさんの種類がありますよね。ハンバーグだってすごくポピュラーなのに、実際に見るメニューは多くても5〜6種類じゃないですか。デミグラス、ガーリック、チーズ、和風くらい。パスタもピザもたくさんあるのに、なぜハンバーグは限られてしまうのかとずっと疑問に思っていました。それなら自分自身でハンバーグの幅広い食べ方を提案しよう、可能性を広げようと思ったのがきっかけです。

数量限定でブランド豚のハンバーグなどを出してはいますが、うちのハンバーグのパテは基本1種類。牛5:豚5の割合で、どちらも粗挽きと細挽きを合わせています。玉ねぎはじっくり炒めた飴色玉ねぎと、食感を残した炒め玉ねぎの2種類。つなぎにはパン粉よりも吸水性の高いお麩を使い、肉汁が流れ出ないようにしています。

この配合は、どんなソースでも合うようにと編み出しました。メニューではいろいろな具材との組み合わせや調理法でバリエーションを出すようにしています。ふわっとやわらかで食べ飽きない、家庭的なハンバーグを目指して今も研究を重ねています。

唯一無二を目指し、400種類以上のハンバーグを生み出すまで

――榎本さんはいつもメニューをどのように考えているんですか?

榎本さん:最初の200種類くらいまでは苦労なくパッと出てきましたね。300を超えたあたりからちょっと難しくなってきて。そんな時はテレビの料理番組やグルメ番組からインスピレーションを受けることが多いですね。ハンバーグではない別の料理紹介の時に「ハンバーグに応用できそうだな」と思ったら試してみます。

ご飯バーグ(榎本ハンバーグ研究所HPより)

例えば、うちのお店にはハンバーグの中にご飯を入れた「ご飯バーグ」があるんですが、これは以前テレビで観た「肉巻きおにぎり」から着想を得たもの。チーズフォンデュがはやった時は、小さくしたハンバーグをチーズに付けて食べるメニューを考案したこともありました。

また、野菜ソムリエの資格も取りました。肉に加える玉ねぎの使い方はもちろん、付け合わせにも工夫が必要だなと。実際にどう調理すればよりおいしくなるかが分かって勉強になりましたね。

――これまで作ったハンバーグの中で、一番思い入れのあるメニューはありますか?

初代しるばーぐ

榎本さん:やっぱり、うちのお店の名物メニューである「初代しるばーぐ」ですね。かつおだしをベースにした和風スープにハンバーグを浸しながら食べるつけ麺スタイルの定食で、魚介と肉の旨みが合わさってコク深い味わいなんです。2010年に考案して以来、スープのバリエーションを期間限定で変えるなどシリーズになっている看板商品です。

――つけ麺スタイルって珍しいですよね! どんな時に思いついたんでしょうか。

榎本さん:ハンバーグって、梅雨が明けた頃から売上が下火になるんです。とくに夏のランチが暇になってしまって。どういうメニューならハンバーグを食べてもらえるのだろうと考えていました。ある時、門前仲町の「紫匠乃」(※2019年閉店)でつけ麺を食べている時にふと思いついたんです。「麺の代わりにご飯を、チャーシューの代わりにハンバーグを入れたら食べやすいんじゃないか」と。

最初は自分ひとりで試作して、スタッフにも食べてもらって。自信作ができたので、写真を撮って大きいポスターを作り、お店の前に貼ったんです。

――そこで起死回生、バーン! と売れたんでしょうか。

榎本さん:それが全然(笑)。お店の前を通りすぎる人はみんな「何コレ」って指を差して笑っていました。お客さんでも注文する人はいなかったですね。

――それでもメニューから外そうとは思わなかったんですか?

榎本さん:もともと売れるとは思ってなかったんですよ。人気メニューを目指したわけではなく、話のタネというか、面白いと思ってもらえるメニューになればいいかなと。

その数カ月後、たまたま通りかかったテレビ番組のスタッフさんが面白がって、番組で取り上げてくれたんです。そこから本当にじわじわと注文する方が増えて来て、10年かけてゆっくり名物メニューに育っていきました。

――当時、笑われていたメニューが名物メニューになるとは、一番の出世作ですね。榎本さんは「オリジナリティーを保つために他店に通うことはほとんどない」とお聞きしましたが、お好きなお店などはないんですか?

榎本さん:学生時代は、大学のすぐ近くにあった武蔵境の「珍々亭」の油そばが好きで週1~2回は通っていましたね。その近所の「丸善」の味噌チャーハンもよく食べに行っていました。どちらにも共通するのは、時々無性に食べたくなるような、人を惹き付ける味。不思議な力があるなと今でも思います。

お店を開業してから、一時期は視察として別のハンバーグ店に食べに行ったり、コンビニやファミレスのハンバーグを食べてブログでレビューしたりしたこともあったんですが……。どのお店もみんなおいしいし、いいところがいっぱいある。だからやっぱり食べるとマネしたくなるんですよね。でも、そうすると同じようなお店になってしまうじゃないですか。ある時から「うちはうちでいいんだ」と、オリジナリティーを大事にすることにしました。

他店を気にせず自分が楽しいと思うことをやって、「いいな」と思ってくださるお客さんが来る。その形が一番自然だなと思います。

裏ランチ、別冊メニュー、オーダーハンバーグ。通うほどに楽しさを広げるお店に

――お店を訪れるお客さんはどんな方が多いですか?

榎本さん:この西ヶ原店と春日後楽園店とでは少し客層が違うんですけど、平日は近隣の在住、在勤者が多いですね。土日祝日はテレビやメディア、Instagramを見たファミリーやカップルの方たちが遠方から足を運んでくださるような印象です。北区は都内でも年齢層が高い街なので、下は30代、上は80代くらいまでのお客さんもいらっしゃいます。性別は女性8:男性2の割合で、女性グループも多いですよ。

――女性のお客さんが多いんですね! ちょっと意外でした。売れ筋はどんなメニューですか?

榎本さん:メニューは期間限定も含め16~18種類くらいそろえていますが、人気は「しるばーぐ」と「デミグラスソースハンバーグ」。そのほか、メルマガやアプリに登録した会員さんだけが注文できる「裏ランチ」や「別冊メニュー」も用意しています。

――「裏ランチ」「別冊メニュー」ってすごく気になります……! どんなものですか?

榎本さん:お店からのお知らせをまとめたメルマガは喫茶店時代からずっと続けているもので、登録すると週替わりの裏ランチを注文することができるんですね。別冊メニューは、来店時にアプリの会員画面を見せるとスタッフが特別にお持ちする限定メニューで、新作や変わった組み合わせのハンバーグなど6~8種類載せています。

僕は普段、厨房で調理しているのでお客さんを接客することは少ないのですが、裏ランチも別冊も毎日何食か注文が入るので、そこでリピーターさんが来てくれていると分かります。いつ来ても飽きずに違う味を楽しんでほしいと始めたのですが、なかなか好評です。

――すごく特別感がありますね! メニューには「オーダーハンバーグ」というページもありましたが、これはどのように注文するんですか?

榎本さん:お客さんが選べる形の、ディナー限定メニューです。「何か研究所らしいことをしたいな」と。今までに蓄積してきた調理法や魅せ方、食べ方の研究結果をもとに、一人一人に合ったハンバーグを出そうと始めました。

ハンバーグのパテ、ソース、トッピングを決めた後、そのハンバーグの名前を決めてもらい、その名前をもとに私たちが最後の盛り付けを考えます。ご家族の誕生日や記念日などに注文が入ることが多いですね。時々4人で4つバラバラのオーダーバーグが入ったり、私が知らないアニメのキャラクターの名前が入っていたりすると慌てますけど、歓声が上がったり、写真を撮ったりする方も多くて。大変だけどこちらもうれしくなる瞬間ですね。

――では、新規のお客さんについて、来てもらうため、通ってもらうために意識していることはありますか?

榎本さん:うちのお店についてお客さんに知ってもらう努力をすること。情報発信を意識していますね。

例えば、どんな材料を使って、どんな風に作っているのか。ブログにはお店の成り立ちやメニューの誕生秘話、お知らせなどをたくさん掲載していますし、店内には食材や産地を明記したボードを下げています。メニューの最初のページには「どのように作っているのか」を分かりやすく書いています。

――情報発信することで、新規のお客さんだけでなくリピーターの獲得にもつながりそうですね。

事前に知ってもらったうえで食べてもらえるとよりおいしく感じますし、また来たい、誰かに伝えたいと思ってもらえるのではないかと考えています。

肉汁のようにあふれ出すアイデアでチャレンジし続ける

――最後に、今考えていること、今後やってみたいことはありますか?

榎本さん:いろいろありますね! 今取り組んでいるのは新メニューの開発です。これまではトッピングやソースを変えてハンバーグの新しい食べ方を提案してきましたが、今後ハンバーグそのものをさらに掘り下げて研究していきたい。そのひとつとして今開発中なのが、「和牛・豚・合いびき肉のハンバーグ3種食べ比べセット」です。

――食べ比べセット! 具体的にはどういうものですか?

榎本さん:素材の違うハンバーグを順番に焼きたてでお出しするんです。最初は和牛100%。つなぎは使わずお肉そのものを楽しむ作り方で、お肉好きな人に喜ばれる味です。

次にブランド豚100%のハンバーグ。豚はやわらかな肉質でふんわりと優しい味になるので違いが楽しめると思います。

最後は、いつもお出ししている合挽き肉のこだわりハンバーグ。食べ比べてもらって「やっぱり最後に出てきたハンバーグが一番おいしいね」と、お客さんに思ってもらえたら成功かなと思っています。最近は試作を繰り返しているので、先日常連さんに「ちょっと太ったんじゃない?」って言われてしまったほどです(笑)。

それから、折を見て3店舗目を出したいですね。その際は細分化した“超”ハンバーグ専門店をやりたい。

――細分化というと?

榎本さん:和風ハンバーグ、チーズハンバーグなど、ひとつのジャンルをより深く追求するんです。中でも可能性を感じているのが和風ハンバーグ。日本酒とも相性が良いんですよ。一時期はお店でも日本酒を推していたんですが、注文が入るのはやはりビールかワインが多いんですよね。「こんな食べ方、楽しみ方があったのか」とお客さんに驚いてもらいたいなと考えていると、次から次へとアイデアが湧き出てきて、自分自身とても楽しいんですよ。

――新しい挑戦が聞けてこちらとしてはうれしいですが、せっかく温めているアイデアを書いてしまっても大丈夫ですか?

榎本さん:やりたいなと思ったことって、口に出した方が実現すると思っているので。今日はあえて話していますから大丈夫です(笑)。

【お話を伺った人】

榎本 稔さん
「榎本ハンバーグ研究所」店主。一般社団法人日本ハンバーグ協会アドバイザー。幼少期からハンバーグ好きで、長年に渡りおいしい食べ方を追求。大学卒業後ファミリーレストランチェーンで6年勤務したのち、実家の喫茶店「コーヒーエノモト」に入店。拡充したメニューのうち、ハンバーグの人気が高まったことをきっかけに多彩な種類を考案する。2016年にはハンバーグ専門店として喫茶店から業態変更を行い、2020年には2号店となる春日後楽園店をオープン。記録用に始めたブログ「ハンバーグ研究所」には400種類以上のオリジナルハンバーグが掲載されており、その目新しさや豊富な知識でテレビやメディアにも数多く出演。店の経営の傍ら、ハンバーグ好きを増やしたい、家庭でおいしく食べてもらいたいとの思いから日々活動を行っている。
・Twitter:@enomoto_hamburg
・Instagram:@enomoto_hamburg_laboratory
・公式サイト:榎本ハンバーグ大学

【取材先紹介】


榎本ハンバーグ研究所 西ヶ原店
東京都北区西ヶ原2-44-13 西ヶ原ハイツ1F
電話:03-3910-7020

取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。

撮影/佐坂 和也

編集:はてな編集部