京都市内で4店舗を展開する国産牛ステーキ丼専門店「佰食屋」は、コロナ禍で売上が低迷する中でどのように生き抜いたのか。店主・中村朱美さんは「助けられたのは、普段から大切にしてきたお客さんとの関係性」と語ります。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、通常とは異なる運営をしている飲食店が増えています。
徐々に普段通りの生活に戻ってきているとはいえ、お店とお客さんとの距離感が物理的・心理的にも遠くなっている今、「また行きたい」とお客さんに思ってもらえるようにするには、どんな工夫が必要なのでしょうか。
飲食店の店主に、コロナ禍でのお店づくりについて聞く『コロナ禍でのコミュニケーション』。話を伺ったのは、京都で国産牛ステーキ丼専門店「佰食屋」を運営する株式会社minitts代表・中村朱美さんです。
商品力の高さもさることながら、1日100食限定、完売次第営業終了という売上を追わない逆転発想で注目を集め、瞬く間に人気店へと駆けあがった「佰食屋」。ランチタイムのみで売り切る好調を受け京都市内に4店舗を展開しますが、コロナ禍で繁華街にあるお店は20食しか売れないなど、状況は一変しました。
「先が見えない中で助けられたのは、普段から大切にしてきたお客さんとの関係性でした」という中村さん。注文の分かりやすさや丁寧な接客など、コロナ禍で威力を発揮したお店づくりについて伺います。
- ランチ営業のみで100食を売り切ってきた「佰食屋」が20食しか売れない事態に
- 一見さんもおなじみさんも変わらない距離感で丁寧に接客。結果、リピート獲得につながる
- 一度のアクションで欲しい情報にたどり着けるように。佰食屋のSNS投稿術
- 「自分自身が究極のお客さん」。お客の視点を大切に、より良い改善を目指す
※取材はオンラインで実施しました
ランチ営業のみで100食を売り切ってきた「佰食屋」が20食しか売れない事態に
――「佰食屋」は2012年、京都・西院に1号店を開業してから市内で4店舗を展開されていました。まずはそれぞれのお店の特徴と、コロナ禍前の状況を教えてください。
中村朱美さん(以下中村さん):全て「1日100食限定」をコンセプトにしていますが、4店舗はそれぞれ業態が異なります。
最初にオープンした国産牛ステーキ丼のお店「佰食屋」は、テレビやメディア露出が最も多かったお店で、地元のお客さまと全国から来られるお客さまが半々くらいの割合でした。開業当初から「0歳から100歳まで楽しんでもらえるお店にしよう」と考えていたこともあり、赤ちゃんから高齢の方など、年代や性別問わず幅広いお客さまに利用いただいています。
その後、2015年には京都高島屋近くに「佰食屋 すき焼き専科」を、2017年には錦市場に「佰食屋 肉寿司専科」をオープンしました。この2店舗はどちらも人通りが多い繁華街にありますが、お客さまの層がまったく違いました。
「すき焼き専科」は、8割のお客さまが韓国人の方。現地のグルメサイトで口コミランキング1位を取ったようで、とくに女性グループでの来店が目立ちましたね。そのため、お店では韓国語のメニューを置いていました。
「肉寿司専科」がある錦市場は活気にあふれた商店街で、観光客がよく訪れるスポットです。でも、実際に出店してみると、肉寿司が写真映えすることもあり、日本全国から女子大生が訪れるお店になりました。レンタルの着物や浴衣で街歩きを楽しみながら来店される方が7〜8割ほどを占めていたと思います。
そして2019年、4店舗目となる「佰食屋1/2(にぶんのいち)」をオープンしたのが四条大宮です。こちらは1号店の西院と似た住宅街で、昔から住んでいる方が多い地域。お客さまは60代以上の方が多かったですね。バイクや自転車が停めやすい立地だったこともあり、売上の半分はテイクアウトやデリバリーでした。
全て阪急電鉄沿線上にありますが、お店ごとに異なる特徴があります。
――2020年に新型コロナウイルスが日本で流行し始めた頃、各店はどのような状況でしたか?
中村さん:最初の頃は外国人観光客が見えなくなった程度で、客足にそれほどの影響はありませんでした。しかし、2020年3月にお笑いタレントの志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎で急逝されたこと、京都の大学生が集団感染したとのニュースを受けて、京都の各所から一気に人がいなくなってしまったんです。いつもなら人が多過ぎてまっすぐ歩けないくらいの錦市場も、近所の小学生が縄跳びできるほど。長年住んでいる地元のおばあちゃんたちが「こんな錦市場は見たことがない」と驚くほど閑散としていたんです。
繁華街にある「すき焼き専科」「肉寿司専科」はどちらも影響が大きく、翌日にはお客さまが半分に、翌々日はさらにその半分と、急降下で激減していきました。本来ならランチ営業の3時間半で100食を売り切るお店だったのですが、15〜20食を売るのがやっと、という状況でした。
――繁華街の2店舗は影響が甚大だったんですね。一方で、住宅街にある西院の「佰食屋」、四条大宮の「佰食屋1/2」の状況はいかがでしたか?
中村さん:この2店舗については逆に、コロナ禍前と変わらず、完売する日が続いていました。
とくにメディア露出が高かった西院の一号店「佰食屋」については、「混んでいるから」と来店を控えていたお客さまが「今なら空いているかも」とこぞって来てくださったんです。暇になってしまった「すき焼き専科」「肉寿司専科」のスタッフをヘルプで呼んだりもしていましたね。
――お店の立地でまったく違う現象が起きていたんですね……。その後、2020年4月には「すき焼き専科」「肉寿司専科」の閉店を決断されます。売上に影響が出始めてからわずか1週間で判断した形ですが、迷いはなかったのでしょうか。
中村さん:2018年の大阪府北部地震、西日本豪雨など大きな自然災害を経験したことが根底にあります。とくに台風21号(2018年)の影響で関西国際空港が3週間閉鎖した時は、50食しか売れない日が続くなどダメージが甚大でした。
ここで「インバウンドに頼り過ぎるのは危ない」「もう一度地域に密着したお店づくりを行い、50食でも採算が取れるビジネスモデルを構築しよう」と立ち上げたのが「佰食屋1/2」だったんです。
自然災害とコロナ禍との大きな違いは、復興の見込み・兆しがあるかどうか。2018年当時と比較して客観的に分析してみて、2020年4月の1週目には「2年は客足が戻らないな」と確信しました。
一方で「この状況下で、雇用を守ることが本当に正義なのか」とも考えていました。このまま赤字を出し続け、従業員にボーナスも払えず、昇給の機会も与えられず耐えてもらうのか。それとも、会社都合として責任を取り、もう一度新たな形でお店を構築するのか。経営者として、すぐにでも決めなければと考えたんです。
2店舗の閉店を決断した際、お店の状況は現場に立つ従業員の方が身に染みて感じていたようで、「私たちも分かっています」と背中を押してくれました。
――なるほど……。そこで、その後は好調な「佰食屋」の運営に注力していくことになったのですね。
中村さん:そうですね。2021年12月には「佰食屋1/2」も閉店し、現在は西院の佰食屋のみの営業になっています。
【コロナ禍でお店はどう変わったか】
- 市内で展開している4店舗のうち、繁華街にあった2店舗は客足が激減
- 一方で、住宅街にある2店舗はコロナ禍前と変わらなかった
- 今後もコロナの影響が続くと考え、売上が好調な1店舗だけを残し3店舗の閉店を決断
一見さんもおなじみさんも変わらない距離感で丁寧に接客。結果、リピート獲得につながる
――コロナ禍になってからは、佰食屋のお客さんに変化はありましたか?あらためて、運営方針を変えた点などがあったら教えてください。
中村さん:京都が緊急事態宣言対象地域になり、行動制限の影響もあったので地元のお客さまが中心になりました。初めての方もおられましたが、全体の6〜7割ほどは2回以上のリピーターさんだったと思います。
最初の緊急事態宣言中はテイクアウト営業のみにしていましたが、テイクアウト自体は創業時から行っていましたし、今はお客さまもSNSなどでお店の情報を得て来店されるので、大きな混乱はありませんでしたね。
ただ、休業明けがゴールデンウイーク明けと重なり、平日の集客が厳しくなることが予想できましたので、期間中のテイクアウトはステーキ丼のみに限定し、連休明けからハンバーグを注文できるよう戦略を立てていました。「ハンバーグ、食べたかったんだよね」と言ってくださる方もいらしたので、功を奏したのではと思っています。
――満を持してハンバーグを注文できるよう工夫されたんですね! もともとテイクアウト利用は多かったのでしょうか。
中村さん:佰食屋は15席と小さなお店なので、イートインのみで回そうとすると、ランチタイム3時間半の営業時間では最大70食しか提供できないんです。そこで、以前から「イートインでは1時間半後しかお席を用意できませんが、テイクアウトなら10分でご用意できます」とお声がけするようにしていました。
佰食屋のまわりには公園も多いので、テイクアウトの商品を外で食べられるよう、お客さまには手作りの公園マップをお渡しすることもありました。その効果もあり、緊急事態宣言やまん防発令中はテイクアウト利用が7割を超えることもありました。
――なるほど、コロナ禍だからと新しい取り組みをしなくても、安定した売上につながっていたんですね。実際のお客さんとのコミュニケーションで、何か印象に残っていることはありますか?
中村さん:「今食べに行かんかったら、潰れてしまうと思ったから来たで!」「また買いにくるからお店閉めんといてね!」と、声をかけてくださるお客さまがたくさんいらして、とても励まされましたね。うれしかったですし、スタッフみんなが「頑張らないと」と意識を持てたと思っています。
――お客さんからのそうした一言は、お店の方としてはやっぱりうれしいものなんですね。常連さんと初めて来たお客さんとで何か接し方を変えるなど、工夫されている点はあるのでしょうか。
中村さん:逆に、常連さんも初めての方も意識せず、全員同じ距離感で接することを徹底しています。例えば、看板のメニューを誰にとっても分かりやすくしたり、声を掛けられたら手を止めて丁寧に説明するようにしたり。
テイクアウトでは温め直す時の注意点や原材料などを明記した用紙、お店の電話番号や営業時間などお店の情報をまとめたショップカードを付けているんですが、毎週来てくださるおなじみさんであっても毎回お渡ししていますね。
1度来てくださったお客さんはリピーターになる可能性があるので、佰食屋について気になる点は全て分かるようにしたいんです。そうした小さな工夫も、リピート率上昇につながっているのではと考えています。
【コロナ禍におけるお客さんとのやりとりで感じたこと・意識したこと】
- 緊急事態宣言中はテイクアウト営業のみだったが、普段からテイクアウトを取り入れていたので大きな混乱はなかった
- お客さんから声をかけてもらうことが増え、スタッフの力になっていた
- 新規のお客さんも常連さんも同じ距離感で接客することを徹底した
一度のアクションで欲しい情報にたどり着けるように。佰食屋のSNS投稿術
――先ほど、「丁寧に分かりやすく伝える」というお話がありましたが、佰食屋のInstagramもビジュアルがとても凝っていて印象に残りやすいと感じました。コロナ禍でのSNS運用についてはどのような点を意識されていたんでしょうか。
中村さん:SNSに関しては私ひとりで運営しています。日頃からお店に行きたくても行けない人など「お店の外側にいるお客さん」に向けて発信を心がけていますが、コロナ禍の2020年ごろからはより一層意識するようになりました。
普段は週1回の投稿ですが、緊急事態宣言やまん防発令中は週2回投稿と、目に触れる機会を増やしました。また、画像にデザインを加えてさらに見やすく、反響を見ながら日々調整しています。
Instagramに関してはトップに主要な情報を全て明記し、さらに全ての投稿にも詳しく情報を掲載するようにしました。初めての人がどの投稿を見るか分からないので、「整理券は何時から」「テイクアウトは電話で予約できます」「電話受付は〇時からです」などをまとめ、欲しい情報がすぐに見つかるようにしているんです。
――確かに、気になるお店があっても住所が書かれていないと行ける距離なのかどうかが分からなくて、別ページを開き直して調べることがあります……!
中村さん:そうなんですよね、ちょっと面倒じゃないですか。一度のアクションで全てが分かるようにしたいと思っているんです。
それに、ハッシュタグも重要だと考えています。例えば、佰食屋では30個のハッシュタグをつけていますが、そのうち28個は毎回固定です。ただ、そればかりだと検索流入も固定されてしまうので、残りの2つはその日の天候や気温、行事などに即したワードをランダムに使うようにしています。
その成果なのか、アクセスはコロナ禍前の1.5〜2倍程度に増え、フォロワーも増加中です。
――「Google ビジネスプロフィール(旧・Google マイビジネス)」にも登録されていますよね。
中村さん:はい、「Google ビジネスプロフィール」も画像サイズを調整する程度で、Instagramとほぼ同じように運用しています。コロナ禍前は平均で月間30万アクセス程度だったのですが、今では60〜70万までになりました。
【コロナ禍で工夫したSNS活用】
- 普段は週1回の投稿だったが、緊急事態宣言やまん防発令中は週2回にしてお客さんの目に触れる機会を増やす
- 一つ一つの投稿に、「整理券は何時から」「テイクアウトは電話予約可能」「電話受付は〇時から」といったお客さんが欲しい情報を全て入れる
- ハッシュタグの入れ方を工夫したところ、SNSへのアクセスはコロナ禍前の1.5〜2倍に増加
「自分自身が究極のお客さん」。お客の視点を大切に、より良い改善を目指す
――どの取り組みも、お客さま目線を大切にされているように思えます。これは、中村さんが創業当初から常に意識されていた部分なのでしょうか。
中村さん:これまで飲食店で働いた経験がなかったので、完全なるお客さん目線なんです。スタッフには「私が究極のお客さん」だと言っています(笑)。創業から10年たってもまだまだ「これはもっと分かりやすくなるんじゃないか」と自問自答していますね。
それに、私はもともと同じお店に何度も通うのではなく、初めてのお店をどんどん開拓したいタイプ。いろいろなお店に伺って、良いと思ったことは佰食屋でも実践できるようスタッフと共有し改善するようにしています。
目下取り組んでいるのは、片方ずつ開閉できるお店のシャッターの改善。うちのお店では一旦完売したら、片方を閉めるんですね。ただ、そちらには営業時間などお店の情報が書かれていないので、店前を通る人に伝えられないのはもったいないんじゃないかって。結構お金がかかるんですが、塗り直す予定です。
あとは、あらためて「5分前行動」を大事にしようと。11時30分オープンのお店でも、11時25分に受付してくれたらうれしいですよね。でも5分前行動を守るために他がおろそかになってしまっては本末転倒なので、できる時はやろうという緩めのルールにしています。
――確かに、そうしたお店側からの心遣いはサプライズ感があってうれしいですね。
中村さん:そうなんです。そういうちょっとしたうれしさがお店の評価や満足感につながるんじゃないかと思うんですよね。料理の味だけでなく、音楽、雰囲気、空調、おしぼり、お手洗い、接客、お会計の対応。私は「ポイントカード方式」と呼んでいるのですが、これら全て1ポイントずつ加算され、総合点としてお店の満足度やリピート来店に関係してくるのではと思っています。
――最後に、今後の展望や、これから実現させたいことなどはありますか?
中村さん:よく「佰食屋はまた店舗展開するのですか」と聞かれるのですが、2021年12月に佰食屋1/2も閉店しましたので、今後は西院の佰食屋のみ一本化での運営を行っていく予定です。ただ、2018年の自然災害と2020年からのコロナ禍を経験し、「店舗展開以外の飲食店の販路拡大の可能性はないのだろうか」と、飲食店の在り方について深く考えるようになりました。
雇用や固定経費をかけずに販路拡大ができたら、シンプルに利益だけが上乗せされますよね。この2年間ずっと考えてきてたどり着いたのが、自社での工場を持たず製造する「ファブレス経営」の仕組みです。その第一歩として今、ある大手企業と商品開発を行っているところなんです。現時点ではあまり詳しいことは話せないんですが、今とは違った形で佰食屋のステーキ丼をお届けできるようになるかと思います。
実現すれば、個人運営の飲食店でも商品力やアイデア次第で既存の流通にのせることができます。飲食店の方たちに、新しい取り組みを広めていけたらと。それが今の私の目標ですね。
【お話を伺った人】
中村朱美さん
1984年、京都府亀岡市生まれ。専門学校の職員として勤務後、2012年9月に飲食事業や不動産事業を行う「株式会社minitts」を設立。1日100食限定をコンセプトに、美味しいものを手軽な値段で食べられるお店「佰食屋」を行列のできる人気店へ成長させる。ランチ営業のみ、完売次第営業終了という飲食店の常識を覆す経営手法で、飲食店でのワークライフバランスとフードロスゼロを実現し、日経WOMANウーマンオブザイヤー2019大賞等数々の賞を受賞。著書に『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』(ライツ社)。
公式サイト:国産牛ステーキ丼専門店 | 京都西院 | 佰食屋(100shokuya)
Instagram:【公式】佰食屋 hyakushokuya
【取材先紹介】
佰食屋
京都市右京区西院矢掛町21 シュール西院1F
電話:075-322-8500
取材・文/田窪綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。
写真提供/佰食屋
編集:はてな編集部
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