「タピオカブームは終わった」から第2フェーズへ。春水堂が目指す「お茶カフェ」のインフラ化

2018年頃から、大ブームを巻き起こしたタピオカミルクティー。いたるところで新店がオープンしましたが、現在はブームも落ち着いています。そんな中、台湾をルーツとし、2013年に東京・代官山でオープンした「春水堂」は今年(2022年時点)で9周年を迎え、ブーム時も出店ペースは変えずに全国17店舗でタピオカミルクティーを中心としたアレンジティーを提供し続けています。

今回は、日本の「春水堂」を運営する株式会社オアシスティーラウンジ代表取締役・木川瑞季さんに、「タピオカブーム」の渦中、ブームが落ち着いた段階での取り組みについて話を伺いました。

タピオカミルクティーを生み出した春水堂の「伝統と革新」

――台湾の春水堂で初めてタピオカミルクティーを提供したのが1987年と伺いました。タピオカミルクティーが生まれた経緯について伺えますか?

木川さん:台湾でも日本と同様、コーヒーを中心としたカフェが広まり、若者の「中国茶離れ」が深刻でした。春水堂を創業した劉(リュウ)さんは、中国茶の新たな楽しみ方を提案することで、お茶を日常的に楽しむ文化を育てたいと考えたのです。時代に合わせ、革新的なアレンジティーをつくる過程で生まれたのが、厳選された紅茶を使ったタピオカミルクティーでした。春水堂はタピオカミルクティー発祥の店なんです。

当時はデザートだったタピオカをお茶に入れたり、紅茶以外の緑茶や中国茶にミルクを混ぜたり、そもそも中国茶をアイスティーとして飲むことも斬新なアイデアでした。伝統的な中国茶を扱ってきた方々からは邪道と言われたそうですが、春水堂のミッションは「お茶文化の継承と味の追求」。そのためのイノベーションに対しては、今でも前向きです。

――2013年、日本出店に至るプロセスについても教えてください。

木川さん:日本に春水堂を展開する礎を築いたのは、オアシスライフスタイルグループを率いる関谷です。関谷は、飲食とは全く違う水道管洗浄のビジネスのために台湾へ出張した際、偶然、春水堂に入って驚いたそうです。ドリンクのおいしさはもちろん、スタッフの笑顔や心地よいサービス、上質なインテリアと空間が織りなす独自の世界観。世界で戦えるブランドだと直感し、「絶対に春水堂を日本でオープンさせたい」と2年半ほど粘り強く交渉したそうです。

――飲食業未経験ながら、春水堂の海外初出店を託されたという事実が、関谷さんの熱量を物語りますね。木川さんは、春水堂のどんなところに魅力を感じていましたか?

木川さん:私も、前職で台湾に駐在していた頃、春水堂に出合いました。関谷同様、あらゆる面で品質の高さに心を動かされたことを思い出します。ラグジュアリーなレストランでもなく、こだわりの個人店でもなく、何店舗もある街中のカフェでこの世界観を実現している春水堂が「かっこいい!」と素直に思いました。

日本1号店オープンの際は、とにかく日本の皆さんに春水堂を知ってもらいたいなと。ゆくゆくは、中国茶やアレンジティーを楽しめる「お茶カフェ」というジャンルを日本につくれたらと思っていました。

代表取締役として春水堂の世界観を形にしている木川瑞季さん

――代官山店オープン当時、タピオカミルクティーブームが来るだろうという予感はありましたか?

木川さん:オープンから今まで、不動の一番人気はタピオカミルクティーですが、正直、特に予感はなかったですね。しかし、西海岸やシンガポール、ヨーロッパ各国ではタピオカミルクティー(=Boba Tea)がすでに定番ドリンクとして根付いていたので、ブームの有無にかかわらず、日本の皆さんにもきっと気に入っていただけると考えていました。

ブームであっても本物に触れ『台湾ドリンク』を好きになってほしい

――実際に、タピオカミルクティーブームが起きたとき、春水堂としてどのように動かれたか教えてください。

木川さん:まずは、お客さまに「おいしいタピオカミルクティー」を飲んでいただきたくて、メディア取材を積極的に受け、春水堂ブランドをプッシュしました。市場が急速に広がり、どこかで香りのしない作り置きのお茶やブヨブヨとした塊のようなタピオカが入ったドリンクを最初に飲んでしまったら……。「やっぱり流行りものは大したことない」と、お客さまが離れてしまうのではという危機感がありました。

どんなに忙しくても、春水堂に来ていただいたからには、最高のタピオカミルクティーを提供しようと。スタッフが一丸となり、一日何度もタピオカを茹でて新鮮なドリンクをつくりました。また、ドリンクづくりは「お茶マイスター認定制度」という資格を取得したスタッフが担当します。素材はもちろん、作り手の質にも徹底的にこだわりました。

結局、タピオカドリンクの大ブームに終止符を打ったのは、他の飲食店と同様に新型コロナウイルスの感染拡大でした。外出機会が減り、マスクが当たり前の暮らしになったことで、需要が激減したんです。急増したタピオカドリンク店の相次ぐ閉店も目立ち、タピオカブームへのネガティブイメージが報道されるようになりました。

――ブームは当事者がコントロールできない面も多く、難しいですよね。当時、出店ペースは上がっていたのでしょうか。

木川さん:店舗数を無理に増やすことはありませんでした。私たちはすべての店舗を直営で運営し、スタッフのトレーニングにも時間をかけています。出店ペースを著しく上げることは現実的ではありませんでした。ビジネスの急拡大より大切なのは、初めにお話しした「お茶文化の継承」。ブームの真っ只中にいるときも、このブームが過ぎ去った後、春水堂が生き残るにはどうしたらいいかをずっと考えていました。

タピオカミルクティーがきっかけで春水堂に来店されたお客さまにリピートしていただくには、全世代にとって居心地が良く、日常づかいしたくなる店舗をつくらなければいけない。ずっと思っていたことではありますが、ブームが巻き起こったことで、この思いを新たにしました。

台湾文化を五感で味わい、安心してくつろげる場所への進化を決意

――ブーム後も、お茶カフェとして定着するためにどのようなチャレンジをされましたか?

木川さん:タピオカミルクティー以外のドリンクメニューの幅を広げることです。まずは台湾茶の充実。2019年頃から準備をはじめ、種類を増やしました。現在は、店内でお召し上がりいただくホットドリンクだと、台湾茶が一番売れています。

抹茶やほうじ茶といった、日本茶を使ったアレンジティーも積極的に開発しました。春水堂が長年培ってきたお茶のアレンジ力に、最高の日本茶を組み合わせれば絶対においしいものができるという自信がありました。こちらも好評をいただいています。

台湾茶3種「東方美人(とうほうびじん)」「金萱(きんせん)」「文山包種(ぶんさんほうしゅ)」

――先ほどから「ほうじ茶ミルク」をいただいていますが、ほうじ茶の香ばしさとミルクがこんなにも合うとは思いませんでした。

木川さん:ありがとうございます。ドリンクの次は、ランチなどで注文してもらうために台湾らしいフードメニューを増やしました。麺類だけでなく魯肉飯(ルーローハン)などごはんのメニューとともに、一部の店舗では、大根餅などの小皿料理を提供できるように準備しました。

台湾への旅気分が味わえる小皿料理の数々(一部メニューは渋谷マークシティ店限定)

もう一つの挑戦は、ゆったりしたお茶時間を提供する空間づくりです。もともと、台湾の春水堂はスペース的にゆとりのあるお店が多く、友人や家族とごはんを食べながらのんびり過ごせることが魅力でした。2020年の6月にオープンした「渋谷マークシティ店」は、台湾春水堂の世界観をより近い形で表現したいという思いが形になった大型店です。アレンジティーの派生形として、アルコールと台湾茶を融合したティーカクテルなども開発しました。また、渋谷を皮切りに台湾モーニングをスタートし、現在数店舗で実施しています。

渋谷マークシティ店は、お茶時間をゆったりと楽しめるシックで広々とした空間

――「タピオカミルクティー」をきっかけに春水堂を知った若い女性だけではなく、幅広いお客さまにお茶文化を味わっていただくためのチャレンジを続けられていたんですね。木川さんは、春水堂のどのような特徴がお客さまを引き付けていると思われますか?

木川さん:関谷や私が台湾のお店で感じたように、春水堂のクオリティーを知り、信頼してくださったお客さまが再訪してくださっているのではと思っています。私の中で春水堂は、全てで一流を目指しているからこそ、くつろぎの中にどこか凛とした印象のある場所です。お茶やお食事はもちろん、サービスや空間まで全てで高いクオリティーを保つことは難しいですが、これからも努めていきたいです。

100年続く街のインフラを目指し、人々の日々をうるおしていく

――「伝統と革新」が春水堂らしさなんですね。

木川さん:春水堂は、伝統的な中国茶をアレンジして、おいしいドリンクをつくることに真剣に取り組んできました。長年培ってきたアレンジティーのノウハウが、春水堂のコアであり、ブーム後も着実に生き残っている秘訣と言えます。

今は、日本の春水堂で50種類以上、台湾では100種類ほどのお茶を使ったメニューがあります。その100種類も、創業以来選び抜かれた粒ぞろいなので、その10倍はメニュー開発に挑戦しているはずです。そして、素材へのこだわりや丁寧なドリンクの作り方は創業以来、変わりません。伝統と変革を上手くミックスしていることが、春水堂の強みです。

日本の一部店舗では淹れたての台湾茶とビールをアレンジした「ティービール」もお目見え

――春水堂のロゴは「蓮は泥より出で泥に染まらず」という中国の成語が図案化されていて、世間の流行に左右されない姿勢、世界中にアイスティーの文化が根づいていく様子を表していると伺いました。

木川さん:このロゴ、私も好きなんです。台湾でも、タピオカミルクティーを発売した当時はブームになって、台湾中にタピオカドリンク店ができたと聞いています。それでも、春水堂は自分たちがオリジン(起源)だというプライドを持っていた。だからこそ、流行に左右されずおいしいタピオカドリンクをつくり続けることができて、長年、お客さまから支持していただいているのだと思います。

本当においしいものは必ず残りますし、徐々にであっても広がります。日本で展開する私たちも、本物のお茶、本物のタピオカドリンクを届けてきたオリジンであるという自負を持ってこの先も歩んでいきたいです。

――ありがとうございます。最後に、春水堂の今後についてお聞かせください。

木川さん:私にとって、カフェはインフラ。皆さんにとっても、生まれてから老いるまで地域にあって、親子三代それぞれ思い出がある、そんな存在であるといいなと思います。

台湾フードを単品で扱うお店は増えてきましたが、春水堂はお茶も食事も楽しめる場所。ドリンクの質をキープするため、1日数回の試飲でお茶の品質チェックを欠かさず、ドリンク作成テストや年1回のドリンクコンテストで、スピードや工程の正しさ、品質、見た目なども審査しています。

また、店内の生け花はスタッフが自ら生け、店舗ごとにサービス担当者がおり、日々のサービスアップに努めています。タピオカミルクティー1品を極めれば終わりではなく、ホスピタリティーあふれる接客を含めたクオリティーを高め、維持することはとても手間のかかることです。でも、それを諦めないのが春水堂らしさで、春水堂の世界観を表現し、伝え続けるには欠かせません。

関谷には「100年続く店をつくれ」と言われています。長く続くお店を育て、安心して楽しめるひとときを全てのお客さまに提供したいです。台湾にもなかなか行けないご時世なので、「台湾ロス」の方に少しでも旅気分を味わっていただけたらうれしいです。

取材先紹介

 
春水堂 渋谷マークシティ店

〒150-0043
東京都渋谷区道玄坂1-12-3 渋谷マークシティ4F
電話:03-6416-3050

取材・文岡島 梓

300名を超える経営層・事業家へのインタビューを行い、その想いや魅力を伝わりやすく再構築。取材を受けてくださった方、言葉に触れてくださった方にとって、何かの「はじまり」になるような表現をしたいと思っています。

写真新谷 敏司

 

企画編集:株式会社 都恋堂