居心地の良いお店に引き寄せられる。『孤独のグルメ』原作者・久住昌之さんの「通いたくなるお店」

『孤独のグルメ』や『花のズボラ飯』などの原作者、久住昌之さんが通うお店とその共通点についてお話を伺いました。


1度ならず、何度も足を運んでくれる“おなじみさん”は、飲食店にとって心強い存在です。そうした常連客の心をつかむお店は、どのような工夫をしているのでしょうか。また、お客さんから見てどういうお店が「通いたくなるお店」なのでしょうか。

今回お話を伺ったのは、『孤独のグルメ』や『花のズボラ飯』などの原作者として知られる久住昌之さん。さまざまな飲食店を舞台に作品を発表していますが、自身は「グルメではない」「お店の成り立ちや店員さん、お客さんに興味がある」と言います。

では、久住さんが思わず通いたくなるお店の共通点とは、どんなところなのでしょうか? 仕事終わりによく訪れるという 「焼き鳥屋 てら 吉祥寺本店」で、その真意をお聞きしました。

伝えたいのは実体験をもとにした面白さ

――久住さんはマンガ家としてデビューされてから、食のエッセーをたくさん書かれています。飲食店を舞台にした作品を手掛けるようになったきっかけはあるのでしょうか。

久住昌之さん(以下久住さん):もともと僕はお店を紹介したり、料理のおいしさを伝えたりしたいわけじゃないんです。だから『孤独のグルメ』も実在のお店をモデルにはしているけれど、あくまでフィクションとしています。もちろん、分かる人には分かってしまいますけどね。 

マンガでもエッセーでも、自分の実体験をもとに、そこで感じたことや考えたこと、うっかりやってしまった失敗なんかを滑稽に面白く伝えたいだけなんです。

――確かに『孤独のグルメ』でも、主人公の井之頭五郎が頭の中で「ぶた肉いためと豚汁でぶたがダブってしまった」と後悔するシーンがあって、読んでいると思わず「あるある」と苦笑してしまいます。

久住さん:セリフは、作画を担当された谷口ジローさんの絵に合わせて書いてきました。ドラマ版では五郎さんの脳内セリフだけは、脚本家の書いたものを、松重豊さんに合わせて僕が直させてもらっているんです。松重さんの演技力が素晴らしいので、「おいしい」と言うセリフ削ることあります。松重さんが食べながら「うん、うん」とうなずくだけで伝わりますから。

マンガもドラマも、丁寧に作っているから面白い

――マンガ『孤独のグルメ』がスタートしたのは1997年ですが、久住さんは当時、どんなふうにお店選びをしたのですか?ポイントなどはありますか。

久住さん:ポイント」と言うのは、作らないようにしています。人によって、どのお店もそれぞれ違った魅力があるでしょう。味とか、待つ時間とか、店の内観とか、店主の性格とか、店員の顔とか、常連客とか。僕がこの店に惹かれる理由はなんだろう?そういう視点で見ているので。もっと大前提は、谷口さんがその店をマンガに描いたら魅力的かどうか、です。

――谷口さんには毎回取材資料として、メモや写真などを何百枚も渡されていたと聞きました。

久住さん:そうですね。決めた店には最低でも2回は訪ねて、料理はもちろん、細かい背景が描き込めるようにいろんな角度で店内を撮影していました。当時はデジカメなんかなかったし、お客さんが食べている横で写真を撮ることはできないので結局、早い時間などに何度も行かねばならなかった。 

――連載中の反響はいかがでしたか?

久住さん:時々「面白いですね」って言ってくれる人はいたけれど、反響があったのは2000年に文庫本になってからかな。その後、出てくるお店を訪ねて同じものを食べて同じことを呟く「五郎ちゃんごっこ」が若い人を中心にSNSで地味にはやってるらしい、と聞くようになりました。

――2012年からドラマ放送がスタートして今年で10年目ですね。これだけ長く続けられている理由について、久住さんはどうお考えですか。

久住さん:みんな丁寧に作っているからなんじゃないかな。谷口さんは「1コマ描くのに1日かける」というくらい時間を費やしているんです。谷口さんは晩年、「描いたマンガが何度も何度も読まれること。それが一番の望み」と書いているんです。

 ドラマスタッフもそうした谷口さんの姿勢をリスペクトしているから、1カットたりとも手を抜かず撮っている。それだけ時間をかけて作られているからこそ、長く支持されているんじゃないかなと思います。

長く通う店には「居心地の良さ」がある

――今日は吉祥寺にある「焼き鳥 てら」さんでお話を伺っていますが、久住さんにとってどんなお店ですか?

久住さん:僕は深夜0~1時ごろまで仕事して、その帰りにどこかで軽く飲んだり食べたりすることが多いんです。「てら」さんが開業した頃は、深夜2時まで営業されていたのでよく来ていました。カウンターがあるし、ひとりで過ごすのも居心地がいいお店です。

久住さんがよく頼んでいる、白レバーのたたき(画像上)、やきとり・おまかせ5種盛り(画像左)、濃厚ゆば豆腐(右下)

久住さんがデザインして特注で制作された吉田焼きの「ぐい呑」

久住さんが制作された版画のポスターもお店に飾られている

――「てら」さんの他にも、ここと決めたら長く通われるんですか?

久住さん:『孤独のグルメ』を連載していた30代の終わり頃、三鷹に仕事場があって、そのすぐそばに「栄ちゃん」という居酒屋があったんです。そこには年間300日くらい通ってました。ご夫婦がやっているお店で、料理はおいしいし、つかず離れずの適度な距離感で接してくれるのが居心地良かったんですよ。

僕が「これおいしいね、どうやって作ってるの」って聞くと「いやあ、手を抜かないようにしてるだけだよ」って言うのがまた恰好良くて。​​肉豆腐がおいしくて、ある年は年間250杯くらいは食べた(笑)

​​――肉豆腐を250日ってすごいですね。仕事終わりにホッとできるような場所だったんでしょうか。

久住さん:そうですね。その店を好きだった理由のひとつは、酔っぱらって大騒ぎする人とか、絡んだりするお客さんが全然いなかったことです。ご主人はすごく穏やかな人なんだけど、泥酔した人が来ると「お父さん、今日はもう終わりだよ」って、ビシッと強く言って店内に入れなかった。大事なことですね。

みんなリラックスしに来るのだから、お客さんもお店の居心地の良さを大切にしないといけないと思います。

久住さんが「通いたくなるお店」とは

――他にも通われているお店として、いくつか名前を挙げていただいています。

久住さん:北海道・旭川の「生姜ラーメンみづの」、佐賀県・佐賀市の餃子店「南吉」。東京・三鷹の「中華そばみたか」にもよく行きますね。

――それぞれのお店について、行くようになったきっかけや魅力を教えていただけますか? 

久住さん:みづの」は、20年くらい前、旭川でトークショーに呼ばれた時に連れて行ってもらいました。店もラーメンも見た目は地味なんだけど、東京に帰ってからも、思い出して無性に食べたくなるんです。それ以来、旭川を訪れて「みづの」に寄らなかったことはないですね。 

『孤独のグルメ』で旭川ロケがあった時は、松重さんも行きました。「ラーメンのスープを全部飲む、なんて何年ぶりだろう!」って感動されていました(笑)。

佐賀市の「南吉」は5年ほど前、バンドメンバー3人で何も知らずに訪れたのが最初。ほぼカウンター席だけの小さなお店で。ビールと餃子を2人前頼んだら、ご主人が「えっ、3人なのに2人前?」っていう顔をするの。食べたらおいしくて、瞬く間になくなって、すぐ2人前追加。そしたらご主人は「足りなかったでしょ」って顔でニッコリ笑って(笑)。その後さらに水餃子も食べました。以来、佐賀を訪れた時は必ず行きます。

――南吉さんの味のとりこになっちゃったんですね。

久住さん:味だけじゃないです。その時の、店に入るまでの街歩きとか、ご主人の笑顔とか、店の空気が、全部でおいしかった。だから、佐賀に行ったらそこで食べたいんです。

餃子は注文が入ってから皮を伸ばして包むんですよ。面倒な作業だけど、見てると本当に手際が良くて。

ある時、南吉で番組ロケをしたことがあって。一緒に行った女性タレントさんが「すごくおいしいですね」って言ったらご主人が、「毎日『もっとおいしくできるはずだ』と思うんだけど、いつも満足できる味にはならない。でもお客さんが『おいしかった』ってまた来てくれるから、それがうれしくてね」と言ってました。

――最後に挙げていただいた「中華そば みたか」は、久住さんが以前書かれたエッセー『孤独の中華そば「江ぐち」』の後継店ですよね。こちらも長く通われているとか。

久住さん:地元なので中学生の頃から通ってます。「江ぐち」は閉店後、隣にあった割烹「はしもと」の次男の橋本くんが「みたか」と名前を変えて後を継いだんです。何十年と通う常連さんがたくさんいたお店だから、厳しい目もあったらしいです。でも、小さい頃から「江ぐち」の味を知っている子だからね。「江ぐち」の味を継承しつつ、おいしくなってると僕は思います

先日「みたか」に食べに行ったら、かなり年配の女性のお客さんがいてね。帰った後に橋本くんが「あの方、『江ぐち』時代から60年通ってます」って。驚いてたら「今でも週3回いらっしゃいます」って言うんです。

そんな話を聞くと、「お店に1度行ったくらいで、その魅力だとか語れるわけない」と思います。だから、僕は自分で感じ取ったことから、面白い話を創作するしかない

「店」「味」の一面にとらわれず、街からにじみ出る面白さを追求する

――久住さんは2020年に「面食い(ジャケぐい)」という本を出されていますよね。その意味は「店構えなどを参考に、自分の勘でお店選びをすること」とお聞きしました。やはり、歴史がありそうな古いお店に惹かれるのでしょうか。

久住さん:はい。店構えには、その店の歴史が現れてます。でも、古いお店でも最近建て替えて、新規の店に見えてる場合もある。それが面白いところなんです。

長年その場所でやっているお店は、その土地に根付いた理由があるんだよね。近所の人々の生活や文化に、そのお店が受け入れられ、馴染んだ。僕は「お店」や「味」「客」「風景」は、長くやっているとひとつになっていき、それがまた街の一部にもなっていくと感じています。

――では、最後にお聞きしたいんですが、もし久住さんが飲食店をやるとしたら、どんなお店にしたいですか?

久住さん:「飲み屋をやるなら今だぞ」って言われたことはあるけれど、真面目に考えたことはないなあ(笑)。だって毎日お店を続けていくってホントに大変なことですから。

……でもそうだな、お酒は自分がおいしいと思うものを2種類だけで、つまみも4種類とか。友人、知人がいる場所じゃなくて、誰も僕のこと知らない街で……。まあ、やらないけどね(笑)。

【お話を伺った人】

久住 昌之さん
1958年生まれ、東京都三鷹市出身。1981年、和泉晴紀氏と「泉 昌之」名義でマンガ家デビュー。以来、原作者やエッセイストとしても作品を多数手掛けるほか、デザインや音楽など幅広い活動を行なっている。原作を担当した『孤独のグルメ』はシリーズ累計150万部を突破、テレビドラマは2022年にシーズン8を制作。海外各国ではマンガ翻訳版も発売されている。近著に『麦ソーダの東京絵日記』(扶桑社)。
・久住昌之オフィシャルサイト:https://sionss.co.jp/qusumi/
・Twitter:@qusumi

【取材先紹介】


焼き鳥屋 てら 吉祥寺本店
東京都武蔵野市吉祥寺南町1-5-11 丸善ビル 2F
電話:0422-29-9950

取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。

撮影/佐坂 和也

編集:はてな編集部

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