実店舗から通販専門店へ。カレー店「HARE GINZA」がコロナ禍でも愛され続ける理由

HARE GINZA橋本徹さんに聞くコロナ禍のコミュニケーション

カレー店「HARE GINZA」店主の橋本徹さんは、顧客との密なコミュニケーションのためにLINE公式アカウントを活用してきました。通販専門店へと業態を変えてもなお、ファンに愛され続ける秘訣(ひけつ)とは?


新型コロナウイルス感染拡大の影響で、通常とは異なる運営をしている飲食店が増えています。少しずつ普段通りの生活に戻ってきてはいるものの、お客さんと対面で密なコミュニケーションを取ることは、依然として難しい状況です。そんな中でも、お客さんに「また行きたい」と思ってもらえるためには、どんな工夫が必要なのでしょうか。

飲食店の店主に、コロナ禍でのお店づくりについて話を聞く『コロナ禍でのコミュニケーション』。今回お話を伺った橋本徹さんは、1991年から銀座で30年にわたり営業してきたカレー店「HARE GINZA(ハレ ギンザ)」の店主です。2021年3月、コロナ禍を機に実店舗を閉店し、東京・葛西に移転。同年4月には冷凍カレーの通販専門店としてリニューアルオープンを果たしました。

店舗営業時からお客さん一人ひとりに向き合い、コミュニケーションを大切にしてきたという橋本さん。通販専門になり以前のような対話が難しくなった現在も、お客さんとのつながりを深める方法を模索しています。

業態転換までの道のりやお客さんとの関係性、橋本さんが常連客を離さないために行っている工夫を伺いました。

銀座のスナックを間借りしてカレー店をスタート

――「HARE GINZA」は最初、銀座の数寄屋通りに、スナックの空き時間を借りて開業されたんですよね。橋本さんはそれまで、さまざまな飲食店で勤務のご経験があると伺いました。

橋本徹さん(以下、橋本さん):もともと歌手として音楽活動をしていたので、料理人になりたかったわけではないんです。飲食店でアルバイトするとまかないが食べられるので、生活のためにジャンルを問わずいろいろなお店で働いていました。洋食店、イタリアン、中華などの後、最後に勤めたのがタイ料理店でした。

今でこそエスニック料理を出すお店はたくさんありますが、35年ほど前は少なかったんですよね。そのお店には初めて見るような食材や調味料がたくさんありました。働くうちに「こうしたらもっとおいしくなるんじゃないか」と自分で具体的に試してみたいと思うことが増えてきたんです。

ちょうどその頃、母が銀座でスナックを開くことになり、僕も手伝うことになりました。そこで、今でいう“間借り営業”として昼時間帯にお店を使わせてもらうことにしたんです。最低限食べていければいいなと、1日15食限定のカレー店『晴(はれ)』としてスタートしました。

――そのカレーも、日本人にとっての「お味噌汁」のように食べ飽きない存在に、という観点から開発されたんですよね。私も先日お取り寄せしましたが、辛味が効いたタイカレーの特徴がありつつ、欧風カレーのようなまろやかさもあり、いくらでも食べられそうな印象を持ちました。

橋本さん:おっしゃるとおり、コンセプトは「毎日でも飽きずに食べられるカレー」です。何十種類のスパイスを使うのではなく、シンプルな構成なのに、また食べたくなるような味わいを目指しました。意外な組み合わせの食材を使うことも多いですが、これは幅広いジャンルの料理店でアルバイトさせてもらった経験の賜物だと思っています。

――開業前に食べ歩きをしたり、カレーについて勉強したりといったことはしなかったんですか?

橋本さん:僕、勉強嫌いなんですよ(笑)。作曲するにしても、カレーを作るにしても、同じジャンルから学ぶことは一切したくないんです。それよりも映画や景色など、まったく別の方向性からヒントを得たいタイプで。好奇心を原点に試行錯誤をして今の味にたどり着いた感じです。

――開業してみて、お客さんの反応はいかがでしたか?

橋本さん:営業していたスナックは路地のビル3階だったので、一見さんが入りにくい隠れ家的な立地でした。なので、来てくださる方はリピーターさんがほとんどでしたね。「ちょっと変わったカレーが食べられるよ」「面白いお店だよ」と少しずつ口コミで広まり、メディアで取り上げられるようになると新規の方も多く来てくださるようになりました。

最初は明確なビジョンを持たず「1日15食売れればいい」と始めたお店でしたが、3年間の営業で常連さんが増えてくるにつれ「今後お店はどういう形になっていくのかな、自分はどうしたいのかな」と、心の変化を楽しむような時期に変わっていきました。

まかない料理や試作メニューでお客さんとのコミュニケーションを深める

――その後、1994年にすずらん通りに「HARE GINZA」として独立店舗を構え、さらにソニー通りに移転します。間借り時代に比べるとスケールアップしましたよね。

橋本さん:規模が拡大し、キッチン設備も充実したので、昼はカレー専門店、夜はお酒とおつまみを楽しんだ後、シメにカレーを出す形にしました。

お客さんは間借り時代と変わらず、銀座近隣にお勤めの20代~60代のビジネスマンが多くて男性6:女性4くらいの割合。常連さんはもちろん、幅広い方に気軽に来ていただけるようランチ時は「誰でも利用できる社員食堂」という位置づけにし、夜はジャンルをカテゴリー分けしない「まかない料理」をおつまみとして楽しんでいただくようにしました。

「HARE GINZA」実店舗のメニュー

「HARE GINZA」実店舗のメニュー

カレー以外にも20種類ほど出していたんですが、材料があればお客さんからのリクエストに応じて一品作ったり、試験的に作ったメニューをお出しして感想をもらったり。お客さんにはそういったやりとりも含めて楽しんでもらいたいなと思っていましたね。その方が私たちスタッフも楽しいじゃないですか。

――確かに「試作メニュー食べてみてくれない?」とスタッフさんからお願いされたら、客側としても心理的な距離感がグッと縮まる気がします。

橋本さん:お客さんには感謝しつつも、必要以上にかしこまることなく、フラットに迎え入れたいと考えていました。初めて来てくれたお客さんとは積極的にお話しして、次に来たときには名前で呼んだり、以前の会話の内容を覚えておいて「どうでしたか?」と聞いてみたり。そうすると親近感を持ってくれるので、また来ようと思ってもらえるんです。

「LINE公式アカウント」を活用し、チャットでお客さんとやりとり

――この頃から、LINE公式アカウント(旧:LINE@)を活用されていましたよね。スタンプカードやクーポンなどを配信されていたとお聞きしましたが、導入するきっかけは?

橋本さん:プライベートでLINEを使うようになって、他に何ができるのかと調べてみたのがきっかけです。もともとは紙でスタンプカードを作って、トッピングのサービス券を配っていました。それが、LINE公式アカウントでもスタンプカードのような機能(ショップカード)があるのを知って、手軽だし紙の削減になるし面白いかなと。それまでは販促に経費をかけていませんでしたし、月5,000円程度なら無理なく始められるなと考えて「ライトプラン」に申し込みました。

――導入して、お客さんの反応はいかがでしたか?

橋本さん:ポピュラーな連絡ツールとしてLINEを使う人が増えてきたこともあり、普及は比較的楽でしたね。ただ、意識したのは「お客さんにとって本当に有益なメッセージしか発信しない」こと。月2~3回のみの発信で割引や無料情報などに絞ると、興味を持って毎回開いてもらえるようになりました。

――現在はどのくらいの登録者がいるんでしょうか。

橋本さん:今、友だち追加してくださっているユーザーは2,000人程度で、開封してくれるアクティブユーザーは1,700人前後。TwitterやInstagramはスタッフに運用を任せていますが、LINE公式アカウントは僕が管理していて、お客さんとのチャットは全て自分で返信していますよ。

――えっ、ご自身が一人一人とやりとりされるんですか?

橋本さん:はい。LINE公式アカウントには自動返信機能もありますが、お客さんからの質問はもちろん、スタンプだけのものにもスタンプで返しています。このようなリアクションは、メッセージを配信すると10件ほど来ます。スキマ時間にできますし、僕がお客さんだったら、お店から返信が来たらうれしいと思うので続けています。

たまに、試しに「あ」とだけチャットで連絡をくれるお客さんがいて、その場合でも「メッセージありがとうございます」「ご質問があればいつでもどうぞ!」と返すと、あちらもびっくりしますね(笑)。でも、スマホの画面越しにお店とちゃんとつながっていることが分かるので距離がグッと縮まって、新たなコミュニケーションが生まれます。

お客さんにとっては、直接お店に電話やメールをするのはハードルが高くてもLINEのチャットなら気軽にできますよね。お店側としてもフォローやケアがレスポンスよくできるのは魅力的です。多くのお店のLINE公式アカウントはメッセージ配信のみだと思いますが、本当にお客さんに伝わっているのかな、もったいないなと思いますね。

HARE GINZAのLINE公式アカウント

現在のLINE公式アカウント。限定商品などのお得な情報のみを発信中

閉店直前、次の展開に向けクラウドファンディングを実施

――2021年3月には30年続けてきた銀座の実店舗を閉店し、冷凍カレーの通販専門店へと営業スタイルを変えられましたが、どのような経緯があったのでしょうか?

橋本さん:家賃や人材確保の負担が重くなってきたことに加え、材料費も高騰し続け、以前より外食機会が減り、お客さんたちの飲食店への興味も落ち着いてきています。「HARE GINZA」を開業した頃と今とでは飲食店のあり方が変わり、「お店としての賞味期限が切れかかっている感覚」を覚えていたところでした。

個人的にも、2009年からプロゴルファーとして活動するようになったこともあり、どこかのタイミングで異なる展開が必要だと考えていたんです。コロナ禍をきっかけに完全廃業することも考えましたが、実店舗で希望者向けに販売していた手作りの冷凍カレーを、今度は通販専門の業態にしようと決めました。

――実店舗時代から冷凍カレーの販売を行っていたんですね。

橋本さん:「出張でしばらくお店に来られない」「転勤で通えなくなってしまった」といったお客さんからのリクエストが増えていて、持ち帰りや配送ができるようにと10年ほど前から始めました。レトルトや通販専用品ではなく、日々提供しているカレーと同じ製法で1食ずつ丁寧にパッキングし冷凍保存したものです。保健所の許可は取りましたが、大きく広げようとは思っていなかったので最低限の設備のみにとどめていました。

冷凍カレー

たくさんのファンがいる「HARE GINZA」をなくしてしまうのはやはりもったいない。長年支えてくれた社員が一人いるので、雇用も守りたかったんです。

――閉店2カ月前から「通販拡大プロジェクト」として実施したクラウドファンディングは目標金額を大きく上回り、160%を達成しています。お客さんからはどんな反応がありましたか?

橋本さん:閉店にあたって、お客さんにはカウントダウンイベントのように参加してもらいたかったんです。そこで、4カ月前から大々的に告知をして、店内中に飾り付けをしたり、来店時には大きなサンキューボードにメッセージを書いたりしてもらうようにしたところ、予想以上の反響がありました。

常連さんはこれまで以上に通ってくださいましたし、久しぶりに来てくださる方も大勢いて、「閉店する前に食べに来られてよかった」と言ってくださいました。その場でクラウドファンディングの支援をしてくださる方もたくさんいましたよ。

お店にとっての一つの大きな区切りを、お客さんと一緒にどれだけ楽しめるかと考えた結果ですが、本当にありがたかったですね。僕もそうですが、「昔よく行っていたお店がいつの間にか閉店していた」ってすごく悲しいじゃないですか。そういう終わり方にはしたくなかったんです。

「HARE GINZA」閉店前の様子

「HARE GINZA」閉店前の様子

来店客専用のLINE公式アカウントを開設し、コアファンとの関係を持続

――銀座から葛西(東京都江戸川区)に移転し、冷凍カレー通販専門店に業態転換をされてから1年ほど経ちますが、状況はいかがですか?

橋本さん:順調だと思います。現在はネット通販での販売に加え、出店のオファーや「『HARE GINZA』のカレーでお店を出したい」と言ってくださる方も多く、セントラルキッチンとしての働きもあります。実際、新木場(東京都江東区)のカフェ「soko station 146」で提供していただいています。

今後、僕自身で実店舗を運営することはないと思いますが、何らかの形で「HARE GINZA」を広めていければいいなと思っています。

――現在も引き続きLINE公式アカウントを使われていますが、実店舗時代と現在とで変わった点などはありますか?

橋本さん:通販専門店になってからは、送料無料や割引キャンペーン、普段出していない限定メニューのお知らせをしています。限定メニューは発売当初は様子見も兼ね、あえて仕込み量を絞っていますが、反応が早くて数秒で売り切れてしまいます。「買いそびれました!」「悔しい」というようなリアクションもいただきますよ。そこで「また頑張って仕込みます!」「待っててくださいね」と返信するとお客さんの印象に残るので、次は逃さず買ってもらえることも多いですね。

とはいえ、全てをLINEで情報発信しているわけではありません。公式サイトや他のSNSにしか載せていないお得情報もあり、いろいろな導線をつくっておくことで、お客さんが定期的にチェックしてくれるのではと考えています。

――なるほど、あえてそうした演出もしているんですね。ちなみに、実店舗で夜に出されていたまかない料理は今後提供しないんですか? SNSで「もう食べられない」と残念がる声を見つけたのですが。

橋本さん:葛西キッチンではカレーのほかに時々、一品料理やお店オリジナルの調味料を限定10食などで販売しているので、そこで味わってもらえます。これは不定期ですし、来店しないと購入できません。そういった情報をお届けするために、来店したお客さんにしかお伝えしていない葛西キッチン専用のLINE公式アカウントも開設したんです。登録者数は近隣の方や長年のファンの方を中心に100人程度なので、フリープランで運用できています。

葛西キッチンで販売しているカレー

――そうなんですね! 熱心なお客さんにとっては特別感がありうれしいですね。

橋本さん:閉店を決めてからも続けてこられたのは、LINEでお客さんと変わらずつながれていたことが大きいですね。

実店舗があった頃はお客さんと顔を合わせてお話ができたけれど、営業スタイルを変えたことでその機会が減ってしまいました。だからこそ、LINEを通じてお客さんと積極的にコミュニケーションを取っていきたい。今後もその関係性を大事にしたいと思っています。

【お話を伺った人】

橋本徹さん

橋本徹さん

「HARE GINZA」店主。2021年3月、銀座で30年続けてきたカレー店を閉店し、同年4月には冷凍カレールーの通販専門店およびセントラルキッチンとしてリニューアルオープン。実店舗閉店を機に「感謝を込めて全国にカレーを届けたい」と始めたオリジナルケータリングカー製作のクラウドファンディングでは目標の250万円を大きく上回り、435人から401万円の支援を受けた。2009年からはプロゴルファーとしても活動を開始。現在はゴルフブームに伴い不足しているゴルフコーチの育成にも注力している。

 

公式サイト:HARE GINZA - 銀座
Twitter:HARE GINZA 葛西厨房です。 (@harekitchen)
Instagram:HARE GINZA (@hare_ginza)

取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。

編集:はてな編集部

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