自虐で成功をつかんだ鳥取「すなば珈琲」の戦略

全国で一番人口が少ない鳥取県(※1)。2012年、某テレビ番組で「全国でスターバックスコーヒー(以下、スタバ)がない県」として、隣県・島根と共にたった2県だけであることが報じられました(島根県には翌年オープン)。これを受け、当時、平井伸治鳥取県知事が「スタバはないが、日本一のスナバ(鳥取砂丘)はある」と発言。この発言をきっかけに誕生したのが、「すなば珈琲」です。誕生の経緯もユニークなら、広告展開も自虐的かつメディア受けする内容。そのコンセプトの発想力や事業の展開力について、オーナーである「ぎんりんグループ」の村上無費価(むひか)さんに話を伺いました。

「知事のダジャレを形にすべきだと思った」

2012年当時、村上さんは鳥取駅前で居酒屋を経営していましたが、人材確保の問題により業態変更を考え始めていました。そんなタイミングで、先の知事の発言が話題になりました。

「喫茶店なら私にもできるかな、と商売替えを考えていたときに知事のスナバ発言があってね。これを知事のダジャレで終わらせてはいけない、形にすべきだと思ったんですよ」

「たまたま知事の発言に乗っかっただけ」とさらっと言いのけてしまう、オーナーの村上無費価さん。柔和な笑顔の奥に綿密に計算された経営プランを持つ

すぐさま平井知事にコンタクトを取り、「スナバ(すなば)」という言葉の使用許可を得て、具体的な店作りが始動。ただし、意識する相手は世界で展開する大手コーヒーチェーンであるスタバ。人口数日本ワースト1位の県の喫茶店が同じ土俵に立ったところで、結果は火を見るより明らか。そこで村上さんが出した指針は「とことん真逆を行くこと」でした。

鳥取砂丘コナン空港店。飛行機の到着ゲートを出てすぐ左手にある

「とにかくお金もないし、かけたくもない。だからコーヒーを作るのも、スタバは何百万円もする機械かもしれませんが、うちは1つ数千円のサイフォンにしました」

「また、スタバは地元のお客さんを中心に集客しているので、私たちは県外から鳥取にやって来る観光客を中心に、地元のお年寄りや子どもたちもターゲットにしました。県外から来る人が面白がってくれるよう、砂丘を思い起こさせる砂をホールにまいたりして。そうやってとことんお金をかけず、お客さんに驚いてもらうことを考えましたね」

ブラジル産のコーヒー豆を鳥取砂丘の砂を使って焙煎した「砂焼きコーヒー」440円(税込)。鳥取の名産・かにをふんだんに使った「かにホットサンド」900円(税込)も人気

「当時の鳥取には一部上場企業が3社しかなく、主だった産業や工業がありませんでした。人口が少なく生産力もないとなれば、後は観光で稼ぐしか道はないんです。だから、その一助となればという思いがあります。そうすることが知事への恩返しにもなると思いましたし。それに、日本人って『判官(ほうがん)びいき』の傾向があるじゃないですか。弱い者が強い者に立ち向かっていく構図にすることで、我々のファンが増えてくれれば、とも思いました」

開業資金をかけずに店を作ることを徹底する村上さん。1号店の出店経費は、なんと150万円ほどだったそう。

「出店場所は観光客が多い場所を選びますが、基本的には誘致の話を受けて出店する形で、自分たちで物件探しをすることはありません。そして、家賃ではなく、月の売り上げの1割をお支払いするスタイルを取っています。そうすることで、必然的に平日より休日の方が忙しく、繁忙期・閑散期の動向が読めるようになりました。つまり、暇な時の経費をいかに減らすかを考えるんです。店舗によっては1月〜2月は臨時休業にすることもありますよ。店は小回りが利く方が運営しやすいんです」

なんとも目からうろこの経営戦略。他にも利益を上げるポイントがありました。

「もう一つは、自分たちで商品を作って売るのではなく、『すなば珈琲』という名前やブランドを売るように努力しています。一時期は商標使用だけで1,000万円の利益がありました」

2016年に中四国地方のセブン-イレブンで発売された「大山乳業農業協同組合」とコラボしたコーヒー牛乳

商標が使用されるということは、それだけ『すなば珈琲』が有名であるという証。ここまでブランドを育て上げたすなば珈琲の広告展開は本当にユニークです。

戦記物から学んだ経営策は「いかにして情報を出すか」

すなば珈琲のホームページのヘッダーにはスタバをオマージュするような「目指せ、シアトル!」というキャッチコピーがあり、広告やキャンペーンの展開も秀逸です。中でも、とうとうスタバが鳥取県内にオープンした時に打ち出した「大ピンチキャンペーン」は話題となりました。スタバのオープン日である2015年5月23日から4日間行われたキャンペーンですが、その内容が強烈。5月17日に打ち出したチラシには、「いよいよこの時がやってまいりました。」のキャッチコピーを中心に、左にすなば珈琲の店舗とフラッグ、右には黒船とアメリカ国旗というビジュアル。キャンペーンタイトルの下部には、「3回に1回ぐらいはぜひ、当店の方をご利用ください。」と自虐も……。このキャンペーンでは、以下のような“秘策”が行われました。

  • 秘策1
    期間中、毎日先着30名様に「すなば珈琲オリジナルマグカップ」をプレゼント!
  • 秘策2
    期間中、“アメリカ国旗(画像)”コーヒーショップのレシートを持参された方にブレンドコーヒーを半額に!
  • 秘策3
    期間中、「“アメリカ国旗(画像)”コーヒーショップよりもまずかった」と言われた方には、ブレンドコーヒーのお代分を一切頂きません!

と、驚くべき、やり過ぎの内容です!

「ここでも広告宣伝費をかけずにどうやってPRするかを考えましたね。ちょうどNHKの大河ドラマ『花燃ゆ』が放映されていて、『黒船来たる』という訴求を使いたいと思いました。そこで、『弱い者と強い者』という対立構図を狙いました。このキャンペーンがマスコミにウケてね、たくさんの人が来てくれましたよ」

スタバ鳥取1号店のオープン日、両店とも大変な混雑となりました。そして、すなば珈琲はコーヒーのみの1日の売り上げが36万円を記録。後に大手広告代理店が調べたところ、「大ピンチキャンペーン」の経済効果は43億円にも上ったといいます。

ホームページに掲載されているすなば珈琲の輝かしい年表。面白いのでつい読み進めてしまう

「当時は歴史の戦記物をビジネス書のように読み、どうしてその戦に勝ったのか、負けたのかを分析しましたね。例えば、桶狭間の戦いなら、なぜ3,000人の織田軍が4万人の今川軍に勝てたのか。そこで自分なりに行き着いた答えが、いかに重要な情報をくみ取り、かみ砕いて味方に伝えていくか、だと思ったんです。だから、うちはマスコミにどのタイミングでどんな情報を出すか、ということをとても考えます。

だって、うちは知事が作ったような店だから、やっぱり鳥取県の利益になるような活動をしていかないと。それに、そもそもスタバとうちとは、最初から“月とすっぽん”なわけで、あくまでスタバの胸を借りているつもりだから。うちの広告を見て自虐的と言って面白がっていただけるなら、それでOKなんです」

もうけたら還元。自分の懐にしまい込むのはナンセンス

ユニークな発想で広告展開を行い、集客を成功させているすなば珈琲。さぞかしもうかっているのではと思い尋ねると、なんともやさしい答えが返ってきました。

「会社としてもですが、私自身が大事にしているのが、『自分ではなく、あなたの話を聞く』ということです。あなたの話を聞いて、何に困っているかを知り、少しでも役に立つことを考える。そうでなければ、コミュニケーションが一方通行になり、やがて上から目線になってどこかにひずみが出てしまうと思うんです。

さっきもお話しした通り、うちは知事のおかげで店を作ることができ、スタバがあってこそのすなば珈琲だと思っています。苦労してもうけたわけではありませんから、もうけは店の運用費以外はボランティアにまわすことにしています」

東日本大震災で被災した陸前高田市でのボランティア活動を報じる東北の地方紙

「例えば、東日本大震災で未曾有の被害を受けた陸前高田市には、今でも年に10回ほど訪れて料理などを差し入れしています。また、こども食堂への支援、交通の便が悪い中山間地域のご年配の方々の茶話会用にケーキとコーヒーを届ける活動もしています。結局、持続可能な企業であるために一番必要なことは、どれだけ社会に貢献する活動をしているかに尽きると思うんです。そうしていれば、何かあったときにも、きっと神様だって見放さないでいてくれるでしょう?」

村上さんの名刺には「ピンチをチャンスに!」という言葉が記されています。逆境やピンチで萎縮したり、諦めたりするのではなく、この状況をどう面白がってやろうか!と楽しめる感覚を大切にすること。その礎となる思いこそが、社会への深い感謝とお客さんが喜ぶことの追求でした。

切れ者の経営者という顔だけでなく、人を人として尊ぶ魅力にあふれた村上さん。

「(平井)知事とね、いつかうちの店をシアトルに出店したいねって話しているんだよ」

そう語る村上さんの思いも、そう遠くない将来に実現するかもしれません。

 

※1 総務省統計局 統計データ 2-2「都道府県別人口と人口増減率」
https://www.stat.go.jp/data/nihon/02.htm

取材先紹介

すなば珈琲
取材・文別役 ちひろ

コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、24都道府県・約800軒の教会を訪ね歩いている。

写真新谷敏司
企画編集株式会社 都恋堂