同業も憧れる居酒屋「オオイリヤ」の盗みたくなるアイデアとは?

東京・入谷駅から徒歩約5分。住宅街に現れる「暮ラシノ呑処 オオイリヤ(以下、オオイリヤ)」は、平日でも予約が取りづらい人気の居酒屋です。経営するのは、株式会社トーヤーマンの當山鯉一(とうやまりいち)さん。當山さんは現在、オオイリヤのほか、北千住駅からすぐの飲み屋横丁で「酒呑倶楽部 アタル(以下、アタル)」、立ち飲みの「タチアタル」、雀荘をリノベーションした「ジャンソーアタル」の計4店舗を展開しています。「自分も参考にした」と話す同業者も多いという當山さんに、店づくりのポイントについて話を伺いました。

「暮ラシノ呑処 オオイリヤ」の外観

オシャレに憧れて沖縄から上京。アパレルからカフェの世界へ

複数の店舗を経営する當山さん。物腰の柔らかな、話にしっかりと耳を傾けてくれる紳士です。

株式会社トーヤーマンの代表取締役・當山鯉一さん

「元々ファッションに興味があり、アパレルの世界に入るため20歳で沖縄から上京しました。その後、さまざまな人と出会える飲食の世界に入りました」

中目黒や神泉などのカフェやレストランで働く中、当時OLだった妻・由美子さんと共に独立を考えるようになります。物件探しなどを視野に入れ始めた段階で働いた北千住の店がきっかけで、東京東エリアの昔ながらの雰囲気を気に入り、入谷に見つけた物件に対して「夜、ここに明かりが灯ったら素敵な場所になるだろう」と思い2015年10月に「オオイリヤ」をオープン。大きなガラス窓からもれる温かい光の空間の中、おばんざいや故郷・沖縄の食材を使った料理と変わり種サワーの店はすぐに話題となり、瞬く間に人気店になりました。

2面がほぼガラスと開放感のある「オオイリヤ」。夜、住宅街にぽっと明かりが灯る

當山流・店づくりで大事にしていること①:空間はさまざまなテイストをミックス

「常日頃、気になったものは何でも写真を撮っています。妻と『内装』ってグループLINEをつくって、どんどん記録しています。それを見返して、自分が何に引かれたのかと考えながら店づくりの構想を練ることが多いです」

「オオイリヤ」の店内。カウンターにはアンティークのペンダントライトが

ヒントは日常の中に転がっている。それをキャッチできるかは、自分次第。常にアンテナを張って生活することが、心地よい店を生み出す第一歩のようです。

「店の内装を考えるとき、いろいろな要素を混ぜるように意識しています。居酒屋自体、イタリアンやフレンチと異なり、“○○の専門店”というわけではないじゃないですか。どんな料理があっても成立します。僕も妻も、ワインを飲みながらレモンサワーも飲みたくなくタイプなので、おひたしもあり、パテ・ド・カンパーニュもある、といった形で楽しめる店にしたいと思いました。そして、そういう空間なら、内装も自分の好きなものを詰め込むことで、どこにもない空間になるかなと」

オオイリヤは、京都のおばんざい店のような味のある和の雰囲気を、ネットオークションで購入したアンティークのペンダントライトがカウンターを照らします。「皿も内装の一部」と考え、染め付けの大皿もあれば、当時は珍しかったやちむん(沖縄の陶器)の皿も並びます。

一方、アタルはオオイリヤと真逆のモルタルと木のカジュアルモダンな雰囲気。飲み屋横丁には、外から中の様子を伺え知れない昔ながらの構えの店が多いため、ガラス張りで中がよく見える外観となっています。扉の上のネオン管が、飲み屋街の楽しさ・怪しさを演出しているところも絶妙です。

北千住・飲み屋横丁にある「酒呑倶楽部 アタル」。ガラス張りの外観は夜、光がもれ、誘蛾灯のように飲んべえを引きつける
飲み屋横丁から細い筋を入ったところにある「タチアタル」(左)。北千住駅1番出口すぐ上にある「麻雀登美」の跡地にできた「ジャンソーアタル」(右)。窓ガラスに貼られた「天国東京」という文字にも味わいが

當山流・店づくりで大事にしていること②:キーワードは「ひとひねり」と「バランス」

當山さんが運営する4店舗すべて、1〜2カ月に一度、メニューの改訂が行われます。

「メニュー開発において、スタッフには『ひとひねり』を大事にするように言っています。でも、そつなく仕事ができても、メニュー開発が苦手な若いスタッフが多くて。はやりの店に食べに行っても、それだけで終わってしまっているようです。そのため、“自分なりにしみる”店を探すように、と言っています」

開店当時からの人気メニュー「ポテサラ」(440円/税込)。クリーミーなポテトにたくあん、カレー粉がアクセント

當山さんがいう「しみる」とは、単においしさだけのことではないようです。

「僕が思うに、例えば、まったく同じ味の京風おでんを、東京のオシャレな街の店舗で、若いアルバイトの子が元気よく運んできたのと、京都の古い店構えの老舗で、威厳を感じる店主から出されたものとでは、後者の方がおいしいと感じてしまいます。つまり、『おいしい』というのは味だけでなく、さまざまな要素が複合的に関わっているんだと思います。若いスタッフには、そうしたことを『自分』の軸を持って学んでほしいと話しますね」

インプットする努力を忘れず、自分なりの答えを持つ。まずその基本姿勢が大切です。そこには、バランス感覚も必要だと當山さんは言います。

季節のおすすめとともに、グランドメニューも興味をそそるメニューがいっぱい

「うちの場合、自分の考えたメニューが、どうすれば店のメニュー表に載るかを考えることも必要です。その視点から考えると、バランス感覚が重要になります。例えば、10のうち7つのメニューにひねりがあると、疲れてしまいませんか?スタンダードなメニューをベースに3つか4つ、ひねりのあるメニューだと、食べてみたいという気持ちになると思います。また、メニュー名にも素材や工夫した部分を入れてみたら良いのではないでしょうか。『ウインナー酒粕焼き』って、興味が湧くと思いませんか?」

なかなか味が決まらず試行錯誤を繰り返し、オープン2日前にやっと完成したという「鶏皮煮込み」(638円/税込)

當山さんは「季節のものを提供し、メニュー表を見ただけで飲める」という感覚を大事にして、メニュー開発を行っているそうです。

當山流・店づくりで大事にしていること③:“配る”ことができる人を育てられるか

トーヤーマンでは、『飲食を通して心を豊かにする場をつくる』という指針があります。

「いつも『目配り、気配り、心配り』ができるように、とスタッフに伝えています。例えば、店が満席の場合、寒い外でお客さんに待っていただくことがあります。いざ、席が空いてご案内するとき、一言『寒い中、お待たせいたしました』という言葉が出るかどうかです。サービスは恩着せがましいのはよくありませんが、伝わらないのもダメ。だからこそ、忙しいときほどスタッフ同士が声を掛け合い、さまざまなことに気付き、共有することが大事。お客さんに『気付かれてない』と不安にさせていないか、注意することが大切です」

當山さんにはもう一つ、スタッフそれぞれの個性や得意分野を生かして、店をアップデートする手腕も持っています。

「オオイリヤ」店長の佐藤颯太さん(左)と片柳豊さん(右)

「オオイリヤは2021年夏から約1年間、店舗を刷新すべくお休みをいただきました。理由は、和食、特に刺身を引くことがうまい佐藤店長と、燗酒(かんざけ)に造詣の深い片柳さんに店を任せると決めたから。それまでのおばんざいと変わり種サワーを提供するスタイルから、おでんと燗酒やナチュールワインを楽しめる店へとリニューアルしました」

店舗のリニューアルと聞くと、外観や内装を含めて手を入れる印象がありますが、オオイリヤはあくまでスタッフとメニューの刷新のみです。

「一番大事なのは、オオイリヤを良い店として残すこと。そのためには、店のスタイルにスタッフが合わせるのではなく、『この人』と信じたスタッフが一番力を発揮できるよう、店を改変した方が良いと思ったんです」

「派手さはないけれど、ずっと飲み続けられる」と片柳さんが話す「尾浦城」(1合858円/税込)と、和の食事との相性も良いというオレンジワイン「ロンクル」(グラス1,430円/税込)

スタッフの能力を把握し、信頼関係を築く。その上で店のスタイルを変えていく。できそうでなかなかできないことを當山さんは遂行し、結果、アップデートされたオオイリヤも予約の取りづらい店として変わらぬ人気で支持されています。

トーヤーマンのエッセンスを参考にした居酒屋

実際、當山さんの店づくりを参考にした居酒屋の店主にも話を伺いました。

日本酒と肴 いただき(東京・亀有)

「日本酒と肴 いただき(以下、いただき)」がオープンしたのは、2021年8月。店主の山田大地さんは出店するにあたり、「アタル」を参考にしたと話します。

亀有駅南口より徒歩4分ほど、商店街「ゆうろーど」から路地に入った一角にある「日本酒と肴 いただき」

「特に外観や内装、そして接客がとても参考になりました。あの飲み屋横丁でガラス張りなので、中の雰囲気やどんなお客さんが入っているのかが分かり、安心感につながると思いました。接客では、お客さんとスタッフとの“一体感”があります。ホールも、ドリンクをつくるスタッフもお客さんと話せる空間。アタルに限らず、お客さんが入っている店ってお客さんとの会話が多い店だと思います」(山田さん)

「いただき」の内観。壁のタイルは「アタル」の壁のブルーにインスパイアされて決定

「いただき」は、元は天ぷら店だった居抜き物件を改装。外から中の様子が全く分からない、完全に閉じられた店構えでしたが、通りに面する場所はガラス張りにしました。奥の厨房との間にも壁がありましたが、取り払うことでスタッフが作業をしながらカウンターの客と話をすることができる内装に変更しています。

その他、調光やカウンターキッチン奥に貼られたタイルの色合いなど、アタルから得たエッセンスを取り入れています。

「いただき」の店主・山田大地さん

「アタルには『近未来感』というか、居酒屋っぽくない印象もあります。そんな気軽に入れる“NEO大衆居酒屋”といった店にしていきたいと思います」(山田さん)

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好きな要素を取り入れ、季節を大事にしつつ驚きにあふれたメニューを提案。適材適所にスタッフを配置し、客への気遣いは怠らない。芯をぶらすことなく、しっかりと考えられた店づくり。その根本にあるのは、楽しそうに「こういう店なら自分も行きたいな」と思い描く、當山さんのワクワク感に他ならないように感じました。

取材先紹介

株式会社トーヤーマン
日本酒と肴 いただき
取材・文別役 ちひろ

コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、25都道府県・約850軒の教会を訪ね歩いている。

写真西川節子
企画編集株式会社 都恋堂