中華街屈指の名店「南粤美食」が、今なお“ツウな人々”に支持され続けるワケ

中華街屈指の名店「南粤美食」が、今なお“ツウな人々”に支持され続けるワケ

SNS上で“ツウな人々”の舌を魅了し続ける、横浜中華街屈指の広東料理店「南粤美食」。お店の成長には欠かせなかったという、お客さんとのコミュニケーションについて話を聞きました。


横浜中華街に行列の絶えないお店があります。2016年6月に開店した「南粤美食(なんえつびしょく)」。『孤独のグルメ』をはじめテレビ番組や雑誌で取り上げられ、そこで紹介された「腸詰め干し肉貝柱釜飯」や「香港海老雲呑麺」、「丸鶏の塩蒸し焼き」は、ほとんどの来店客が注文する看板メニューとなっています。

そして「南粤美食」の魅力は、通常メニューの料理だけではありません。16人以上集めなければ開催できない「お粥鍋の会」を筆頭に、その先に広がる日常から遠く離れた美食の世界の一端を、SNSのタイムライン上で目にしたことがある人も少なくないでしょう。

大手メディアのみならず、SNSの草の根的な人気も欠かない「南粤美食」の現状は、そのポップかつディープな姿勢をそのまま表しているようにも思えます。

今回は、オーナーシェフの黄開雄(ファン・カイション)さんと、その娘である黄悦雅(ファン・ユェーヤ)さんの二人に話を伺い、この本格広東料理店が注目を集め続ける秘密を探りました。

南粤美食_MV

黄開雄さん(左)・悦雅さん(右)

2016年に「南粤美食」を開店。オーナーシェフである開雄さんは、全ての料理の調理を担当。娘の悦雅さんは、母・缪学紅さんとともに、接客やSNSの運用を中心にお店を支える。

ツウなお客さんとの対話がはぐくむ“本場の味”

黄開雄さん・悦雅さん

「南粤美食」にメディアの取材が入るのは、3、4カ月に一度ほど。これほどの人気店に成長したものの、実は今回のような長時間のインタビューは初めてのことだという。「だから、すごくワクワクしています」と朗らかに答えてくれた黄悦雅さんは、創業までの経緯をこう話す。

黄悦雅さん(以下、悦雅さん):私が幼い頃に一家で日本に引っ越してきて、父は中華街にある大きなお店で働いていました。もともと、父には自分の店を持ちたいという夢があって、子どもたちが大きくなったタイミングでお店を開いたんです。やっぱり父の料理はおいしいとずっと感じていたので、時間がかかっても成功してほしいなと思っていました。

父・黄開雄さんは10年間中華街でシェフとして働いた後、日本の永住権を得て2016年に「南粤美食」を開業した。横浜山手中華学校で日本語を学んだ悦雅さんは、接客やSNS運用を中心に担当。厨房に立つ開雄さんを支える、店に欠かせない存在となっている。

南粤美食・外観

開店当初、JR石川町駅から中華街へと向かう来客にとっては遠く、メインストリートから海側に一本逸れた開港道という立地は、不利に働くこともあったと悦雅さんは振り返る。今でこそ信頼の証となっている硬派な店構えも、一見客を遠ざける要因になっていた。そんな頃、頻繁に訪れていたのは、広東料理や香港料理が好きの“ツウな”日本人客だったという。

黄開雄さん(以下、開雄さん):最初はマニアックなお客さんが多かったんです。本場でしか食べられない『煲仔飯(ボウチャイファン・広東式の釜飯)』が興味をひいたのでしょう。回転率を考えれば、煲仔飯は注文を受けてから炊き始めるため効率が悪く、他の店ではなかなか提供できない料理です。だからこそ挑戦してみようと。使っている土鍋も、香港から飛行機で運んでいるんですよ。

腸詰め干し肉貝柱釜飯

注文を受けてから炊き始め、アツアツで提供される煲仔飯(写真は定番メニュー「腸詰め干し肉貝柱釜飯(1,680円/税込)」)。蓋を開けると、貝柱と自家製干し肉の香りが広がる

干し肉の仕込み

干し肉は調味液に漬けたのち、屋上で天日干しにする。乾燥機などを使わないことが滋味深い味を引き出すのだという

横浜中華街はその歴史から広東料理を提供する店が多いエリアだが、「南粤美食」の本場へのこだわりは特に強く、日本人の舌に合わせてローカライズしない。そのため、「日本人向けの春巻きや焼売はメニューに入れていない」そうだが、とりわけユニークなのが、ツウなお客さんによるツウな注文によって「南粤美食」の“本場感”が磨かれてきた経緯だ。

例えば、香港帰りのお客さんが現地で食べてきた料理名を紙に書いて渡し、開雄さんがその料理を作るということが頻繁にあったのだという。漢字であれば、読み方が分からなくとも開雄さんには通じるのだ。

開雄さん

開雄さん:広東スープ』や『香港翡翠雲呑冷麺』などは、お客さんからの要望で提供するようになりました。食材を用意するのに長い時間がかかることもありますが、『食べたい』と言っていただいたものを用意します。本場の味を楽しみたい方にとって、飛行機に乗って香港に行くよりもお手軽に食べられるのが、うちの店の売りです。

シェフが一人で厨房を切り盛りし、お客さんとコミュニケーションを取りながら調理するからこそ、柔軟な注文方法が実現できているのだという。ホテルのレストランや大きな飲食店では難しい、シェフとの対話の結果が、皿に盛られた美食として現れるのだ。

行列が途切れることなく繁盛する現在であっても、事前予約制の宴会用のコースは、お客さんと相談の上でメニューを作っている。常連客の中には年に4回、季節に合わせた宴会を開くべく、打ち合わせに通う人もいるそうだ。

「リクエストにお応えしていく中で、変わったものや現地にしかないものが食べられるというので、自然とお店の口コミが広がったんです」と悦雅さんは語る。「南粤美食」が魅せる奥深い美食の世界は、店と客との対話が育んでいるのだといってもいいだろう。

お店を支えてきたブロガー&フォロワーの存在

南粤美食のメニュー

このような草の根的な支持を得たのは、個人ブログの影響が大きいという。2016年の夏、オープンして間もない頃に投稿された記事から抜粋したい。

“横浜中華街ローズホテル斜向かいに、南粤美食(ナムユッメイセッ・なんえつびしょく)という店がオープンしました。日本では広東を意味する「粤」の文字は学校では教えてくれません。そのため、日本で店を開くとき、店名に「粤」の文字を使うと、日本人のほとんどが読めないので、店名を覚えてもらえずかなり不利です。反面、この店名だけで、店のオーナーが広東人であることはわざわざ訊かなくても分かる人には分かります。これは最大の利点。”
(ブログ「宴会やるぞ!」2016/08/07「南粤美食登場!」より)

このブログのオーナーである陸羽さんは、文章からも分かる通り“ツウな”人であり、悦雅さん曰く、「南粤美食の全ての宴会の始まり」という存在だ。各所で話題になっている「お粥鍋の会」も陸羽さんから始まったのだという。

お粥鍋の会の食材

ある日の「お粥鍋の会」の食材。野菜、海鮮、肉……あらゆる食材が一つずつ鍋に投入されては、引き上げられ、食べ進めていく形式。最後には、全ての食材の旨みを吸った絶品のお粥が完成!(写真提供:南粤美食)

悦雅さん:もともとは父が広東省の中山市で食べたことのあったお粥鍋を、常連の陸羽さんに提案したところ、『是非やろう』という話になりまして、それが第一回。その日のことを陸羽さんがブログに書いてくれて、読んだ方が興味を持ってくださって。

使う調味料についても注文があるという陸羽さんに、「この方ほど熱心に、何回も足を運んでくれる方はいません」と悦雅さん。シェフの開雄さんは「面倒くさい注文ばかり」と笑うが、その言外に「腕が鳴る」といわんばかりの料理への情熱があるからこそ、信頼関係が生まれている。

悦雅さん

陸羽さんのようなお客さんに応えていくことで、「南粤美食」はよりディープな、非日常的な食体験を提供する店として認知を広げた。「ブログで紹介したいから宴会をやりたい」という客が増え、「ブログに書くネタになるから変わったメニューを作ってほしい」といった依頼も後を絶たない。悦雅さんは「そんな注文もうれしい」とポジティブな反応。

近頃人気の“ガチ中華”というバズワードについても、「全く意識せずにずっとやっていたけど、お客さんがSNSやブログでそういうふうに紹介してくれるのはありがたいです」と、好意的に受け止めている。

悦雅さん:とにかく、お店を広めてくれるお客さんに支えられているんです。Twitterを始めたのも、このままじゃお店が潰れちゃいそうってくらいの時期に、『SNSやってみなよ』ってお客さんに勧められたのがきっかけでした。

南粤美食_Twitter

2023年4月末現在、「南粤美食」のTwitterアカウントは13,000人のフォロワーを抱えるが、聞くところによればSNSに救われた経験もあるらしい。

それは2019年のこと。「お粥鍋の会」を予約した団体客と、開催1週間ほど前から連絡が取れなくなってしまった。黄さん一家は不安を抱えながら当日を迎えたが、やはり音沙汰なし。宴会は大人数で大掛かりなものを予定していて、その時間帯の営業は貸切となる上、この日のために海老やアワビといった新鮮な食材も仕入れていた。

悦雅さん:17時からの宴会だったんですけど、もう来ないと判断して、その5時間前くらいにTwitterで呼びかけてみたんです。そしたら、短時間でそれぞれ知らない人同士が集まって、満席になって。本当に集まるとは思わなかった。

「お粥鍋の会」は16名以上でなければ予約できないという高いハードルがあるからこそ、「これを機に行ってみよう」という人も少なくなかったのだろう。それも草の根的なSNSでの紹介やブログ記事による、デジタルな口コミが下支えした結果だといえる。

看板メニューの、その先へ

ツウな客の中で話題となってきた「南粤美食」であるが、より広い層にその名が知られるようになったのは、やはりテレビの影響が大きいという。特に大きな反響があったのは、2019年10月にドラマシリーズ『孤独のグルメ』で取り上げられたことだった。当時を振り返って悦雅さんは語る。

悦雅さん:最初、『孤独のグルメ』のことを家族の誰も知らなくて、私は雑誌の取材だと思っていたんです(笑)。一日がかりで撮影があって、そのことをお客さんに話してみたら、『この番組に出たらすごいことになるよ』って。

塩蒸し焼き丸鶏

香港海老雲呑麺

『孤独のグルメ』でも紹介された「塩蒸し焼き丸鶏(半羽980円/税込)」と「香港海老雲呑麺(980円/税込)」。期待を裏切らない看板メニューであり、なによりリーズナブル

『孤独のグルメ』の効果は、他の番組とは比較にならないほど大きかった。Twitterのフォロワーは一晩で3,000人増え、連日途切れなくなった行列に、やはり当初は戸惑いもあったという。

悦雅さん:放送直後はお客さんが増えすぎて。並んでいるお客さんに対していつストップをかければいいか感覚が掴めなくて、気がついたら昼休憩なしに夜営業を迎えることもありました。そういった経験から、今は食事のオーダーを最初の1回だけにしてもらうスタイルになりました(飲み物は追加オーダー可)。お客さんに協力してもらうことで、ようやく回せるようになりましたね。

『孤独のグルメ』でも紹介された「腸詰め干し肉貝柱釜飯」と「香港海老雲呑麺」、「丸鶏の塩蒸し焼き」という定番メニューを確立できたことも、オペレーションをスムーズにする一助となっている。取材時には「海老雲呑」のタネと「釜飯」に入る干し肉の仕込みを行っていたが、巨大なボウル一杯に盛られた食材の山は壮観だった。

海老雲呑のタネの仕込み風景

海老雲呑のタネの仕込み風景。これで2、3日分なのだそう

看板メニュー目当てに「南粤美食」を訪れれば、さらにディープな美食にも興味をそそられる。当然のようにキッチンカウンターに置かれた見慣れぬ食材も、この先に広がる未知を感じさせる……この二段構えこそが、同店がリピーターを生む由縁だろう。

さらなる美食のステップに進みたい人に向けて、「南粤美食」はLINE公式アカウントという形で窓口を設けている。予約が可能なのは宴会コースのみだが、その相談を行えるツールとなっているのだ。

悦雅さんの工夫としては、自動応答での回答は行わず、個別の要望に寄り添うため、お客さんと直接やりとりしているのだという。中には、「南粤美食」のSNSで投稿された料理のスクリーンショットを「宴会に組み込んでほしい」と要望する人もいるそうだ。

南粤美食_LINE

悦雅さん:LINE公式アカウントを導入しようと思ったのも、私がお店にいない時間が多くなって、固定電話で対応するのが難しくて。LINEならいつでも見れるので。

話を聞けば聞くほど、コミュニケーションを起点にした店舗経営のあり方が見えてくる。『孤独のグルメ』の放映以降、行列が絶えない現在でも、常連客が通い続けているというのは、開雄さんが作る本物の美食に加え、悦雅さんをはじめとしたスタッフによる日々の手厚い接客の賜物なのだ。

悦雅さん:オープンしたての頃、一人で食事をされる方が多かったんです。無言よりは何か会話があった方が楽しいかなって、料理の説明をしたり、逆にいろいろ聞いてみたりしたんですけど、『従業員からこんなに質問されるのは初めてだ』って驚いてくれて。私もそれが楽しかったんです。
『南粤美食』のメニューは文字しかないから、分かりやすい表現で伝えること、何を求めてやってきたのか聞くこと、それに合った提案をするということを、接客するスタッフにも実践してもらうようにしています。コミュニケーションを通して料理を食べてもらうというのは、先ほどの父の話とも通じる部分ですね。

未だ解明されていない美食の世界

「南粤美食」の今後について聞くと、二人は「もっと本場の、もっと変わった料理を提供したい」と意気込む。現在計画中の宴会では「佛跳牆(フォーティャオチァン・乾物や金華ハムを中心とした高級食材をふんだんに使ったスープ)」を提供することも考えているという。

さらに、「豚の丸焼き」を目の前で実演しながら食べる宴会も構想しているのだそう。エンターテインメント性があって、みんなで楽しめるものをどんどん取り入れていきたいと悦雅さんは語る。

悦雅さん:豚の丸焼きって私は見たことはないんですけど……でも、中国では結婚式などのお祝い事で豚を並べる風習があって、私が生まれた時には何十頭も用意してくれたそうです。父もそのうちのいくつかを焼いたんだって、教えてくれました。

開雄さんと悦雅さん

本当の“本場の味”を伝えることが、「南粤美食」の信念となっている。遡れば、開雄さんは来日して中華街で広東料理を作り、食べる中で、戸惑いがあった。それは素材の鮮度による味の違いであったという。

開雄さん:日本は食材を冷凍するので味が違う。中国では、豚肉でも鶏肉でも、市場のすぐ近くで捌いているところを見ることができます。だから、本当に食材の鮮度が高いんですよ。やはり、新鮮なものと一度冷凍したものでは、食感も味もちょっと違うんです。

それでも、できる限り日本国内から新鮮な食材を調達し、足りないものは輸入するというのが「南粤美食」の創業以来、揺るぎない方針だ。吟味された食材から、本場の味が生まれている。

2022年に開設され、悦雅さんが運用するInstagramアカウントの最初の投稿には、「まだ公開されていない裏メニューやオーナーの地元の魅力について発信していきます」と記されている。まだまだ美食の世界の全貌は明らかになっていない。

南粤美食_Instagram

父である開雄さんは徹底して本場の味を求め、そして娘である悦雅さんは日本と中国の橋渡しをする。

開雄さんは、「娘は社長みたいなもの」だと冗談交じりに表現した。「私、オープンした頃はまだ学生で、お手伝い程度の気持ちだったんですが……いつの間に」と悦雅さんは笑う。この光景に、故郷のような感慨をもって足を運ぶ常連客だって、きっといるのだろう。

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【取材先】

南粤美食_プロフィール

南粤美食

住所:神奈川県横浜市中区山下町165-2 INビル
Web:https://www.nanetsu627.com/

Twitter:@nanyuemeishi627
Instagram:@nm6_27

取材・文/namahoge
ライター/インターネット・フィールドワーカー。
Twitter:@namahoge_f

撮影:高島啓行

編集:はてな編集部

編集協力:株式会社エクスライト