プロ野球チーム「阪神タイガース」の熱狂的なファンが多い大阪で、「読売ジャイアンツ」ファンの聖地となっているのが、串カツ店「中秀」(豊中市)です。店主の米澤賢郎さん(82)は筋金入りのジャイアンツファン。オープンから45年もの間、大阪でジャイアンツを応援してきた気概と、「なにわG党の聖地」と言われるまでになった店づくりについて話を聞きました。
「店を始めて、最初の3年はおとなしくしとったんよ」
米澤さんが「中秀」を開店したのは1978(昭和53)年のこと。1960(昭和35)年に鹿児島から上阪し、建築関係の会社を立ち上げましたが、経営不振のため倒産。その後、一念発起して串カツ店を始めました。
ジャイアンツファンになったきっかけは、「ミスタージャイアンツ」と呼ばれる長嶋茂雄さんをテレビで見てからだといいます。それまでは野球すらよく知らなかったそうですが、テレビで放映される長嶋さんの活躍を見て大ファンに。ちょうどV9(※)時代だったことから、世間でもジャイアンツや長嶋さんの人気が高まっていました。
※読売ジャイアンツが9年連続で日本シリーズを制覇した1965年〜1973年の期間
「大阪だから、店を始めて3年くらいは、少し遠慮してジャイアンツファンとはあまり言わんかった。でも、この近くに日刊スポーツがあって、そこの人たちが『大阪で巨人ファンの店はおもろいから、一回載せたるわ』となって。記事が出たならもう隠す必要はない!と、そこから巨人ファンであることを公言するようになったんよ」
ジャイアンツOBの後押しもあり、米澤さんは、ジャイアンツのロゴマークとともに「中秀巨人会」と書いた幅約2mの懸垂幕も制作。中秀は、一気にジャイアンツ色が濃い店となりました。
ジャイアンツファンであることを公言し、つながった縁
懸垂幕をはじめ店内には、選手の写真やマスコットキャラクターのぬいぐるみなど、ジャイアンツグッズが至る所に置かれています。
「巨人ファンを公言するようになってから飾り物もいっぱい置くようになったわ。確かに大阪やから阪神ファンが多いけど、実は巨人ファンも案外多くて、『自分も巨人ファンなんです』って人も来てくれるなあ。あと、甲子園で試合があるときは、遠征している全国の巨人ファンや選手の関係者、著名な野球評論家なんかも来てくれるようになったんよ。そのうち、いつ頃からか、『なにわG党の聖地』なんて新聞なんかに書かれるようになったわ」
ジャイアンツが勝った試合の日は、球団歌の「闘魂こめて」を流しながら、店からドリンクが1杯サービスされてみんなで祝杯を挙げる、というルーティンもあります。ジャイアンツが優勝したときは、店の2階から懸垂幕を広げ、近所の音楽大学の学生にトランペットを吹いてもらって大々的な祝勝会を行ったそう。ただ、このときは近所にお住まいのタイガースファンが110番をしたそうで、駆け付けた警察官から「もう少し、お静かに!」と注意を受けてしまいました。
「転勤でこの辺りに住むようになった人が、外から店内の懸垂幕を見てジャイアンツの店と知って、常連になってくれたこともあったし、うちが取り上げられたテレビを見て、別の土地に引っ越した人が『懐かしくなって来たよ!』と戻って来てくれたこともあった。『巨人ファン』であることをきっかけに、つながった縁はたくさんあるね」
やんちゃな応酬も今は昔。野球談義に花が咲く
タイガースファンが多い大阪の街でジャイアンツファンを公言し、堂々と応援する中秀。そのため、長い店の歴史の中でちょっとしたいざこざは何度もありました。
「昔は物を投げられたり、どつかれたりは日常茶飯事。店の前の通りにある交番から何度も警察官が来てなあ。あと毎年、公式戦が始まるまでの期間に無言電話がかかってくるわ」
昔はけんかっ早いお客さんもいたそうですが、「ジャイアンツファンの店」として全国区の知名度がある現在は、米澤さんとの会話を目当てに来る人も多く、生粋のタイガースファンとの応酬は過去の話だといいます。
「うちは別に『巨人ファン以外はお断り!』ってわけじゃない。今は、阪神ファンのお客さんでも礼儀正しい人ばかり。『阪神ファンだけどマスターが好きだから来ました』なんて言ってくれる人もおるよ。巨人とか阪神とか言う前に、同じ『野球が好き』っていう人たちとの野球談義が楽しいね」
商売仲間や取引先とは「共通の話題」として楽しむ
お客さんとは野球談議を楽しんでいるという米澤さん。一方、店舗運営で関わる取引先や商売仲間からはどのような反応があるのでしょうか?
「以前、同じ商店街にあったジーンズ店の店主が熱狂的なタイガースファンで、店を開けているときはずっと『六甲おろし』を流してたんよ。別に商店街の集まりなんかでケンカする、ってことはなかったけど、試合の翌日に向こうの店前で何か言われたら『うるさい!』って言って通ったわ。
買い出しには豊南市場へ行くんやけど、私が巨人ファンだとみんな知っているから、『巨人の御大が来たぞー!』なんて言うんよ。みんな知り合いやし、巨人ファンも阪神ファンもおるから、プロ野球が一つの共通の話題やなぁ。別に言い合いになったりはせん。ただ巨人が勝った日は堂々と歩けるけど、負けた日は……、みんなニヤッとするから、あまり買い出しには行きたくないんよ」
商品の取引にプロ野球の結果は関係ない。根っから好きなチームがあったとしても、お互いにファンの気持ちを尊重する。ケンカなんてする必要もない、と米澤さんは言います。
「うちは巨人ファンの店だけど、そもそもファミリーがよく来るんよ」
店内の様子をしばらく見ていると、特別野球に興味のないお客さんも多いことに気付きます。そこにも米澤さんのこだわりがありました。
「最初は野球がきっかけで来てくれたお客さんでも、ここで知り合って結婚して、子どもができて……なんて人がけっこうおる。『孫ができた!』という人もおるよ。どういうわけだか、私は小さい子に人気でね。『ほら、ジイジよ!』って紹介してくれるお客さんも多いから、子どもや孫がいっぱいおるんよ。この店がきっかけで、私のことも家族のように思ってくれる人がどんどん増えとる。ほんとファミリーなんよ。そういう雰囲気が他の家族連れも入りやすくしているんやないかな。ここで巨人のことを知って、野球が好きになって、高校野球やプロに進んだ子もたくさんおるよ。だけど、なぜか巨人に入った子はまだおらんで、誰か入ってくれへんか、って思っとるよ」
席に座れば視界のどこかしらにジャイアンツの気配があるけれど、特別野球に興味がなくても居心地がいい。それは気さくな米澤さんの人柄でもあり、だからといってお客さんに迎合することのないサバサバした雰囲気が生み出しているのかもしれません。
「確かにゴリゴリの巨人ファンの店やけど、阪神に限らず他チームのファンも、野球自体あまり知らないって人も入りやすいみたいやし。巨人や野球のことについて、『こんなんも知らんのかい!』なんて絶対に言わへんし。子どもが来たら必ず子どもの目線に合わせて話すしな」
ジャイアンツに関連する話を伺っていたときの燃えるような目つきとは異なり、家族連れのお客さんの話となると目尻を下げる米澤さん。そこがみんなの「ジイジ」たる所以(ゆえん)のようです。
好きを貫きながら、「また来たい」と思わせる接客を
未経験から始めた串カツ店が、米澤さんの根っからのジャイアンツ愛という個性と相まって人気店となりました。これは米澤さんが“好き”を大事にし、それを堂々と周りに発信したからに他なりません。
「やっぱり貫くことやと思うなあ。うちは『巨人ファンの店』ということで、それが一つの個性になったんやと思う。ただ、料理を作って出して……だけだったら、きっと潰れていたと思うわ。ひどい対応をされたこともあったけど、8対2、いや9対1で巨人ファンってことを公言して良かったわ」
今や「ジャイアンツファンの店」として知名度が上がり、米澤さん自身も根っからのジャイアンツファンとして有名です。中秀はジャイアンツ色が強い店ながら、ファンだけではなく、一般のお客も入りやすい店。そんな店を作った米澤さんはこうも話します。
「誤解を恐れずに言うなら、店はお客さんを育てなあかん。それは “店にまた来たい”と思ってもらうことで、それが店の務めやと思う。また来てもらうためにどういう接客をするか、どんな態度でお客さんと接するか。それをしっかり考えて店を開けないといけないと思うんよ」
米澤さんは単なる「ジャイアンツファンの店」だけで集客を図っているわけではありません。ジャイアンツファンという個性を強く打ち出しながらも、飲食店の基本である「接客」という点をしっかりと見つめているのです。
最後に米澤さんはこんなことも言っていました。
「しんどいときもあるけれど、店があるから楽しいし、店に来たら元気になる。定年なんて決めとらんし、体が続くかぎりは続けるつもり。そうやな、巨人が日本一になるまではやり続ける!」
取材先紹介
- 中秀
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大阪府豊中市服部豊町2-13-6
電話:06-6863-3052
- 取材・文別役 ちひろ
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コピーライター、ライター、編集者。東京生まれ。まち歩きフリーペーパー制作に長年携わる。旅や食、建築にまつわる執筆が多く、銭湯のフリーペーパーで10年以上執筆している。特にキリスト教会の建築・美術の愛好家で、25都道府県・約900軒の教会を訪ね歩いている。
Instagram: https://www.instagram.com/c.betchaku/ - 写真新谷敏司
- 企画編集株式会社 都恋堂