老舗酒場こそ1人飲み向き?常連から大将になった堀切菖蒲園の「もつ焼のんき」三代目に聞く

戦後すぐに屋台で創業し、昭和50年代から現在の店舗で営業を続けている東京・堀切菖蒲園の「もつ焼のんき(以下、のんき)」。当初は新潟出身の初代ご夫婦が切り盛りされていましたが、引退のタイミングで当時の常連客だった二代目店主にのれんが受け継がれ、現在の店主・山﨑敦さんは三代目。実は山﨑さんも常連客で、二代続けてお客がのれんを引き継いだ珍しい酒場です。山﨑さんに「のんき」を継ぎたいと思わせた吸引力とは何か、また1人飲み客は何に引かれて「のんき」に通うのかを、案内人がひもといていきます。

お店の特徴

今回の案内人を紹介

塩見なゆさん

酒場案内人:酒場や酒類を専門に扱うライター。全国1万軒以上の居酒屋を巡り、その魅力をテレビ・雑誌・Webマガジンなどで発信している。生まれは東京都杉並区。

老舗酒場が後継者問題で閉店する中、二代続いて常連客が店を継承

昨今、人気の老舗居酒屋が突如閉店するケースが増えています。何十年も通う常連客が多く、連日大盛況なのに、なぜ閉店してしまうのでしょうか。その理由は、後継者問題であることが多いようです。居酒屋に限らず、街の個人経営の飲食店は、代々家族でのれんを守ってきた店が大半でしたが、近年は家業を継がない、または継がせないケースが増加しています。

半世紀以上続いてきた老舗の酒場は、その街にとってなくてはならないサードプレイスともいえます。単なる飲食店というだけでなく、街の文化や交流の場として重要な役割を果たしているからです。このような場所や雰囲気、味が失われてしまうくらいなら、「自分が継いででも守りたい」。そんな気持ちから、最近では、家族以外の常連客や取引先の方が後継者として名乗りを上げるケースも耳にするようになりました。

今回ご紹介する「のんき」は、そうした常連さんによる事業継承の先駆け的存在です。

左が三代目店主の山﨑敦さん

1人飲みポイント①
お客の多くが一人客。下町酒場ならではの「適度な距離感の接客」

塩見

山﨑さんが三代目になった経緯を教えてください。

山﨑さん

僕がのんきに通い始めたのは二代目が店を切り盛りされるようになってすぐの頃です。3年ほどたった頃、従業員に欠員が出たと話を聞いて、もともと飲食業界に興味があったことと、何より「のんき」が好きだったので、店を手伝うようになりました。その後、1年ほどたって二代目が引退することになり、三代目にならないかというお話をいただきました。

塩見

老舗を継ぐことにプレッシャーはありませんでしたか?

山﨑さん

当時30歳でしたが、継いでからも二代目がしばらく手伝ってくれたので、しっかりとのんきの味と雰囲気を継承できたと思います。実際は、のんきの味を変えないようにすることで頭がいっぱいでしたね。

塩見

雰囲気も味もそのまま守っているということですね。

山﨑さん

「のんき」の味と雰囲気が好きで店を受け継ぎましたから、今後も変える気はありません。2つの入口からそれぞれカウンターが奥へ伸び、テーブル席がないこの構造は「のんき」のユニークな点でもありますし、一人で飲みに来ても居心地の良さを感じられる雰囲気づくりができていると思います。静かに自分だけの時間を過ごされる方もいらっしゃいますし、スタッフとの何気ない会話を楽しむお客さまもいますよ。

 

入り口が2つある特殊な造りの店内。5人以上のお客は原則的に入店をお断りするそう

塩見

お客さん同士の交流もあるのでしょうか。

山﨑さん

おひとりさま同士やスタッフと、ちょっとした会話をきっかけに盛り上がることはよくあります。老若男女さまざまな方がいらっしゃいますし、酒場がお好きでしたら、若いおひとりさまも歓迎です。適度に酒場の時間を共有していただけたらうれしいです。

塩見

元・常連さんだからこそ守りたい「のんき」の接客スタイルはありますか?

山﨑さん

先代の頃からの話ですが、基本的にはスタッフにも周囲の常連さんにも話しかけづらいというか……それほど和気あいあいという雰囲気ではなく、そこにいる人と仲良くなるには、何度も通う必要があると思います。そういったピリッとした空気がある中でも、料理などをきっかけに会話がつながったら、ある意味で成功体験になるじゃないですか。

塩見

店や常連客に認められたような気がして、うれしい気持ちになります。

山﨑さん

そういうところも魅力かなと思います。硬派な飲み屋であることを大事にしている理由は他にもあり、お客さま同士のトラブルを予防する目的もあります。

塩見

初めて訪れる人にはありがたいです。その“ピリッ”とした空気感をつくるコツはありますか?

山﨑さん

言葉で表現するのは難しいので、一度体験してほしいです。昭和の雰囲気をそのままに、スタッフが醸し出すピリッとした空気感と料理の三位一体を「のんき」の個性としてどう表現するかを大事にしています。

 

通うと自然と距離が近づく。それが酒場の醍醐味

1人飲みポイント②
一人でも食べに行きたくなる、唯一無二の名物料理

塩見

老舗酒場の暖簾を受け継ぐというのは一大決心だと思いますが、そこまでしたくなる魅力は何でしょう?

山﨑さん

やはりもつですね。昔から名物料理として支持されてきた「シロタレ」が特に気に入りました。実際に僕が客として訪れていた時も、「シロタレ」を目的に通ったものです。豚の直腸のみを使用した、いわゆるテッポウと呼ばれる部位で、当店では「シロ」と呼んでいます。他の店のシロやテッポウと比べて、下処理をすることで格段に柔らかくなり、中はトロトロ、表面は備長炭の炭火でパリッと焼き上げて独特な食感に仕上げています。

塩見

「シロタレ」は絶品ですよね。「下町のハイボール」とともに楽しむのが私の鉄板です。

 

「下町のハイボール(税込290円)」は、城東エリアを中心に広く飲まれているシロップ入りの焼酎ハイボール

山﨑さん

そうですね。「下町のハイボール」も魅力の一つでした。葛飾区出身の私自身、さまざまな店で下町のハイボールを味わってきましたが、当店のハイボールは炭酸のキレが格段に違います。多くの店が瓶の炭酸を使用する中、当店では昔と変わらずサーバーから直接炭酸を注いでいることも特徴です。これらの魅力を受け継ぎ、多くのお客さまにご提供したいという思いで、この店を継ぐ決心をしました。

塩見

常連さんに人気のメニューを教えてください。

山﨑さん

やはり「下町のハイボール」ですね。そして、最初のオーダーでは、タンとハツとハラミの三点刺し盛り、初代から受け継がれてきたぬか床でつくるお新香も評判です。焼き物は炭火で焼けるまで10分ほどかかりますから、これらをつまんで飲んでもらいつつ、その後に焼き物のシロタレなどを召し上がってください。

 

もつ焼きマニアたちが太鼓判を押す「シロタレ(一皿4本、税込560円)」は必食

1人飲みポイント③
新規客には非日常を、常連には日常を提供できる

塩見

常連さんが比較的多いお店ですが、飽きさせない工夫はされていますか?

山﨑さん

新メニューを試してもらうことはありますが、そうした料理よりも、ここに来るだけで落ち着く、この雰囲気の中にいることがうれしいという方が多いのだと思います。むしろ、変わらない空間を提供し続けることも重要ではないでしょうか。

塩見

新規のお客さんに対してはどうでしょう?

山﨑さん

一人、二人でいらっしゃる若い方が非常に増えていることから、老舗酒場に非日常を求めているのだと感じます。フランチャイズの店とは違う個性的な酒場で、普段は食べられないようなモツや焼酎のハイボールを楽しんでいただけたらうれしいです。SNSで情報発信をはじめたことで、それを見て来てくれる人が増えました。

塩見

これから初めて来られる方に「のんき」での過ごし方についてのアドバイスはありますか。

山﨑さん

チェーン店の居酒屋のように騒いで飲む店ではないので、周りの様子を見て、常連客の方々の飲み方をぜひ参考にしてみてください。全席カウンター席で、どの場所からも店内が見渡せるので、他のお客さまの様子がよく分かると思いますよ。

 

「笑顔がつくれるような食べ物、飲み物、そして空間を守り続けていきたいです」と山﨑さん

塩見

最後に展望を教えてくださいますか?

山﨑さん

機会があれば、「のんき」の雰囲気をしっかり伝えていける支店を増やしたいと思いますし、海外進出も夢見ています。私は銭湯・サウナが好きなんですが、銭湯・サウナ併設の「のんき」があったらおもしろいなとも思っています。1階が酒場の「のんき」で、2階は芸人さんが立つような演芸舞台で、さらに上が銭湯やサウナ……。夢は大きいですよ(笑)

 

16時の開店直前から常連客が集まり始める。下町の酒場のスタートは早い

老舗ならではの雰囲気の中、「非日常」を一人静かに楽しんでみて

名物料理「シロタレ」が、老舗大衆酒場「のんき」に熱狂的なファンを生み出しています。その独特の“チュルトロ”と呼ばれる食感と味は、世代を超えて愛され、常に新しいお客を呼び込んでいます。

老舗ならではの雰囲気の中で、ベテランの方はもちろん、若いお客や一人客が安心して立ち寄れるのもピリッとした雰囲気があるから。この絶妙なバランスが、これからの時代の酒場に必要なのかもしれません。

取材先紹介

もつ焼のんき 堀切本店



取材・文塩見なゆ
写真野口岳彦
企画編集株式会社 都恋堂