ロックバンド「DEEN」のボーカリスト・池森秀一さんはそば好きとして知られ、またご自身でもそば店もプロデュースしています。そばの魅力について改めて語っていただくとともに、「通いたくなるお店」とは何かを伺いました。
一度ならず、何度も足を運んでくれる“おなじみさん”は、飲食店にとって心強い存在です。そうした常連客の心をつかむお店は、どのような工夫をしているのでしょうか。また、お客さんから見てどういうお店が「通いたくなるお店」なのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、人気ロックバンド「DEEN」のフロントマンであり、そば好きとしても知られる池森秀一さんです。約16年前からそばを食べ続け、全国ツアーの際には地方の名店を巡るのがライフワークになったそう。これまで200軒以上のそば店を訪れ、さらにご自身でもそば店もプロデュースしています。そばの魅力について改めて語っていただくとともに、お客さんとして、お店を運営する立場として、「通いたくなるお店」とは何かを伺いました。
- 池森 秀一さん
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1993年に結成されたロックバンド「DEEN」のボーカリスト。デビュー曲「このまま君だけを奪い去りたい」でミリオンヒットを記録し、以降も「瞳そらさないで」「Memories」などヒット曲も多数。2023年にはデビュー30周年を迎え、日本武道館公演をはじめ、ライブツアー、音源制作など精力的な活動を続けている。また、全国各地を食べ歩く「そば好きミュージシャン」としても知られ、自身の名を冠した乾麺ブランド「池森そば」や、東京・赤坂にプロデュース店「SOBA CAFE IKEMORI」もオープン。著書に『DEEN池森の「創作」乾麺蕎麦レシピ: 分とく山・野崎洋光監修』(小学館)など。
「お昼=そば」を食べ続けて16年、きっかけはプチ断食だった
――池森さんは16年前からお昼にそばを食べる生活を続けていると伺いました。きっかけは何だったのでしょうか?
池森さん: DEENのデビュー15周年記念の際に全国ツアーを行うことになり、体力づくりの一環で筋トレを始めたんですよ。でも、思った以上に筋肉がついてしまったので、ウエイトを少し落とそうと。その頃「プチ断食」という言葉がブームになり始めた時期で、「朝は野菜ジュース、昼はそば、夜は好きなものを食べていい」という食事スタイルが紹介されていました。これなら実践できそうだと試してみたら、1カ月で6.5㎏も落ちたんです。
それまで、「そば」か「うどん」かと聞かれたらそば派、というくらいで特に深い思い入れはありませんでした。でも、実際に続けてみるとうまい具合に体重が落ちたし、体調もいい。自分の体に合っているなと感じたので、それから16年間ずっと続けていますね。自宅にいる時はお昼に乾麺のそばを自分でゆでて、ざるそばか、かけそばに。お店に食べに行くこともあります。夜はもっぱらお肉とワインです(笑)。
――そばを食べ始める最初の入口は乾麺だったんですね。その後、地方のそば店巡りを始めたと伺っています。
池森さん:全国ツアーでいろいろな場所に行くので、地方に行った時の楽しみのひとつとしてそば店を訪ねるようになりました。これまでに47都道府県ツアーを4回開催していて 、少なくとも200店以上は行っていますね。
2020年にYouTubeチャンネルを開設してからは、「そばドライブ」という企画で東京都内のそば店にもたくさんお邪魔するようになりました。
――いつもどのようにお店選びをするんでしょうか。
池森さん:いつも食べログを使っています。でも「地名」「そば」だけで検索するとものすごい数がヒットしちゃうので、「十割そば」を出しているお店で、コンサート会場やホテルから近いお店に絞っています。オープン前にお店に到着して並び、一番先に食べてパッと帰ることが多いですね。公演がスタートするまでの時間を逆算して、大丈夫そうなら「攻めようぜ!」って、スタッフと一緒に往復2時間かかるような山奥のそば店にも行きます。「間に合わないかも」ってヒヤヒヤすることもあるんですけどね(笑)。
――それは怖い(笑)。ネットでお店探しをする際、具体的に「このお店に行ってみよう」と思うポイントはどんなところですか?
池森さん:まずは、写真のきれいさですね。お客さんが撮ったものを掲載される店もありますけど、プロが撮ったようなお店の公式写真があると目を止めます。写真をはじめセンスの良さを感じたお店を訪ねていますが、どこもみんな当たりなんですよ。
あとは、十割そばを提供しているかどうか。そもそも、十割そばをメニューに入れている時点で腕に自信がある店主さんなんです。さらに、粗挽きと更科の2種盛りのような、そばの挽き方にバリエーションを出しているそば屋さんは間違いなくおいしいですね。
――お店選びは「十割そば」に絞って検索すると伺いましたが、具体的にはどんなメニューを注文しますか?
池森さん:ざるそばとかけそば、両方注文します。というのも、十割そばを出しているお店はそばの量が少ないことが多いので。一品で腹5分目くらいなので、両方食べてちょうどいい。多い時はいつも一緒に行っているマネージャーとシェアしています。
十割そばはお湯に溶けてしまうことが多いので、冷たいざるそばは十割、あったかいかけそばは二八で提供されているお店も多いです。それぞれ違う配合の麺が食べられるのも楽しみなんですよ。
――池森さんが思う「十割そば」の魅力ってどんなところですか?
池森さん:小麦粉をつなぎに使っていないので、そばの味がダイレクトに分かることですね。そば本来の風味が楽しめます。それに、そば粉100%ということは栄養価も高いじゃないですか。筋肉を落とそうと乾麺そばを食べるようになったら、栄養成分が気になり始めたんですよね。そこで初めて、パッケージの裏面を見るようになりました。
中には、そば粉30%、小麦70%の商品もあると知って「えっ、今までそば風を食べてたの?」と驚きました。もちろんそれも本当においしいんですけど、食べるならそば粉の配合が多い方がいいなと思って。外食でも十割そばが食べられるお店を探すようになりました。
――いろいろなそばを食べるようになったからこそ気づいた部分なんですね。でも、十割そばは持ち上げると切れやすかったり、ちょっと口当たりがモソモソしたりしますよね。そこは気になりませんでしたか?
池森さん:十割そばは溶けやすいからよく「麺が消える」とも言いますよね。でも、そば好きにとってはむしろウェルカムですよ(笑)。溶けてリゾットのようになったかけそばをすくって食べるのもおいしいし、「これ本当に十割なの?」って思うほど、持ち上げても切れないそばを出している職人さんもたくさんいます。「そばの香りに顔を埋めたい」みたいな人は、そこがたまらなく好きなポイントなんです。口当たりやのど越しを重視する方には、二八そばをおすすめしていますね。
――いつも実践している食べ方はありますか?
池森さん:以前は「最初からつゆにたっぷり浸けて食べるべき」と言っていましたが、あれから変わりましたね。いろいろなお店に食べに行くようになって、自分でもそばを打ってみて……と経験していくと、そばがすごく愛おしくなっちゃって。ちょっと謝りたいです(笑)。今は、最初に鼻がつくくらいそばの香りを吸い込んで、一口目はそのまま食べます。香りや甘みが感じられておいしいんですよね。塩が添えてあったらつけたり、わさびと塩を混ぜて食べたりした後、つゆにつけて食べるようになりました。
――ご自身でもそば打ちを経験されているんですね。
池森さん:何度かやりましたけど、本当に難しい。そば粉のみだと基本的に麺にならないんですよ。だからこそ、小麦粉でつないで麺として成り立つようにするわけで。それをそば粉だけでつくりあげる技術があるって、本当にすごいこと。僕はもうやりたくないですもん(笑)。昨日今日でできる世界じゃないですから。だから、僕にとっては十割そばを提供している時点で信頼できるお店なんです。
池森さんが「通いたくなるそば店」とは
――これまでに訪れたお店で、印象に残っているお店を教えてください。
池森さん:最近行ったお店では、東京・神田猿楽町にある「松翁」ですね。こちらでは十割そばのことを「生粉打ち(きこうち)」と呼んでいるんですが、メニューの「二色もり」では生粉打ちそばと変わりそばが楽しめるんです。
変わりそばは時期によって味わいが違って、しそやゆず、パイナップルなどが練り込まれています。僕が行った時はパイナップルだったんですが、そこまで主張は強くないけど、爽やかな風味が広がっておいしかったですね。つゆも濃口と淡口の2種類から選べるんですよ。YouTubeの「そばドライブ」企画で撮影交渉から始めたんですけど、なんで今まで知らなかったんだろうってくらい衝撃なおいしさでした。
――パイナップルが練り込まれたそば……気になります。東京以外のお店ではいかがですか?
池森さん:たくさんありますよ!「東のそば、西のうどん」って言われるように、関西や四国、九州ってうどんのイメージじゃないですか。そうした中であえて十割そばを出している西日本のそば店って、めちゃくちゃクオリティーが高い。「うどん圏でも『絶対うまい』って言わせてやる」くらいの気概がある職人さんが多いのかもしれないですね。
特にその想いを感じたのが、大阪市内にある「そば切り 岳空」ですね。若いご夫婦が営業されているんですが、カウンター8席しかないお店なので、僕たちも開店30分前から並びました。
ここのもりそばが最高でした! 盛り方、香り、つゆ。さらにお店のつくりも洗練されていてすごく美しかったです。関西のそば店だとだしを効かせたつゆを出しているお店も多いんですが、そうではなく、王道のそばを大阪で表現されているように思いました。
そば湯も、そばを茹でたお湯ではなく、そば粉を溶かしたタイプ。トロトロのポタージュ状になっていて、栄養1000%!! って思えるようなそば湯が僕は大好きなんです。
長野県上田市の「手打百藝 おお西」で食べた発芽そばも思い出深いですね。そばの実を水に浸して発芽させてからそばに仕上げているそうで、一般的なそばよりも糖度が高くて甘いんです。香りも強くて、もっちりした食感。別次元のそばでした。芽が出てから摘んで挽く、そのタイミングを見極めるのが難しいから、他の職人さんはなかなかやらないと聞きました。熊本「手打百藝中の森」は数少ない「おお西」で修行されたお弟子さんが営むお店のひとつ。僕は全国ツアー中に行きましたが、師匠と同じ味が楽しめました。
――どれも個性的なお店ですね! 中でも、池森さんが「また行こう」と思うお店はどんな共通点があると思いますか?
池森さん:あえて決めてかかりますけど、十割そばを出している職人さんたちって絶対にこだわりがすごい人種なんですよ。そのこだわりが全面に出ているお店で、「好きだな」と思ったところはまた行きたいと思うのかもしれませんね。
そのこだわりはそばに限らず、趣味趣向でもいいと思うんですよ。自分の描きたい世界をお店の中に表現されているところに惹かれます。僕は新規のお店を開拓したいタイプですが、今挙げたお店は、ちょっとでも時間があれば絶対にまた行きたいと思っています。
味以外の部分で言うと、例えば、黙って食べなきゃいけないような、肩に力が入っちゃうようなお店は、おいしくても「一度行けばいいかな」と思っちゃう。緊張したり気をつかったりするような雰囲気だと、そばに集中できないんですよ。適度なBGMがかかっていて、軽く雑談しながらそばの味を堪能できる。
おしゃれで洗練されているそば店では、ジャズがかかっているところが多いような気がしますね。リラックスさせてくれるようなお店だと楽しさも記憶に残って、「また行きたいな」という気分になるんじゃないでしょうか。
プロとは違う土俵で勝負する。池森さんが立ち上げた「創作そば」のお店
――2022年にはご自身でプロデュースしたそば店「SOBA CAFE IKEMORI」をオープンしています。つなぎを入れずそば粉のみで打った十割そばを使った創作そばを出されていますが、以前から構想はあったんでしょうか。
池森さん:お店では十割そばを使った乱切りそばと、更科そばの二種類の麺を。メニューはざるそばやかけそばのほか、季節限定を含めた創作そばを10種類以上ご用意しています。
池森さん:創作そばにたどり着いたのは、ある時のツアーで地方に行っている時ですね。学生さんたちに「そばもりだ~」(※そばもりは池森さんの愛称)って話しかけられたんですよ。「なんで毎日そばばっかり食べられるの」「絶対飽きるじゃん」って言われて。「そうか、僕は好きだから飽きないけど、一般的な視点で見たら毎日そばばかりだと飽きるのか」って、初めて気づいたんです。
コロナ禍の2020年にYouTubeでそばをメインにしたチャンネルを開設することになり、アレンジそばのレシピを提案しようと企画しました。最初に作ったのは冷やしバジルそば。そこからイタリアンやエスニック、中華の要素を取り込んで、つけつゆや和えそばなど、いろいろな創作そばを考えて発信するようになりました。
――そのアレンジレシピのアイデアが、お店のメニューになっているんですね。
池森さん:十割そばを打つ職人さんはプロ中のプロ、僕にとっては神なんですよ。同じ土俵で勝負できない。だから、お店をやるならまったく違うジャンルにしようと思いました。
メニューは、僕が考えたレシピを、シェフがお店で作りやすい工程に落とし込んでもらっています。オープン直後はDEENファンの方が中心でしたが、最近は近くのオフィスで働く方たちや外国人観光客、そば好きの方などもたくさん来てくださるようになりました。上の階がスタジオなので、僕もよくお店に来てお水を出したり、うつわを下げたりしていますよ。本当に楽しくて、ずっとお店にいたいくらい(笑)。でも、写真やサインに応じることができないので、長居したい気持ちをグッとこらえて短時間にしています。
――お店の雰囲気づくりについては、どんな点を重視されましたか?
池森さん:このお店は僕が所属する事務所のビル1階にあって、もともとは事務所のラウンジとして使っていた場所。日差しがたっぷり差し込むウッディな空間だったんですが、お店としては少し明る過ぎるので、天井に覆いを付けました。お客さんにゆったりと居心地よく過ごしてほしいなと、ハワイアンをイメージしてお店づくりをしています。
店奥には、アーティストのTOMOYAARTSさんに壁画を描いていただきました。ハワイアンをベースに、日本最大のそばどころのひとつである「戸隠そば」で有名な長野・戸隠の風景など、いろいろな要素を一面にちりばめてもらっていて。入口から店内まで、絵がずっと続いているんですよ。
――お店づくりについては、これまで訪ねたお店からヒントを得たこともあったのでしょうか。
池森さん:メニューについてはそば店というよりも、別ジャンルのお店からヒントを得ることが多いです。「この料理、そばに転換できるんじゃないかな」と常に考えるようになりました。それから、実はスターバックスも参考にしています。スタバって、コンセプトを反映させたアートやデザインを取り入れていますよね。「SOBA CAFE IKEMORI」でも、店内からブランドらしさを発信できるようにと思って壁画を描いてもらったんです。
いまお店のフランチャイズ化も進めているんですが、デザインの共通性は持たせつつ、それぞれの店主さんのルーツにちなんだ壁画を入れる形にしたいなと考えています。
――お店をプロデュースしてみて、大変だったことや、良かったことなどはありますか?
池森さん:大変なことばかりだけど、すごく勉強になります。
もう、コンサートを作り上げるのと同じですね。自分たちで音楽作って、演奏して。お客さんの顔が見えて、喜んでもらえている様子が分かる。お店では、自分で考えたレシピを味わって楽しんでもらえる。飲食の方がお客さんとの距離が近いので、まさにライブですね。フードエンターテインメント。
音楽がなくなったらすごく暗い世の中になってしまうけど、究極を言えば、音楽はなくても死なないじゃないですか。だけど食は違いますよね。コロナ禍からは衣食住の大切さをより強く感じるようになりました。
飲食は本当に楽しくて、僕は今、本気でそばに取り組んでいます。今後は「SOBA CAFE IKEMORI」を海外に出したいですね。音楽では世界に打ち出すチャンスがなかったけれど、そばで勝負してみたいと思っています。
気になるあの人の通いたくなるお店
取材・文:田窪 綾
編集:はてな編集部