一線を画す演出がSNSで大反響!化学実験レストラン「モトフサ アラキ」

モトフサ アラキ——。その名前をInstagramやTikTokで検索すると、出てくるたくさんのショート動画。燃え上がる炎や爆発音とともに、悲鳴や歓声を上げる人たち……。アトラクションか何かと思いきや、正体は福岡市にあるレストランです。天神や中洲などの中心エリアから外れた郊外にある店で、液体窒素や水素などを使い、お客を巻き込んだド派手なパフォーマンスがSNSで注目を集めています。

そんな他にはない体験ができる個性豊かなレストラン誕生のきっかけ、どのようにメニュー開発を行っているのか、オリジナリティーあふれる店の秘密を店主の荒木元聡さんに伺いました。

ラボから生まれたレストラン!?「モトフサアラキ」ってどんな店?

――化学実験を組み合わせた料理がSNSで話題ですが、荒木さんはもともとどのようなお仕事をされていたのでしょうか。

長崎県の出身で、20歳のころ福岡・西中洲の高級フレンチレストランで働き始めました。飲食店を選んだのは「おなかが空いていたから」。まかないがある飲食店なら、食いっぱぐれないだろうと考えたからです。その後、一度は飲食業界を離れたものの、27歳で再び飲食店に就職することになり、2009年に独立。天神や中洲に近い中心地でイタリアンをオープンしたのですが、数年で店をスタッフへ譲り、2013年に今の「モトフサアラキ」を拠点とすることに決めたんです。

「モトフサアラキ」の店主・荒木元聡さん。お客とコミュニケーションを取りながらパフォーマンス性の高い料理を提供。その人柄に引かれて通う人も

――「モトフサアラキ」があるのは、福岡市の中心地・天神からバスで20分の郊外です。決して集客に良い立地とは言えないと思うのですが、なぜこの場所に決めたのですか。

実はここ、レストランではなく「ラボ(研究所)」として借りたもので、立地は気にしていませんでした。メニューを開発して面白いものができたら、また中心地に店を出そうと思っていたんです。

だから、初めは一人でメニュー開発をしていたのですが、一人だと反応がないから面白くない。当時はSNSも盛んではなく、おいしいものや面白いものができても、伝える人がいなかったんです。そこで、友人を呼んで食べてもらっていました。でも、友人たちも暇じゃないから、少しずつお客さまを迎えてレストランとして運営するようになり、今に至ります。

マンションの駐車場奥にある扉。開くと狭く、暗いホールにつながり不安になるが、次の扉を開くと黄金のきらびやかな個室が登場!「メインまでワンクッションあると驚きがさらに増すものでしょ」と荒木さんは笑う

厨房には大小数個のボンベや見慣れないマシーンが並び、まさに「ラボ」。気になるものを見つけたら、通販サイトで購入することも。「見つからないものは中国の通販サイトなどで購入しようとするのですが、日本で扱えないものもあって税関で止められたこともあります。『テロを起こすんじゃないか』と連絡があって。結局、返品しました(笑)」

――レストランではなく、「ラボ」ですか。その発想自体がとても面白いと思いますが、なぜ「ラボ」だったのですか。

「カレーうどん」みたいに、おいしいものとおいしいものを組み合わせると、やっぱりおいしいじゃないですか。でも、新しい組み合わせを考えるのは難しい。そこで、他でやっていなくて、誰にもできないものを探すために研究・実験ができるラボが欲しかったんです。

例えば、昆布とかつお節の合わせ出汁がおいしい理由は、うま味成分であるグルタミン酸とイノシン酸の相乗効果のおかげ。そんなふうに食材一つひとつを分解して、おいしさの理由を分析し、食材を組み合わせておいしい料理を開発しています。

2024年の夏に提供された1万5,000円のコースの一品目は「不思議なコーンスープ」。手前にある2つのクリーム状のものが、コーンスープと生クリームを合わせて泡状にして液体窒素で凍らせたもの。口に含むと、まるでメレンゲのようにしゅわっと溶けていく
遠心分離機にかけて透明にしたトマトのジュレを使う「北海道産ホタテとイクラのサラダ」(左)や、冷たい湯気と一緒に登場する「福岡明太子のそうめん」(右)。演出やおいしさだけでなく、芸術的センスが光る見た目の美しさはため息もの

「おいしい」を追求してたどり着いた、エンターテインメント感あふれる演出

――今は、炎を上げたり、爆発したりと化学実験のようなインパクトある料理を提供されていますが、このような演出を始められた理由を教えてください。

どうしても演出に注目されがちですが、どの料理も味を追求していた過程でたどり着いたものです。学生の頃は文系で、別に科学は好きではなかったけれど、味を追求するために、やりたいこと・知りたいことを深く突き詰めていったら、科学実験のような演出にたどり着いたのです。

例えば、目の前で炎が上がる演出。亜酸化窒素ガスを使って、しょうゆを泡状になるように泡状にしたソースに火をつけることで、瞬間的に燃え上がります。お客さまから驚きの声が上がる人気の演出ですが、派手なパフォーマンスだけでなく、燃え上がることで香ばしいしょうゆの風味が肉に行き渡り、よりうま味が豊かになる仕組みです。

お皿に乗った泡状のしょう油が炎に包まれたあとに現れる「佐賀牛と彩り野菜」。柔らかな佐賀牛を口に運ぶと、じわりと広がるうま味と共に、香ばしいしょうゆの香りがふんわりと鼻に抜けていく

――開発に一番時間がかかったメニューは何でしょうか。

「食べられる風船」です。あめで包み込んだ水素を食べるときに一緒に吸い込むことで声が変わるものですが、8年かけて開発していてもまだ完成しているとは言い切れません。他の料理に比べると仕組みはシンプルですが、水分量の調整が非常に難しく、湿度や気温ですぐに形が変わってしまいます。

開発から8年、今なお研究中の「食べられる風船」は、動画を撮らずにはいられない!? 食べると不思議と声が高くなる他にはないスイーツで、テーブルを囲む人がみんな笑顔に

――メニューは5〜10月、11〜4月で異なるのですね。「食べられる風船」と「爆発するチョコボール」は定番とのことですが、現在、開発中のメニューを知りたいです。

11月からのメニューで考えているのが、“温かい”スモークサーモンです。スモークサーモンは火が入らないように、通常、温度を上げずにいぶす「冷燻」という手法で作られます。詳しくは企業秘密ですが、そんなスモークサーモンを温かい状態でお出しできる方法を思い付いたんです。11月からは、温かいスモークサーモンを「イクラのオムレツ」と一緒に提供したいと思っています。イクラだって鶏卵と同じタンパク質なので、火を通すと固まるものです。本当はキャビアでやってみたかったのですが、イクラ以上に価格が高くてコストの問題で諦めました(笑)。

「プシューッ!」と、扉の向こうで何か不思議な音がしたため覗いてみると、レストランではなかなか見ることがない光景が……。まるでバズーカのような装置を片手に、お客の前に出ることも

――通常の飲食店は、フードよりもドリンクの方が原価率は高いため、売り上げに占めるドリンクの比率は重要となりますよね。でも、「モトフサアラキ」ではドリンクは持ち込み自由と伺っています。

ドリンクメニュー自体は作っていないんです。一人で営業しているので、ドリンクの対応まではできません。グラスはご用意できますが、氷もないので近くのコンビニで買ってくることをおすすめしています。

となると、利益率はどうなんだと思われるでしょうが、スタッフがいない分、人件費はかかりません。もともとラボとして選んだこの物件は、中心地から離れているため家賃も抑えられています。もう一つ大きいのは、食材ロスがないこと。完全予約制なので、お客さまに合わせて食材を仕入れることができています。

削ったチーズを液体窒素で凍らせて作ったお花に「かわいい」と声を上げた途端、目の前で砕いてパスタの上にパラリッ!完成した「チーズフラワーとトマトソースパスタ」は、パリパリのチーズの塩味が良いアクセントに仕上がっている

皿の上だけでなく、全ての食事体験がエンターテインメント!

――実際、いらっしゃるのはどういったお客が多いのでしょうか。

SNSをきっかけに来店される方が多いですね。今はInstagramやTikTokなどの30秒ほどの動画で、ものすごいインパクトを与えることができます。私が提供する料理ととても相性が良いと感じています。

お客さまの年齢は20代の方からご年配の方まで幅広いです。先日は、80歳くらいのご夫婦がお孫さんにすすめられてご来店されました。パフォーマンスの種明かしを最初にするわけにはいかないから、何を出すとか先に伝えることができなくて……。思わず心配になって「大丈夫ですか」って尋ねると、「大丈夫かって、何がですか?」って聞き返されちゃって。ご飯を食べに来ているだけなのに、そりゃそうですよね(笑)。

他にも、60代くらいの男性4人がグループで来店されたこともあります。演出にとても喜ばれていて、童心に帰るというか、純粋に楽しい時間だったのではないでしょうか。

最も多いのは、誕生日や結婚記念日、退職祝いなど記念日でのご来店です。おいしいお店はたくさんあるけれど、特別な日はちょっと変わったところでもいいんじゃないかとなるのかもしれません。たくさんの選択肢がある中で、絶対に忘れられない時間を過ごすことができる店だと思うんです。

大トロ、ウニ、カニが乗ったお茶漬け。大きな米粒が特徴の「龍の瞳」を使う。佐賀県有田町で作られたもので、今年の秋は稲刈りにも参加。生産者と会うことで人脈が広がったり、料理の演出や発想が湧いたりすることもあるのだそう

――リピートでご来店されるお客もいらっしゃいますか。

そもそも、リピーターの獲得はあまり考えていません。「モトフサアラキ」は観光地のアトラクションみたいなもので、9割は新規のお客さまです。ただ、一度来店されたお客さまが、他の方を連れて来られたり、ご紹介いただいたりすることは多いですね。自分がネタを知っていても、驚いたり喜んだりして楽しむご友人やご家族の姿を見るのがうれしいのだと思います。

SNSの動画で度々紹介される「チョコボール」は“完全自己責任デザート”。液体窒素にお湯を勢いよく注ぎ、温度差で爆発を起こす。お客は自ら持ったビニール傘でガードするが、床や天井にまでお湯や蒸気が飛び散るため片付けには1時間ほどかかるのだとか

――最後に、これからチャレンジしてみたいことを教えてください。

無人島でお店をやってみたいですね。店に来るまでにも、ちょっとしたアトラクションを用意して、洞窟の奥に造った金色に輝く空間で演出と一緒に料理を楽しんでもらうような体験型レストランです。自分が面白いと思うことを表現できるお店をこれからもつくっていきたいですね。

取材先紹介

モトフサ アラキ
取材・文戸田千文

紙とWebの編集ライター。ローカルの魅力あるモノ・コト・ヒトを発掘するのが好き。旅先や出張先で出会った郷土料理や調味料にハマりがち。

写真新谷敏司
企画編集株式会社都恋堂