知る人ぞ知る、銀座の路地裏にある名酒場。「銀座三州屋」で昼から一杯

東京には、地方の旧国名や都市名を店名にした老舗の飲食店が数多く存在します。創業者の出身地を店名としたケースもあり、まだ交通・通信手段が発達していなかった時代、地方出身者にとっては親しみやすい存在だったと推測できます。また、飲食店側も、故郷出身のお客を呼び込もうと、このような店名を選んだのかもしれません。

今回紹介する「大衆割烹 三州屋 銀座本店(以下、銀座三州屋)」も、そうした老舗の一つです。「三州」は、現在の愛知県の一部である三河国の別称です。銀座三州屋・創業者の岡田正之さんは愛知県出身で、蒲田の本店、そして神田三州屋での修業を経て1968年4月に独立し、銀座三州屋を開業しました。そして、今では知る人ぞ知る1人飲みのための隠れ家的存在に。その魅力を案内人が紹介します。

お店の特徴

今回の案内人を紹介

塩見なゆさん

酒場案内人:酒場や酒類を専門に扱うライター。全国1万軒以上の居酒屋を巡り、その魅力をテレビ・雑誌・Webマガジンなどで発信している。生まれは東京都杉並区。

両親がつくり上げた名酒場を、銀座の街にいつまでも残すために

銀座で50年以上続く老舗飲食店というと、敷居が高いイメージがあるかもしれません。しかし、銀座三州屋は大衆割烹として、常連客だけでなく新規客も温かく迎え入れてくれる名酒場。良心的な価格設定も魅力の一つです。

そもそも三州屋の本店は、大田区のJR蒲田駅前で70年以上前に創業。そこから神田、新橋、八重洲と都内各地にのれん分けで広まりました。しかし、周辺の再開発や世代交代などにより、2010年頃から本店を含め閉業が相次ぎ、現在営業しているのは銀座三州屋のほか、飯田橋店、六本木店、そして北海道のエスコンフィールドHOKKAIDO店の4店舗のみ。他の三州屋が次々と閉店していく中、日本屈指の繁華街・銀座という飲食店がひしめき合う立地で、今も変わらず営業を続けています。

何十年と通う常連客だけでなく、若い世代の一人客、東京を代表する商業地・銀座を訪れる外国人客にも利用しやすいように、老舗ながら革新的な取り組みを続けています。その背景には、二代目店主である三州ツバ吉さんの熱い思いがありました。

銀座三州屋の二代目、三州ツバ吉さん。銀座生まれの銀座育ち。銀座三州屋の二代目として家業を守りつつ、現役のプロレスラーとしても活躍。世界中のマラソン大会にも出場するアスリートとしての一面も

1人飲みポイント①
知る人ぞ知る隠れ家のカウンターで、思い思いの時間を楽しむ

塩見

再開発が進む東京都心部の、しかもブランドショップが立ち並ぶ銀座並木通りという好立地にありながら、創業時から変わらない木造二階建ての店構えは、昭和の懐かしい雰囲気そのままですね。路地裏を10メートルほど進んだ先にあるので、飛び込みで入るのはかなり勇気がいる立地だと思いますが、周辺のブランドショップとの対比が、いつ訪れても不思議です。

 

三州ツバ吉さん

父が独立する際に、お世話になっていた酒販店さんがこの場所を紹介してくれたそうです。銀座にあって隠れ家のような立地が良いという理由で、出店を決めたと聞いています。

塩見

都会の喧騒を忘れさせてくれる、まるで秘密の隠れ家のような空間ですね。そんなお店を知っていると、銀座という街がさらに魅力的に感じられると思います。カウンター席がありますし、周りを気にせず一人静かにゆっくりとお酒を楽しむ方が多いのでしょうか?

 

銀座並木通り沿いでひときわ目につく「お一人さまでも食事だけでも一杯だけでも大歓迎」の文字。その奥に銀座三州屋がある
 

三州ツバ吉さん

はい、お一人さまのご利用は全体の2~3割ほどいらっしゃいます。食事を楽しんでからゆっくりとお酒を味わう方もいれば、本やスマートフォンを見ながらサクッと一杯だけという方もいらっしゃいます。再開発でビルが増え続ける銀座で、当店は数少ない昭和の空間を残しています。今ではうちが「非日常空間」となりましたが、気軽に楽しんでいただけたらうれしいです。

塩見

どんなお客さんが多いですか?

 

三州ツバ吉さん

銀座の街で働く幅広い業種の方のほか、インバウンドのお客さまが増えています。また、最近では国内でも遠方から飲みに来てくださるお客さまも増えて、とてもうれしいです。

 

カウンター席に着席すれば、周りの目を気にすることなく気ままに過ごすことができる

1人飲みポイント②
中休みの時間がなく、その日の気分で気軽に利用できる

塩見

日本屈指の繁華街・銀座はいつの時代でも特別な場所です。休日にショッピングや映画などを楽しみながら、食事やお酒も時間にとらわれることなく、その時の気分で自由に楽しみたいものです。そういうときに、銀座三州屋は昔から頼れる存在だと思います。

 

三州ツバ吉さん

当店は10時30分の開店から22時30分まで、中休みなく通しで営業しています。居酒屋や食堂で通し営業しているお店は、銀座でも多くはありません。でも、早番や遅番で昼休憩の時間がまちまちなデパート勤務のお客さまも多いので、通し営業はお客さまに選んでいただいている理由の一つだと思います。これからも続けていきたいと思います。

塩見

私は定食に瓶ビールをつけて飲むのが好きなんです。お昼からお酒を飲んでもご迷惑ではありませんか?

 

三州ツバ吉さん

日中の居酒屋利用ももちろん歓迎ですし、夜の食事利用にもぜひ気軽にお越しいただきたいですね。

 

定食メニューもつまみも豊富で幅広いニーズに対応

1人飲みポイント③
銀座で一人、おいしい食事を楽しめるアットホームな空間

塩見

銀座三州屋は品数の多さはもちろんのこと、中でも魚種の豊富さが魅力です。

 

三州ツバ吉さん

ありがとうございます。魚介類を中心に、刺身、焼きもの、揚げものなど、料理だけで150品以上をそろえています。昔から父が築地の中央卸売市場に通って仕入れており、市場が豊洲に移った今も、父と一緒に毎朝仕入れに行っています。

塩見

長年営業されていると仲卸さんとの関係も強固になり、お客さんを魅了する高品質な料理を提供できるのだと思います。とくに評判の料理はなんでしょう。

 

三州ツバ吉さん

銀ムツやキンメの煮付け、最近はえびフライも人気です。他の三州屋でも提供されてきた、名物の鳥豆腐もよくご注文いただいています。

 

手づくりだと分かる、身がぎっしりと詰まったえびフライ(税込1,400円)と、名物の鳥豆腐(税込680円)

塩見

お一人でいらっしゃる方には何がおすすめですか?

 

三州ツバ吉さん

海鮮丼ですね。日頃から、刺身用にさまざまな鮮魚を仕入れていますので、それらを使った海鮮丼は具材が豊富だと喜んでいただいています。

塩見

上に乗った刺身をつまみに瓶ビール、なんて最高ですね。そしてフロアを担当する店員さんたちの、いかにもマニュアル的ではない親しみやすい接客にも、銀座三州屋らしさが感じられます。

 

三州ツバ吉さん

長年働いてくださっている方が多く、昔ながらのちょうど良い距離感の接客が、常連さんになるきっかけになってくれたらと思いますし、初めての方でも気軽にお過ごしいただきたいです。また、近年は外国人のお客さまも増え始めていますので、英語と中国語のメニューも用意しています。長年、お支払いは現金のみでしたが、時代の変化に合わせて電子決済にも対応しました。

塩見

老舗であっても、時代の変化に合わせていく必要があるのですね。銀座には、会食などで使うお店は数多くありますが、一人で利用できるお店は貴重だと思います。温かく迎えてくれる個人店ともなれば、なおさらです。

 

三州ツバ吉さん

これからもそう言っていただける店であり続けたいです。

 

刺身盛り合わせ(税込1,350円)、むつあら煮(税込1,150円)などその日の気分に合わせてつまみをチョイス。銀座らしく、ドン・ペリニヨンやモエ・シャンドンといった高級シャンパンも……!

塩見

これまでは、どちらかというと硬派な路線を貫く正統派の老舗酒場というイメージがありました。でも、お話を伺っていると、広くお客さんを受け入れるスタンスに変えられたようですが、なにかきっかけがあったのでしょうか。

 

三州ツバ吉さん

やはりコロナ禍で、客足が鈍ったことの影響が大きかったです。そこで、両親がつくり上げた銀座三州屋を守らなくてはならないと強く思うようになり、できることから変えていきました。私は、今お話しているこの場所(銀座三州屋2階)で生まれ育ったので、自分にとっても大切な場所なのです。

塩見

新しく「銀座三州屋エスコンフィールドHOKKAIDO店」の営業を開始されたのには驚きました。

 

三州ツバ吉さん

新庄剛志さんが北海道日本ハムファイターズの監督に就任するというニュースが流れた頃、とある企業から電話があり、エスコンフィールドHOKKAIDOに出店してほしいと打診されました。最初は詐欺かいたずらかと思いましたが、どうやら本当の話だということで、検討したのち、2023年3月に開店しました。

塩見

今後も新規出店を加速するお考えでしょうか。

 

三州ツバ吉さん

昨年の出店は、長年通ってくださっている常連さんを大切にしながらも、新しいお客さんも少しずつ増やして、次の常連さんになっていただこうと考えてのことです。今後は、現在の店舗運営に注力し、家業を守り抜くことを第一に考えています。これまで培ってきた店の雰囲気を大切にしつつ、これからも多くのお客さん銀座三州屋をご愛顧いただけるよう努めます。

 

おいしいつまみについつい酒が進む

世代を超えて愛される類いまれなる名酒場

穏やかな口調で丁寧にインタビューに答えてくださった三州ツバ吉さんですが、その言葉からは創業50年以上になる老舗ののれんを守る強い決意が感じられ、家業に向き合う熱い想いが伝わってきました。

老舗でありながら、近隣のショップなどで働く若い世代のお客さんも多く、地域にしっかりと根付き、親しまれているお店です。銀座に再び活気が戻りつつある今、銀座三州屋はコロナ禍以前よりも活況を呈しているとのこと。

比較的空いているのは月曜日とのことなので、次回は月曜日にプライベートで訪れてみようと思います。

取材先紹介

大衆割烹 三州屋 銀座本店

 

取材・文塩見なゆ
写真野口岳彦
企画編集株式会社 都恋堂