最高の料理を好きなだけ。本物を知る大人が行き着く居酒屋「田中田」オーナーに聞く、繁盛店のつくりかた

福岡・博多に本店を構え、“日本一高額な居酒屋”をうたう「田中田」。お酒を除く全てのメニューに価格表記がなく、その日の最高級の素材を使った料理を存分に味わえることから、いろいろな意味でお客をドキドキさせてくれる名店中の名店です。今回は西麻布店を訪問し、15,000円分の予想オーダーに挑戦。さらに「田中田」を創業した料理人で、博多と東京都内で飲食店を展開するタナカダイニング社長の田中忠明さんに、高級居酒屋を創業した背景と、繁盛店づくりの秘けつを伺いました。

”好きなものを好きなだけ”。西麻布で博多の匠を味わう

本物を知る大人のための高級居酒屋「田中田」。1993年に博多・美野島で10坪の店舗からスタートし、2014年には東京・西麻布に進出。最高級の食材を追求するため料理は時価で、メニュー表に価格を記載しない独自のスタイルで知られています。そんな敷居の高さにもかかわらず、店は連日満席。食通からも信頼を集める、常連の絶えない人気店です。

西麻布の外れにたたずむ、隠れ家のような外観と高級店の雰囲気が漂う内観

今回取材に訪れたのは、西麻布店。風格漂う扉をくぐると、緊張感がありつつも居酒屋の風情も感じられる活気に満ちた空間が広がります。カウンターのネタケースに並ぶ高級食材の輝き、そして洗練された料理人の動きから、いやが上にも期待が高まります。

早速メニュー表を見ると、肉、魚、野菜、お造り、焼き物、煮物、揚げ物、珍味、ご飯もの、デザートに至るまで、約150種のメニューがずらり。価格の表記がない理由は、食材の時価を反映するだけでなく、お客が好きな分量でオーダーしてほしいという心遣いから。料理の種類にもよりますが、1/2や1/4に減量や1.5倍に増量、1人一切れなどの対応も可能です。

ふぐ刺しからカレーまでそろう150種のメニュー。お酒を除く全てのメニューに価格の表記がない。中央には「好きなものを好きなだけ」の文字が

今回の取材では、予算15,000円分の料理を予想してオーダーしてみます。西麻布店の平均客単価は、25,000円~30,000円(+税・サービス料10%)なので、通常予算の約半分。ちなみに価格が気になる人は、予算を伝えておまかせにしたり、コースにすることも可能です。

メニュー表から選んだのはごまさば(税抜1,500円予想)、まぐろトロかつ(税抜1,500円予想)、アワビのバター焼き(税抜3,500円予想)、キンキ煮つけ(税抜3,500円予想)、1/4サイズの極小ぜいたく丼(税抜3,500円予想)の、自慢の魚料理を中心とした5品。全て1人分で、お酒は含まれません。

消費税・サービス料10%をプラスして合計約15,000円と予想してオーダーし、実際に提供された品々。見た目の美しさにほれぼれ

最初にいただいたのは、九州の郷土料理として知られる名物のごまさば。当日朝に大分から活魚車で運ばれてきた活サバを、オーダーを受けてからお造りに。続いて、一流店御用達の仲卸「やま幸」の刺身用大トロをぜいたくに使用したカツ。美しいキャベツの千切りとともに、一寸の隙のないビジュアルに圧倒されます。薄い衣をまとった大トロは、口の中ですっと溶ける極上の味わい。

高級割烹を思わせるアワビのバター焼き、北大路魯山人の染付平皿に鎮座する端正なキンキの煮つけ。締めの名物ぜいたく丼は、鮮度抜群の北海道の大トロ、いくら、ウニが惜しみなく盛られた、夢のようなメニュー。いずれも1人前ですが、量や味、見た目とともに満足感が高く、予算オーバーは間違いなさそう……。

高級割烹級の味わいを、自分好みの組み合わせでいただく幸せを堪能した全5品。気になる合計価格は、最後にお伝えします。

日本一の居酒屋を志して独立。原点は憧れがつまった“百貨店の大食堂”

「田中田」の生みの親は、タナカダイニング社長の田中忠明さん。福岡県北九州市生まれ、福岡市育ちの田中さんは、16歳で料理の道に進み、懐石料理店、すし店、焼き鳥店、ホテルなどで修業したのち、30歳で「田中田」を立ち上げました。現在は博多・都内で飲食店を10店舗展開しています。

昔から食に興味があったという田中さんの原点は、子どもの頃に親に連れられた“デパートの大食堂”。そこは食べたいものが何でも並ぶ、憧れの場所だったと言います。

「何を食べようかと、ずっとショーケースに張り付いて見ていたのを覚えています。その頃から変わらず“何でも屋”が好きなんです。小さい頃から人を喜ばせるのが好きで、いつしか料理人に。たくさんの人の理想を叶えて、喜んでもらいたい。そんな気持ちが『田中田』の根抵にあります」

福岡で和食の修業をしていた田中さんに転機をもたらしたのは、27歳の時に博多で出会った居酒屋の師匠。地元で高級居酒屋として知られる名店で、師匠が最高の素材を生かしてつくり出す、光を放つような究極の料理に魅了されたそう。

「日本料理は、例えば“流し物”のように、素材に手間を加える料理。一方で、せっかくの素材を崩してしまうことに漠然とした疑問がありました。親父さんがつくる最高の素材をシンプルに生かした、一つひとつの工程を極めたサンマの塩焼き、キンキの煮付け———。自分がやりたかったのはこれだと感じました」

切る、盛り付ける、味付ける—。一つひとつの仕事を丁寧に突き詰める。ひねりのない定番料理の数々は、「どれを食べても外れがない」とお客からも評判

昔から食だけでなく、身の回りのさまざまなものにこだわりを持っていた田中さんは、和の修業で培った技術をもとに、従来の居酒屋に足りないサービスを磨き、自分の理想の居酒屋をつくろうと考えました。

「日本料理に比べて、居酒屋の地位は高いとはいえないと感じていました。だから、目指したのは“日本一の居酒屋”。料理だけでなく店の細部までブラッシュアップすれば、居酒屋の地位をもっと上げられるはず、そんな思いがありました」

最高の料理を好きなだけ。本物志向と遊び心が交わる、理想の店づくり

1993年、30歳で博多区美野島に「田中田」を創業します。博多と言えば、言わずと知れたグルメの街。客単価5,000円ほどの老舗居酒屋の名店がひしめく中で、高級路線の居酒屋として成功した秘けつは、田中さんが描いた明確なコンセプトにありました。

「当店のキャッチフレーズは“好きなものを好きなだけ”。高級料理店=コースという常識から離れ、数あるメニューの中からお客さまが食べたいものを自由に組み立てていただくスタイルを取り入れました。その日、市場から仕入れた最高級の食材を使い、最高の料理でお客さまにおもてなしをしたい。その信条をもとに、“本物を知る大人のための居酒屋”を目指しました」

左/西麻布店店内のショーケースには田中さんが蒐集した北大路魯山人の器が展示されている。右/昭和モチーフのパロディが楽しいオリジナルコースターは、これまでに500種ほどつくったとか

料理だけでなく、空間、器、箸、お茶一つとっても、お客が納得いくものを追求してきた田中さん。毎朝市場で九州を中心とした山海の幸を吟味し、お酒は九州の料理人たちが信頼を寄せる酒販店から厳選。大谷石などの素材を使った上質な空間と調度、北大路魯山人をはじめとする器の逸品。一方で、昭和レトロなオリジナルコースターなど、ゲストが「くすっ」と笑えるような遊び心も忘れない。この本物志向と遊び心の絶妙なバランスこそが、「田中田」の真髄といえます。

最初は10坪の店からスタートした店舗は、12年目に現在地・福岡市の清川で50坪まで拡大。“福岡に出張するなら田中田”と口コミや紹介で常連客を増やし、日本随一の居酒屋としての地位を確立してきたといいます。

創業21年目に東京・西麻布に進出。本物を知る大人が行き着く居酒屋へ

2014年には常連客からの長年の要望に応え、東京に進出。50歳の節目とオリンピック招致を前に「行くなら今だ」と決意したと言います。

「西麻布を選んだ理由は、看板のない隠れ家や会員制の飲食店が集まる、どこか秘密めいた雰囲気にピンと来たから。本店と同じく『わざわざ目指して来てほしい』と考え、中心部から離れた立地を選びました」

開店後まもなく、予約の取れない人気店となった西麻布店。西麻布と博多の店舗では食べ物の傾向は多少異なるものの、メニューはほぼ同じ。一方で、平均客単価2万円を超える高級店が集まる西麻布では、場所柄ビジネスの利用客も多く、接待や大事な交渉の場、大切な人へのおもてなしのニーズも大きいのが特徴。博多店は席数が50席、個室が4室に対し、西麻布店は120席、個室も13室と多めに備えています。客層は30代以降の幅広い年代が訪れ、常連客やその紹介客も多数。地代や人件費の違いも含めて、平均客単価は福岡より7,000円ほど高いそうです。

西麻布店のテーブル席、6人用の個室。 各個室には東京の地名が名付けられている

料理人として大事にしていることは「優しさ」

一方で、高級食材で多種のメニューを提供するとなると、一般的には人手が必要となり食材ロスも生まれやすくなる。実際に西麻布店の調理場スタッフは約15人、原価率は40%に至るといいます。

「とにかくお客さまを喜ばせたい—。そう思うなら、手数が増えることやある程度のロスは必然と捉えています。その上でお客さまが満足し、店も利益を得るために大事なのは、『次も必ず来よう』、『田中田なら間違いない』と思っていただけるような仕事ぶりを見せることですね」

3年前からは経営・運営に徹する田中さん。創業10年目からは並行して定食業態の展開もスタートし、多様な業態で「食の百貨店」を具現化する。料理人時代からゲストの前に進んで顔を出さないというが、その理由は「目の前の仕事に集中し、その商品でお客さまに喜んでもらうため」。全てに徹底した美意識を感じた

最後に料理人として、オーナーとして店づくりで大切にしていることを尋ねると、「優しさ」と答えます。

「上手な料理人は優しいですよね。お客さまに喜んでもらいたいから陰ながら努力し、それが料理に表れる。お客さまの目の前にいい品が届くために、より良い素材で真心を込めて調理すること。そして、最後の味付けはホールスタッフの優しさです。だからこそ、ビジネスの肝である安定した素材の仕入れや、スタッフの教育は徹底しています。今後もこうした基本を忘れずに、喜ばれる店づくりを続けていきたいですね」

気になる価格予想の結果は……いかに?

本物を知る大人を魅了する、唯一無二の居酒屋「田中田」。その細やかな仕事や空間、サービスを体感する中で、15,000円の予想を軽く超えるのではとドキドキしていた筆者。

気になる料理の価格は……合計22,000円。予想は大ハズレ!

やはり予算は超えてしまいましたが、究極の逸品がそろうなか、自分が好きなものを自由に選べるという大人のぜいたくは、これほどまでに心身を満たしてくれるのだと実感。次回は日本酒とともに、気になっていたあれこれを、存分に楽しみたいと思います。

ごまさば(税別1,700円)、あわびバター焼き(2つ税別4,800円)、まぐろトロかつ(2つ税別2,200円)、キンキ煮つけ(税別4,800円)、名物ぜいたく丼・極小(税別4,800円)。プラス、サービス料10%と消費税

取材先紹介

博多田中田 西麻布

取材・文渡辺満樹子
写真野口岳彦
企画編集株式会社都恋堂