「居酒屋燃えた うらめし屋 赤羽」、全焼からの再開ではなく「進化」

居酒屋激戦地の東京・赤羽にある「居酒屋燃えた うらめし屋 赤羽(以下、うらめし屋)」。店名の通り、旧店舗は2023年の春先にオープンしたものの、経営が軌道に乗り始めた同年末に近所で起きた火事のもらい火で全焼。火事から半年後、元の店とはまったく異なる業態で現在の店舗を再オープンさせました。

火事という大きなアクシデントを逆手に取って店名に掲げ、繁盛店と言われるようになるまで、どのように店を再建したのでしょうか。運営する合同会社GoZの営業本部飲食事業統括本部長で、うらめし屋のマネージャーである濱田裕志さんにお話を伺いました。

居酒屋の元従業員5人で会社を立ち上げ出店、そしてもらい火

GoZは、代表の大西悠吏さんをはじめ、居酒屋での勤務経験がある5人が集まって起業した合同会社です。どのようなきっかけで会社を興し、飲食店経営を始めたのでしょうか。

「僕たちはもともと、同じエリア内にある居酒屋でそれぞれ働いていました。お互いに顔見知りだったため、時々会っては『いずれは自分の店を持ちたい』といった話もしていました。特に大西が店舗運営への強い気持ちを持っていたので、その熱意にひかれて大西のつくりたい店を一緒に立ち上げようと集まったんです。大西の頭の中には常に理想とする店舗像があるようで、僕たちはそのアイデア一つひとつを現場で形にしています。僕もそれまでは居酒屋で裏方のような仕事をしていたので、接客やお客さんが喜ぶような店づくりに興味がありましたしね。それに、大西は人前で話すことが苦手なため、僕が大西の代わりに広報的な役割も担っています」

肩の下まで伸びるソバージュヘアに口ひげという迫力ある風貌の濱田裕志さん。しかし、口調や物腰が柔らかい紳士。自身でも「飲食店の従業員らしくないと言われます」と笑う

立ち上げ後、3店舗の飲食店を展開したGoZ。4店舗目として2023年春にオープンしたのが、焼き鳥やおでんが中心の、いわゆる“せんべろ店”「ニュー赤羽ニクマレヤ(以下、ニクマレヤ)」です。オープンから半年が過ぎ、営業も軌道に乗ってきたところで、ニクマレヤが火事に見舞われてしまいます。

火事に遭う前の「ニュー赤羽ニクマレヤ」。焼き鳥やおでんなどを提供していた(画像提供:GoZ)

「火事が起きたのは2023年12月25日の夕方でした。僕が店の2階の事務所で仕事をしていると、向かいの店から『2階、燃えてない?』と声を掛けられまして。店の裏を見ると、2軒隣にあるホルモン焼き屋さんの裏手から火が上がっていました。火元とうちの店の間には空き家を1軒挟んでいたため、こちらまで火がまわることはないだろうと思っていましたが、気づいたら周囲に煙が充満し、視界もどんどん悪くなってきました」

突然起きたアクシデントでしたが、濱田さんとスタッフは落ち着いて対応しました。

「店内にはお客さんが2,3組と少なかったのも幸いでした。すぐお客さんに店を出るよう誘導し、レジを閉め、スタッフには大事な荷物だけを持って避難するよう指示をしました。加えて、店舗で使っていた火を消してブレーカーも全部落とすなど、できる限りの対策を講じました」

消火活動による規制線が張られ、関係者でもしばらく立ち入りはできなかった(画像提供:GoZ)

「自店への影響はないだろう」と半ば楽観的に考えていた濱田さんでしたが、消火後に衝撃的な状況を目の当たりにしました。

「消防の規制線が張られた後はテレビのニュースやネットのライブ中継でしか状況が分からず、現場を確認できたのは当日の夜でした。消防の人にお願いして少しだけ店の近くを見させてもらったのですが、うちの店も想像以上に燃えていて、これではもう営業できないと思いました」

全焼した店舗。この光景を目にした時の当事者の気持ちは、想像を絶するものがある(画像提供:GoZ)

運を味方につけ、火事から半年後には再出店

ニクマレヤの突然の火事・全焼という痛手を負いましたが、GoZのメンバーは素早く切り替え、次の動きを模索しました。その中で奇跡的に出合ったのが新たな物件です。

「赤羽ではなかなか店舗物件が空かないのですが、このうらめし屋が入るビルの4階に僕らの事務所があり、たまたま1階が空くという話を聞きました。事務所の下でヘルプが必要な場合はすぐに駆けつけられますし、次の店はここしかないだろうと。『もう一度、ニクマレヤを再開したい』思いもありましたが、立地としてメイン通りから離れるので、せんべろ店をやっても戦えないとも思いました。ならば、心機一転、女性により好まれるようなSNS映えが期待できる、赤羽としては少し高めの単価の店にしようと決めました。店舗物件がすぐ見つかるという幸運もあって、半年後にはうらめし屋をオープンできました」

出店にあたり、やはり課題となったのは資金面です。そもそも「まさか自分たちの店が火事に遭うとは思っていなかった」と、ニクマレヤでは補償額の低い火災保険にしか入っていませんでした。そのため、全焼しても保険では次の出店費用はまかなえない状態。加えて、ニクマレヤ自体の出店費用も、まだすべて回収できてはいませんでした。ただ幸いなことに、会社としては出店を増やす方向で資金を用意していたため、新規の出店費用を極力抑える方向で調整し、うらめし屋も内装のつくり込みを最小限にしたそうです。

大きなガラス張りの店舗に、入口には白地ののれんに裏返った「裏」と「うらめしや」の文字。足元に置かれたややクセある筆書きの「酒場裏飯屋」という木札とともに独特な雰囲気を醸し出している

店づくりのうえで、うらめし屋はコンセプトを「少し大人の大衆酒場」に設定し、内装も和モダンな雰囲気にまとめました。道路に面する2面をガラス張りにしたことで開放感を出し、店内は目の前で酒が作られるカウンター席や完全個室にもなるボックス席をそろえ、ゆったりと料理や会話を楽しめる空間になっています。

火事の影響で出店費用を抑えるためにも、シンプルな内装ながら和モダンな雰囲気を醸し出している

元の店を再生するのではなく、まったく違う店としてリスタートする。運営がガラリと変わることを濱田さんはどのように感じていたのでしょうか。

「僕個人としては、高い頻度で通っていただけるように低価格帯の店にしたほうがいいと思っていました。その反面、ニクマレヤとは違うコンセプトに挑戦したいという思いもありました。大西が決めた新しい業態において、現場の僕がどのように形にするかを考える。内装やメニュー、接客も含めて、その価格帯にあった店づくりへの挑戦でしたし、いまでもそれを続けています」

前店舗とはガラリと変わり「映え」を意識したメニューを用意

うらめし屋のコンセプトに合わせ、メニューも牛タンやカキ・いくらなどの海鮮を取り入れたフードメニューを軸にして単価を上げ、見た目も思わず写真を撮りたくなるような盛り付けにしているといいます。

左は「極み牛たん焼き」1,848円、右は「お造り」1,078円(共に税込)

「SNSを意識して店舗やメニューに“写真映え”の要素を取り入れたことで、女性のお客さんが増えたように感じます。前の店では男性の会社員が多く、乾杯のビールからしっかり食べて飲むという客層だったのですが、女性客は、料理も空間も目で見てゆっくり楽しむ傾向があります。そのため乾杯用に“映え”を意識した青いレモンサワーのほか、日本酒が苦手な方でも飲みやすいように日本酒ハイボールなどのメニューを考案しました。今後はヘルシーで写真映えもする海鮮のメニューをもっと増やすことも検討しています」

SNS映えを意識した「青いれもんサワー」572円(税込)や、日本酒初心者でも飲みやすい「日本酒ハイボール」など、女性客を意識したメニューも多数そろえる

さらに出店を増やし、新たな挑戦へ

アクシデントから見事に再起した過程を聞くと、GoZはメンバー同士の連携もスムーズであり、チームワークの良さがうかがえます。

「方針を立てるのは大西で、現場をつくるのが僕らです。そのため会社として、密なコミュニケーションは大事だと思います。会話を重ねることで、お互い意図することが見えてきますから。なんでもない会話のキャッチボールを重ねることで信頼が生まれ、良好な関係を築きやすくなります。そうすることで、ちょっとしたことでも指示を出せて、スムーズに受け取れる。小さなことでも“ありがとう”と言える環境に努めています。そうすると店でも、忙しい時こそお互いにフォローしながら営業できる。従業員内の雰囲気を良好にした上で、出迎えやお見送りなど、お客さんが気持ちよく過ごせることを徹底しています」

これから新規出店が続いても、濱田さんは店舗に必ず立つという

GoZは2025年2月に高円寺に出店し、今後、同年中に数店舗を出店する計画があります。

「今まで赤羽を中心に店を増やしてきましたが、今後は少し離れた場所に出店します。その時に、密なコミュニケーションをどこまで徹底できるか。僕たちの目が届かなくなる範囲が増えるので、勤怠管理や評価制度など、会社の制度としていい店をつくる基礎を整えるのが今の課題です。初めてのことで手探りなので時間は掛かりますが、それができると会社として次のステップに進めると思っています。あとは……、火災保険はしっかりした補償に入っておくこと。これが僕らにとって最大の教訓ですね(笑)」

火事というアクシデントから鮮やかによみがえった店。そこには、方向性を冷静に見直して挑戦した熱意と軽やかなフットワーク、チームワークがありました。

取材先紹介

居酒屋燃えた うらめし屋 赤羽


取材・文大竹一平

ライター、編集者。埼玉生まれ。ビジネス誌の編集、フリーペーパー編集長などを経て、紙媒体や動画の企画制作を行っている。伝統工芸に興味があり、作品はもちろん、作家や旅先としての産地を紹介するため全国を取材している。

写真堀 浩一郎
企画編集株式会社都恋堂