奈良県と大阪府に計5店舗を展開する「匠とんかつ まるかつ(以下、まるかつ)」は、味はもとより、独自のサービスやユニークなプロモーションで注目を集める人気店です。地域密着型のローカルチェーンでありながら、SNSでの発信力も強く、Xのフォロワーは約6万人(2025年5月現在)。関西だけでなく全国的な知名度を誇ります。 しかし、そんなまるかつも創業から軌道に乗るまでは、何度も倒産の危機に直面しました。現在の繁盛店となるまで、どのように困難を乗り越え、成長してきたのか。その経緯や独自の取り組みに込めた思いや狙いを、創業者の金子友則さんに伺いました。
「ビッグな経営者」を夢見て開業するも、非情な現実に直面
現在も第一線で厨房(ちゅうぼう)に立つ金子友則さんが、お店を開いたのは2014年のこと。それまで17年間、焼肉店で働いてきましたが、自身が独立・開業を進めたのはノウハウのある焼肉店ではなく、とんかつ店でした。その理由は開業にかかる資金の問題でした。
「焼肉店は各テーブルにロースターや炭火の装置を設置する必要があり、お金が掛かるんです。とんかつ店はフライヤーだけで済むため、初期投資が少なく済むと思いまして。まずはとんかつ店から始めて資金を貯め、ゆくゆくは焼肉店をやろうと考えていました」
店を開業するにあたって、当初、金子さんが参考にしたのは、滋賀県に本社を置くラーメンチェーンで、関東以西におよそ200店舗(2025年5月現在)展開する「来来亭」です。そもそも金子さんが飲食の道を志したのも、テレビで来来亭の創業者のことを知り、「自分もこのようにビッグになりたい!」と思ったのがきっかけ。
将来、来来亭のようにお店を増やしてチェーン店化することを想定し、まるかつの店構えもあえてコンビニのようにシンプルな造りにして、料理の価格も安く設定しました。満を辞してオープンすると、最初の数カ月は物珍しさでお客が殺到。「このままいったらすぐお金持ちになれるぞ!」と有頂天だったそうですが、開店直後のボーナスタイムが終わると、客数は減少。少ない時は1日の売り上げが5万円という日もあったと言います。
そこで思い切って、金子さんは高級路線への転換を図りました。味には自信があったので、価格を上げ、メニューを絞り、席数を減らし、内装も変更。しかし……大失敗。店の造りがもともとチェーン店仕様だったため、高級感を演出してもミスマッチ感が否めず、価格を上げたことで既存客まで離れてしまい、売り上げはさらに落ち込みました。当時の苦境を、金子さんは次のように回想します。
「借金がかさみ、従業員も多く雇えないので、当時は働き詰めでした。店の駐車場で車中泊をして、朝方シャワーだけ自宅で浴びて、また店へ仕込みに行くという毎日の繰り返し。365日働いて、睡眠時間が1日2〜3時間という日々が3年間続きました。くじけそうになりましたけど、諦めたら絶対に後悔すると思っていたので、いつも『諦めない、諦めない』とつぶやきながら根性で営業を続けました」
格好悪い部分もすべてさらけ出した文字だらけのチラシが大反響
転機となったのは、2018年に配布した新聞の折り込みチラシです。当時、冷凍コロッケの通販に乗り出し、売り上げの回復を狙いましたが、これまた失敗。そんな時、相談に乗ってもらっていた経営者仲間の先輩から「まずは店の周囲、半径数百メートルのお客さんを喜ばせないと意味がない」と助言がありました。金子さんはこの言葉にハッとし、クーポン付きのチラシを近所に配布することを決めました。
そうしてでき上がったのが、とんかつの写真もない、金子さんの思いがたっぷりと詰まった文字だらけの異様なチラシです。


「それまでの自分は、どこか経営者として格好付けていた部分があったと思います。でも、どん底まで落ちて、もう格好付けていられる状況ではなくなりました。この際、初期投資が焼肉店よりも安く済みそうだったからとんかつ店を開いたことや、急に値上げした結果お客さまが離れたこと、ちゃんと、おいしいとんかつをお客さまに食べていただきたいことなど、これまでの失敗も含めて、お店の経歴をすべてさらけ出し、『本当のこと』を伝えようと決めたんです。その上で、味への自信やお客さまへの思いをしっかり文章に込めました」
まさに一か八かの挑戦。金曜日に配布した結果、翌土曜日にはチラシを握りしめたお客が店に殺到。久しぶりの大行列となり、スタッフも大慌てとなりました。「チラシを読んだら来ずにはいられなかった」、「友だちに配るから、もう1枚ちょうだい」そういったお客の声に、金子さんは「これは普通の反応ではない」と驚きました。
「『ほんまのこと』ってちゃんと文章にすれば伝わるんだなと思いましたし、この経験によって、自分自身、半ば卑屈になっていた気持ちも消えて次に進むきっかけとなりました」
辛い時期を経験したからこそ、困っている人に寄り添いたかった
この文字だけの正直すぎるチラシは、SNSでも拡散され「まるかつ」の存在は全国に広まりました。しかし、勢いはこれだけにとどまりません。以降も、まるかつでは、SNSで話題となるユニークな施策をたびたび展開します。
例えば、コロナ禍で持ち帰り専門に切り替えた際、割引券をはじめ、店長による感謝の手紙などお客への配布物が日に日に増えたため、最終的に封筒にまとめて渡すことに。この封筒に、お客に笑ってもらおうと「賄賂」と書いたところ、面白いとんかつ屋があると話題を呼びました。
また、自家製エビフライの中身の海老を密かに大きくした際、お客が気付いてくれないことに我慢できなくなり、大きくしたことを記した紙を背中に貼って接客したところ、これもSNSで拡散。いまや背中の貼り紙は、金子さんのトレードマークとなっています。
このようなユニークな発想の裏側には、緻密なマーケティング戦略があるのではないか。そう問うと、「ただ、隙あらば人を笑わそうとする、関西人のノリです」と笑う金子さん。店内に掲げられている「お客様の笑顔と元気のきっかけに」という言葉にも、金子さんのモットーが表されています。
「私自身、過去につらい時期もありましたけど、周囲の支えで乗り越えることができました。そんな経験があるからこそ、まるかつも、ちょっと落ち込んでいる人が来たら、少しでも笑って元気になり、『明日からまた頑張ろう』と思える場所にしたいんです」
店内には、金子さん自身で考えたり、本やテレビなどから収集したりした言葉だけの貼り紙が100枚以上掲示されています。どれも笑えたり、背中を押してくれたりするものばかり。料理を待つ間、お客に楽しんでもらえるようにと始めた取り組みだそうです。
「『まるかつも頑張るからみんなも頑張れ』みたいな、上から目線の言葉は一切ありません。そんな偉そうな立場ではありませんし、正直、私たちはそこまで大した店ではないんです。私自身、料理人としてのセンスに乏しく、まるかつよりおいしい店は他にもたくさんあります。もちろん、センスが乏しい分、一生懸命勉強していますし、料理は丁寧に手間をかけて作っています。お金をいただく自信はありますが、それ以上ではありません。それでも来てくださるお客さまには、少しでも笑顔と元気を届けたいのです」
これまで1,200名が利用した「まるかつ無料食堂」
いま困っている人に寄り添いたいという金子さんの思いは、もはや「サービス」の枠を超え、さまざまな取り組みとして結実しています。
2018年の北陸豪雪の際、被害の大きかった福井をはじめ、被災した北陸の人たちの心細さを思った金子さん。福井、石川、富山、新潟の各県在住の被災者を対象に、メニューの半額割引をSNSで告知しました。この投稿が拡散され、多くの被災者が来店しました。
また、事情があって食事を満足に取ることができない人に対して、食事を無償で提供する「まるかつ無料食堂」という取り組みを2018年5月から始めています。もともと金子さんが個人的に行っていた、お金に困っている人へのお弁当提供を「まるかつ」として公の取り組みとしたものです。実際に、これまでに1,200名ほどの人が無料食堂を利用しました。
「これらの取り組みはお店のサービスとは切り離して考えています。集客目的ではなく、あくまで困っている人の助けになりたい、という気持ちからやっていることです。『おいしくないけど、無料食堂を応援したいから通っている』とお客さまに思わせてしまうのは、本意ではありません。取り組みに共感していただけることは素直にうれしいですが、料理店としては、あくまで料理で成り立つお店をつくることが大事だと思っています」
これからも「半径数百メートルのお客さま」を大切に
経営が軌道に乗ってからは、奈良を中心に出店を拡大。2023年には「まるかつ大阪駅イチロクグルメ店」で初の大阪進出、2025年4月下旬には西日本最大級のイオンモール「イオンモール橿原」にも出店しました。今後の展望について尋ねると、「お店をもう少し増やしたい気持ちは正直あります」と攻めた言葉も聞かれましたが、主軸となるのはすぐそばのお客さまのことでした。
「でも、繁盛しているからといっておごることなく、半径数百メートルのお客さまを喜ばせるという基本は守ります。出店地域の人々に喜んでもらえる、『いつものまるかつ』として安心して行きたい店を、これからも無理のない範囲で増やしていきたいです」
裏表をまったく感じさせない金子さんの謙虚な姿勢と、人を笑顔にしたいというサービス精神の裏側には、苦労を通して形づくられたであろう、「人としての優しさ」が垣間見えました。
取材先紹介
- まるかつ橿原店
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住所:橿原市新堂町360-1の一部 イオンモール橿原ウエスト・ビレッジ内
HP
- 取材・文小野和哉
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1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯にひかれて入ってしまうタイプ。
- 写真新谷敏司
- 企画編集株式会社都恋堂