
「bar bossa」店主・林伸次さんに、新規客とのミスマッチを防ぎ、良い関係を築くためのヒントを伺いました。
SNSやレビューサイトの普及により、気になるお店の情報は格段に見つけやすくなりました。一方で、お店が想定する客層とお客さんとの「ミスマッチ」が起こる機会も増えています。
常連さんはもちろんですが、初めてのお客さんにもまた気持ちよく過ごしてほしい。そのためには、どのような対応が必要なのでしょうか。
渋谷で25年以上バーを営み、作家としても多くの著書を持つ「bar bossa(バールボッサ)」店主・林伸次さんに伺いました。

- 林伸次さん
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ワインバー「bar bossa」店主。1969年徳島県生まれ。レコード店やブラジルレストラン、バーでの勤務を経て1997年、渋谷に「bar bossa」をオープン。営業の傍ら2001年に開設したWebサイト「bossa records」をきっかけに選曲CDやCDライナーなど多くの執筆を手掛けるように。また電子メディア媒体「cakes」で、バーを舞台に人間模様を綴った「ワイングラスの向こう側」が人気連載として書籍化を果たす。その後もエッセイや小説など作家としても活躍。「なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか」(旭屋出版)、「30歳になってもお互い独身だったら結婚しようか」(三笠書房)など著書多数。
「bar bossa」:http://barbossa.com/
- 「初めてのお客さんには常連客のように」。ワンオペでも心地よい空間をつくるフラットな接客術
- 「情報の断片だけ」を広めない。「来店前のミスマッチ」を防ぐ情報発信術
- レビューは見ない、でも無視しない。心ない書き込みから、自分と店を守る方法
「初めてのお客さんには常連客のように」。ワンオペでも心地よい空間をつくるフラットな接客術
――バーというお店の性格上、常連さんと接する機会も多いと思います。「bar bossa」では、常連さんと初めてのお客さんとで、接し方を変えることはありますか?
林さん:意識して変えていることはないですね。自分と音楽やレコードの話がしたいお客さんは、全員カウンターにご案内し、自然に会話するという感じでしょうか。
カウンター以外のお客さんでも私と気軽に話ができるよう、「bar bossa」はテーブル席とカウンター席に隔たりのないフラットな空間にしているんです。

――林さんお一人でお店を回しておられると伺いました。ワンオペだと、忙しくて接客に手が回らなくなることもありますよね。そんな場合、特に新規のお客さんだと“冷遇された”と感じてしまうこともあるかもしれません。
林さん:「bar bossa」の場合、お客さんが多過ぎて接客に手が回らないことは少ないですね。立地上、金曜・土曜は混むのですが、常連さんの多くは混雑する曜日を避けて来店されるので、客数のバランスが取れているんです。
前提として、混雑しているときは、入店の際に必ず「本日はお客さまが多くてバタバタしておりますが、大丈夫でしょうか?」とお声がけしています。その上で、入店されるかをお客さんご自身に判断いただいています。
――ゆったり過ごしたい方は別の日にいらっしゃるんですね。では、接客で「お客さんに意図しないことが伝わる」というようなトラブルはほとんど起きていないのでしょうか。
林さん:そうですね。バーテンダー向けの本に『初めてのお客さまには常連のお客さまのように。常連のお客さまには初めてのお客さまのように接すること』という「接客の心得」がよく書かれているのですが、仕事中はこの言葉を常に胸に刻み、新規客と常連客に“等しい価値”を提供できるような接客を心掛けています。
例えば、初めてで緊張しているような若いカップルには、おしぼりとお水を出しながら、「今日は暑いですね。渋谷、すごい人じゃなかったですか?」と親しみやすく声をかけます。一方で、毎週のように通ってくださる常連の方には、目を見て、丁寧に「いらっしゃいませ」とお迎えする。お客さまの状況や気持ちに合わせて、こちらの接し方を少し変えるようにしています。


「情報の断片だけ」を広めない。「来店前のミスマッチ」を防ぐ情報発信術
――接客でこちらの意図しないメッセージが伝わらないようにすることに加えて、来店前にお店の価値観と合うお客さんを選ぶことも、新規客と向き合う上で大切なことだと思います。「bar bossa」でも、おひとりさまNGという明確なポリシーを掲げていますね。
林さん:こちらが選ぶというより、単に面倒な店主だと思われるだけかもしれませんが(笑)。
実はある時期に、おひとりさまのお客さんが立て続けにお店でトラブルを起こされて、僕も精神的に参ってしまって。
全ての一人客がそういう方ではないとは分かっているのですが、次に同じことがあったらお店を続けていけないかもしれないと悩んだ末に、おひとりさまNGにしました。基本的には誰でもウェルカムなんですけどね。
――とはいえ、情報がこれだけ広まりやすいと、お店側で「伝え方」をコントロールするのも難しいですよね。
林さん:そうですね「お店のスタイルが伝わっていないと、ミスマッチが起きやすい」とは、ほかの飲食店の方からもよく聞きます。
友人が営むピザ店では、観光客の方とのミスマッチがよく発生しているそうです。主に外国人のお客さんですが、ピザ店なのに「日本酒はないのか」と聞かれたり、注文を決めないまま長く着席されたり、カフェのように利用されたりというケースが多いと。
個人経営のバーやスナックが多く集まるようなエリアでも、観光客がルールを知らずに入ってくることがあるみたいですね。もっとも、慣れない土地でのことですから、ある程度は仕方ないのかもしれませんが。
また、別のお店では「SNSで見た一品だけを注文してすぐ帰ってしまう」若い日本人のお客さんが増えた、という話も聞きます。
いずれにしても、お店の情報の断片だけが広まることが、ミスマッチにつながるのではないかと思います。
――「情報は断片で伝えるのではなくまとめて伝わるようにする」というのは分かりやすいですね。林さんは公式サイトやnoteで丁寧な情報発信をされていますが、そうしたポイントも意識されているのでしょうか?
林さん:そうですね。ただ、特定の層に向けた明確なアプローチというのは、実はあまり意識していません。それよりも、「うちはこういうお店です」「こんな想いで営業しています」というポリシーを発信することを重視しています。
公式サイトや僕自身のnoteに「bar bossaはこういうお店です」という自己紹介のような文章を載せ、「それを事前にご理解いただいた上で訪れてもらう」ようにしているんです。

他のお店の例だと、入店時や予約時に「当店はこういうお店です」「食事のスタイル」「価格帯」などを、貼り紙や口頭で説明する方法もあるようです。
――なるほど、伝える内容だけでなく、伝える場所やタイミングも、お店のスタイルを的確に理解してもらう上で大切なのかもしれませんね。
林さん:あとは、大変ですけど日々発信を「続けていくこと」でしょうか。僕は毎日「この時間に書く」と決めてやっています。お店の告知だけでなく、その日に見つけた面白いことなどを綴って、僕という人間が伝わるような内容を心掛けています。

とはいえ、「どんなお店か」をどこまで事前に伝えるかは、本当に難しい問題ですよね。
情報発信の工夫ではありませんが、あるビストロでは、Instagram経由でのみの予約受付にしているそうです。
――Instagram限定での予約ですか?
林さん:Instagram経由だと、予約者のプロフィールや投稿内容から、普段どんなお店に行くのか、どんな雰囲気の方かなどが伝わり、お店との相性を推測できるのだとか。
あらかじめお客さんの人となりが分かれば、ミスマッチも事前に防ぎやすい、というわけですね。
――発信するだけでなく、こちらから情報を取りに行くタイプの工夫もあるんですね。
林さん:どんなやり方にせよ、その方に合った発信方法がいいと思うんですけどね。例えばある店主さんは、Instagramで他のお店のおすすめばかりしているんですよ。ご自分のお店のアカウントなのに(笑)。飲食店だけじゃなくて、食器屋さんとか、椅子職人の方とかも紹介していて。
ただ、その方のInstagramを見ていると、店主さんがどういうものに魅力を感じているかが伝わってくる。店主自身がメディアとなり、ファンを惹きつけている。これも面白いやり方ですよね。

レビューは見ない、でも無視しない。心ない書き込みから、自分と店を守る方法
――こちらが発信する情報だけでなく、口コミもまた、新規客との不幸なマッチングをなくす上で大切な要素ではないかと思います。なぜなら、口コミはお店の知名度を上げてくれる一方、こちらの意図しないメッセージを勝手に広めてしまう側面もあるからです。林さんは、お店に対するレビューや感想について、印象に残っているものはありますか?
林さん:レビューは基本的に見ないようにしています。以前は見ていたんですが、僕は非喫煙者なのに「タバコを吸いながら接客していた」というような事実と異なる内容や、明らかに来店していない方の投稿も多く、精神的負担が大きいので……。
――来店していない人からのレビューもあるんですか?
林さん:ありますね。想像で書かれているなと思うことも多くて。Googleレビューの場合、事実と異なる内容についてはGoogle側に異議申し立てをすれば一度は削除してもらえると聞いたことがあります。
また、僕には難しいのですが、理想を言えば一つひとつのレビューにお店側から返信するのが一番いいのでしょうね。「レビューはきちんと読んでいる」という姿勢を伝えられますし、他のお客さんからの誤解も解けますから。
ただ、手間も時間もかかりますけどね。レビューを書いていただけるのはありがたいのですが、その先にはお店に関わる人たちの生活があります。だから、お客さんには慎重な投稿をお願いしたい、というのが本音です。

――では、他のお店のレビューとの向き合い方で「見事だな」と感じたケースはありますか?
林さん:例えば、あるジャズ喫茶は店内での会話・私語を禁止していて、レビューでは「窮屈」「細かい」といった声も多く見られるのですが、それがむしろ来店前のフィルターになっているんですよね。
実際、「静かに過ごしたい」「ジャズに集中したい」と考えるような、お店と価値観の合うお客さんだけが来店するようになり、結果としてお店も運営しやすくなったそうです。
雑誌に取り上げられるほどの人気店ですが、お店側がきちんと意思表示をすることでミスマッチを防げているケースですよね。
――面白いケースですね! お店での立ち居振る舞いや情報の発信を通じて「不幸なマッチング」を減らしていけることが分かりました。でも、一般的にお客さんとの出会いはお店や自分を成長させてくれる良い機会です。新しいお客さんとの出会いは、林さん自身やお店の運営にどんな影響を与えていますか?
林さん:以前は「商いは自分が飽きないこと」が大事だと思っていたんですが、今は「お客さんから教わること」が楽しみになっています。
新規の若いお客さんが増えたことで、お客さんの世代も価値観も多様になり、日々の会話から新しい視点をもらえるのがすごく刺激的なんです。そうした学びが得られることは今後のお店の運営の楽しみの一つですし、続けられている理由だと思っています。
あの店の成功事例
撮影:小野奈那子
取材・文:田窪綾
編集:はてな編集部

