予約はLINEメイン、電話なし。ワンオペおでん屋に学ぶ「心地よい距離感」の接客術

厳選こだわりラインアップのお飲み物と創作おでんと酒の肴を定額で好きなだけ楽しめる「でんやふじさわ」に、LINE公式アカウントの活用方法について伺いました。


一度ならず、何度も足を運んでくれる「おなじみ」のお客さんは、飲食店にとって心強い存在です。多くの常連客の心をつかむお店は、どのような工夫をしているのでしょうか。

2025年7月、新橋にオープンした「でんやふじさわ」。13年間続いた自由が丘のお店を移転し、新たに導入したのは「90分9,900円(税込)から、厳選こだわりラインアップのお飲み物と創作おでんを好きなだけ楽しめる」というユニークな定額制のスタイルでした。

そんな同店は、ワンオペならではの工夫として、LINE公式アカウントをフル活用しています。お店の運営にLINE公式アカウントがどう貢献しているのか、オーナー女将の藤沢佳子さんに伺いました。

「でんやふじさわ」藤沢佳子さんのプロフィール写真

藤沢佳子さん

新橋のおでん屋「でんやふじさわ」オーナー女将。会社員として営業職を経験したのち、飲食の世界へ。13年前に自由が丘で前身となる店を開業し、2025年7月に新橋へ移転オープン。

お酒好き垂涎のラインアップが「飲み放題」に

――「でんやふじさわ」はどのようなお店ですか? 特徴を教えてください。

藤沢さん:お酒とおでんを定額(時間)制で楽しんでいただくスタイルのお店です。

お料理は、おつまみの盛り合わせをお出しした後、メニュー表にあるおでんの中から好きな具材を自由にお選びいただいています。お飲み物は冷蔵ショーケースにずらりと並んだ厳選ラインアップが飲み放題。

料金はお酒と料理が全て込みで、90分9,900円(税込)〜、120分11,000円(税込)〜です。

――珍しいシステムですね。(ショーケースを見ながら)お酒のラインアップにもかなりのこだわりを感じます。

客席のカウンターの後ろに配置されたショーケース。日本酒や日本ワイン、日本のビールを中心としたお酒が「ぎゅうぎゅう」に詰まっている

藤沢さん:はい、お酒に詳しい方が見ると「原価は大丈夫?」と心配されるような銘柄も揃えています。

グランメゾンのシャンパーニュもご用意しています(※シャンパーニュはプラス2,000円で注文可能)し、「ROCOCO Tokyo WHITE」のような三つ星レストランで提供されているラグジュアリービール、作り手から直接仕入れるような希少なお酒も。

氷を入れないウイスキーのハイボールや、お燗酒をおでんの出汁で割る「出汁割り」もおすすめです。

大根などの具材にはお店のロゴである千鳥の焼印が押されている

――メインのおでんには、どのようなこだわりがあるのでしょうか。 

藤沢さん: 大根やたまごといった定番はもちろん青唐辛子をねりこんだつみれや、シウマイと大葉のきんちゃくなど変わり種も豊富です。季節の食材を取り入れながら、日によって内容は変えています。出汁は昆布としじみのお出汁に生姜をあわせてごくごく飲めるクリアなお出汁を意識しています。

――それだけ多くの種類のお酒とおでんを、自分のペースで好きなだけ味わえるのは魅力的ですね。

藤沢さん: はい、だいたいのお客さまが120分のプランを選ばれて、お酒とおでん、そしておしゃべりをたっぷり満喫されていますね。

――お客さんは常連さんが多いのでしょうか?

藤沢さん: そうですね。「初めまして」というよりは、自由が丘時代からのお客さまや、以前この近くで間借り営業をしていた時のお客さま、イベントで知り合った方がほとんどです。その方々が新しいお仲間を連れてきてくださり、輪が広がっていくことが多いですね。「会社が近くなったから」と、部下の方を連れてきてくださるお客さまもいらっしゃいます。6名様から貸し切りも可能なので、グループでご利用いただくことも多いですよ。

――自由が丘と新橋では、客層も変わりましたか?

藤沢さん: ええ、まったく違いますね。自由が丘はご近所にお住まいの方が寝る前に一杯、という感じでしたが、新橋では会社帰りの方がほとんどです。ただ、酔客が集まるというよりは、食に対する感度の高い方にお越しいただいている印象です。

例えば、先ほどお話しした「ROCOCO Tokyo WHITE」を見ても、「レストランじゃなくてもロココを置いているんだ」とすぐに価値を分かってくださるので、こちらもやりがいを感じます。

「雑居ビルなのに、これだけのお酒を揃えている」というギャップを感じていただけたらうれしいですし、その面白さを理解してくださるお客さまにリピートしていただけていると実感しています。

ワンオペだからこそ生まれた「win-win」な定額制

着物と割烹着が接客時のユニフォーム。割烹着にロゴモチーフの千鳥を入れてオリジナル性を演出。

――定額の飲み放題スタイルは、自由が丘時代から続けてらっしゃるのでしょうか?

藤沢さん:いえ、自由が丘時代のお店の雰囲気は引き継いでいますが、定額制は新橋に移転してから始めたんです。

――どのような経緯で定額制を導入されたのでしょうか?

藤沢さん:理由は大きく二つあります。一つは、ワンオペならではの物理的な制約です。今のお店は厨房に冷蔵庫を置くスペースがなく、また一人で営業しているとオーダー対応に追われてしまうため、お客さまご自身でお酒を自由にとっていただくセルフサービス形式にする必要がありました。お客さまには、お酒を選んだりついだりするお手間はかけてしまうのですが、それも含めて楽しんでいただけている実感があります。

もう一つの理由が、おでんの「値付けの難しさ」です。割烹などで召し上がる方はご存じですが、どうしてもコンビニの価格と比較されて「おでん一品に何百円も払うのは高い」というイメージを持たれがちで……。

うちのお客さまは40代ぐらいの方が多いので、そこまでカジュアルなものを求めてはいないと思うのですが、お客さまに価格を気にせず楽しんでほしいという思いもあって。なので移転を機に、全て込み込みで好きなだけ召し上がっていただける料金体系に切り替えました。

――なるほど。ワンオペというスタイルから生まれた料金体系だったのですね。

藤沢さん: そうなんです。自由が丘時代は人を雇っていたこともありましたが、この場所でお店をやると決めた時点で、一人でやることを決めていました。なにせ、アルバイトさんを雇うスペースもありませんから(笑)。

SNSで「今お席あります」と投稿しない理由

お店で配っているショップカード兼名刺。QRコードからLINE公式アカウントに遷移できる

――問い合わせ予約窓口をLINE公式アカウントに一本化されているのも、ワンオペならではの工夫でしょうか?

藤沢さん: はい。営業中は一人なので電話対応が難しい、というのが一番の理由です。以前、自由が丘の店でいたずら電話に悩まされた経験もあって……。

当初はFacebookのDMも利用したのですが、操作に慣れていないお客さまもいらっしゃいました。その点、LINEは普段から多くの方が使っていますし、予約のやりとりもスムーズ。今ではワンオペ営業の強い味方です

――LINE公式アカウントはいつぐらいから使い始めたんですか?

藤沢さん:LINE公式アカウントがまだ「LINE@」(※2019年にLINE公式アカウントへ統合)だった頃から使っています。当時はLINEで予約すると言っても分からない方が多かったんですが、最近は幾分か伝わりやすくなった気がします。

――現在は、どんな内容を投稿しているのでしょうか?

藤沢さん: お客さまの負担にならないよう、頻度は週に1回程度、新しいメニューの紹介やシステムのご案内など(「貸切のご案内」など)、今お伝えしたい情報だけを投稿しています。頻繁に投稿するとアカウントをブロックされてしまったり、投稿をスルーされたりしてしまうので。

「今お席あります」といった直接的な誘客もしません。「誰か他の人が行くだろう」と、かえって足が遠のいてしまうお客さまもいらっしゃいますから。

――メッセージの作り方や、お客さんとのコミュニケーション全般で意識されていることはありますか?

藤沢さん: まず、長文だと読んでもらえないので、とにかく短く、分かりやすく。料金プランのような重要な情報は、いつでも見返せるカードタイプのメッセージを活用しています

カードタイプメッセージでの表示(画像中央)

それから、アカウント全体のスタンスとして、あくまで「問い合わせ予約窓口」という線引きは意識しています。個別対応を始めるとキリがありませんし、お客さまと馴れ合いをするのではなく、心地よい関係を保ちたい。そのための「お店の公式アカウント」としての距離感は、常に大切にしていますね。

「リッチメニューにボタンを置いても気づかれにくいのが悩みだった」と語る藤沢さん。取材後、早速オンラインデザインツール「Canva」でデザインを変更。ボタンが大きく、分かりやすくなった(画像下側)

――そうやって意識的に距離感を保ちながらも、お客さんと直接やりとりできるLINE公式アカウントならではの良さとは何でしょうか?

藤沢さん: 予約サイトとは違い、メッセージの文面からお客さまの人柄が伝わってくる点ですね。席数が限られているからこそ、予約の段階で信頼関係を築けるのは、とてもありがたいです。

目指すのは、女性が一人でも安心して過ごせる場所

――LINEの他に、Instagramも活用されていますよね。どんな内容を発信されているのでしょうか?

藤沢さん:日常的な発信はストーリーズで毎日行い、お店の「資産」として残したい世界観や情報、例えばキレイに撮影したお料理の写真やメニュー表などは、フィード投稿にと使い分けています。うちは定額制であったり、アラカルトの料金がなかったりと少し特殊なお店なので、ルールを来店前にご理解いただくためにもSNSでの情報発信は重要ですね。

――7月28日に移転オープンされたばかりではありますが、今後はどんなお店にしていきたいですか?

藤沢さん: 私自身が40代なので、飲食リテラシー高めの同世代以上の方が心から落ち着ける、素直に「いいな」と思えるお店をつくりたいんです。

もう一つ大切にしたいのが、女性お一人でも安心して過ごせる空間であること。うちは定額制なので、周りを気にせず、ご自身のペースで気兼ねなくお酒とおでんを楽しんでいただけます。そんな自由な時間を過ごせるお店であり続けたいですね。

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【取材先】
でんやふじさわ
住所:港区新橋2-9-17 Kビル3階
営業時間:月〜金17:00-22:00
Instagram:でんやふじさわInstagram

取材・文/花沢亜衣
東京生まれ。食や暮らしにまつわるジャンルを中心にWEBメディア・雑誌で編集や執筆を行う。三度の飯より食べることが好き。一番好きなお酒は青空の下で飲むお酒。2023年J.S.A.ワインエキスパート呼称資格取得。2025年5月に酔談録『二軒目は路面店』を発売。
Instagram:@aipon79

写真:是枝右恭
編集:はてな編集部