
飲食店のオペレーションの要となる「厨房での皿洗い」について、焼肉店店主・須田隼さんに効率化の手法と“裏方の仕事”の本質を教わります。
地味で単純に見える「皿洗い」。実は飲食店の現場をスムーズに回すうえで欠かせない仕事であり、その速さや効率の差は売上にも直結します。
そんな皿洗いのテクニックをYouTubeで発信し注目を集めているのが、千葉の人気焼肉店「ホルモン焼肉 はやぶさ」の店主・須田隼さんです。
今回は編集部スタッフが須田さんと皿洗いで真剣勝負。経験に裏付けられたプロならではの技術を体験しました。

- 須田 隼さん
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「ホルモン焼肉 はやぶさ」店主。広告代理店勤務を経て大手飲食チェーンに入社。イタリアン、和食、肉料理など複数ジャンルを10年にわたり経験。2012年、西船橋駅北口に「炭火焼き 隼ホルモン」を開店。ホルモン焼肉専門店として地域に定着させたのち、2020年11月には現在の店舗である南口に移転し「ホルモン焼肉 はやぶさ」としてリニューアル開業。イギリス発の富裕層向けウェブマガジン「LUXlife Magazine」主催のレストランアワードでは、「最も革新的な焼肉スタイルのレストラン」として2年連続受賞。2021年春からはYouTubeチャンネルも開設し、焼肉の魅力や飲食店経営の裏側を伝えている。
- 「皿洗いが止まれば売上が落ちる」。洗い場は店の“心臓”
- いざ、プロと真剣勝負!「皿洗い対決」スタート
- 時間と仕上がりに差をつける「洗い場」の技術
- 皿洗いだけじゃない、年商1億の繁盛店を支える「気配りの哲学」
「皿洗いが止まれば売上が落ちる」。洗い場は店の“心臓”
――2024年3月に公開されたYouTube動画「皿洗いの極意」は現在までに3万回視聴されています。単なる裏方作業だと思われがちな「洗い場」を、須田さんはどのようなポジションだと捉えていますか?
須田さん:洗い場は一見地味ですが、実は店舗運営を左右する重要なポジションなんですよね。
飲食店、特に焼肉店は17時から20時までのおよそ3時間にお客さんが集中します。この時間をどうスムーズに回せるか。洗い場のスピードや効率で、現場ひいては店の評価や売上すら決まってきます。
洗い場が滞ると別のスタッフがフォローに入らざるをえなくなる。その間にホールの片付けや電話対応が止まれば機会損失につながります。うちの場合は一組あたりの客単価が2〜3万円ほどなので、その影響は非常に大きいです。
――なるほど、洗い場の大切さが理解できました。
今回は洗い場の「リアル」を体感すべく、須田さんにご協力いただき、少しだけ自炊経験がある編集スタッフとの皿洗い対決を実施しました。プロと素人で、スピードや仕上がりにどれほど差が生まれるのでしょうか。
いざ、プロと真剣勝負!「皿洗い対決」スタート
【対決ルール詳細】
■洗うもの
・仕込みで使用したボウル類
・2〜3名分を想定した食器一式(お皿とレンゲ、お椀など)
■事前準備
・『ホルモン焼肉 はやぶさ』のスタイルに倣い、全ての食器を「中性洗剤を加えたお湯」に浸け置きしておく
■競技内容
・浸け置きの状態から計測開始
・流水に当てながら、スポンジで大まかな汚れを落とす
・全ての食器を業務用食洗機の中に並べ終えた時点で計測終了
■判定
・上記工程の所要時間を競い、より短いタイムで終えた者を勝者とする
【挑戦者】編集スタッフの皿洗い

まずは、取材前に「洗い物なら、プロといい勝負できるのでは?」と大見栄を切っていた編集スタッフが挑戦。シンクの上にある食器から順に洗っていきますが、大きさの違う皿やボウルを食洗機のどこに置くべきか、迷いながらの作業。

特に大きめのボウル類の配置に苦戦し、最後までシンクに残ったレンゲや小皿などを隙間に詰めていく。すべての洗い物を食洗機に入れ終えるまでのタイムは2分20秒でした。
うーん、一つひとつの洗い物を丁寧に洗いすぎたかもしれません……。あと、洗いながらだと、残った洗い物の量や形が分からないので、食洗機の中でうまく配置できず、重なってしまいましたね。ただタイムとしてはなかなかなのでは?
【プロ】須田さんの皿洗い
続いて、同じ条件で須田さんが挑戦。
まずシンク内を手で探り、大きなボウルや皿を的確にピックアップ。初手から編集スタッフと違います……。

編集スタッフがすべての食器を丁寧に洗っていたのに対し、須田さんは汚れの程度に応じて洗い方にメリハリをつけていました。たしかに、洗い物によって汚れ具合は違いますからね……。
そして、次々と洗いながら、迷いない手つきで食洗機の奥からどんどん詰めていきます。そのスピードは、撮影していたカメラマンが「早い!」と声を上げるほど。

まずは一番大きなボウルから、その次にボウルよりも少し小さいお皿と、サイズ順にピックアップ。洗い物同士が重ならないよう、次々と的確な場所に置いていきます。その手際の良さに圧倒されます。

すべてを洗い終えるまでの時間は、なんと1分15秒。編集スタッフとは1分以上という圧倒的な差が付きました。たしかに、営業中の「1分」の差は、積み重ねれば、店の売上を左右する大きな差となりそうです。

これくらいの量では、洗い物をしたうちに入りませんよ。お店では、洗い場に食器が溜まらないよう、常に食洗機をフル稼働させていますから。
すみません、洗い物をナメてました……。
時間と仕上がりに差をつける「洗い場」の技術
――須田さん、編集スタッフの皿洗いを見てどう感じましたか?
須田さん:まず気になったのは、食洗機内での食器の置き方ですね。
僕も新人の頃にやってしまったことがあるのですが、食洗機は上下から強い水圧がかかります。そこに食器が重なっていると、振動で欠けたり割れたりしやすいんですよ。
また、洗いながら(食洗機に)どう置くか迷ってもいましたよね。作業効率を考えると迷う時間がもったいない。洗う前にまずはシンクの中に何があるかをざっと把握しておくのがいいと思います。
原則として、ボウルのような大きなものから洗い、食洗機の奥から順番に入れていく。そうすれば自然とスペースができ、残りの皿も入れやすくなります。
最後にレンゲなどの軽いものを、隙間を埋めるように置くとスムーズです。

――衛生面で、浸け置きのお湯を毎回入れ替えていたのも印象的でした。
須田さん:はい。よく「お湯がもったいない」と言われますが、汚れたお湯を使い回すのは不衛生です。ここはお店の質を守るために必要なコストだと考えています。
――洗い場は学生アルバイトスタッフ、またはスポットバイトの方が担当すると伺いました。指導の工夫など、洗い場を円滑に回すためどのように指導されていますか。
須田さん:マニュアルも用意していますが、結局は本人の意識や姿勢でスピードや仕上がりは変わります。だからこそ、新人スタッフには作業後に「どうだった?」と必ず声をかけ、疑問や不安をその場で解消するようにしています。経験豊富なスポットバイトの方でも、もし作業が滞っていれば厨房の社員がすぐにフォローに入る体制です。
――そして、食洗機が作動している間も、須田さんは手を休めていませんでしたね。
須田さん:業務用食洗機の稼働時間はだいたい80秒程度。この間に空いた皿を下げたり、まわりを片付けたりと、周囲に目を配り、手を動かせるようになると時間の節約になり、さらに効率が上がります。
【食洗機を使った皿洗い“6つの極意”】
・シンク内の状況をざっと把握してから取りかかる
・先に大きなものから洗う
・大きなものから食洗機に詰めていく
・ボウルや皿は重ねず、立てて配置する(水流を妨げない)
・小物類は最後に隙間に入れる
・浸け置きのお湯は毎回流して入れ替える
・食洗機が稼働している80秒を“有意義に”使う
なお、食洗機を使わない場合は、手早く、確実に汚れを落とすことを意識します。
すすぎのシンクに移す際も勢いよく投げ入れると食器が割れてしまうので、忙しくても優しく丁寧に。浸け置きのお湯をこまめに変えるだけでなく、汚れが落ちにくいものはお湯を流しながら洗います。
皿洗いだけじゃない、年商1億の繁盛店を支える「気配りの哲学」
――皿洗いの現場を体験し、意外な難しさや重要性を実感できました! 洗い場以外に、飲食店の価値を高める上で重要だと考える「裏方の仕事」はありますか?
須田さん:「裏方の仕事」と言えるかどうかは分かりませんが、ホールスタッフのちょっとした気配りや気遣いはすごく大事ですね。焼肉店は居酒屋と違い、お客さんは会話よりも肉を焼くことに集中されることが多い。だからこそ、一瞬のコミュニケーションがお客さんの記憶に残り、それがリピートにもつながります。

――たしかに、説明が丁寧な焼肉屋さんってお肉へのこだわりとお客さんへのおもてなし精神の両方が伝わってきて好印象ですもんね。
須田さん:うちのお店では、お肉を提供する際に焼き方をワンフレーズで説明したり、難しい部位はスタッフが軽く焼いて見せたりしています。例えば、名物の「たたみネギ牛タン」は並べ方や焼き方にコツがあるので、実演しながら説明しますが、その間にちょっとした会話が生まれることもあります。


そして、開店前の仕込み段階でも小さな気遣いが欠かせません。例えば、テーブルセッティングの際、割り箸に付いた油シミに気づいて交換できるかどうか。お客さんは直接見ていなくても、そうした準備の丁寧さが営業時の接客の印象につながります。
開店準備でも接客時でも、気遣いが感じられるかどうかで、お客さんが持つお店への印象は大きく変わります。だから、採用の時も人柄を重視していますね。
――日々の細やかな気配りを積み重ねることで、繁盛店としての信頼がつくられていくのですね。
須田さん:そうですね。でも、一番重要な裏方仕事とは「経営者自身がサボらず働くこと」だと考えています。がむしゃらに皿を洗うという意味ではなく、スタッフへのヒアリングや労働環境の整備など、経営者にしかできない仕事を丁寧に行い、必要に応じて裏方に回る謙虚さを持ち続けること。
そして、お客さまを集め、利益を出してスタッフに還元する。その循環を意識して行動するようにしています。
業者さんとの付き合いをはじめ、肉の下処理といった地味な仕事こそ、店全体の成果を左右します。そうした部分をおろそかにせず、自ら取り組める人に繁盛はついてくると思っています。
個人店の店主は外から見られる機会が少ないぶん、自分自身との戦いでもあります。だからこそ、地味な作業も無理なく続けていけるよう、自分に合ったモチベーションの保ち方を探すことが大事ですね。僕は今、世界的グルメガイドへの掲載を目標にがんばっています。
――ありがとうございます。『ホルモン焼肉 はやぶさ』は個人店ながらも年商1億円を超える繁盛店で、須田さんご自身も知人のお店へアドバイスする機会も多いと伺いました。最後に、店舗運営に関して大切にしていることを教えて下さい。
須田さん:うちのお店は現在、週休2日でホール・キッチン合わせて5〜8名体制です。
定休日はアルバイトの面接や飲食店向けオンラインサロンでの勉強、人気店のリサーチなどに充てています。
その結果、週休1日の頃よりも売上は約2,000万円アップしました。きちんと休みを確保してリフレッシュできるようになったことや、クレーム対応・事務処理に向き合える時間を持てるようになったことが大きな理由だと思います。
よく「どうすれば売上が伸びますか?」と聞かれますが、近道や魔法はありません。結局は、言い訳をせずに何でもやってみること。
コロナ禍を機にYouTubeチャンネルの運営も始めましたが、狙ってヒットさせるのは不可能なので、とにかくバッターボックスに立ち続ける気持ちで、数を出すことを意識しています。
YouTubeのように何でもやってみる思い切りの良さ、そして裏方仕事のような正確さ・丁寧さ、お店を大きくしていくためにはこの双方を常に意識する必要があるでしょうね。
気になるあのお店の集客成功事例
【取材先】

◯ホルモン焼肉 はやぶさ◯
住所:千葉県船橋市葛飾町2丁目408-2
営業時間:17時〜23時(月木定休日)
Web:公式サイト
YouTube:平凡な夫婦の営む焼肉屋
Instagram:ホルモン焼肉 はやぶさ
取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。
写真:小野奈那子
編集:はてな編集部

