ガトーショコラだけで年商3億円。ケンズカフェ東京に学ぶ「スペシャリテ」のつくり方

ケンズカフェ東京_氏家健治さん

ガトーショコラ一品で年商3億を売り上げるケンズカフェ東京に学ぶ、長く愛される「スペシャリテ」を生み出し、育てるための考え方とは?


「うちのウリって、何だろう?」そう悩む飲食店オーナーは少なくありません。SNSでの話題性や価格競争に振り回されず、長く愛されるスペシャリテ(看板商品)をどう育てるか。そして、ヒット後もスペシャリテの品質とブランドをどう保てばいいか。

イタリアンレストランから事業転換し、ガトーショコラ1本で年商3億円を実現した「ケンズカフェ東京」オーナーシェフ・氏家健治さんに、お店の顔になるスペシャリテを生み出すための考え方を伺いました

 「ケンズカフェ東京」オーナーシェフの氏家健治さん

氏家健治さん

「ケンズカフェ東京」オーナーシェフ。東京工芸大学卒業後、料理の道へ。ホテルオークラ東京、赤坂アークヒルズクラブ、レストランマエストロなどの高級店で修行を重ね、1998年、東京・新宿御苑前にイタリア料理店「ケンズカフェ」を開店。2008年には日本初のガトーショコラ専門店「ケンズカフェ東京」へ事業転換。本格的なおいしさで支持を受け、単一商品で年商3億円を達成し新しい業態モデルを築く。著書に『余計なことはやめなさい! ガトーショコラだけで年商3億円を実現するシェフのスゴイやり方』(集英社)など。

お客さんが“見つけてくれた”スペシャリテ。レストラン時代の苦戦と、ガトーショコラに「腹を括る」まで

――「ケンズカフェ」はイタリア料理をカジュアルに楽しめるお店としてオープンしたと伺いました。そこからなぜ、ガトーショコラ専門店に事業転換されたのでしょうか。

「ケンズカフェ東京」オーナーシェフの氏家健治さん

氏家さん:29歳の時に独立開業し、ランチとディナーで営業していたのですが、経営が軌道に乗らず苦しい時期が続きました。5年目くらいの頃から経営戦略について学び始め、お店の売上をジャンルごとに把握していきました。結果として、採算が取れないディナーの営業をやめることを決断し、夜はネットからの宴会予約のみに特化したんです。

その時、コースデザートのひとつとしてお出ししていたガトーショコラが、想像以上にお客さまから評価されました。「こんなガトーショコラは食べたことがない」「テイクアウトしたい」というご要望を何度もいただきましたが、できたてを食べてもらうことにこだわっていたので断っていました。でも、何度も頼まれるので根負けして。試しに包んでお渡ししたら、それを食べた方がまた買いに来てくださって、口コミで少しずつ広まっていったんです。

だから、最初からガトーショコラ専門店をやろうと考えていたわけではないんですよ。お客さまがきっかけをくれた。偶然の積み重ねです。ただ、そのお客さまの声をスルーしていたら、今のケンズカフェ東京はありません。狙って作ったスペシャリテではなく、「お客さまが見つけてくれたスペシャリテ」なんですよ。

チョコレートは、イタリアの高級チョコレートブランド「DOMORI」のケンズカフェ東京オリジナルブレンドを使用。その他、カルピスバターや特級規格卵などを使い、一つひとつ手作りで製造されている「特撰ガトーショコラ」(1本250g/税込み4,000円)

チョコレートは、イタリアの高級チョコレートブランド「DOMORI」のケンズカフェ東京オリジナルブレンドを使用。その他、カルピスバターや特級規格卵などを使い、一つひとつ手作りで製造されている「特撰ガトーショコラ」(1本250g/税込み4,000円)

――お客さんが見つけたスペシャリテに着目し、とうとう2008年にガトーショコラ専門店「ケンズカフェ東京」として事業転換されます。ガトーショコラのみ、しかも味やサイズ展開をせずに勝負することに迷いや不安はありませんでしたか?

氏家さん:ありましたね。「焼きたてで出せないのに意味があるのか」と葛藤もありました。それに、フレンチ、イタリアン、製パン、ワインやコーヒーも学んできたのに「ガトーショコラに絞るのか」とプライドが邪魔をしました。この人気は一時的なものだろうと、最初はラップで簡単に包み、どこでも買える紙袋に入れてお渡ししていたくらいです。

ですが当時、うちを担当していたホットペッパーの営業さんが、「これだけ人気があるんですから、テイクアウトを本格的に始めましょう」と背中を押してくれたんです。

確かに、たとえ宴会で1日10万円を売り上げても、うちはいくつもあるお店の中のひとつでしかありません。さらに、忘年会や新年会などの宴会需要も今後先細りになるのではとも感じていました。それなら、お客さまに求められているものを日本一のレベルにしようと腹を括ったんです。

ケンズカフェ東京 総本店での月商は通常期で1,000万円、繁忙期には2,000万円を超える。その他、商品監修や講演料などでも高い収益を上げている

ケンズカフェ東京 総本店での月商は通常期で1,000万円、繁忙期には2,000万円を超える。その他、商品監修や講演料などでも高い収益を上げている

事業転換した後、テイクアウト用に最適な温度や生地の状態を研究し始めました。私たちは「常温でも冷やしてもおいしい」とお伝えしていたんですが、ある時、お客さまが「電子レンジで軽く温めてもおいしい」と教えてくださって。そんな経緯で、「(温度が異なる)3段階の食べ方」という提案にたどり着きました。

こうなると不思議なことに「おいしい」か「まずい」かではなく、「どの食べ方が好きか」という視点に変わるんですよ。

――人気の商品をさらに磨き続けたことで、スペシャリテになっていったんですね。デザインやパッケージの刷新も頻繁に行われていて、ブランディングにも戦略性を感じます。

氏家さん:いや、最初は全然わからなかったので、少しずつ勉強していきました。お店のロゴも昔は横一列でしたが、今はInstagramのアイコンに収まるよう、縦3行のものも作りました。

横一列(上)と縦3行(下)のロゴを併用。化粧箱や手提げ袋、アイコンなどは縦3行タイプを主軸に

パッケージも折り箱ではなく貼り箱にして重厚感があるように。最近では手提げ袋の色も、濃茶から白×金に変えました。高級感はそのままに、時代に合う上品さと軽やかさを出しています。百貨店や高級ブランドの紙袋やパッケージを観察して、「今は何が上質と感じられているのか」と常に意識しています。

さまざまなブランドとコラボした際につくられた歴代のパッケージ

さまざまなブランドとコラボした際につくられた歴代のパッケージ

――なるほど。味づくりとはまた別に、見せ方への感覚を磨くことも大切なんですね。

氏家さん:もちろん、商品の圧倒的なクオリティーが大前提です。そのうえで、そのクオリティーをどう伝えるかを考える。おいしいものを作るだけでなく、それを「正しく伝える努力」も必要です。

――その一環として、お客さんの声も丁寧に拾われているとか。

氏家さん:口コミやSNSに投稿された商品への感想は全部チェックしています。例えば、以前「ブランデーの香りがする」と書かれたときは、すぐに「アルコール不使用」とパッケージに記載しました。一方で、チョコレートのみを使用しているというアピールのつもりで「ココアパウダー不使用です」と書いたら、「カカオは使っていないらしい」と解釈されたことがあり、その一文を削除したこともあります。誤解などで顧客体験が毀損されないよう、デザインやパッケージ、Webサイトの記載内容にも細部まで気を配り、こまめに調整しています。

私が考えるブランディングとは「見せ方を整えること」ではなく、「顧客体験のノイズを削ること」なんです。

食べログ「スイーツTOKYO百名店」には6年連続で選出

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「男性客が8割」。ガトーショコラがもたらした、最強の経営メリット

――ガトーショコラ専門店として再出発されて、イタリア料理店時代からオペレーションもガラリと変わったのではないでしょうか。

氏家さん:そうですね。商品を絞ったことで、製造ミスと廃棄ロスがほぼゼロになりました。
ガトーショコラは1度の焼成で12本ずつ焼いているのですが、製造ミスが起こらないよう、すべての材料を焼く前に「12本単位」で計量しているんです。計量方法を効率化することで、ミスがなくなっただけでなく廃棄ロスも減りましたね。今では、卵の殻とバターの紙くらいしか捨てていません。

12本分のチョコレート

12本分のチョコレート

――原価率も安定しているとか。

氏家さん:原価率は、商品価格のだいたい1/3で安定していますね。

ちなみに、価格はチョコレートの相場やカカオ豆の価格高騰、物価高の影響を踏まえて、これまで3回値上げしていて今は1本4,000円で販売しています。

ただ、値上げに対するお客さまからのクレームはなく、むしろ商品の価値をしっかり理解してくださるお客さまが増えたと感じますね。「値上げしても品質を守る」という信頼がブランドを強くすると感じています。

――お客さんとの信頼関係が素晴らしいですね。

氏家さん:チョコレートに関しては、仕入れの総量を増やすことで、より良い条件で入手できるようになりました。総本店だけだと年間5トン程度でしたが、FC店も含めて現在は全体で約30トンを仕入れています。その結果、交渉力が上がっただけでなく、チョコレートのサプライヤーと商品を共同開発するというコラボレーションも実現しています。

――商品の数を絞ることで特定の素材を仕入れる量が増え、サプライヤーへの交渉力も上がる。この工夫は飲食店オーナーなら共感しやすいのではないかと思います。客層という観点ではどうでしょうか。一般的なパティスリー(洋菓子店)だと女性客が多い印象ですが、ケンズカフェ東京の場合はいかがですか?

氏家さん:お客さまの8割以上は男性ですね。珍しいでしょう? 選ばなくていいから買いやすいんです。「これしかない」というのは、実はすごく強いんです。贈答にも使えるし、味が想像できるから安心して選べる。うちの場合、バレンタインデーよりもホワイトデーの時期が売れるんですよ。お返しとして一度に何本も買われるケースが多いですね。法人のお客さまも多くて、取引先への手土産などで使っていただいています。

2023年には氏家さんによる初の絵本も出版。オノマトペを多用した表現で、巻末にはケンズカフェ東京のガトーショコラのレシピも収録されている

2023年には氏家さんによる初の絵本も出版。オノマトペを多用した表現で、巻末にはケンズカフェ東京のガトーショコラのレシピも収録されている

商品のバリエーションは出さない。スペシャリテに必要なこと

――「お店の顔になるスペシャリテを作りたい」と悩む飲食店オーナーも多いです。どこから始めればいいでしょうか。

氏家さん:スペシャリテには2種類あると思います。

ひとつは、イチから狙って作る方法。「映える」とSNSで話題になるものはそうした商品やメニューが多いですよね。

もうひとつは、既存の人気商品をさらに磨き上げる方法。

うちの場合は後者です。まずお客さまが一番喜んでいるものを見極めて、それを磨く。

何がどう人気なのか、その理由を徹底的に観察するんです。サイズ感、価格、盛り付け、スペシャリテは人気の延長線上にあります。だから、最初にやるべきは「お客さまが選んでくれている理由を自分たちで言語化すること」。

例えば、

  • 前提として、日本のガトーショコラは小麦粉を使って作るパウンドケーキの延長線上にあるようなものが多い
  • 小麦粉を使わずに作る、しっとりとした食感でチョコレートとバターの芳醇な香りを生かすようなものは少ない

  • だからこそ、商品が差別化できるだけでなく、お客さんから選ばれる可能性もある

というように言語化して理解しておく。それが分かれば、磨く方向が見えてきます。

――見つけた後、磨き上げるには具体的にどうすればいいですか?
 
氏家さん:まずは「段違いに他と違うもの、段違いにおいしいものを作る」ことです。少し違うだけでは記憶に残りません。ケンズカフェ東京のガトーショコラも、焼きたて、素材、配合という三拍子が揃って「段違い」になった。見た目やパッケージ、価格のこまめな見直しも大事です。1ミリずつ詰めていくと、お客さまの反応が変わります。

併せて、お客さんの声に素直に耳を傾けながら真摯に商品をつくり、顧客体験をより良いものにしていく意識ももちろん大切ですね。

――スペシャリテづくりで難しいのは「広げ方」かもしれません。うまくいくと、やっぱり派生商品を出したくなりますよね。

氏家さん:確かに、みんなやりがちなんですよね(笑)。でも、広げすぎると必ず商品のブランドイメージがブレます。

うちは商品のバリエーションを出しませんし、季節限定もありません。常に同じ味を守り、ブラッシュアップすることを優先しています。

スペシャリテは、その店が大事にしているものを象徴する存在だと思っています。いろいろなメニューを出すより、1つを極めるほうが難しい分、お客さまの信頼は深くなるように感じます。流行ではなく、信頼で続く店を目指してほしいですね。

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【取材先】

ケンズカフェ東京 総本店

ケンズカフェ東京 総本店(ビル建て替えのため2026年3月に閉店予定)

住所:東京都新宿区新宿1-23-3
営業時間:11:00~19:00(日曜日・祝日定休)
公式サイト: ケンズカフェ東京
公式X:@kenscafetokyo
Instagram:@kenscafetokyo

取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。

編集:はてな編集部