「野毛」は焼き鳥の激戦区。生き残りの策を酒場案内人・野毛べろさんと迫る

神奈川県屈指の飲食・歓楽街として知られる「野毛」。戦後の闇市から発展し、約600軒以上の飲食店が軒を連ねていると言われており、「呑んべえの聖地」として連日多くの人でにぎわうエリアです。本シリーズでは、野毛の酒場案内人・野毛べろさん案内のもと、野毛の酒場の魅力と、この街が人を引きつけ続ける理由を探っていきます。

第1回目のテーマは「焼き鳥」。焼き鳥激戦区としても知られる野毛で、生き残りをかけて日々どのように営んでいるのか。老舗とルーキー店の2つの酒場を取材しました。

野毛の酒場を知り尽くしたナビゲーターが登場

夕方5時。野毛の街に酔客がポツポツと現れはじめる時間帯。待ち人の到来を待っていると、通りの向こうから、一人の男性が息を切らしてやってきました。……あれは、野毛べろさん!?

「はい!私が野毛べろです。電車が遅延してしまって、遅れてすみません……」

ワイルドな見た目に反して、物腰が柔らかく、人柄のにじみ出る優しい声が印象的。

 野毛べろさん

野毛べろさん

神奈川県横浜市出身。1980年生まれ。2019年より“野毛べろ”を名乗り、X(旧Twitter)、ブログ、YouTubeなどで、野毛の酒場の魅力を伝える活動に取り組んでいる酒場案内人。「野毛は日本一はしごが楽しい街」を合言葉に、毎回5〜7軒は酒場をはしごする。

【1軒目】ツウも夢中にさせる、気軽かつ本格派のルーキー焼き鳥店「炭焼四季 鳥導」

今回は、野毛べろさんが教えてくれた新旧2つの焼き鳥店を訪問します。最初に訪れたのは、2020年にオープンした「炭焼四季 鳥導(とりしるべ)」。こちらのお店は、複数店舗がビルの中に軒を連ねる「横丁」に、店を構えています。

鳥導が入る「裏野毛横丁 満天ホール」

コの字カウンターに陣取る取材陣。テーブル席もあり、幅広いニーズに応える

――たくさんの焼き鳥店がひしめく中、鳥導さんをご紹介いただいた理由を教えてください。

野毛べろ

ええ。横丁の入口が開放的で、外から店内の様子や混雑具合が分かるので、予約なしでフラッと入りやすい。そんな“横丁ならではの気軽さ”がありながら、鳥導さんの焼き鳥は本格的。つまり“気軽なのに本格的”、そこが魅力なんですよね。

 

宇納間備長炭で焼き上げる本格派焼き鳥

野毛べろさんおすすめの、鳥の胸肉を皮で包み込んだ「抱き身」、ハツを開かず丸のまま串に刺した「丸ハツ」、とろとろの「白レバー」

味のクオリティーは野毛べろさんのお墨付き

――でも、こういった新しいスタイルのお店って若者ウケはしそうですが、昔ながらの野毛の酒場好きは敬遠しませんか……?

野毛べろ

いえいえ。実は僕も鳥導さんのこと、50代の知り合いご夫婦から教えていただいたんですけど、この方々は“野毛マスター”と呼んでいいくらい、昔から野毛で飲み歩きをしているベテランで。そういう方にも愛されているお店なんです。ですよね、大将?

白瀧さん

はい。若いお客さまも多いですが、昔ながらの粋な野毛の飲み方を知っているような60代前後のお客さまもいらっしゃいます。

野毛べろ

野毛に来る人って、本当にフットワークが軽いんですよね。常に良い店の情報を交換しあっていて、おすすめされたら老舗・新規店を問わず気軽に行ってみるという好奇心と柔軟性がある気がします。

 

鳥導・野毛店の大将、白瀧光希さん

「はしご酒」文化が根付く野毛だからこそ、飽きさせない工夫を取り入れる

――老舗・ルーキーに関わらず、フラットに評価してもらえるのはありがたいですね。しかし、焼き鳥激戦区と言われる野毛で戦い抜くのは大変なんじゃないですか?

白瀧さん

特別なことはしていませんが、はしご酒で滞在時間が短いお客さまにも強い印象を残せるように、一本入魂のつもりで、ひと串ひと串を丁寧に焼くことを大切にしています。

 

――ひとくち目のインパクトって重要ですよね。それと、お店のライブ感も特徴的に感じます。

白瀧さん

そうですね。うちは“ライブ感”を味わえる焼き鳥店なので、お客さまに楽しく飲んで帰っていただける雰囲気づくりも大切にしています。特に意識しているのは、スタッフ自身が楽しんで働くこと。スタッフが不機嫌だったり険悪だったりすると店の雰囲気は一気に崩れます。スタッフ同士の空気も含め、その場の楽しさを感じていただけるよう心がけています。

 

目の前であぶられる焼き鳥を見ながら飲むお酒は、やはり至高

――何度も訪れてもらうために、どのような工夫をしていますか。

白瀧さん

「また来たい!」に何度も応えていくため、新しいメニューは定期的に追加しています。店としては同じメニューを提供し続ける方が仕入れもオペレーションはラクですが、そこはあえて果敢にトライ&エラーを繰り返すことで、常に最適化を図っています。

 

――変化を恐れず挑戦できるのは、新規参入店ならではの強みかもしれませんね。

白瀧さん

挑戦なくして繁盛なし、という気持ちです。それ以外にも、自分たちがやってみたいと思ったことは、どんどんやってみるようにしています。例えば、すぐ出せるスピードメニューは定番として残しておきつつ、良いアイデアがあれば積極的に入れ替えてお客さまのニーズを見極めるようにしています。

野毛べろ

いつ行列店になってもおかしくないほど良いお店なので、個人的にはいつでも気軽にフラっと来て、おいしい焼き鳥が食べられる、この点だけは変わらないでいてほしいですね(笑)。

【2軒目】いつ来ても変わらぬ味と雰囲気を実直に守り続け、人々を魅了する「安兵衛」

フレッシュなお店から一転し、続いて訪れたのは創業40年以上の老舗。予約必須の人気焼き鳥店「安兵衛」さんです。 

老舗の雰囲気を感じさせる渋いたたずまい

のれんをくぐると広がるのは家庭的な雰囲気の落ち着く空間。一階はテーブル席のほか、焼き場に面したカウンター席も用意されています。

親戚の家に来たかのような、あたたかみのある内装

安兵衛を創業した先代が焼き場を担当している

香ばしい匂いに後ろ髪をひかれながら、野毛べろさんと取材班は2階の座敷席へ……。
それでは乾杯!

冷えたグラス、気泡が一つもないビール。店の丁寧かつ実直な仕事ぶりが垣間見える

野毛べろさんも、この表情

――メニューを見ると、お酒の種類もなかなか豊富ですね。

野毛べろ

そうなんですよ。日本酒や焼酎の品ぞろえが豊富で。あとこれは謎なんですが、安兵衛さんにはなぜかカクテルメニューもあって、それも結構充実しているんですよ(笑)。

 

日本各地の銘酒がずらり。短冊を眺めているだけでも気持ちが満たされる

――おすすめのメニューは何ですか?

野毛べろ

焼き鳥はもちろん、牛モツ煮込みも名物ですね。変わり種だと「チグチ」という豚の喉の奥のお肉なんですけど、コリコリしていて食感が良いんですよ。面白いのは「つくね」。洋食店での修業経験もある先代のこだわりで、パセリが練り込まれているんです。安兵衛さんの焼き鳥は突飛なことをしていなくて、至ってシンプル。いつ食べても安心できる焼き鳥って感じ、そこが好きですね。

 

手際よく注文表にオーダーを書いていく野毛べろさん

トマト巻き、チグチ、つくね、とりしいたけ、とりネギ、牛モツ煮込みを注文

――それは最高ですね。予約なしではなかなか入れない人気店ということですが、野毛べろさんが思う、安兵衛さんの魅力は何ですか。

野毛べろ

僕は、大切な人を野毛に案内するときに、よく安兵衛さんを利用させていただいています。高級店みたいな緊張感はなく、どちらかというと家庭的で、肩の力を抜いて安心できる。こういったお店って、実は野毛では貴重なんです。

 

――野毛のオアシスという感じでしょうか。

野毛べろ

まさに!ご家族経営なので、いつ来ても変わらない店員さんの顔ぶれ。そして、変わらない焼き鳥のおいしさ。この“安心感”が人気の秘けつなんでしょうね。

先代の味をグラム単位で計測!老舗を守ってきた「変えない」信念

ここで、2代目店主の佐藤義忠さんにお話を伺います。お店の経営方針などについて聞いてみました。

2代目店主の佐藤義忠さん

――焼き鳥、とてもおいしかったです。常連さんに長く愛される理由はなんだと思いますか。

佐藤さん

まず、お客さまが「焼き鳥を食べたい」と思ったときに、思い出してもらえる味にあると考えています。私たちが目指しているのは、焼き鳥の“スタンダード”です。メニューの取りそろえ自体も、ごく普通だとは思いますが、どこにでもある定番料理をいかにおいしく提供するか、その点は徹底して追求しています。

野毛べろ

まさに王道ですよね。いつ食べても安心できる味というか。

佐藤さん

そうですね。私はもともと料理人でもないですし、特別な修業を積んだわけでもありません。だからこそ先代の味を変えずに守っていきたいという思いが特に強いんです。2007年に店を継いだ際、それまで先代である父の感覚に頼っていた具材や調味料の分量をグラム単位で計量し、父の味を完全に再現できるように努めました。

 

カウンターの奥で伝統の味を守る先代

――いわゆる“標準化”を図ったということですね。

佐藤さん

うちの焼き鳥を食べたいと思って来店されたお客さまをがっかりさせたくないんです。常連さんにも、新規のお客さまに対しても、また来たときに安心して楽しめる、いい意味で「変わってないな」と感じてもらえるお店を目指したいです。

 

――「変えないこと」によるデメリットはありませんか。

佐藤さん

ないですね。私どもの店は、よく「家庭的で落ち着く」と言っていただけることが多いのですが、実際、お客さまもゆっくり過ごされている方が多いです。気づけば開店から閉店までいる方もいるほどです(笑)。にぎやかな店だと急かされる気分になりがちですが、その意味では、うちのような店は力を抜いて飲めるので良いんでしょうね。

 

――これまでに「長くお店を続けて良かった」と思うことはありますか。

佐藤さん

お客さまや古くからの友人に「野毛に来れば安兵衛がある」と言ってもらえることです。味にしても雰囲気にしても“変えないこと”が長く愛されるために必要だと実感しています。

野毛べろ

野毛のお店って本当に移り変わりが激しいと思うのですが、“変えないこと”が老舗の強みになるのですね。何にも左右されず、どっしりと構えることの大切さを感じました。

佐藤さん

例えば、常連さんに対して、できる範囲でできることをしたいという気持ちはあります。食事の前にお薬を取られる方にはお願いされる前にお水をお出しするとか。そういった小さな心配りはしますが、どのお客さまとも一定の距離感を保つこともうちの店らしさだと思っています。新規のお客さまでも常連さんでも、私たちにとっては同じお客さま。だからこそ、お客さまの立場や関係性に関わらず接客を変えないというスタンスです。“変えないこと”にこだわりながら、先代から受け継いだ店を長く続けていきたいです。

 

家族経営ならではのあたたかな雰囲気に触れられる

新陳代謝の激しい街で生き残るための“ぶれない安定感”と“絶え間ない挑戦”

野毛べろさんによると、野毛では毎月2〜3軒の新規店が生まれ、店舗の新陳代謝が非常に激しくなっているそう。そんな移ろう街の中で、いつでも安心して帰ってこられる“止まり木”のような空間を貫くのが安兵衛。一方で、スピード感を持って変化することで勝負するのが鳥導。いずれの店からも、野毛という街の特性をつかみながら、確固たる哲学を持ち、ぶれずに徹底することが生き残っていくために大切だと教えていただきました。

さて、我々の酒場巡りはもう少し続きます。次の記事でもまた、野毛の酒場でお会いしましょう!

取材先紹介

安兵衛

炭焼四季 鳥導

取材・文小野和哉

1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯にひかれて入ってしまうタイプ。

写真新谷敏司
企画編集株式会社都恋堂