演目をカクテルで表現。銀座にたたずむミュージカルバーの妥協なきこだわりとは

銀座5丁目にあるバー「Musical Bar Matinee&Soiree(ミュージカルバー マチネアンドソワレ)」のオリジナルカクテルが、ミュージカルファンの間で注目を集めています。
例えばこのカクテル、とある有名なミュージカルの演目をモチーフにしたものです。それは何か、お分かりでしょうか。

答えは、仮面をかぶった怪人の姿が有名なミュージカル『オペラ座の怪人』。怪人とクリスティーヌが地下水路をボートで進む、作品を象徴するシーンを表現しています。

2024年3月にオープンしたこのバーでは、このようにミュージカル作品をモチーフにしたこだわりのカクテルの数々を楽しむことができ、ファンの心を魅了しています。お店を訪ねると、お客と一体となって自らも趣味を楽しむミュージカルが大好きな店主がいました。そんなファンに愛されているお店のあり方について、店主の渡津悠介さんに伺いました。

コンセプトは「ミュージカル×オーセンティックバー」。仲間が集まる場所をつくりたかった

──独自のテーマや世界観を持つ飲食店は数あれど、ミュージカルについて話しながら、味わえる本格バーは珍しいですね。

僕自身、ミュージカルが好きなのですが、以前からミュージカル好きが集まれる場所は意外と少ないと感じていました。そこで、お酒を楽しみながらミュージカルを語り合える場をつくったら面白いんじゃないかと思ったのです。

店名の“Matinee&Soiree”は、マチネ=昼公演、ソワレ=夜公演から。ミュージカルファンなら誰しもピンとくるはず

──ミュージカルに詳しくないと、ファンを満足させるお店をやっていくことは難しいと思います。渡津さんとミュージカルの出合いから現在までを教えてください。

初めての観劇は2013年の『レ・ミゼラブル』でした。衝撃を受けて、いまだに初観劇の感動を超えるものはないですね。そこからどハマりして、さまざまな作品を観ました。現在は月に4、5回ほど観劇しています。好きな作品が上演されている時期は、月の観劇回数がもう少し増えることもあります。

店主の渡津悠介さん。観劇の前後に店を訪れてもらいたいと考え、多くの劇場が集中する日比谷の劇場街に近い銀座に店を構えた

──バーを開店するにあたって、好きなものを広めていきたいというような思いもあったのでしょうか。

興味のない方に向けて、無理をしてまで広めたいという思いはありませんでした。僕が好きなものを同じく好きな方に来ていただき、より深く好きになってほしい気持ちが強いですね。ミュージカルの話をしたいけどできる相手や場所がないと思っている方に、同じ熱量を持つお客さまが集まる当店で思い切り語り合ってもらえる場にしたかったのです。

──お店は、「ミュージカル×オーセンティックバー」というコンセプトを掲げていらっしゃいますね。

“オーセンティックバー”とは、カウンターがあって、専門の知識を持ったバーテンダーがいて、お酒と雰囲気を楽しむ正統派で本格的なバーのことです。元々、僕はそういう店で修業をしていて、若手の頃には、技術や創造性を競うオリジナルカクテルの大会にも出場していました。その経験からミュージカルと掛け合わせた、オリジナルのカクテルを作れば面白いのではないかと思ったのです。

店は渡津さんが一人で切り盛りする。店内は全11席とコンパクトで、一人で営業できるキャパシティー

──好きなものを詰め込んだ、こだわりのあるお店だと思うのですが、お店を続けていくための戦略や強みはありますか。

ここの強みは、オリジナルのカクテルにちゃんと物語があることです。材料として作品に出てくる国が生産地のお酒を使ったり、登場人物が好んだ食材を使ったり……全部意味のあるものを選んで作っています。コンセプトのあるお店だと世界観やコンセプトが先行してしまい、お酒は二の次になりがちだと感じています。選んだ材料の味のバランスとレシピのロジック、作品へのストーリー性、ミュージカルへの愛が詰まった本格的なカクテルを作るのはバーテンダーとして歩んできた僕だからこそできることだと思います。

ミュージカル愛とカクテル愛、どちらも深い。だから表現できる作品の魅力

──ミュージカルファンの方がより楽しめるような、オリジナルカクテルのアイデアはどのように思いつくのでしょうか。

一概には言えないのですが、「色」、「連想できるもの」、「キーワードになるフレーズ」などからインスピレーションが生まれることが多いですね。例えば、色から連想できる作品の例では『キンキーブーツ』があります。赤いドラァグクイーンブーツが象徴的な作品なので、“赤”。分かりやすい色があって、これを表現するためにどんな材料を使うか考えます。他にも、観劇中の発想から生まれることもあるし、こういうものを作ろうと決めてから練り上げることもあります。逆に、こういうカクテルを作りたい、じゃあ何の作品が当てはまるかな?と創作していくときもあります。

ミュージカルカクテル「キンキーブーツ」。赤色、そしてラメが入ったお酒を使用し印象的なビジュアルを表現

──実際に創作したカクテルについて、詳しく教えてください。初めて創作したのはどんな作品ですか?

初めて作ったのが「エリザベート」です。エリザベートはハプスブルグ家の最後の皇妃ですが、元はドイツ出身なんですよ。ドイツ産のバラリキュールを使用することで、“バイエルンの薔薇”と言われる程の美貌を持ったエリザベート皇后を表現しました。また、ヨーロッパで当時から飲まれていたエルダーフラワーも使用しています。エリザベートの肖像画、劇中第一幕の最後からインスピレーションを得てつくり、作品の人気も相まってお客さまに愛されています。

渡津さんが最初に創作したミュージカルカクテル「エリザベート」。ミュージカル『エリザベート』は、オーストリア=ハンガリー帝国の皇后エリザベートの生涯を描いた、ウィーン発のミュージカルで、日本でも大人気

「エリザベート」を作る渡津さん。軽やかな手さばきも見入ってしまう。出来上がる時間を待つのもワクワクだ

──最近創作したカクテルは、お客さまのご要望もあったそうですね。

「マタ・ハリ」ですね。お客さまの中に好きな方が多くいらっしゃいますし、僕も観劇したので創作しました。これも材料にストーリーがあります。使っているのは、マタ・ハリの出身と同じくオランダ産のジュネヴァジンと、味のアクセントに東洋を思わせるライチのリキュール。ジュネヴァジンはインドネシアのスパイスも使われていてマタ・ハリを表現するのにピタッとハマりすぎて自分でも驚きましたね。お客さまにもこの話をすると驚かれます。ドレスのきらめきをどう表現したら伝わるかなど久しぶりに苦戦したからこそ愛着もあります。照明を当てると液体も外側の装飾もキラキラがより輝くのですが、お客さまの「きれい!」の声が聞けると内心ニヤけます。

ミュージカル『マタ・ハリ』は、第一次世界大戦中のヨーロッパ、エキゾチックな踊りで人々を魅了し、女スパイとして世界を翻弄したダンサー、マタ・ハリの数奇な人生を描いた作品。マタはオランダ出身だが、劇中ではインドネシア出身と偽ってダンサーの活動をしている。エメラルドグリーンとグラス外側のジュエリーシュガーでマタのドレスを表現

ジュエリーシュガーは縁につけるだけでは青っぽい色が出ず、外側に装飾をすることをひらめいたそう。接着には、はちみつを使っている

“好き”を共有し、お店とお客、お客同士の輪が広がる

──本格的なカクテルを片手にミュージカルを愛する同志が集まり、話に花が咲くと思いますが、今まで印象に残っている場面や会話はありますか。

たくさんあるのですが、カウンターの端から端まで全員が一人で来られているけど、観劇した作品の感想や、好きな俳優についての話を全員で話すようなことが起こると、お店をやっていてよかったなと思います。

──先日は、お店から外へ飛び出して、お客と一緒に観劇するというイベントを企画されていましたね。これはどのような経緯で開催したのでしょうか。

きっかけは、お店の1 周年の記念でした。店舗でイベントをやるとなるとどうしても狭いので、外に飛び出して何かやろうかなと思って。店主とお客さまという関係よりもミュージカルを通じてフラットにつながり、さらにお客さま同士も横のつながりができればもっと面白いことになるかと思い、企画しました。

参加した56名のお客と劇場の前での集合写真。お店のキャパを大きく超える人数が集まった(提供:Musical Bar Matinee&Soiree)

──イベントを通じて、お客さまとの仲が深まっている手応えを感じますか。

イベントに参加した方が後日お店にいらっしゃり、僕と「あの時は面白かったですね」という話になることもありますが、それよりもお客さま同士のつながりが増えた感じがしますね。「観劇会にいましたよね」と声を掛け合って、お店で仲良くなった方もいますし。そして、一緒にお店に来てくださるとさらにうれしいです。

店内にはミュージカルに関する書籍、CD、グッズもたくさん並んでいる

──これからもお店の外でのイベントは続けたいですか。考えている企画があれば、教えてください。

観劇会以外にもやってみたいことがいくつかあります。例えば、プライベートで常連さんとミュージカルカラオケ会を開くことがあるのですが、もっと大規模でやりたいなと思ったり。他には、僕がボイストレーニングに通っていまして、お客さまでも同じように通っている方が結構いらっしゃるので、どこかのステージを借りて、発表会ができたらいいなあ……などと構想しています。

渡津さんの頭の中には楽しいアイデアがいっぱい

──これからが楽しみですね。最後に、今後の目標について教えてください。

健康に気をつけて、舞台に通い続けながら生涯現役でカウンターに立ち続けることが僕の目標です。お店としては自分の手の届く範囲で、複数の店舗を展開したいと思っています。プライベートでのカラオケ会からの発想ですが、カラオケバーもやってみたいです。ミュージカル曲って全員ミュージカル好きじゃないと歌いにくいんですよね。また、いつかは大阪などにもここと同じようなミュージカルバーを作れたらいいなと思っています。しかし、今は僕しかいないので、何か将来同じようにやりたいって言ってくれる方がいたら、現実的に考えていきたいです。

とにかく自分がワクワクすることに全力。誰も置いていかず、お客との時間を一緒に楽しむ

オーセンティックバーならではの本格的な味わいと、ファンにとってアットホームな温かさを感じられるMusical Bar Matinee&Soiree。創作カクテルに対する想像以上の「こだわり」と、お店とお客、お客同士の「つながり」が垣間見られます。
コミュニケーションを大事にしたいとの思いから、渡津さんはあえて一人でこのお店をやることを選びました。この広さのお店だからこそ、お客やお店全体の空気感をよく把握することができるといいます。観劇帰りの方、お仕事終わりの方、ミュージカルバーだとは知らずに初めて入店された方……お客を見分けて会話のタネをまいているのだそう。居心地の良さにひかれ、常連さんの中には、週に数回通っている方もいます。

ミュージカルが大好きな人でも、ミュージカルを全然知らない人でも相手の興味に合わせて話をしてくれる

お客と自らがワクワクすることに全力を注ぎ、輪が広がることで、お店が盛り上がる。お店とお客の良い相乗効果が生まれています。好きなものをとことん追求する渡津さんにしかできない価値を提供し続けることで、これからももっとお店のファンが増えていきそうです。

取材先紹介

Musical Bar Matinee&Soiree



取材・文齋藤瀬里衣
写真大崎あゆみ
企画編集株式会社都恋堂