野毛の「おもてなし」精神の真髄とは!?クセつよ名物店長に会いに行ってみた

神奈川県屈指の飲食・歓楽街として知られる「野毛」。戦後の闇市から発展し、「呑んべえの聖地」として連日多くの人でにぎわうエリアです。本シリーズでは、野毛の酒場案内人・野毛べろさんの案内のもと、野毛の酒場の魅力と、この街自体が人を引きつける理由を探っていきます。

第2回目のテーマは「人の魅力」。野毛の酒場には歓待の心があふれる店主や店員が存在し、そのおもてなし精神に触れて、「この人に会いたいから、店に行く」というお客がいるほどです。そんな名物店主のいる2つの酒場を野毛べろさんとともに取材しました。

 野毛べろさん

野毛べろさん

神奈川県横浜市出身。1980年生まれ。2019年より“野毛べろ”を名乗り、X(旧Twitter)、ブログ、YouTubeなどで、野毛の酒場の魅力を伝える活動に取り組んでいる酒場案内人。「野毛は日本一はしごが楽しい街」を合言葉に、毎回5〜7軒は酒場をはしごする。

【1軒目】“いっちゃいましょう!”で一気に心をつかむ名物店長の店「串焼き。ビストロガブリ」

野毛べろさんいわく、「はしご酒」文化が根付いている野毛では、店主や店員さんに会うために店を巡っているお客も多いそう。つまり、店で働く人の魅力も、この街で人気を得るポイントの一つと言えそうです。そこで1軒目は、名物店主がいるという串焼きとおでんが人気の「串焼き。ビストロガブリ 野毛一番街店」へ。

横丁形式の「野毛一番街」の中に店を構えながら、通りに面するテラス席もある

野毛べろ

お邪魔しま〜す。すみません、予定よりちょっと早く着いちゃったんですが大丈夫ですか?

中村さん

あ、野毛べろさん!大丈夫ですよ。
いっちゃいましょう!

 

――ご店主さんですか?

中村さん

はい、店長の中村一樹です。こちらのテラス席を使ってください。
いっちゃいましょう!

 

肉を焼きながら、不敵な笑顔でお出迎え

――ところで、横丁の中ということもありますが、すごくお店の雰囲気や、店員さんに活気がありますね。

とにかくにぎやかな店内

野毛べろ

いいですよね。店長の中村さんを中心に、店員さんがいつも元気で、気遣いも細やか。接客がフレンドリーで、そこに魅力を感じて訪れるお客さんが多い印象です。老若男女関係なく、友だちのように話しかけてくれるのがうれしいんですよ。

 

――確かにクチコミサイトの評価を見ても「店員さんが明るい」、「接客がフレンドリーでいい」というコメントがたくさん見受けられますね。特に中村さんは、ひょうきんで愛嬌があるって……ファンがつくのも納得です。

野毛べろ

その人柄に引かれてか、中村さんが以前いらっしゃった系列店からのファンも多くて。2025年の春にこちらの店へ異動してからも、中村さん目当てで足を運ぶお客さんがたくさんいらっしゃいます。

 

そんな野毛べろさんも中村さんの大ファン

――ということは常連さんが多いのでしょうか。

中村さん

はい。ですが、ご新規さんも4割ほどいます。このお店が入っている「野毛一番街」自体が野毛のメインストリートに面しているので、「なんか面白そうだな」と飛び入りで来店される方が多いんです。

 

――確かに歩いていたらパッと目につきました。

中村さん

ただ、野毛一番街の中には、うち以外にも5店舗ありますから、お客さんを引きつける工夫は欠かせません。お客さんの心理として、やはり「にぎわっている店に入りたい」と考える方が多いんです。いったん満席になれば、そのまま終業時間まで埋まり続ける。だから、早い時間帯にどれだけお客さんに入ってもらえるかが大事なんです。

多ジャンルの店舗が入り乱れる横丁内

「お料理どうぞ!」と、表情管理に余念がない中村さん

左から、信玄どりむねとろあぶり、トリュフ大根、和牛串、はんぺんのオマール海老ビスクソース。野毛の「はしご酒」文化に合わせ、小ポーションの料理を数多く取りそろえる

――具体的にはどのような取り組みをされていますか?

中村さん

接客にものすごく力を入れています。スタッフに接客姿勢などを周知するために「ビストロガブリルール」、「ガブリとして目指すべき姿」を常に店に掲げています。

 

左が「ガブリとして目指すべき姿」、右が「串焼きビストロガブリ野毛一番店ルール」

――これは中村さんが作ったものですか?

中村さん

そうです。ご新規さんを引きつけるという意味では「入り口のウェルカム感」は特に大事ですね。最高の笑顔で、全力でお出迎えする。その印象で「この店、入ってみよう」と選んでもらう。飲食店として当たり前のことと思われるかもしれませんが、当たり前のことをどれだけ深く追求できるか、そこが大事なんです。

活気のある良いチームは、お客の満足度向上にもつながる

――これだけルールがあるとスタッフの皆さんは大変そうに感じますが、皆さん明るく前向きに働いている雰囲気を感じます。

中村さん

実は私がこの店に来た当初は、店内の雰囲気はそれほど良くなかったんです。結局、お店というのは「チーム」であり、そこで働く「人」がつくっています。同じ商品を扱っていても、良い人間関係と、それを元にした良いチームがなければ、売り上げにはつながりません。どれだけ料理がおいしくても、スタッフのモチベーションが低かったり、ギスギスしている雰囲気がお客さんに伝わってしまったりしたら、「またこのお店に来たい」とは思わないですよね。そこで、スタッフ同士のあいさつや助け合い、風通しの良い人間関係づくりをルールとして明確にし、みんなに実践してもらうようにしています。要は、店長のスタンス次第で店の売り上げが大きく変わるということです。

 

スタッフ同士の会話も明るく、雰囲気の良さが伝わる

――中村さんを単に陽気な店長と思ってしまって……すみません。

野毛べろ

いえ、陽気なのは間違いないですよ(笑)。中村さんはSNSでご自身の在店情報を発信しているので、それを見て遊びに来る常連さんも多くて。「今日は中村さんいるかな?」と確認して入店する人も多いです。

 

――チームとしての接客の総合力と、店員さん個人の魅力、それがこちらのお店の人気の秘密なのですね。最後に、中村さんの今後の展望を教えてください。

中村さん

とにかくお客さんのことをワクワクさせたいですよね。次にこの店は、そして中村は何をやってくれるんだろうと。常に期待してもらえる存在であることが、私の理想です。

 

新規顧客の獲得のため、野毛べろさんが中心メンバーとして企画した「野毛せんべろトライアスロン」にも参加

【2軒目】無料で始まった“ハッピースギーラ”がお客の交流を生む「まるう商店SUN」

続いて訪問した店は「まるう商店SUN」。三浦半島から直接仕入れている新鮮な魚介類をリーズナブルな価格で楽しめる店です。

こちらが「まるう商店SUN」

左の「刺身の枡盛」、右の「マグロのテール煮」ともに500円(税込)。ハイボールとレモンサワーは、立ち飲み席限定で終日200円(税込)

――メニューにある「Sugi-ra(スギーラ)500円」というのは何ですか?

野毛べろ

おちょこで提供されるテキーラです。オーナーの「スギちゃん」と「テキーラ」をかけて「スギーラ」。これを頼んでみんなで乾杯するのが、この店のちょっとした名物なんです。せっかくなので頼んでみましょう。じゃあ、スギちゃんいいですか?

 

いきなりテキーラが注入される展開に

スギちゃん

はい、どうぞ。じゃあ、皆さんおちょこを持って……

「ハッピースギーラ!」

 

野毛べろさんの「NO NOGE NO LIFE」Tシャツを着る、オーナーのスギちゃん

――これは盛り上がりますね!

野毛べろ

まるう商店SUNは立ち飲み席の利用が多く、隣り合った知らないお客さんに「じゃあ、みんなでテキーラで乾杯しよう!」ってスギちゃんが声を掛けてくれるんです。そこから一気に仲良くなることが多いんですよね。しかも以前は、その“スギーラ”はスギちゃんのおごりだったんです(笑)。

スギちゃん

最初は「このお客さん誕生日だから、みんなで祝おう」というように、純粋にお客さん同士をつなげたい思いから無償で提供していたんですよ。そうしたら、お客さんが「スギーラ」と勝手に呼んでくれるようになって(笑)。今はメニューとして提供しています。

ニーズをくみ取りながら、店とお客のより良い“新陳代謝”を図っていく

――こちらのお店ができたのはいつですか?

スギちゃん

2013年ですね。私が店長として配属されたのは2025年1月で、11月からは店を買い取ってオーナーになりました。

野毛べろ

店長として配属されたタイミングで、立ち飲み席を新しく導入されたんですよね。

スギちゃん

ええ。店の売り上げが芳しくないということで店内をリニューアルし、立ち飲み席を新設しました。野毛では一人で飲み歩く方が多いので、幅広いお客さんに来ていただけるようになりましたね。

 

立ち飲み席の奥にテーブル席と小上がりの座席がある

――野毛のスタイルに合わせて、店内の雰囲気や客席のレイアウトを変えたら人気が出たと。

スギちゃん

それもあります。もともとは、野毛の街に若者が増えたことでオヤジたちがちょっと窮屈そうで(笑)。それで、オヤジのための立ち飲み席を設けたのですが、いざ始めてみたら20代の女性がいれば、50代の男性もいる、そんな状況が自然に生まれました。ただ、店をリニューアルするタイミングで、限られたスタッフで十分に店を回せるようセルフサービスを導入したのですが、“前と違う”というお言葉を頂戴することが増えました。

 

――リニューアルは勇気のいる決断だったわけですね。

スギちゃん

そうですね。ふたを開けると離れていった人が半分、新しいスタイルを受け入れてくれる人が半分いました。でも、野毛のインフルエンサーがうちのスタイルを「面白い」と広めてくれたこともあり、もとのにぎわいを取り戻しています。

 

看板や声掛けでセルフサービスの周知を図っている

――お店の雰囲気づくり、交流促進をする上で意識していることはありますか?

スギちゃん

新規の方やお一人さまに対しては、積極的に声を掛けるようにしています。初めて訪れた店で、周囲が盛り上がっていると居心地が悪いかもしれない。特に女性は自分から他人に話しかけにくいことも多いと思うので、「何かを見て来てくださったんですか?」、「分からないことないですか?」などと、様子を見ながら必ず一度は声を掛けてお店になじんでもらえるよう努めています。

野毛べろ

スギちゃんはいつも明るく、何かとお客を気にかけて声を掛けてくれ、盛り上げ役を買ってくれます。だからこの店に立ち寄りたくなるんですよ。

 

――そうやって、お客を盛り上げることに力を入れる理由はなんでしょうか。

スギちゃん

外食はエンターテインメントの一種だと思うので、楽しんで帰ってもらわないといけない。だから、お客さんを盛り上げることが我々の仕事になるし、自分はエンターテイナーとして何ができるんだろうと考えた末に、いまのスタイルに行き着いたんですよね。

 

かつては外資系のアパレル企業で働いており、その経験も現在の接客や店舗運営に生かされているという

野毛ではオリジナルシールを作って交換するのが流行っているそう。店の中にはシールを貼るスペースがあり、これもお客同士の交流促進につながっている

――外食=エンタメなんですね。

スギちゃん

それに、お客さん同士の交流が生まれることは、野毛の街全体の活性化にもつながるとも考えています。お客さん同士が店で仲良くなり、「次はあの店に行ってみよう」とはしご酒の情報を交換したり、店の外でも交流したりする。飲み歩き文化が盛り上がり、「野毛って面白そうだな」と思ってくれる人が増えれば、街に足を運ぶ人も増える。結果的に、僕らの店も一緒に盛り上がっていくという連鎖が生まれると思っています。

野毛べろ

呑んべえの僕らにも、いろいろな人と交流できる場所はありがたいんですよ。心配なのは、最近になって定休日だった月曜も営業するようになったこと。長く続けていけるよう体調には気を付けてほしいです。

 

笑顔が絶えない野毛べろさんとスギちゃんの会話

「人が魅力的」だから、人に会いに飲み歩きたくなる

野毛の「飲み歩き文化」の核にあるのは、やはり「人」だということを、今回の取材で強く実感しました。働く人の心持ちや、ひと声かける、ひと手間添えるといった働きかけが、店の空気感をつくり、その空気がそのまま売り上げにもつながっていきます。これは、ごく基本的な飲食店の作法に聞こえるかもしれませんが、野毛べろさんが話すように、「その人に会いたくて店に行く」というお客が野毛には多いからこそ、人間味のある接客がより重要視されるのでしょう。

また、店づくりの転換期には、すぐに結果を求めすぎず「こうありたい」という理想の姿に軌道修正するための“耐える時間”も欠かせないことも分かりました。そうした試行錯誤と踏ん張りを経て、店が少しずつ街に受け入れられ、やがて野毛の飲み歩き文化を支える一軒として根づいていくのだと感じました。

さて、野毛の酒場巡りは次回で最後。次はどんな店に出合えるのでしょうか。

取材先紹介

串焼き。ビストロガブリ 野毛一番街店

まるう商店SUN

取材・文小野和哉

1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯にひかれて入ってしまうタイプ。

写真新谷敏司
企画編集株式会社都恋堂