『野原ひろし 昼メシの流儀』漫画家・塚原洋一さんが語る“昼メシへの想い”。あの食描写はこうして生まれた

『野原ひろし 昼メシの流儀』漫画家・塚原洋一さんが語る“昼メシへの想い”。あの食描写はこうして生まれた

『野原ひろし 昼メシの流儀』を手掛ける漫画家の塚原洋一さんに、制作の裏側や、作品を通じて生まれた食に対する思い入れの変化をお聞きしました。


サラリーマンの野原ひろしが、限られた昼休みの中で、ただひたすら「うまい昼メシ」を追い求める――。

ひろしの飽くなき探究心と臨場感あふれる食の描写が共感を呼び、「同じものを食べたくなる」と話題の漫画『野原ひろし 昼メシの流儀』(以下『昼メシの流儀』)。2025年にはアニメ化もされ、ファンの裾野を広げています。

多くの読者の胃袋を掴んで放さないひろしの「昼メシ」はどのように描かれているのか。短い昼休みを読み応えのある話に仕上げるために、どのような工夫が凝らされているのか。

漫画家の塚原洋一さんに、制作の裏側や、作品を通してご自身の食に対する思い入れの変化について伺いました。

塚原洋一さん

1962年生まれ、神奈川県横浜市出身の漫画家。「ちばてつや賞」入選を経て、1987年「こちらツカハラ探偵事務所」(モーニング)で連載デビュー。2016年、月刊まんがタウンにて『クレヨンしんちゃん』の野原ひろしを主人公としたスピンオフ作品『野原ひろし 昼メシの流儀』(キャラクター原作:臼井儀人)の連載を開始。限られたお小遣いと時間の中でこだわり抜くサラリーマンとしてのひろしの姿が話題を呼び、累計発行部数(紙・電子)は80万部を超える。さらに、現在連載中のサイト「まんがクレヨンしんちゃん.com」では2025年の累計PV数(12月16日まで)は901万PVを突破。2025年10月よりBS朝日ほかにてテレビアニメも放送。
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ネットで囁かれた「ひろしハイスペック説」がきっかけ。連載誕生秘話

――そもそも『昼メシの流儀』はどのような経緯で誕生したのでしょうか。

塚原さん:『クレヨンしんちゃん』の連載が始まった1990年頃、野原ひろしは「平均的な日本のサラリーマン」としてキャラ設定されていました。

ところが『昼メシの流儀』の企画が立ち上がった2015年頃、SNS上で「ひろしは結構スペックが高いんじゃないか」と話題になっていたんです。時代が変わって、かつては平均的とされていたものが、「ちょっとスペックが高い」と見られるようになった。

さらに、「ひろしの名言」などのネタもSNS上で盛り上がっており、虚実入り混じったひろしのイメージが広まっていました。

そうした時流もあって、双葉社の編集部で「ならば野原ひろしを主人公にした作品をつくろう」という機運が生まれました。

ひろしを主人公にするならば、家族で過ごすひとときとは別の時間である「会社に行っているとき」、その中でも「昼メシの時間」を描く、という企画の構想が決まったところで、私にお話が来ました。

私の『男の流儀』という漫画作品に立ち食いそばを食べる話があり、後に『昼メシの流儀』の編集担当になる方が偶然それを読んでいて。そんな感じで「描いてほしい」とご依頼いただきましたね。

――そんな作品誕生の裏話があったんですね! 依頼を受けたとき、どう思われましたか?

塚原さん:やってみたいと思いました。それ以前に描いた作品も、一話完結ものや、一人の主人公が単独で行動する作品を多く描いていたので、自分の作風に合っているんじゃないかと。それが『昼メシの流儀』のスタートですね。

とにかく「料理」に集中。知られざる昼メシ取材の様子

――実際の漫画づくりはどのように進められているのでしょうか。

塚原さん:最初の頃は編集担当の方と、その回で取り上げる料理を一つ決めるところから始めていました。作品の方針として、「読んだ後に食べたくなる料理」を目指していたので、できるだけどこでも食べられるポピュラーな料理を選んでいましたね。

特に初期のカツ丼回は、今後連載していく中で「おいしさをどう描くか」の軸、料理の第一印象を的確に捉えて、読者が想像しやすいように表現していくことを決めた回でもあるので、思い入れがあります。

第1話「カツ丼の流儀」より

第1話「カツ丼の流儀」より

料理を決めたら、担当さんと食べに行き、味の感想を共有します。その後「どんな話にするか」を話し合いながら、物語を組み立てていきました。

そうしたプロセスを続けていくうちに、料理やお店選びの方向性が自然と固まり、今は打ち合わせのあと、私一人で食べに行くことが増えています。

ただ、連載でいろいろな料理を取り扱っていると、世の中に広く知られているような、昼ごはんでよく食べられている料理は、どんどん少なくなってくるんですよね。そこで最近は「単行本1巻あたりのテーマを決め、それに沿って料理を選ぶ」方式に変わりました。まだ一般的ではない流行りの料理も、テーマに合っていれば取り上げるという感じですね。

――お店の雰囲気や内装なども取材されるのでしょうか。実際に足を運んだ際、先生はどのような点に注目していますか。

塚原さん:まず、お店は架空の店舗として描きますので、外観や内観はそのまま使わないことがほとんどです。なので、食べに行ったときは、料理のみに集中します。

先ほども言いましたが、特に、見た目や色合い、盛りつけ、具の並び方など、ひろしが作中で語る、「第一印象」に関わる部分はより意識していますね。

例えば、具材は一つひとつ順番に食べて確認します。作中でも、ひろしがそうやって味を確かめていくので、その流れに合わせて確認しています。

――なるほど。「取材」というよりは、料理そのもののディテールを「リサーチ」するイメージに近いんですね。

塚原さん:そうですね。お店を出た直後、急いでスマホでメモを取ります。家に帰ると、細かな味の印象が薄れてしまうので。

――料理を描くうえで、特に重視していることはありますか。

塚原さん:光沢(ツヤ)を入れるとおいしそうに見えるんですよね。温かい料理には湯気、鉄板料理なら「ジュージュー」というような効果音も欠かせません。

音が出ないシーンでも、串カツをソースにつけるときには「ひたー」と擬態語を描き入れるなど、雰囲気まで詳しく伝わるようにしています。

咀嚼音も、「モグモグ」だけでなく、「シャキシャキ」「もきゅもきゅ」など、食材の食感によって細かく変えています。

第76話「武蔵野うどんの流儀」より

第76話「武蔵野うどんの流儀」より

――作品のために、ご自身でも料理をつくると伺いました。特に印象に残っている料理はありますか?

塚原さん:「新しい時代にアップデートするための料理」というテーマの巻でつくった「ボリートミスト」ですね。

イタリア・ピエモンテ州の郷土料理で、肉と野菜を水で煮込んだ、いわば「おでん」のようなものなんですが、食べられるお店がなかなかなく、自分で文献を読みながらつくることになりました。

基本は食材を茹でるだけなので難しくはないのですが、付け合わせの「サルサヴェルデ(ハーブとにんにく、オリーブオイルを細かく混ぜてつくるソース)」というソースづくりに苦戦しましたね。

参考にしたレシピはイタリアンパセリを使うことが前提で書かれていたのですが、入手できず、そして普通のパセリの場合はどれくらい使えばいいかが分からず……。ハンドブレンダーを使うのも初めてで、レシピのようなとろみがつかず、3回もつくり直しました。

漫画をきっかけに自分でつくってみると「やっぱりプロの料理人はすごいな」と実感しますね。

第125話「ボリートミストの流儀」より

第125話「ボリートミストの流儀」より

塚原さんが実際に作った「ボリートミスト」と「サルサヴェルデ」

塚原さんが実際につくった「ボリートミスト」と「サルサヴェルデ」

普段、家では簡単な料理しかつくらなかったのですが、作品のためにいろいろなお店で料理を食べるようになって、好きになった料理は自宅でも真似をしてつくるようになりました。

中でも印象深かったのは、武蔵野うどんですね。食べ応えのある太いうどんに、豚肉とネギが入った温かいつけ汁がおいしくて。今でもよく食べていますよ。

第76話「武蔵野うどんの流儀」より

第76話「武蔵野うどんの流儀」より

大切なのは“店主とお客さんの距離感”。「一人客が入りやすい店」の条件とは

――漫画で取り上げる料理を決める際、取材されるお店はどのように選んでいるのでしょうか。

塚原さん:事前にグルメ口コミサイトで調べます。サイトでは、店内写真の「席の種類」を見ることが多く、取材前提なので一人客が食べやすいお店かどうかを基準に選びますね。

カウンターや2人席があると気軽に行けますが、4人席しかないと一人ではちょっと行きづらい。

そしてランチタイムなど、混んでいる時間帯は特に気を遣うので、少しずらして行くこともありますね。空いているとホッとします。

――店内の雰囲気でお店に対する印象が変わることもありますか? 

塚原さん:ありますね。例えば、大きな声で話をされているお客さんがいると、ちょっと入りづらいですね。もちろん、その方々は単に楽しんでいるのだと思いますが……。

また、カウンター席があっても、一人客が少ないお店だとちょっと遠慮しちゃいますね。

――プライベートでも、また行きたいと思ったお店はありますか。

塚原さん:いつも一般のお客さんと同じように利用するんですが、明石焼きの店に行ったときは店主さんが気さくに話しかけてきてくれて。

「何で来てくれたの?」と聞かれて、「明石焼きというのを一度食べてみたかった」と話したんです。その何気ない距離感が心地よく、近所なのでまた行こうかなと思いました。

逆に、別のお店では何気なく言ったことを深掘りされすぎて、会話に困ってしまったこともあります。なので、自分にとっては店主さんとお客さんの距離感が大事だと感じますね。

――「皿うどんの流儀」で描かれている店員さんのエピソードも印象的でした。実際の店員さんの動きもお話に取り入れられているそうですね。

塚原さん:あれは実際のお店で見た店員さんの手際の良さを描きました。

お二人だけで切り盛りされているお店だったんですが、コンビネーションが本当に見事でしたね。次は何をするか会話せずとも分かっているかのようにそろっていて。見ていて気持ちが良かったので、その仕事ぶりを作品でも描きたかったんです。

第49話 「皿うどんの流儀」より

第49話 「皿うどんの流儀」より

ワンオペで営業されているお店の店内の様子を映した動画も参考にすることがありますが、店員さんにムダな動きがなくて見惚れますね。長年やってこられた凄みを感じます。

昼メシは「締め切りを忘れるスイッチ」。連載を通じて変わった食への向き合い方

――作中のひろしにとって昼メシは「真剣勝負」の場でもありますが、塚原先生ご自身にとって、ランチタイムはどういう位置づけなのでしょうか。

塚原さん:外で食べるときはどうしても仕事を意識してしまうのですが、家で食べるときは「気分転換の時間」ですね。そのときだけは締め切りのことを忘れて、食べることに集中できる。締め切り間際になると、どうしても頭がパンパンになって視野が狭くなってしまうんです。そのままずっと作業を続けても効率が悪い。

でも、食事をしてリフレッシュすると、「よし、なんかやれる気がしてきた」「間に合わせるぞ」という気持ちになれる。そういう大切な時間ですね。

――連載開始から約10年ですね。さまざまなお店に行かれるようになって、ご自身の中で「食」に対する変化はありますか。

塚原さん:そうですね。普段はあまり外食しないのですが、友人と食事に行った際などは、「新しいものを食べてみよう」と思うようになりました。

それまでは、いつも同じものを注文したり、味が想像できるものを頼んでいたりしたんですけど、飲食店でいろいろな料理を食べるようになって、どの料理にもすごく工夫が感じられるようになって。「やっぱりプロがつくる料理はおいしいな」と実感する機会が増え、新しい料理との出合いに喜びや楽しさを感じるようになりましたね。

――では、読者からの反響で印象的なものはありますか。

塚原さん:SNSで作品の感想を見ることは多いですね。うれしいのは、『昼メシの流儀』で出てきた料理を見て、「今日はひろしと同じものを食べた!」と写真をアップしてくださる方がいること。

お昼ごはんを食べるときも、「『昼メシの流儀』であの料理が出てたから食べてみよう!」という食事のきっかけになったり、ちょっと楽しい気分になってくれたりしているのかなと。もともと、そこを目指してスタートした作品ですから。

アニメ『野原ひろし 昼メシの流儀』の一コマ

アニメ『野原ひろし 昼メシの流儀』の一コマ

――ありがとうございます。最後に、今後の展望を教えてください。

塚原さん:まだ描いていない料理がたくさんあるんですよ。単行本のテーマとはたまたま合わずに見送りしたものなどがいっぱいあるので、それを今後描いていきたいなと思います。

■キャラクター原作 : 臼井儀人 漫画 : 塚原洋一 ■単行本 既刊14巻発売中!  ■書影(C)臼井儀人・塚原洋一/双葉社

キャラクター原作 : 臼井儀人 漫画 : 塚原洋一
単行本 既刊14巻発売中!
書影(C)臼井儀人・塚原洋一/双葉社

『野原ひろし 昼メシの流儀』が待望のDVD化!2026年1月28日(水)発売予定
■全12話収録
■映像特典
・DISC1:ノンクレジットオープニング、ノンクレジットエンディング、各話資料集(静止画)①
・DISC2:PV、DVD発売告知CM、各話資料集(静止画)②
■¥6,380(税込)
ご購入はこちら▼
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取材・文:田窪綾
編集:はてな編集部