58歳で本屋を開業。本屋と人をつなぐ「シェア型書店」という挑戦

街の書店が減り続ける今、複数の「棚主」が自分の棚を持ち寄って本を売る、シェア型書店が全国に広がっています。2024年7月に京都・一乗寺にオープンした「一乗寺BOOK APARTMENT(一乗寺ブクアパ)」もその一つ。元新聞記者の北本一郎さんは、幼い頃から本がそばにある環境で育ち、50代で“自分の書店を持ちたい”という夢を抱くように。58歳で早期退職し、開業を決意しました。書店を取り巻く課題をどう乗り越え、棚主とともにどんな場をつくっているのか。シェア型だからこそ生まれる新しいつながりについて、北本さんに聞きました。

原点は、子ども時代に親しんだ“本のある環境”

――幼い頃から本が好きだったそうですね。本や書店のどんなところに魅力を感じたのでしょうか。

幼い頃から、家の本棚にいろいろな本があったんです。熱心な読書家ではなかったのですが、とにかく本に囲まれている環境が好きでした。福岡の郊外で育ちましたが、当時はどこでも街に小さな書店が数軒はあった時代。親からも「本なら好きなものを買っていいよ」と言われていたので、近所の書店に通って雑誌や図鑑、小説を選び、買って読む――の一連の流れが習慣になっていました。

京都の大学時代には、仲間が開く読書会に夜な夜な参加し、本から学んだ社会問題について語り合いました。記者になってからも、帰りに書店へ寄るのが日常で、気分を整えたり、悩みの糸口を探したり。“書店は安心できるよりどころ”という感覚はずっと変わりません。大量に読むというより、本に囲まれていたい。積読も多いですが(笑)、その気持ちは今も自分の中に根付いています。

店主の北本一郎さん。大学時代を過ごした京都で、2024年7月にシェア型書店を開いた

――「自分の書店を持ちたい」と思うようになったきっかけは?

真剣に考え始めたのは50代に入ってからです。記者という仕事は好きでしたが、50歳をすぎて管理職になると、現場の仕事より調整やマネジメントが中心になり、働き方の変化が負担に感じるようになってきた。次の働き方を模索する中で、「書店を始めたい」という思いが強まっていったんです。

当時、街の書店は減り続けていましたが、一方で店主が自分で選んだ本を並べる独立(系)書店が各地で増えていました。大手の出版取次に頼らず、自分が好きな本だけを扱う。その経営は決して楽ではないはずなのに、もうけよりも「とにかく本が好きだから」という純粋な動機で営まれている。そんな個性豊かな書店に強く引かれました。

浅草で暮らしていた当時、よく通ったのが「Readin’ Writin’ BOOK STORE(リーディンライティン ブックストア)」です。店主の落合博さんは新聞社の論説委員を経て、58歳で書店を開業した方。通ううちに自然と会話するようになり、本への向き合い方や店づくりの姿勢に強く心を動かされました。「やりたいなら、やってみたらいい」という落合さんの言葉が、迷っていた自分の背中を押してくれました。

理想は独立系新刊書店。しかし見えた“構造的な壁”

――当初は新刊書店をやりたいと考えていたと伺いました。なぜ、シェア型書店をオープンすることになったのでしょう?

実は、開業前のちょうど2020年頃から、東京でシェア型書店が増え始めていたんです。最初に訪れたのが、シェア型書店を広めたと言われる吉祥寺の「ブックマンション」。その後、自宅近くで「西日暮里BOOK APARTMENT」を見つけ、「まずは棚主として活動してみよう」と両店で棚主として活動してみました。

そこで衝撃を受けたのが、本の新しい楽しみ方でした。本を通じて棚主同士が自然につながり、互いに知らない本を紹介し合う。まったく読んだことのないジャンルに出会える面白さがあって、「こんな世界があったのか」と驚きました。本が媒介となり、人との関係が生まれ、自分の世界も広がっていく――シェア型ならではの価値を実感しましたね。

さらに、シェア型書店経営における大きな強みが“固定費の分散”です。例えば当店では、棚主が支払う月3,500円×55棚で家賃・光熱費の大半が賄える仕組み。新刊書店の大きな課題だった固定費の高さを棚主が支えてくれることで、経営のハードルが大きく下がります。すべての経営課題を解決するわけではありませんが、個人でも続けられる書店として、シェア型は一つの答えだと感じました。その後、祖師谷大蔵にある「BOOKSHOP TRAVELLER(ブックショップトラベラー)」の実例なども参考にして、新刊とシェア型を組み合わせた書店にしようと決めました。

選書を「棚主」に一部“委ねる”ことで、オーナーの趣味に偏りすぎずジャンルの多様性が守られることも、シェア型書店の魅力だという

55人の棚主がつくる、個性豊かな”小さな書店の集合体”

――京都の一乗寺を選んだ理由は何だったのでしょうか。

京都は大学時代を過ごした土地であり、中でも一乗寺は「恵文社一乗寺店」など全国的に知られた書店が点在する“本の街”。周辺にシェア型書店がなかったこともあり、この文化圏でやったら面白いと感じました。見つけた物件は元スナックで天井も低く設備も最小限。本当はもう少し広いテナントが良いと思ったのですが、場所の魅力には勝てず、開業を決意しました。最近では地域の古書店と協力して「一乗寺BOOK MAP」を作成し、半径1km圏内の9書店を紹介しています。より多くの人に、一乗寺にある書店を知ってもらうきっかけになるといいですね。

――現在の経営の仕組みづくりと集客の工夫について教えてください。

「西日暮里BOOK APARTMENT」のノウハウを学び、同店の協力を得て、現在の仕組みを整えました。私は基本的に店に立ち、カフェスペースをつくってコーヒーやお酒も提供しています。

棚主は月額3,500円(学生2,500円)で、自身で本を仕入れます。売り上げは電子決済手数料を除いてお支払い。月1回の棚の手入れ(努力目標)以外に細かなルールはなく、屋号やラインナップも自由です。現在、55棚はすべて埋まり、7〜8人が待っている状況です。最初の募集はX(旧Twitter)の投稿だけでしたが、棚主がSNSで積極的に発信してくれるため、自然と認知が広がりました。お店でも棚主の更新やフェア情報をこまめに紹介し、相乗効果を生み出しています。

新刊は社会問題を中心に、小説やノンフィクションなど幅広いジャンルから自分が好きなものを扱います。開業時は中東地域の情勢に関心があったため関連書籍を多く仕入れました。お客さんからの注文=客注も多く、新刊売り上げの大きな支えになっています。

約23平方メートルの空間に約2,000冊の本が並ぶ。入り口すぐに新刊棚、奥にシェア本棚が続く

カウンター前はイベントやフェアの関連書籍、北本さんおすすめの新刊のコーナー

――開業から1カ月半後に棚がほぼ埋まったと聞きました。現在の棚主には、どんな方々がいらっしゃるのでしょうか。

大学生、会社員、作家、ライター、書店員などいろいろな方が集まっています。文芸、社会問題、韓国本、自著やZINEの棚など、ジャンルも本当にさまざまで、それぞれが“小さな書店”を営んでいるような多様性があるんです。
棚主になる理由も多岐に渡ります。好きな本を人に届けたい人、本好き同士の交流を求める人、作家として読者との接点を増やしたい人など。自己表現の形の一つと言えるかもしれません。棚主とお客さんの間で自然と会話が生まれ、思いがけない一冊に出合う――こうした偶然の連鎖こそ、シェア型書店の魅力だと思います。

店主は約30cm四方に区切られたスペースを自由に使える。本が半分以上あれば、グッズなどの販売もOK

手書きの帯を巻く棚主も

おしゃべり推奨。本を媒介に、会話が生まれる空間

――店全体が、多様な価値観が共存する小さなコミュニティーのようですね。棚主との関係性で、特に意識していることは何ですか。

“棚主はお客さんであり、運営の仲間でもある”という点で、とてもユニークな関係性だと思います。だからこそ、棚数は増やしすぎないようにしています。100棚にすれば収入は増えますが、人との関係が希薄になる。今の55棚が、コミュニケーションが丁寧に取れる限界だと思っています。

――お客や棚主同士の交流についてはいかがでしょうか?

想像以上に交流が生まれていますね。店内にはお茶を飲めるスペースがあり、本の入れ替えなどで来店する棚主同士やお客さんとの会話が始まることも多いんです。読み終わった本の感想を共有したり、おすすめ本の紹介をしたり、仲良くなってイベントを企画したりと、予想外の出会いが毎日起きています。一般的に書店は静かに本と向き合う場所ですが、ここはおしゃべり推奨の書店(笑)。本を読む人が減っている時代だからこそ、こうした“本好き同士が出会える場”の必要性が高まっていると感じます。

コーヒーやソフトドリンクが飲めるカフェスペースを併設。夜間営業時には30杯売れることも

――毎月の読書会、今夏に全国に広がった「戦争を考えるブックフェア」など、「一乗寺BOOK APARTMENT」ならではの取り組みも多いですね。

イベントは月10回ほど。読書会や交流会をはじめ、個性あふれる企画が続いています。「夜も書店が開いていたらうれしい」という声に応えて始めた深夜営業も、学生や仕事帰りの方が気軽に寄ってくれるようになりました。単に営業しているだけではお客さんは増えないので、こうした常連さんを少しずつ増やす工夫は欠かせません。

今夏に棚主の一人「ふりつづみ天鼓堂」さんと企画・共催した「戦争を考えるブックフェア」は、戦後80年の節目に合わせ、戦争と平和について考える機会をつくりたいと始めたブックフェア。関連書籍を買ったお客さんに缶バッジをプレゼントするものです。当初は店内だけの企画でしたが、「他店にも声をかけよう」と棚主が言ってくれ、全国の独立書店を中心に60店舗ほど封筒を送ってみたんです(笑)。すると予想以上に多くの書店が賛同してくださり、今では全国33店舗が参加する大きな企画になりました。こうした“ゆるやかな連帯”は、独立書店だからこそ生まれる動きだと思っています。大きな組織ではなく、個々の店主の志で立ち上がったフェアが、地域を超えて広がっていく。それは書店の可能性の一つでもあり、シェア型や独立系書店ならではの価値だと感じます。

「作ったお酒やドリンクを飲んでもらうのは想像以上にうれしい」と北本さん。店のカクテルメニューはすべて独学だという

本好きも、そうでない人も。本と人をつなぐ場であり続けたい

――開店から1年半。運営していて感じる手応えや課題、今後の展望を教えてください。

シェア型とはいえ、書店の課題がすべて解決するわけではありません。最大の課題は結局のところ、本が売れないという現実です。もうけが大きく出る業態ではなく、どの独立書店も持続可能な仕組みを模索し続けています。

実際、日によってお客さんの数にばらつきがあり、安定させるには試行錯誤が必要です。店の知名度を高めると同時に、一般のお客さん、常連さんを増やし、新刊と棚主の本の双方が売れる流れをつくる。そのためには、本好き以外の人も巻き込み、本に触れるきっかけを増やすことが欠かせません。
だからこそ、今後も読書会や著者イベントなどを継続し、本を入り口にしたつながりの場を広げたい。本好きはもちろん、本になじみがない人にも本の面白さを伝えたい。本好きを増やすこと、書店で本を買う文化を守ること、それがミッションだと思っています。

経営的な厳しさはありますが、本屋という仕事は本当に面白いし、やりがいがあります。自分が売りたいと思っていた本が売れた瞬間は、新刊でも棚主の本でも、本当にうれしい。利益の大小ではなく、誰かに届いたという実感が支えになっていますし、本が好きな人にとっては、これ以上の喜びはなかなかないと思います。

独立書店を回って話を聞いた際、「大変だからやめた方がいい」と言う人は3割ほど。「やってみたらいいよ」と背中を押してくれる人は7割でした。もし独立書店やシェア型書店をやってみたいと迷っている人がいたら、私もきっと同じように言うと思います。「細かい損得を考えすぎず、本が好きならやったほうがいいですよ」と。

取材先紹介

一乗寺BOOK APARTMENT

取材・文渡辺満樹子
写真中村宗徳
企画編集株式会社都恋堂