
福岡市天神にある、通称「親不孝通り」沿いのビル8階に店を構えるスナック「モンブラン倶楽部」。1969年の開業以来、街が激しく変化し続ける中、変わることなく店を守り続けているのが、名物ママとして知られる「みきママ」こと中島美紀代さん。御年85歳とは思えぬ若々しさとかわいらしさを維持しながら、毎日カウンターに立ち続けていますが、その笑顔の奥には、声帯ポリープ手術、子宮がんを乗り越えた現在は、肝臓がんと共生しているたくましさも隠されています。多くのお客から愛され続けているみきママが、店に立ち続ける理由を伺いました。
「人が好きだから」、その想いは変わらない
1940年、福岡市博多区で生を受けたみきママ。幼い頃から活発な性格で、中学・高校時代は器械体操に熱中し、将来はオリンピック出場を目指していたのだとか。ところが、国体出場前に急性盲腸炎を発症して欠場。オリンピック出場という大きな目標を失い、本人いわく「それをきっかけにグレてしまった」ことで三度も停学になるも、なんとか高校を卒業。ここからみきママの波乱に満ちた人生がスタートしました。
「貧乏な家だったから働かないといけなかったの。そこで、九州マネキンクラブという、今でいう派遣企業に入ったんです。仕事は百貨店での薬の店頭販売。当時は化粧品売り場よりも薬売り場のほうが広くて、お客さんが多かったんです。そのうち、ある製薬会社の方に気に入られて専属の販売員をやりながらテレビに出て宣伝もするようになったのね。かわいかったから人気があったのよ〜(笑)」

8年ほど薬の販売員兼モデルを務めた後、大失恋をして徳島県に移住するも10カ月後には地元の福岡にUターン。自分で薬局を経営しようかと考えていたときに、九州マネキンクラブの社長に勧められて始めたのがスナックでした。居抜きの店舗と店名をそのまま引き継いで「スナック モンブラン」を開業。飲食業の経験もないまま、いきなりスナックのママと経営者になったのです。

開店を知らせる手書きのハガキを100枚送付
「なぜスナックをやろうと思ったのか自分でも不思議なんですけど、とにかく人と会うことが好きだったの。接客が大好きだったんです。ただ、飲食店のことは全然分かっていなくて、ビール瓶に大中小があることも知らなかったし、水割りは指で混ぜていたの。あまりに忙しくてマドラーを使う暇がなかったから(笑)。当時、周りにお店がなかったこともあって毎日大忙しでした。今思えば、良い時代だったのかもしれないですね」
開業するやいなや、店は連日満席。店に入れきれないほどお客さんが押し寄せたそうです。その人気ぶりは、実はみきママの努力にありました。薬の販売員時代に専属で働いていた製薬関係の方100名に、開店を知らせる手書きのハガキを送ったのだとか。そのお客が知人を伴って来店し、楽しい会話でお客をもてなすみきママに引かれた知人が、また別の人を連れて来店する。そんな好循環のループが生まれたのです。
その後も、お客が来店した翌日にお礼のハガキを送るのが、みきママの習慣になっていたとか。そんな心遣いもお客を引き寄せる要因だったのかもしれません。そんな順調な日々が続く中、みきママに試練が襲います。1974年、みきママが34歳のときに、声帯ポリープの手術を受けることになってしまったのです。
「医師から『このままだと声が出なくなるかもしれない』と言われてしまったんですよ。お店は続けたいのに、声が出なくなってしまったら続けられないかもしれない。そんなとき、手話講習会の募集広告を新聞で見つけて。退院してすぐに応募して講習会に通うことになったのね。そこから手話を覚えて、やがて手話通訳や手話教室の講師も引き受けるようになったんです。そして生徒さんから『何をやっている人なんだろう?』と興味を持っていただいて、私がスナックをやっていることを知ってもらったんです。私から生徒さんをお店に誘ったことはないんですが、その後来店してくれるようになったんです。お店を続けられるようにと覚えた手話によって新しいコミュニケーションが生まれて、お客さんも広がっていく。結果的に、素晴らしい機会に出合えたと思っています」

若い頃から障がい者施設への慰問を続けているほか、手話教室の講師、障がいのある方たちが自由に身体を動かす「MMMダンス」のインストラクターも行うなど、みきママの活動は店だけにとどまりません。さまざまな場所で人との出合いがあり、誰に対しても変わらぬ態度で接する温かい人柄に引かれて、みきママのファンになった人たちがまたスナック「モンブラン倶楽部」に集う。お客を増やすために動いているのではなく、原動力となっているのは、あくまで「人が好きだから」という思いだけです。
「ボランティアという言葉は好きじゃないのね。障がい者、ろうあ者、国籍などの違いも関係なく、みんながつながるのが私の理想。私がいなくても、ろうあ者の方とコミュニケーションできるように、ノートに手話の動きと意味を書き込んで勉強してくれたお客さんもいたの。それには本当に感動しちゃって……。お客さんが私の思いに共感してくれて、その思いが形になっているのが『モンブラン倶楽部』。この年になっても理想を実現できているから、毎日がすごく幸せです」

誰もが安心して寛げる“居場所“を提供
2024年には「モンブラン倶楽部開店55周年」を記念し、自主制作本『変わる福岡、変わらぬお店。』を上梓。みきママの半生がつづられているほか、お店の歴史を彩る多くの写真と、全国にいる“ファミリー“からの寄稿文が掲載されています。実はこの本、みきママが作ったのではなく、ある常連のお客からの提案を受け、有志たちの手によって制作されたもの。店内には、かつて全国にいるお客に向けて配布していた会報誌の束が置かれていますが、それを読んだそのお客が絶賛し「ぜひ本にしたら?」と勧められたことがきっかけでした。

「最初は断ったんです。そんな、とんでもないと言って。でも、毎日言われるものだから、私ではなく、お客さんをメインにすることを条件に了承したのね。お客さん自慢をしたかったの。でも、制作途中で私が肝臓がんの告知を受けてしまって……。医師からは、もう手術も抗がん剤治療もできないと言われて。私は『こんな幸せな人生はない』と思ってずっと覚悟して生きているから、『治療はしません』と伝えたんですね。それで、あとどのぐらい生きられるか聞いたところ『年内かな』と言われて。そこで『しまった』と思ったのね」
すでに本を出版する計画は進んでおり、全国にいる昔からのお客に原稿を依頼済み。しかも、賑やかなことが好きなみきママらしく、出版記念パーティーを行うホテルも予約済みだったのです。そこで、2024年10月に予定していた出版を、急ピッチで制作を進めて4月に前倒しにすることにしたのです。
「本を編集してくれる人たちは『ママさん、頑張って生きて。自分たちも頑張るから』と言うのよ。でも、自分の意思でどうにかなるものではないから……」

そんなみきママの元に主治医から連絡があったのは1カ月後のことでした。最先端医療である重粒子線治療を勧められたのです。治療を受けた結果、がんの大きさ自体は1cmしか小さくなりませんでした。それでも体調に異常はなく、元気なみきママのまま、すでに2年半の月日が流れています。
「ある時、お店の壁に肝臓がんになったことを書いて貼ったのね。そうしたら、すぐにお客さん同士の間で話が広まって、全国からお守りが送られてきたんです。もう泣けました、本当に。だから、みんなの気持ちが伝わって元気でいられるのだと思うんです。仕事の関係などで今は福岡を離れてしまったお客さんも多いけれど、いつまでも私はみんなのことを家族だと思っているんですよ。そのつながりは変わらない。ただ、『おばあちゃんと言っちゃダメよ』とは言っているんですけどね(笑)」


お客たちから寄せられた文章には、みきママとの懐かしい思い出や感謝の気持ちがつづられています。寄稿文の依頼に対して誰一人断ることなく、期日通りに写真と文章が送られてきたことからも、いかにみきママが愛されているかが分かります。
ちなみに、「モンブラン倶楽部」で知り合い結婚したカップルは、なんと300組を超えるのだとか。その夫婦に子どもが生まれ、スタッフになる。そんな縦の糸と、お店で出会ったお客同士がつながる横の糸が織りなって、このお店を形作っているのだとみきママは言います。たとえ時が流れ、住む場所は離れても、みきママとお店に対する思いは変わらない。それを再認識させてくれたのが、開店55周年を記念して制作された本に寄せられた、多くのお客からの温かい言葉の数々だったのです。
みきママの信条の「一日一笑」は、お客にも浸透
2年半前に発症した肝臓がん以外にも、53歳のときに子宮がんを発症し、克服してきた過去をもつみきママ。そんな彼女が大切にしているのが「一日一生、一日一笑」という言葉です。その子宮がんの放射線治療を続けている中で生まれた言葉なのだとか。

「その時は生きていけるかどうか分からなかったから、1日、1日を楽しく笑って暮らそうと思ったのね。子どもの頃、うちはすごい貧乏で食べる物にも困っていたけど、今はちゃんとご飯が食べられて、おしゃれもできて、たくさんの家族もできた。こんな良い人生はないな、大切に生きなきゃと思って。その思いを「一日一生、一日一笑」の言葉で表現したんです。お客さんが辛そうな表情を浮かべていたりすると、もう全部ここで吐き出させるの。そして、『これからは笑うのよ。笑うところから良い出合いが生まれるからね。一日に一回笑うのよ』って店から送り出すの。それが今では、みんなにも浸透しているんじゃないかしらね」

開店から57年、その間には経営的に苦しかった時期もあることは想像に難くありませんが、常に笑顔が絶えないみきママから、そんな過去は微塵も感じられません。辛さや悲しみも笑顔で吹き飛ばし、楽しく生きることが明日へとつながる。「一日一生、一日一笑」の言葉は、まさにみきママの生き様そのものなのでしょう。
取材先紹介
- モンブラン倶楽部
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住所:福岡県福岡市中央区天神3-4-15 天神バッカス館8F

- 取材・文小林保
- 写真新谷敏司
- 企画編集株式会社都恋堂