角打ちなのに子どもでにぎわう?社会福祉士が目指した“地域の受け皿”とは

日が暮れる頃になると、子どもたちがはしゃぎ、大人たちの笑い声も聞こえる不思議な酒屋があります。東京都墨田区東向島で1935年に創業した老舗「岩田屋商店」です。「イワタヤスタンド」という角打ちスペースが併設されていますが、漂う空気は酒屋や酒場というより、地域の大人と子どもが自然に集まる“社交場”。社会福祉士として現場経験を持つ経営者が営む「地域とつながる酒屋」は、ここ数年、新聞や雑誌などでも注目を集めています。この特異な場所は、どのようにして生まれたのか。店を切り盛りする岩田謙一さん・舞さんご夫妻に話を聞きました。

ふらっと寄れる地域で親しまれる酒屋

――謙一さんは岩田屋商店の3代目ということですが、お店を継いだのはいつですか。

謙一さん:2019年です。以前の岩田屋商店は昔ながらの町の酒屋という雰囲気でしたが、僕が継いでから段階的にお店のリニューアルを図りました。角打ちも自分の代になってからはじめました。

――現在のお店のコンセプトを教えてください。

謙一さん:「街にあかりを照らし、お店に来る皆さんにとってのサードプレイス」です。家でもなく職場でもない、その間にあるような、ふらっと立ち寄れる地域の人にとっての居場所を目指して、お店を経営しています。角打ちを導入したのも、「地域の人が世間話をできる場所をつくりたい」という理由からです。最初は「角打ちをすると、酔っ払いが来る」と家族から反対されましたが、昔から残る酒屋だからこそ、誰でも安心して利用できる「地域のサードプレイス」になると思ったんです。そこで店を継ぐ10年前から事業継承の計画書を作り、時間をかけて家族を説得しました。

岩田謙一さん(左)・舞さん(右)

岩田屋商店の創業は1935年

――実際に、地元の人が入れ替わり立ち寄っていますね。お酒を買いに来る人だけでなく、角打ちのお客も多い印象です。驚いたのは、酒屋なのに子どものお客も多いんですね!

舞さん:そうですね。岩田屋はお酒だけじゃなくて、駄菓子やおもちゃを用意したり、「こどもぼうる」というオリジナルドリンクを提供したりと、お子さんでも楽しめる空間となっています。そのため子連れの方も多いですし、お子さんだけでもお店に来ます。中には、岩田屋を待ち合わせ場所にしている子どもたちもいるんですよ。

手前がお酒の陳列スペースで、奥が角打ちスペース、右奥が調理場

大人も子どもうれしい懐かしの駄菓子や、くじ引きも販売されている

シロップをジンジャーソーダで割った「こどもぼうる」

――角打ちというと一般的には「大人の社交場」という印象もありますが、なぜ、お子さんでも来やすいように工夫をされているのでしょうか。

謙一さん:サードプレイスは、特定の誰かのためではなく、「みんな」が安心して過ごせる場所であることが大切だと思っています。だからこそ、酒のある角打ちだから大人しか来られない、そんな雰囲気にはしたくありませんでした。大人と子どもが自然に交流できることって、地域コミュニティーにとって大事ですよね。「みんな」というのは、子どもだけの話に限りません。女性一人でも、お酒が飲めなくても、誰でも、どんな目的でもいいので、ふらっと気軽に立ち寄れる空間であることを目指しています。

近隣に住む常連の親子。お父さんは週5〜6日のペースで来店しているそう

大人と同じ目線になれる「ハイテク踏み台」

「安心」を追求した結果、地域の駆け込み寺に

――みんなが安心して利用できるよう、他に工夫されたことはありますか。

謙一さん:例えば、店内入り口を全面ガラス張りにしているのは、外から店内の様子をちらっと見て、入るかどうかを判断してもらえるようにするためです。また、車いすの方でも利用しやすいように、陳列棚同士の幅はゆとりを持たせて設計しています。

舞さん:お店の利用の仕方も、お客さんの自由に委ねられるように、できるだけ選択の幅を増やしています。例えば、カウンター席があるので一人でもふらっと立ち寄れるし、テーブルを囲めば複数人でも楽しめます。ノンアルもあるので、お酒を飲まなくても大丈夫。料理もつまみだけでなく、お好み焼きのような小腹を満たせるメニューも用意しています。「家で料理を作るのが大変だから」と、岩田屋で2〜3品頼んで、飲んで帰る人もいます。

奥は「イワタヤボウル(特製焼酎ハイボール)」350円、料理は手前右から「特製もつ煮込み」500円、「イワタ焼き」500円、「いぶりがっこチーズ」400円(すべて税込)

――お客の多様な利用スタイルに応える、ということですね。

謙一さん:「角打ち」で商売をするなら、どこの店でもやっていることだけでは埋もれてしまうので、うちの店だけの価値を出すために、手料理の提供をはじめたというのも大きいですね。

――お客との距離感の取り方も「安心」を左右する重要な要素になりそうですが、コミュニケーションで意識していることはありますか。

舞さん:お客さんに対しては、場の雰囲気や状況に応じて声掛けをするように心がけています。角打ちを利用しているお客さんとの話が盛り上がっても、いきなりプライベートに踏み込まないよう、距離感を大切にしています。ある程度信頼が生まれてから関係を深めていく方が、互いに無理なく話せますし、店に来てもらいやすくなると考えています。

常連との温かな交流の風景

「みんなに来てほしい」と間口は広げつつも、安心して利用できる空間となるよう「酔っ払いはお断り」「大声は出さない」「からみ酒はしない」など、ルールはしっかり設けて店内に掲示している

謙一さん:相手の気持ちを常に考えることは、妻と私が福祉の現場で大切にしてきたことだから、今でも自然とやってしまう癖なのかもしれません。相手の仕草や目をそらした時の様子から、この人は話したいのか、一人でいたいのかが分かります。福祉の現場では、相手の思いを察したり寄り添ったりするコミュニケーションが大事であり、それが今の仕事にも生かされていますね。

――お二人が社会福祉士の経験があるということもお客の安心につながっているようですが、実際に困っている方から相談を寄せられることはありますか。

謙一さん:僕が社会福祉士だったことをどこかで知ったのか、「こういう相談があるんですけど」とやって来るも方います。例えば、家族の介護のことで悩んでいるとか、そういう内容ですね。いまは、酒屋の仕事が主なため、できることに限界はあるのですが、話を聞いて、昔の仕事のつてで、その人の力になってくれそうな人を紹介するなど、自分にできることがあれば力になりたいと思っています。

――子どもがたくさん来ていることからもこの店が地域に溶け込んでいることは察せられますが、他に地域とのつながりを感じるエピソードがあったら教えてください。

謙一さん:最近では、近所の人に「家の鍵を忘れたので、家族が帰ってくるまでここで待たせてください」と頼まれたこともあります(笑)。また、親御さんの中には、お子さんに「何かあったら岩田屋に駆け込みなさい」と伝えている方もいるそうです。「岩田屋なら安心」「ここに来れば怖くない」。そんな風に思ってもらえているようで、いまでは本当に、街の駆け込み寺のような場所になってきています。

社会福祉の仕事を通じて気づいた「地域社会」の大切さ

――話をお二人の社会福祉士時代に戻しますが、そのそも、お二人はなぜ「社会福祉士」を目指されたんですか。

謙一さん:僕が小さい頃、この近くの川沿いには路上生活者が多く生活していました。「自分は衣食住で困ることはないのに、この人たちはなぜ外で生活しているんだろう」と違和感を抱いて母に尋ねたところ、「自分で勉強してみたら?」と言ってくれて。調べるうちに支援者の存在や行政の制度があることを知り、自分も福祉の現場で働きたいと思うようになりました。

興味を持つだけでなく、実際に足を運び、路上生活者と交流も図ったそう。写真は、大学生の時に交通事故で一時意識不明になった謙一さんに、路上生活者が贈ってくれた寄せ書き

舞さん:私は父が特別支援学校の教諭をしていて、小学校に上がってからは特別支援学校のボランティアに参加することもあり、そこから少しずつ福祉というものとの距離が近づいていきました。

――謙一さんは、親御さんから酒屋を継いでほしいとは言われませんでしたか。

謙一さん:僕は長男で、地域の人からも「3代目」と呼ばれて育ったので、いずれ店を継ぐのかなという思いはありました。ただ、親からはむしろ「継がなくていい」と言われていて。それで興味のあった福祉の世界に進んだのですが、その間にも酒屋の経営はどんどん厳しくなっていきました。理由は、お酒の販売が2000年初頭に自由化されて、コンビニやスーパーでも気軽に買えるようになったことです。そこに不況も重なって、経営不振にも拍車がかかりました。僕も長男として「なんとかしないと」とは思っていたのですが、店を経営した経験もないので、継ぐ決断までは踏み切れず、仕事終わりに手伝うのが精一杯で。でも、最終的に背中を押してくれたのも、やっぱり「福祉への思い」だったんです。

謙一さんが子どもの頃の店の様子。当時はとても繁盛していたとか

――どういった思いでしょうか。

謙一さん:僕が働いていた生活保護の施設には、生活に困り切った方たちが来るのですが、話を聞くと、「もう少し早い段階で誰かの手助けや地域のサポートがあれば、ここまで追い込まれなかったのでは」と思うケースが多かったんです。なんとかなったんじゃないか、もっと地域でできることがあるんじゃないかというジレンマがずっとあって……。

社会福祉法人を辞めた後も、謙一さんは民生委員・児童委員として地域福祉に関わっている

――それで、酒屋を地域の受け皿に、という考えに至ったのでしょうか。

謙一さん:そうです。酒屋として生き残るための付加価値として角打ちをはじめた、という経営的戦略もありましたが、もう一つ角打ちが良いと思った理由は「気軽にふらっと立ち寄れて、人とつながれる場所」になるという点で、福祉的にも角打ちは理想の形だと思えたからです。

例えば普通の酒屋やコンビニだと、人とのやり取りは、商品を買うための最低限のやりとりで終わることがほとんどで、店員さんやお客さん同士が世間話をする機会はほとんどありません。でも角打ちなら、お酒や食べ物があることで会話のハードルが下がり、自然にフラットなコミュニケーションが生まれます。そうやって地域の人が集い、つながることができる場所、つまりサードプレイスのような空間が近所にあれば、孤立しないで済む。本当に困り切ってしまう前の段階で誰かに相談できたり、小さな異変に周囲が気づけたりする。角打ちは、そうしたセーフティーネットとして機能する場所になれる、そう考えたんです。

「月と2つの星」ロゴマークには、自分たち夫婦がさまざまな方の受け皿になるという意味が込められている

リニューアル準備で疲弊する謙一さんを見て、「私もやるよ」と舞さんも一念発起。公務員を辞めて2022年、店の経営に参加した

「地域の人のため」という地元商店の原点に立ち戻る

今後も「地元の人のための地域のお店」という原点を忘れず、地域の人たちが安心して来られる場所であり続けたい————。謙一さんと舞さんが話してくれた意気込みです。

「イワタヤスタンド」は、地域の商店に本来備わっていた「地域の人をそれとなく見守る、助けを求められる」という福祉的機能に着目して、現代社会にアップデートさせた店。地域の人が集い、現代社会の相手との距離感を踏まえつつ、互いに少しだけ気にし合う空間は、まさに“地域の商店”の好例と言えるでしょう。

取材先紹介

イワタヤスタンド(岩田屋商店)

取材・文小野和哉

1985年、千葉県生まれ。フリーランスのライター/編集者。盆踊りやお祭りなどの郷土芸能が大好きで、全国各地をフィールドワークして飛び回っている。有名観光スポットよりも、地域の味わい深いお店や銭湯にひかれて入ってしまうタイプ。

写真新谷敏司
企画編集株式会社都恋堂