消えゆく店の“記憶”をミニチュアで再現。元・町工場の小さな工房がつなぐ、店と人の物語

閉店を決めた飲食店、リタイアに伴い幕を下ろす町の医院、家族と営んだ小さな商店——。そうした大切な場所を“ミニチュア”として残したいという人々の思いを受け、全国から依頼が絶えない工房があります。それが、東京・荒川区のミニチュア・ドールハウス工房&ショップ「ミニ厨房庵」。家族3人で営む、元・町工場の小さな工房では、厨房器具から建物空間まで本物と同じ素材を使って一つひとつ再現しています。人はなぜ、写真や映像ではなく、ミニチュアに店や人生の節目を託すのか、そしてミニ厨房庵は、どのようにして“人の人生に触れる店”になっていったのか。“記憶の工房”を訪ね、その理由を探りました。

原点は、町工場で作っていた“誰が使うのか分からない”金属部品

町工場が集積し、“ものづくりのまち”として発展してきた東京の下町、荒川区。ミニ厨房庵の原点もまた、金属プレス加工を行う町工場にあります。店主の河合行雄さんは24歳で家業を継ぎ、自動車や家電の内部に使われる金属部品を長年作り続けてきました。

「規格通り正確に、期限通りに作って納める。それで仕事としては完結するし、ものづくりとはそういうものだと思っていました。ただ、達成感はあっても、そこに“喜ばれる実感”はあまりなかった。どこで誰に使われているか分からないし『ありがとう』と言われるわけでもない。誰かの人生にどう関わっているのかを想像することは、ほとんどありませんでした」

店主の河合行雄さん(76歳)。アパレル業界を経て24歳で家業の金属プレス加工工場を継ぎ、2005年にミニ厨房庵を立ち上げた

町工場で使っていたプレス加工の機械は今も現役。素材に合わせて精巧な加工ができる

転機が訪れたのは、工場を継いで20年ほどが過ぎた90年代後半。金属部品の海外生産が進み、受注は徐々に減少する中で、工場を畳むことも現実味を帯び始めていました。そんなある日、ドールハウスを趣味にしていた妻の朝子さんが「金属でミニチュアの鍋を作ってみたら?」と、ふと口にします。

中世ヨーロッパに起源を持つドールハウスは、12分の1サイズで家や生活空間を再現するミニチュアの世界。木工、縫製、造形、塗装など、多様な技術を要する奥深い分野です。70年代に日本に紹介されましたが、河合さんがミニチュア制作を始めた当時、本物素材を用いる作り手はほとんどいませんでした。

「軽い気持ちで鍋を試作しましたが、想像以上に難しかったですね。ただ小さくするだけではバランスが取れず、本物の雰囲気や機能が表現できない。形や厚みを調整し、時には意図的にデフォルメするなど試行錯誤しました。当時ミニチュアには“偽物”というイメージがありましたが、“本物と同じ素材で作れば本物同等の製品になる”という確信がありました。鍋一つを完成させるまでに、気づけば一年がたっていました」

ゆきひら鍋セット。アルミをプレスし、一カ所ずつ打ち出した精巧なミニチュアパーツ(提供:ミニ厨房庵)

ミニチュアに息づく町工場の技術と家族の絆

2005年、50代で河合さん夫妻はミニ厨房庵を立ち上げます。ただし、当初からミニチュア事業一本に絞るつもりはなく、工場と並行しながらのスタートでした。転機が訪れたのは、店の立ち上げからしばらくして、完成した鍋を携えて展示会に出展したときのこと。準備を進めている最中、一人のドールハウス作家から声を掛けられました。

「これ、とても良いですね。一般のお客さんに出す前に、譲ってもらえませんか?」

こうした反応は展示会でも相次ぎ、想像をはるかに上回る手応えを感じたといいます。

「自分が作ったものを、目の前で喜んで買ってもらえる。工場の仕事では、味わったことのない喜びでした。“作ればお金になる”から、“誰かに届くものを作る”という世界へ。ものづくりの意味が、はっきり変わった瞬間でした」

その後、ミニチュア制作の比重は次第に高まります。2008年には芸術系大学を卒業した娘のあさみさんも加わり、金属加工は河合さん、木工や粘土造形、陶器は朝子さんとあさみさんが担当。家族3人の分業体制が整い、ミニ厨房庵の現在のスタイルが形づくられていきました。

家族3人で営むミニ厨房庵。“ミニチュアを広めたい”という思いから、大手百貨店での展示会やワークショップの企画も行い、娘のあさみさんが広報や運営を担う。「娘は我が家のプロデューサー。本当に助かっています」と河合さん

同店の強みは、家族のチームワークと、町工場で培った確かな技術にあります。新しいミニチュアパーツの企画は、まず必ず3人で相談。「こんなのがあったら面白いよね」とアイデアを出し合い、一年ほどかけて形にしていくそうです。

一方、調理器具を一つとっても、銅、鉄、ステンレス、アルミ、ブリキと使われる素材はさまざま。

「素材ごとの性質を理解して加工しないと、本物らしさは出ません。例えばステンレスは、鉄の3倍の力が必要で、加工には特別な設備と経験が求められます。こうした技術は、町工場での仕事そのもの。曲げ方、打ち出し、磨き方。全部、町工場で培った感覚がそのまま生きています」

こうした確かなものづくりは海外でも評価され、次第に欧米の展示会にも参加するようになりました。会場では愛好家が足を止め、「ユキオが作ったものが欲しい」と声を掛けてくれることも。自分を目指して人が訪れてくれる体験は新鮮で、何よりうれしかったと河合さんは振り返ります。

お客の大半はミニチュア愛好家。パーツはドールハウスにレイアウトしたり、インテリアとして飾ったりして楽しむ人、動画撮影に使う人などさまざま(左)。食品は樹脂粘土で制作し、一つずつ色付けをしている(右)

空間に宿る記憶を残す、店の再現という仕事

同店ではミニチュアパーツの制作と並行して、建物や店舗、空間の再現制作も行っています。中でも多いのは、閉店を控えた店舗や、すでに閉店した店舗をミニチュアで再現したいというお客からの依頼。「この場所が存在していた証を、写真ではなく空間で残したい」——そんな思いを胸に、依頼主は工房を訪れます。

最初に再現制作した店舗は、同店オープン後しばらくしてから届いた、閉店したばかりの中華料理店の依頼でした。亡くなったご主人と二人三脚で切り盛りしてきた店を、「どうしても形にして残したい」と奥様が依頼してきたのです。何度も店に足を運び、細部まで観察し、約1年かけて完成させました。

「完成した模型を見て、『お父さんがいつもいるあそこに、今もいるみたい』と涙を流してくださった。実際にお父さんが料理をしている思い出がよみがえるんだなと。その瞬間に、ミニチュアは“記録”じゃなくて“記憶”の再現なんだと気付きました」

店主と客の会話まで聞こえてきそうな、空気感のある作品(左)。街の中華料理店の再現。年季の入った店内を忠実に表現している(右)

ちなみに店舗再現を始める前に同店が初めて個人のお客から受けたオーダーは、夫が妻に贈るための、猫とバラのミニチュアでした。言葉にできない感謝や愛情を、形にして手渡したい。人生の節目の大切な思いを残したい。その延長線上に、今の「店の再現」という仕事があると河合さんは言います。

「最近私はよく、依頼される方は“ピリオドを打ちたい”という気持ちなのでは、と思うんです。人生においてとても大切にしていた時間や場所に、きちんと区切りをつけて、前へ進むためにミニチュアとして記憶する。そんな方が多い気がしています。完成した作品を見るごとに、記憶の底にある大切な原点が見えてくる。ミニチュアは、そんなご自身の原点に立ち返るためのものなのだと思っています」

定年に伴い閉院する九州の歯科医院の再現依頼。制作期間は3年ほど。図面や写真などの膨大な資料をもとに制作。設備だけでなく、置いてあるぬいぐるみや花壇まで忠実に作られている

店舗再現にかかる期間は、およそ1,2年。その依頼は途絶えることがありません。依頼を受ける際に大切にしていることを尋ねると、「お客さまの思いの強さ、いわば“熱量”ですね」と河合さん。

「“どれだけ必要としているか”は、話をすればすぐに伝わってきます。だからこそ、作る側としては、その思いや熱量以上のものを出そうと必死です(笑)。関東近郊であれば3人で店を訪れ、写真を撮り、スケッチを重ね、表現する部分を相談しながら制作を進めていきます。依頼されたものをすべて収め終えたとき、私たちも“一区切りついた”とほっと安心しますね」

「良い店」とは、オーナーがその店を愛していること

多くの店の記憶に触れてきた河合さんに「良い店」とは何かを尋ねると、シンプルな答えが返ってきました。それは「オーナーが、その店を愛していること」。立地や資金力、設備以上に、最終的にお客が感じ取るのは、その店の底に流れる思いだといいます。

「閉店する店の依頼が多いのは、その店が“愛されていた店”だったから。“この店は私の人生そのものだった”と思えるほど、真剣に向き合っていたから、形に残したくなる。なぜその店をやっているのかを、自分自身が分かっているかどうか。それが一番大事なんだと思います」

ものづくりにおいて河合さんが大切にしているのも、技術だけでなく“気持ちを込めること”だといいます。ミニ厨房庵が「記憶の工房」と呼ばれるようになったのも、当初から意図していたわけではありません。ミニチュアを人生の節目や記憶を託す場として捉えた顧客との信頼関係を積み重ねる中で、同店の価値が形成されてきました。こうした歩みからは、店の個性がオーナーの意図だけでつくられるものではなく、お客との関係性の中で育まれていく側面があることがうかがえます。

店内に展示された作品。細部まで丁寧に作成され、店の空気や人の気配まで伝わってくる

ブームの先にある、手仕事の価値

近年はSNSをきっかけにミニチュア文化が若い世代にも広がりを見せています。ミニチュア作家の写真が注目され、3Dプリンタやカプセルトイ、ミニチュア玩具など、手軽に楽しめる商品も増えました。ミニチュアブームによって裾野が広がること自体は、河合さん家族も歓迎しています。その一方で、量産品と手仕事の違いは、やはり一目で分かるとも言います。

「あなたの作品を目当てに来ました」、「変わらないでほしい」と言って足を運んでくれる人がいる限り、作り続ける意味がある。展示会や店頭で、作品をじっと見つめ、ふっと表情がほころぶ瞬間。そんな様子を見られるときが、河合さんにとって最大のやりがいだと言います。

「時代が変わっても、ブームが去っても、ものづくりを続けていきます。今後も変わらない価値を大切にしながら、“お客さまの心に残るもの”を作り続けていきたいですね」

依頼主の熱量を受け止め、手仕事だからこそ生まれる温度を形にする。その姿勢は、単なる商品提供を超えた「関係性のものづくり」といえます。こうした誠実で揺るぎない取り組みが、人の記憶に寄り添う“記憶の工房”としての価値を、これからも支えていくのでしょう。

取材先紹介

ミニ厨房庵

取材・文渡辺満樹子
写真米山典子
企画編集株式会社都恋堂