
代々続く家業を受け継ぐこと——。職業選択の自由が当たり前になり、それはかつてのような「義務」や「宿命」だけでは片付けられない時代となりました。好きなことを仕事にする人が増える中で、歴史ある店をどう守り、どう変えていくか。そのバランスに悩む後継者は少なくありません。しかし東京・日本橋浜町には、「レコード」と「コンビニエンスストア(以下、コンビニ)」という2つの顔を融合させた「Yショップ上総屋店」があります。100年近く続く家業に新しい風を吹き込んだ3代目店主・進藤康隆さんに話を伺いました。
- コンビニと思って足を踏み入れると……
- 「ちょっと手伝って」のひと声で、銀座のバーから転身
- 常連さんに背中を押され、レコードコンビニが形になる
- 変化を一緒に楽しむ常連と、真新しさに盛り上がる新しいコミュニティー
- 「レコード×コンビニ」という唯一無二の価値
- 楽しむ視点を持てば、形は変わっても「受け継ぐこと」に意味を見いだせる
コンビニと思って足を踏み入れると……
日本橋のオフィス街から少し離れた下町エリア。大通り沿いにたたずむその店は、いわゆる大手3社ではない黄色の看板が目を引くコンビニ「ヤマザキショップ」。

店内に入ってみると、驚く光景が奥に広がっています。




店内をぐるりと見渡すと、「ここ、本当にコンビニ?」と思わず看板を見直したくなるほど、たくさんのレコードが目に飛び込んできます。この大胆な店づくりを形にしたのは、御年90歳の2代目……ではなく、3代目のアイデア。一体どのようにして今のようなお店になったのでしょうか。

「ちょっと手伝って」のひと声で、銀座のバーから転身
Yショップ上総屋店の始まりは、今から100年ほど前にさかのぼります。康隆さんの祖父にあたる初代がこの地に構えたのは、町に根ざした酒販店でした。店頭での販売はもちろん、近所の飲食店へ配達をして店を営み、当時は地域のコミュニティーの核のような存在で、町の人々に愛されていました。
時代は流れ、日本中でコンビニが爆発的に増加。2001年には「酒類販売免許の距離制限」という壁が取り払われ、コンビニやスーパーマーケットでも気軽にお酒を扱えるようになります。酒販店の存在意義が問われることになった進藤さん一家では、「酒屋だけでやっていくのは大変だから、コンビニに業態を転換しよう」と家族会議で決まりました。
「ヤマザキショップにFC加入したのは兄の意見でした。当時、兄は将来を見据えて酒販関係の企業に就職していて、大手コンビニ各社のサポートを行っていたんです。業界の内情を把握した上で、『家族で経営するなら、コンビニでありながら営業時間を適宜決められて自由度が高いヤマザキがいい』という話になりました」
実は、店を受け継ぐ予定だったのは康隆さんのお兄さんでした。ところが、お兄さんが勤務先で重要な役職に就き、どうしてもすぐには辞められない状況になってしまったのです。
しかし、当時の康隆さんは銀座でバーテンダーとして働いていました。自分の好きなレコードをかけ、心地よい空間の中で最高の一杯を提供する仕事にやりがいを感じていたといいます。
“いつか自分の店を持ちたい。そのための経営修業だと思えばいい”。そう自分を納得させた康隆さんは、5年間勤めたバーを辞めて実家に戻ることに。決して前向きな転身ではなかったものの、「ずっと働かなくてもいい、今だけ」というお兄さんの言葉を信じ、コンビニに立つ迷いを振り切ったのでした。

常連さんに背中を押され、レコードコンビニが形になる
レコードコンビニへと進化する転機となったのは、コンビニ業務そのものへの違和感でした。マニュアル化された接客、単調なレジ打ち、ほとんど変わらない商品ラインアップ。そこには銀座のバーで大切にしていた「個人の表現」や「空間づくり」が入り込む余地など、どこにもないように思えたのです。
「バーテンダーの頃は、音楽を選曲し、カクテルも自分で考えたものを提供するなど、自由にやらせてもらっていました。だから、ただのレジ打ちだけの日々に、どうしても物足りなさを感じてしまったんです」
中高生の頃からバンドを組んでギターを弾き、レコードを集めていた康隆さん。ある日、レジの下の目立たない場所にターンテーブルを隠し、私物のレコードをこっそり流し始めます。
「ヤマザキは自由度が高いので、ある日『じゃあもっと自由にしよう』と思ったんです。音楽だけでも自分の好きなものを聴いて、気分を上げようって。そうしたら、意外にもお客さんが気付いてくださって。『有線じゃないよね?レコードの音ってやっぱりいいよね』と声を掛けてくれたんです」
そのひと言が、“音楽を一緒に楽しんでくれる人がいるなら、表に出してもいいのかもしれない” と康隆さんの背中を強く押したそう。そうして少しずつ、レコードのジャケットを店内に飾るようになりました。それがまたお客さんとの話のネタになり、古物商の免許を取得して、買い取りや委託販売も開始。気が付けば、趣味と実益を兼ねた、世界でも例を見ない「レコードコンビニ」という新しい形がつくられていったのです。


変化を一緒に楽しむ常連と、真新しさに盛り上がる新しいコミュニティー
この劇的な変化を、誰よりも楽しんでいるのは、他ならぬお客たちでした。酒販店時代からの常連さんたちは、コンビニに姿を変えても、そして店内にレコードやDJブースが現れても、変わらず足を運んでくれます。

現在、レコードコンビニの客層は非常に多彩だといいます。平日は近隣のビジネスホテルの宿泊客が中心です。偶然近所に泊まっていたTechnics(DJ機器ブランド)の開発者が来店し、店内のDJブースを見ていてそのまま仲良くなったという、映画のような出会いもありました。そして、週末になるとレコードを買いに来るファンやイベント目当てに来る人が集まります。さらに、SNSやYouTube、口コミを通じて「おもしろいコンビニがある」と聞きつけた新規客も急増しました。
今では日本のレコード好きだけでなく、海外からの観光客も多く、「来日したらここに来たかった」と感激して、店内の写真を撮っていく光景も日常茶飯事だそう。


「レコード×コンビニ」という唯一無二の価値
一見、相反するように見える「レコード」と「コンビニ」。しかしこの店では、それら2つの軸が見事に相乗効果を生んでいます。レコードを買いに来てくれる人が、ついでにジュースを買ったり、明日の朝ごはんのパンを買ってくれたりする。逆に、近くのビジネスホテルの宿泊客がたまたまお酒を買いに来て、棚の上のレコードに一目ぼれして買っていくこともあるそう。
加えて、バーや老舗のレコードショップのような、ある種の“敷居の高さ”がないことも強みです。専門店では何も買わずに店を出ることにプレッシャーを感じる方もいるかもしれませんが、ここはコンビニ。
「お目当てのレコードがないときには何も買わなくてOKというスタンスです。それでも、缶コーヒーやペットボトル飲料などを購入してくださる方が多いんですよね。“罪悪感が数百円で解消する”気軽さが、結果としてレコード文化への入り口を広げているのかもしれません」


収益面でも、平日はコンビニとしての売り上げが支え、週末のDJイベント時にはお酒が飛ぶように売れます。イベント時の店内飲酒も、1本あたり100円のサービス料をプラスしているだけ。「DJイベントとしては、もしかしたら日本一安いんじゃないですかね」と康隆さんが笑う通り、2つの軸がお互いを補完し合う、理想的な経営モデルとなっているようです。

楽しむ視点を持てば、形は変わっても「受け継ぐこと」に意味を見いだせる
康隆さんがこのスタイルにたどり着いて得た最大の気付きは、自分が楽しく働けるように工夫することの大切さです。
「最初の頃は機械的にレジ打ちをしていて、それがずっと苦痛でした。でも『自由がウリのコンビニなら、もっと自由にやっていいんじゃないか』と思えるようになってから、仕事への意欲が高まりました。自分が楽しく働ける環境を、自分で整えていく。自分の中で『面白い』と思ったことをやる。とてもシンプルですが、それがいちばん大切なんです」
バーテンダー時代に培った、自分の選曲で自分らしい空間をつくるという感性。それをコンビニという日常の場にも取り入れたことで、単なる「作業」としか感じられなかったコンビニ業務に体温が宿りました。

また、コンビニの1階にあるDJブースだけでなく、地下にDJ教室のための専用スペースもあります。2020年のコロナ禍にスタートした教室で、使用料は1回1.5時間で1,000円と採算度外視。今や店のもう一つの看板となりました。
「暇な時期に何かできないかと考えていた時、音楽好きのご近所さんが、家でDJの練習を始めていると聞いて。元々、地下のスペースはギター教室として活用していたのですが、DJ教室として開放しようと思い立ちました。習いに来た人がうちでレコードを買ってくれたり、飲み食いしてくれたりすれば、そこでも利益が生まれます。最年少のお客さんは小学1年生の女の子。彼女の成長を見守るのが、今のモチベーションですね(笑)」
地下で修業を積んだ生徒が、1階のコンビニフロアでイベントデビューを飾り、いつしか大きなクラブイベントへと巣立っていく、そんな素敵な循環も生まれています。最近では、海外からのイベントオファーや、DJの世界大会のサポート依頼まで舞い込むようになりました。

最後に、康隆さんは同じように店を受け継ぐ人々へ、力強いエールを送ってくださいました。
「家業を受け継ぐというのは本当に大変なことですよね。先代の仕事が好きな人もいれば、そうでない人もいる。その葛藤がある中で、どう日常を工夫して、自分なりの幸せを見つけるか。僕の場合、子どもの頃に酒屋の店先で見ていた『角打ち』の風景が、今イベントで立ち飲みを楽しむ人たちの姿と重なることがあるんです。形は変わっても受け継ぐことには意味がある、そう思えるようになりました」
100年前の酒販店が時代の波に乗ってコンビニとなり、3代目の感性によってレコードコンビニという唯一無二の存在に生まれ変わりました。形は変わっても、そこが地域の止まり木であることには変わりありません。日本橋浜町の夜にともる「レコードコンビニ」の明かりは、これからも新しい人と音楽とを、温かく結んでくれることでしょう。
取材先紹介
- ヤマザキショップ(Yショップ)上総屋店
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住所:東京都中央区日本橋浜町2-55-5
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- 取材・文薮田朋子
- 写真野口岳彦
- 企画編集株式会社都恋堂