鮨屋とバーが一体に!大手ビール会社を早期退職して開いた「鮨と肴 鵙」

千葉県・柏に酒飲みの心をそそる寿司店が誕生。その名は「鮨と肴 鵙(もず)」。日本屈指のビールメーカーで長年洋酒に携わってきた人物が営む店です。豊富な経験に裏打ちされた酒の知識は幅広く、店内の酒棚は日本酒や焼酎にとどまらず、ワインやウイスキー、ジンにラムにテキーラ、ブランデーまで網羅。しっとりと落ち着いた空間には、一人で杯を傾ける客の姿も少なくありません。何が一人客を引きつける引力になっているのでしょうか。案内人がその魅力をひもといていきます。

▼お店の特徴

▼今回の案内人を紹介

沼 由美子さん

ライター、編集者。醸造酒、蒸留酒を共に愛しており、バー巡りがライフワーク。著書に『オンナひとり、ときどきふたり飲み』(交通新聞社)。取材・執筆に『EST! カクテルブック』『読本 本格焼酎。』『江戸呑み 江戸の“つまみ”と晩酌のお楽しみ』、編集に『神林先生の浅草案内(未完)』(ともにプレジデント社)など。

マスター・オブ・ウイスキーが開店した、飲食店界隈でも話題の鮨と肴の店

にぎやかなJR柏駅から歩いて10分強。大型商業施設や活気ある駅周りを抜け、落ち着いた街並みに変わってきたころ、「鮨と肴 鵙」に到着。楚々(そそ)とした看板だけが目印で、うっかり通り過ぎてしまいそうなたたずまいです。

実はこちらのお店、2025年4月に開店したばかりだというのに、日本酒ラバーやウイスキーラバーから熱狂的な支持を集め、周囲の飲食店からも一目置かれる存在。1人飲みで利用する客も少なくないようです。

寿司店?バー?一歩入るとその両方が一体になったような空間が広がっている。カウンターはカシの一枚板。右の酒棚にはウイスキーをはじめとする洋酒がびっしり並ぶ

店主の牧 基親(まき もとちか)さんは、大学卒業後、アサヒビール株式会社に入社。国内営業を経験後、マーケティング部で国産洋酒の販促業務、海外ウイスキー・テキーラ・ラム・ウォッカなどの輸入洋酒のブランドマネージャーをはじめ、同社で取り扱うニッカウヰスキーの輸出事業など、幅広い業務を手がけてきました。

転機はコロナ禍。外食で飲み歩くことができなくなり、食卓いっぱいに小皿を並べて晩酌を楽しんでいました。毎日の晩酌をSNSにアップしたら、みるみるフォロワーが増えて、5万人ほどに達したそう。

50歳を目前に、「新しいことに挑戦したい」と早期退職を決意。寿司を独学で習得し、料理の腕に磨きをかけて、家族に店を開きたいとプレゼンしました。「妻に『決めたなら好きにすれば、手伝わないけど』という言葉をもらって、今に至るというわけです(笑)」と、「鵙」の誕生秘話を聞かせてくれました。

日本のウイスキー資格の最高峰である「マスター・オブ・ウイスキー」を有する、店主の牧さん。ソムリエ資格の上位にあたる「シニア・ソムリエ」、日本酒と焼酎の専門資格「SAKE DIPLOMA」、「テキーラ・マエストロ」、「ラム・コンシェルジュ」、「チーズ・プロフェッショナル」なども取得

【1人飲みポイント①】“少しずついろいろ”を楽しめる前菜料理がうれしい

料理はコースが中心なんですね。

牧さん

そうなんですよ。まずは前菜の盛り合わせからお楽しみください。

 

「鵙(もず)コース」10,890円(税込)の前菜9品盛り合わせ。20時以降の「酒の肴コース」4,290円(税込)の前菜盛りは6品、「さくっと一杯コース」3,190円(税込)では3品を提供

わ!なんて盛りだくさんな!

牧さん

今日は「煮あわび」や「ホタルイカの酢味噌あえ」、「牡蠣の甘辛煮」、「トマトとカリフローレのおひたし」などなど。本来9品なんですが、10品になってしまいました。つい品数が多くなりがちです。

はじめにこれだけの種類の前菜が登場するとインパクトありますね!テンションが上がってしまいます。

牧さん

料理は要所にインパクトを持たせることを意識しています。

1人飲みで、少しずついろんな料理を楽しめるのはありがたいです。さらに「鵙(もず)コース」は、お刺身に加えて、茶わん蒸しや唐揚げなど肴(さかな)5品が続くのですね。フードは単品ではなくコースが中心なのでしょうか?

牧さん

そうです。コースを中心にすることで、お客さまにとっては会計が明朗というメリットがあります。店側にとっても、ワンオペでも仕込み内容が明確で食材をロスなく使いやすいというメリットがあります。私がInstagramなどのSNSに投稿した世界観のように、小皿で少しずつ多種類の料理を食べるという欲望を満足させられる料理構成にしようとも考えました。そろそろ握りもお出ししますね。

 

この日の握りは、いさき、小肌、ひらめ、かいわり、すみいか、マグロの赤身など

寿司は1貫ずつ煮切りしょうゆを塗って出してくれるのですね。

牧さん

握りは独学です。とにかく寿司にまつわる本を読みあさって自主練を重ねました。定期的に通っている浅草の寿司店のご主人に、訪ねるたびに質問攻めにして技術の向上を図っています(笑)。ネタは柏公設市場へ毎朝買い付けに行き、時季の魚介を選んでいます。

【1人飲みポイント②】予算が明確で心置きなく楽しめる、酒好きを魅了する飲み放題

品書きに“このクオリティーでこの価格はたぶん日本一”と書かれた「プレミアム飲み放題」が気になります!

牧さん

約70種類の日本酒に約20種類の焼酎、ウイスキーをはじめとする洋酒と、ざっと150種類ほどのお酒を対象にしています。時間はコースにより1時間30分~2時間15分です。仕事柄、お酒の知識はたくさん積んだので、この店は“お酒好きのパラダイス”みたいにしたかったんです。飲み放題プランは約8割のお客さまが利用されます。

 

香りの高いタイプからコクのあるタイプまで多彩な日本酒がそろう。冷酒はワイングラス、かん酒は平杯で、とお酒に合わせて酒器を変えるところも酒飲み心をくすぐる

ほかでは1杯1,000円もするような酒が飲み放題に入っていますね。すぐに元が取れちゃいそう。皆さん、どんなふうに飲み放題を楽しまれるのでしょう?

牧さん

それが“たぶん日本一”を自負するところです。日本酒を冷酒、常温、かんと温度帯を変えて飲む方もいますし、最初にジンの炭酸割り、食中はかん酒、食後にウイスキーと多種類を飲む方もいらっしゃいます。ひたすらウイスキー「山崎」を召し上がる方も。ウイスキー好きの方などは、「これだけウイスキーの種類があって料理も楽しめるのはここだけだ」なんて言ってくれます。ウイスキーがここまでそろっていて、和食も楽しめる店は案外少ないようです。

まるで、1軒目に行く料理店と2軒目のバーが合わさったみたいでありがたいです。でも、これだけ種類があると何を頼んでいいか迷ってしまいそう。

牧さん

自分が飲みたいものを分かって飲んでいる方は結構少ないのかもしれませんね。ワンオペなので状況にもよりますが、好みやアルコールの強さなどをヒアリングしてお薦めすることもあります。ハマるお酒を見つけてもらうのは私も楽しいですし、お客さまの気付きにつながったらとてもうれしいですね。

 

「選ぶのはすべて自分だから、棚に並ぶお酒がどんなお酒なのか全部ガイドできます」と牧さん

そもそも、なぜ飲み放題を取り入れたのでしょう?

牧さん

料理と同様の考え方でもありますが、あらかじめ予算が分かっている方が楽しみやすいじゃないですか。たいてい寿司屋で飲むと、料理が1万円位としても、あれこれお酒を飲んでサービス料も加わったりして……で、会計は2万円近くになりがちです。予算感がわからず、懐具合を気にして飲めないのは、私がお客さまの立場だとしても嫌なので明確にしました。たとえば、「鮨コース」と飲み放題で、うちなら税込11,000円です。たらふく食べて、好きなお酒も心置きなく楽しんでいただきたいのです。

小皿料理の内容が毎回変わるから、飽きもこずにまた通ってしまうという。

牧さん

そうなんですよ。おかげさまでリピーターも多いですね。お酒好きの方ほど、他店にはないこの内容の飲み放題をおもしろがって、「これ見てよ!」と誰かを連れてきてくださるのです。さらにそこからまた別のお客さまにつながっていく。いまは販促費を一切かけていないので、お客さまの紹介が命綱です。

 

日本酒「紫宙」、本格焼酎「八幡」、ウイスキー「竹鶴」、「カリラ」、ブルゴーニュのワインなど、牧さんが愛着をもつ銘酒がそろう。未知のカテゴリーにも挑戦してみたい

【1人飲みポイント③】居心地にこだわった接客と空間で気ままに過ごせる

牧さんは飲食店で働いた経験がなく自身の店を開かれました。もてなしについて、どんなことに気を配っていますか。

牧さん

接客の距離感でしょうか。入り込みすぎず、放っておきすぎず。仕事帰りに立ち寄られる一人客の方も多く、お客さまには必ず話しかけるようにしています。前職では仕事柄、延べ2万店近くの飲食店を周りました。仕事だけでなく、プライベートでもバーにはよく行きましたね。

2万件!?

牧さん

だから、お客さま側の気持ちは分かるつもりです。お水を出すタイミングや、飲みたそうなドリンクの提案など、できるだけ先回りするようにしています。

20時以降にオーダーできる「酒の肴コース」や「さくっと一杯コース」があるのも、お客さんの気持ちをくんでのことでしょうか。普段の仕事帰りにありがたいと思いました。

牧さん

予約の入っていない日なら17時からでもご注文できます。近所にお住まいの常連さんが多いですね。男女問わず、仕事帰りに自分へのご褒美として寄ってくださいます。

落ち着いた空間が仕事の緊張を解いてくれそうですね。改めて見ると、カウンターも立派です。椅子も座りやすくてゆったり腰掛けられますね。

牧さん

カウンターはカシの木、いわゆるジャパニーズオークです。近所のマニアックな材木屋さんで発見しました。店は駅から十数分という立地ですが、家賃が安いので料理やお酒の価格に無駄に乗せる必要がありません。その分、カウンターやしつらえは頑張りました(笑)。

 

椅子は、理想的な高さ、カウンターとの距離感を追求して特注で用意

お客の気持ちをくんだ店づくりで、好奇心と満足感を満たす

カウンター9席のみ。一人の時は、ほかのお客の“ワイワイ”に少し気後れしてしまうこともありますが、隠れ家のような寿司店は、こだわりの「飲み放題」を掲げながらもしっとり落ち着いた雰囲気で、1人飲みにも心地いい空間が広がっていました。

ハレの日にも似合い、日常の疲れを癒したい夜にも寄り添ってくれる。ただいっぱい飲めるから、ではなく、知的好奇心を刺激するお酒のラインナップに心が躍ります。少量多種の小皿料理と多彩なお酒は、声に出して語らずとも、心の中でその相性や味わいの分析を饒舌(じょうぜつ)に語ってしまいます。

お客の気持ちをくんだ仕組みともてなしに、食後に満ちてくる満足感。ここでなら、暇を持て余す余地のない白熱の1人飲みを繰り広げられそうです。

取材先紹介

鮨と肴 鵙


※「鵙コース」は要予約

取材・文沼 由美子
写真野口岳彦
企画編集株式会社都恋堂